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第7話 ハッピークソ野郎!


バーバンシーと握手を交わした後に、俺は案内された自室に来ていた。軋む階段を上がって突き当たりの廊下を左に行った3番目が俺の部屋だ。なんの変哲もない木製の扉のノブに手をかける。


「…あれ?」


少し予想外の内装にイオリは拍子抜けしてしまった。古びた洋館という事もあり、中はホコリっぽく最悪ネズミ辺りとファンタジーよろしく同居することになるかと思っていたのだが、想像以上に綺麗な部屋だった。

埃ひとつ無い机にふかふかの2段ベッド。部屋自体はさほど広くは無いが、それが逆に居心地の良さを演出するいいアクセントだ。窓は既に開けられており、風が吹き抜ける。静かな部屋に時計の針の音だけが響いていた。


「坊っちゃん」


「わあ!?」


棒立ちで部屋の中身を見ていると不意に背後から声をかけられる。


「す、すみません…簡易的ではありますがお部屋の掃除をさせて頂きました」


少し申し訳なさそうにアリスは下を向いた。


「あ、ああそう。ありがとうね」


「いえ、メイドですから」


アリスは失礼します、と扉を閉めると部屋の中に入ってきて開けていた窓を静かに閉めた。


「机の紙はもう見ましたか?私の部屋にあった紙とほぼ同等の内容でしたので」


「ん?なになに…」


俺はこじんまりとした勉強机に置いてあった羊皮紙を手に取るとつらつらと文章が書き連なれていた。


『ハッピークソ野郎、入学おめでとう。

…と言いたい所だが単刀直入に言うと、まだアンタは正式にはウチの学院の生徒じゃない。

『制服を着ただけの部外者』だ。(制服は衣装棚に入ってるよ)

…という訳で、まず明日はオリエンテーションだ。

明日の朝8時に、転移黒片(ブラックカード)に校長室って念じな。

そこに制服を着て集合だ。

誓って遅刻するんじゃないよ。

遅刻したらアンタの粗末なアソコの写真が全校生徒にばら撒かれると思いな。いいね?』


「ほぼ脅迫じゃねーか!…あっつ!」


読み終わると同時に紙は発火し、そのまま灰も残さず燃え尽きた。イオリは開いた口が塞がらない。


と、アリスが机の上にまだ何か置いてあるのを発見し、拾い上げる。


「これは……!!」


「え、なにアリスさんそんな固まって、……なッ!?」


イオリはアリスの握った一枚の写真を見て目を丸くした。そう、そこに写っていたのはバーバンシーとお付の二人に誇らしくアソコを見せつけている写真。事件一歩手前の一枚であった。


ギギギ、とアリスの首がゆっくりと俺の方へ向く。表情は笑顔なのに絶対『喜』の感情が存在しないのがよく分かる。


「…坊っちゃん?」


「誤解です」


「何ですかコレ?バーバンシーさんですよね?」


「誤解なんです」


「そこに直りなさい、イオリ」


「…………はい」


俺は静かに硬い床に正座をした。

アリスが怖すぎて顔を上げることが出来ない。彼女が俺を名前を呼ぶ時は大体ブチギレている時と相場が決まっている。


その後、事情を解くのに2時間掛かり、それでも女性に股間を晒すとは何事かと説教を喰らい、結局ベッドに入れたのは夜中の一時。結局目は冴え渡り、全く眠れなかったイオリだった。


○○○○○


「……クマ凄いですわね、イオリさん」


「は、はは…」


乾いた笑いが込み上げてくる。時計は朝の7時10分。まともに眠れたのは2時間ほどだろうか?


食卓には昨日のメンバーが並び、トーストと目玉焼きというオーソドックスな朝食を俺たちは食らっていた。


「まあ何があったのかは知らんが、朝食は食べとかないとな。少年!あ、アリスちゃんコーヒー追加で〜!」


ミコ先生の声がガンガンに脳に響いてくる。目は腫れぼったく、頭は霞掛かったようにぼやけている。寝不足の朝はコンディション最悪だな、と改めてイオリは実感した。


「はい、コーヒーです」


アリスが砂糖とミルクを器用に片手で持ちつつ、コーヒーも一緒に運んできた。


「ありがとう!あーラクラク!人ひとり増えるだけでこんなに楽になるもんなんだね〜…あれ?アリスちゃん首、どうしたの?」


「首……?」


アリスはミコからのその指摘を訝しんで首に手を当てる。


俺はそんな会話を横目で見つつも気にもとめずに、モサモサとする食感のパンを牛乳で流し込む作業に没頭する。


「ん〜?首輪みたいな痣…刺青(タトゥー)の方が近いかな?」


「あら?ソレなら今朝私の首にも浮かんでましたわ」


バーバンシーの首にもアリスほどはっきりとは浮かんで居ないがうっすら赤らんだ痕のような物が残っている。


「まあ痛みが伴うようなら医療特化の先生(ホムンクルス)が第一保健室と第四保健室に常駐してる筈だからそこに向かうといいよ。ごめん、アタシは教育系のプログラムしかされてないからわっかんないや!」


ミコは舌を出しておどけるような仕草を見せた。


しかしはて、この二人に何かしらの因果関係はあっただろうか?俺は首を傾げつつ、一気にミルクを飲み干した。


「そう言えばイオリさんはコーヒー飲まないんですの?」


「あんな泥水啜るくらいなら舌噛み切って死んだ方がマシだ」


「バーバンシーさま、兄さんは昔コーヒーを飲んで舌をヤケドしたことがあってそれから見るのも嫌なくらいトラウマになってしまったのです」


「アリスちゃーーん!?」


「ぷっ、ぷぷ…イオリ、お前…!」


「放っとけ!!!」


周りが爆笑する中俺は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、「ごちそうさまでした!」と大きい声で叫ぶと流し台に食器を運び、逃げるように洗面所へ向かった。


歯磨き粉をひねり出し、歯ブラシに付け、口の中へ突っ込むと2階へ駆け上がり自室に戻り、制服のズボンとシャツに手足を通して時計を見ると時刻は7時45分。階段を駆け下りて洗面所に戻り歯磨きを完了させ、アリスの居るであろうリビングに向かった。


「おっ、似合ってんジャーン!」


「我が校の男子用の制服ってそんな感じですのね」


俺の制服姿を見た二人は口々に褒める。やけに背中がこそばゆいが悪い気はしない。


「そういや二人は今日学校無いのか?」


「さあ?なんでも高等部は臨時休校らしいです」


「アタシも今日はフリーだから。酒でも飲むかな〜」


「また吐かないでくださいよ……」


高等部は休み?オリエンテーションがどうたらとか言っていたがあれはどうなるのだろう。俺の年齢は今年で16だし多分中等部に振り分けられることは無いと思っていたのだが。


と、そんな事を考えているとリビングで俺の事をじっと見つめる小さい影が。


「おっ、アリス。行こ…」


「……」


アリスは俺を見て固まったと思ったら何故か号泣し始めた。


「うっ、ぼ、いえ兄さん…立派になって…」


「おいやめろやめろ!二人がすげぇ顔してこっち見てるから!ほらティッシュ!」


「うう、すびばせん…おしめの時から知っている物で…感極まってしまいました…」


ずびーっ、鼻をかむアリスをバーバンシーは不思議そうに見つめる。


「……兄妹なんですよね?」


「そ、そうだよ?」


「…ふうん」


何か言いたげな表情を浮かべてはいたものの、特につつかれることなく彼女は階段を上がって2階に行ってしまった。


何気なく壁掛け時計を見ると時刻は7時55分。


「やばいやばい!ほらアリス時間ないから!早く行くぞ!」


「あー、お前らのローファー玄関に置いといたから。よろしく〜」


「お気遣い感謝します先生!ありがとう!」


ひらひらと手を振る彼女を背に俺たちは靴を履き、玄関の扉を開ける。


「よし行くぞアリス」


「…はい!」


俺はカードを懐から取り出して念を込める。


「ーー(校長室)!」


瞬間、俺の身体は浮かび上がるような錯覚に陥り、溶け込むように虚空に消える。以前と全く同じ感覚。


「ーー何!?」


しかし、その途中に何か無理矢理身体を弾き剥がされるような、強い力で俺は何かに引っ張られる未知の感覚に陥った。


数秒経つと眩しい光が視界を包み、俺は咄嗟に目を瞑った。


「…………」


ゆっくりと瞼を開ける。


まず下を向いていた、という事もあり最初に目に写ったのは茶色のタイルだった。その次に俺の目に飛び込んできたのはうずくまって震える頭を抱えた女の子。俺は彼女の背後を取るような形でそこに立っていた。


異変に気付き、辺りを見渡すと多くの女性で構成された野次馬が何か恐れるような、驚愕するような、中には涙目を浮かべた娘もいる。しかしその中の何人かは俺たちの遥か頭上を見上げている。釣られるように俺も頭を上げて頭上の何かに目を向けた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「嘘だろ」





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