第6話 ゲロ×フレンズ
俺は急いで浮いてる死体に急いで近付き、引き上げると、全身が真っ白になったまるで生気の無い長い茶髪の女が白目を剥いてぐったりしていた。あととにかく胸がデカい。
「おい、おい!しっかりしろ!」
「……」
「クソっ、心臓は動いてるのか?」
俺は手の脈と心臓の鼓動を聞く為に胸に耳を当てるがそのどちらも全くと言っていいほど反応が無い。
「うう…」
「!?」
そう、心臓と脈が止まっている。つまり動くはずが無いのだ。しかし今この女、呻き声を上げなかったか?
「おい大丈夫」
俺は咄嗟に彼女を無理やり立たせて彼女の顔を覗き込んだ。
その瞬間だ。
「おろろろろろろろろ…………」
大量の吐瀉物が俺の頭に降り注いだ。
「うわあああああああ!!」
「……先生!?」
「……おお……バーバンシーか……」
女はバーバンシーを見て少し笑うと再度口元を抑えた。
その茶髪の女はさらに顔が青ざめ俺の方向にぐるんと首が再度曲がった。俺は何が起こるかなんとなく想像がついてその場から逃げ出そうと身体をよじるが床に足を滑らせすっ転んだ。
「うぷ。」
その瞬間、今度は俺の顔面に大量の吐瀉物が巻き散らかされた。
年頃の少女のような悲鳴。
その日のイオリの風呂は念入りに髪を洗い、匂いを落とす為に身体の皮膚がふやけるまで入る事となった。
○○○○○
「いやーすまんね、少年!でも大人のお姉さんのおっぱい見れたんだから安いもんだろう?」
「良いわけあるかよこのゲボ女!風呂で酒なんて飲んでんじゃねえよ、この酒乱!」
シャンプーで念入りに5回も頭を濯いですっかり良い匂いになってしまったイオリは茶髪の女に食い気味で答える。
俺たちは現在、バーバンシー、アリス、謎のゲロ女、俺の四人で食卓を囲んで夕飯をつついていた。アリスが作ったという事もあってわりの俺の好物が栄養バランス良く並んでいたのだが先程の一件があってどうにも食欲が湧かない。
「あれ?そう言えばなんでこの学院に男がいるんだ?彼、教職員という訳でも無いだろう?」
「それはわたくしも先ほど聞いた話なので…。なんでも天司の弾丸の使える男性だとかで学院長が攫ってきたとか」
「そら流石アタシらのママだわ!あはは!」
「ママ?アンタあの学院長の娘なのか?」
「まあ娘というか子供というか。アタシ、人造人間なんだよ。♀型のね。この学院内にいる大人はみんなそうさ。♂型♀型色々いるけど生殖能力の存在しない、『ただ個々人に魔女の力の使い方を教えるレクチャー役』。それがアタシ達ホムンクルスのこの学院における役割なんだよ」
学院内に大人が存在しない、とあのババアが言ったのはこう言う事だったのか。確かに指南役が居なければ学院事態そもそも機能しない。
「わたし初めて見ました、ホムンクルス…」
アリスは感嘆したように呟いた。
確かに肌も白けりゃ心臓も脈拍も存在しない。なるほどよく見れば確かに人間ではないことがよく分かる。
しかし。
「じゃあなんでアンタはあんな風呂場で大酒買っ食らってたんだよ?」
「んー…、趣味?アタシだけじゃないよ?他にもアニメ好きのホムンクルスや身体を鍛えるのが好きな奴だっているし。そもそもこの学院外でのホムンクルスの扱いは知らないけど少なくともアタシらは『個人』を重要視させられてるからね。寿命が短いぶん、楽しまなくちゃ」
「寿命……?」
俺が首を傾げるとアリスが俺に耳打ちしてきた。
「坊ちゃん、人造人間の寿命は三年が限度だとされています。それが経つとまた土に還るのだとか」
「まあわたくしはもう慣れてますけどお風呂場の飲酒はやめてくださいましね。心臓に悪いですから」
「あはは〜、ごめんごめん」
女は照れ臭そうに笑って後ろ髪を掻いた。しかしどこか親しげな二人だ。
「先生、って言ってたけどお前のクラスの担任なのか?」
「ええ。と言ってもまだ4月の春の編入したてですし、ほとんど最近知り合った様なものですけれど」
「いやーでも良かったよ!昨日までペントライクはアタシら三人だけで寂しかったからさ!アタシはあんまり料理も得意じゃないし!その点、そのおチビちゃんが作った料理が美味いのなんの!ビックリしちゃった!」
「光栄でございます、あと私の名前はアリスと申します。どうぞお見知り置きを」
「オッケーアリスちゃん。把握した。ちなみにアタシの名前はミコ。宜しくね!」
アリスはマナー宜しく食器を置くと、ぺこりと頭を下げて挨拶する。まあ魔王の息子の直属メイドだしな。家事全般はそこら辺の一般人は到底彼女には及ばないだろう。
「そう言えば此方からも質問よろしくて?」
唐突にバーバンシーはイオリを見つめてそう言った。
「ど、どうぞ」
「さっきからアリスさんが口にしてる『坊っちゃん』とはなんですの?どう見ても主従関係には見えないのですが……」
「ーー!!!」
ヤバい、そう言えば俺たちの関係性をこの学院においてどうするか完全に忘れていた。隣のアリスをチラリと向くと露骨に焦った表情を浮かべている。マズイ。
すると突然天啓が降りたかの如く素晴らしいアイデアが降ってきた。
「…そう、俺たちは兄妹なんだ!な!アリス!」
俺はくしゃくしゃとアリスの頭を撫で回し、アリスも苦笑いで答える。
「そ、そうなんですよ!坊っちゃんって呼ぶのが妙に馴染んでまして!兄さんです兄さん!ね!」
「お、おう!てわけで兄妹共々よろしくな!」
俺はアリスと肩を組み、慣れないウインクをバーバンシーにすると腑に落ちない表情を浮かべながらミコと顔を見合わせる。
「そ、そうですの…。まあ良いですわ。何か事情があろうと受け入れるというのが上流階級に住まう者の務め。なんでも聞いてくださいましね」
「そういえばさぁ」
ミコはおもむろに立ち上がり、キッチンの流し台に食器を置いて水で洗い流しながら尋ねてきた。
「キミのリングはどんな奴なの?」
「俺?」
俺は上裸になり背中に力を込めると例の通りにずるりと六本の触手が生まれた。
「つまり…触手がキミのリングなんだね?」
「え?はい」
「キミはそれで何が出来る?」
「?…そりゃこれで殴ったりだとか防御したりだとか」
一番最初に背中に生えてきた時の建物を灰にした能力のことも説明した方がいいんだろうか。
「んー…、操作性は快適?射程はどのくらい?それを展開するのにどれだけの持続力が必要?それにキミは装天は出来るのかい?」
聞き取れない単語が聞こえてきて思わず俺は聞き返した。
「そうてん?」
「…まあ、そりゃ知らないよね。こりゃ失敬。…『装天』ていうのはリングを外部に放出すること…また言ってしまえば自身から離れた状態での具現化、進化だね。わかりやすい例で行くとバーバンシーの銀斧状態が通常のリング、装天した状態であの二人が出現する、という訳だ」
「ふ、ふーん…」
ミコは飲み込みきれないような表情を浮かべるイオリに続けてまくし立てる。
「基本的に魔族との戦いにおいてこの装天状態での戦闘が望まれる。誰しも怪我はしたくないからね。通常、それは人型なり四足歩行の獣型であったり色々ある。例外で言うと風紀委員長とかかな。彼女の装天形態は紳士のような男性が出現するんだが、彼女はそれを『着込んで』の戦闘を得意とする」
あの俺の身体をボロボロにした馬鹿力はそういうカラクリか。到底小学生ボディから繰り出されるパワーとはとても思えなかったしな。
「とまあ、こんな感じで魔女の力の使い方にも千差万別、色々あるという訳だ。まあこの学院自体結構そこら辺で魔女同士の戦いは勃発する。風紀委員が目を光らせているから死亡した者は未だに居ないがね……というかそもそもなんで仙桃を食べてもキミは生きているのかな?身体が爆発四散するというのが通説だが……」
「え?睾丸が爆発するんじゃないんですの?」
一人目を丸くするバーバンシーを他所に、ミコは俺の両頬を手のひらでぐりぐりとコネ回す。俺がそれを嫌がり身をよじるのを彼女はニタニタと「ヒッヒ」と笑いながら俺を興味深く見つめる。
そんな俺たちを断ち切るようにバーバンシーは手を叩いてミコを引き剥がした。
「ほら先生もまた明日早いんですから。…あ、アリスさん?わたくしがお皿洗いは済ませておきますからお風呂に入ってさっぱりしてきてはどうです?」
「いえ、そんな。わたくしここの寮母を任された訳ですし」
「いいですから!昨日までわたくしが皿洗い係だったので調子が狂いますの!ほら背中流してあげますから」
アリスはそのままバーバンシーに連行されるような形で風呂場に連れていかれた。部屋を出る際にアリスが目で何かを訴えかけていたが俺はニヤニヤと笑い、意地悪く二人を見送った。
その後、顔をほんのり紅潮させて風呂場から帰ってきたバーバンシーは皿を手に取りそのまま皿洗いを開始する。暇なのでなんとなく置いてあった布巾で机を拭いて汚れを洗い流そうと俺はキッチンに向かう。
「……」
「……」
気まずい。
水が流れる音と皿同士が軽くぶつかりカチャカチャと鳴る音だけがリビングに流れる。なんとなく変な雰囲気を感じるまま、それまで無言だったバーバンシーがおずおずと口を開いた。
「あの…すみませんでした」
「へ?」
まさかの謝罪の句に俺は間抜けな声を出してしまう。
「…なにが?」
「先ほど生徒会長からお風呂場の一件での説明がありまして。何故生徒会長からあなたの騒動の色々を弁明されたのはよく分かりませんが、全てわたくしの勘違いだったらしくて…その…変態などと……」
驚いた。思わず俺は目を丸くしてしまう。
だって今まであんなに気丈に振舞っていた彼女が二人きりになった途端急にしおらしくなってしまったのだから。
不味い不味い。俺は女のこういった場面に出くわした経験が無い。故に対処法も免疫もゼロだ。ああほらこんな事考えてるうちになんか空気悪くなってる気がするもん。もう若干彼女目の端涙で滲みつつあるし。でもそれで言ったらあれだよな。女ってなんでこんな感じの空気になると大体泣く確定演出入るんだろうなああ嫌だ嫌だとっととこの空気から解放されたいーーーー
「い、いや…まあ…」
「…?」
イオリの貧弱な脳味噌をフル回転させ、絞って絞って絞り出した王手の答え。というか早くこの場から逃げ出したくてしょうがないので喉からポロッと溢れ出た、という方が近いと思う。
「お、俺も…ちんちん見せたし…あ、あいこ…で良いんじゃね…?」
あ、完全に失敗した。
ほら、バーバンシー完全に固まってるもん。時止まっちゃってますやん。「こいつ何言ってんの?」みたいな目がほんとに痛いって。大事な場面で滑り散らかした空気になっちゃったよもう。痛いよ〜〜視線がめっちゃ痛いよ〜〜!!
「あ、待て!今の無しーー」
「ぷは、あはははははは!あなたバカなんじゃないんですの!?あー、お腹痛い!」
「え?」
なんでこの女はこの意味不明な答えに大爆笑という返答をくれたのだろう。ちんちんとウンコで喜ぶのは小学生までじゃないのか?
そんな『?』マークを浮かべる俺を見かねてか、彼女は右手を差し出した。思わず俺は少し仰け反ってしまう。
「な、何これ?」
「ふふ…『握手』ですわ。仲直りの証でしてよ?」
「仲直り?」
ああ、そう言えばババアにも求められたっけな、コレ。あの時はなんとなく握り返したがそういう意味もあるのか。
俺は考える余裕も無く、反射的にバーバンシーの差し出した手を握り返した。
「はい、仲直り完了ですわ!わたくし達、良いお友達になれそうですわね!」
「お友達?」
「…違いますの?」
そうか、友達だ。俺は今までまともな同年代と遊んだことは無かったな。言うならパチスロとタバコが俺の友達みたいな物だった。
…いや、そっか。この空気だ。どこまでも和やかな親しい者同士の間で流れる穏やかな空気。正直あんなバカみたいな答えでここまで持ち直したのはよく分からないが、なんかニコニコしてるし握り返しておくのが吉と見た。
俺は瞳を涙でちょっとだけ潤ませたバーバンシーの手を少しだけ握る力を強めた。
「ーーああ、友達だ!よろしくな!バーバンシー!」
今日の成果。
初めての友達が出来た。