第5話 学生寮に住もう!
「……なんであなたがここに居るんですの!?」
「そりゃこっちの台詞だよ…」
俺の右手に持ってる転移黒片を彼女は一瞥すると、どこか腑に落ちないような顔をしつつもそのまま扉を開けて中に入れてくれた。
「…下履いたら?」
「言われなくても分かってます!」
そのまま彼女は廊下の突き当たりの階段に登って行ってしまい、俺は玄関に取り残された。キョロキョロと見渡すと最近飾られたばかりなのか瑞々しい生け花が靴箱の上に飾ってある。
「おじゃましまーす」
イオリは履いていた靴を脱いで玄関を上がると、さっきの金髪とは入れ違いで背丈の小さな銀髪の少女がトタトタと駆け下りてきた。その見覚えのある背格好を見て俺は心から安堵する。
「坊ちゃん!」
「アリス…!」
ようやく知り合いに出会えた。ここに来てから散々な目にあったこともあり軽く涙さえ出てくる。
「どこいってたんですか!?心配してたんですから…って、どうしたんですかその格好!?」
「え?」
俺は改めて自分の衣服を見下ろすと、女物の制服を着用し、身体は血まみれ、あまりにも酷過ぎる格好だ。
「それにはちょっと色々あってな…」
イオリはこれまでの経緯を説明した。
「……なるほど、そんな事が。坊ちゃん、後でその風紀委員長とやらの所に案内して頂けますか?私が、この手で」
アリスはその報告を聞いて憤慨した。彼女の周りが極低温に覆われ若干床に氷の霜が出来始めている。見た目は小学生にしか見えないのに凄い気迫だ。
「待て待て待て!良いから!そこまでしなくていいから!」
「ですが…」
「……何やってるんですのあなたたち……」
階段から降りてきた金髪から呆れたように声を掛けられた。先ほどのラフな格好では無くしっかりパジャマを来て動物のデザインが施されたスリッパを履いている。
「バーバンシーさま、お騒がせしたのなら申し訳ございません」
「あらアリス。あなたが謝る事はなくてよ。どうせそこの変態が何かやらかしたんでしょう」
どこか親しげなその会話にイオリは違和感を覚えた。
「…あれ、二人は知り合いなのか?」
「ええ。と言っても先ほど知り合ったばかりですが。まあ付き合いは長くなりそうですし」
「…ああ、言い忘れてました坊ちゃん。私、このペントライク院の寮母を任される事になりました。何かとご不便掛けると思いますが改めてよろしくお願いいたします」
「ーー寮母!?」
思いがけないその告白に俺はつい声を張り上げてしまう。
「はい、私の部屋に紙が置いてありまして。ビクトリア学院長がペントライクの寮母をするのなら、とこの学院での滞在を許可されましたので。坊ちゃんも知っての通り、炊事洗濯などの家事はなんでもござれ。です!」
メイド服の袖をまくってアリスは俺に力こぶを見せるポーズを取った。まあでもそもそもアリスは魔族なので仙桃を食しても天司の弾丸は使えないのだ。ならばこの寮長というのが適任なんだろう。
「これでやっと家事の苦しみから解放されますわ…!それでは早速夕飯の支度お願いできますか?」
「はい、お任せ下さい。坊ちゃんもだいぶお疲れのようですからお風呂に入ってきてはいかがですか?」
「ああ、うん。ていうか…」
俺はバーバンシーを見つめる。
「お前、お嬢様じゃないの?なんでこんなボロい洋館なんかに住んでるんだ?あと護衛の二人はどこ行った?」
瞬間、バーバンシーは固まった。まるで蛇に睨まれたカエルのような。図星を突かれて何も反論出来なくなった子供のような。
「え、ええ!勿論?わたくしは?『超』!!お嬢様でしてよ?社会勉強みたいなモンですわ!」
「ふーん…。護衛の二人は?」
「ああ、それは…」
バーバンシーがパチン、と指を鳴らすと彼女の背後に浴場で出会ったあの二人が現れた。
「さっきから黙って聞いていれバ!」
「お嬢様に対してなんとも無礼な態度デスね!」
浴場の時とは服装は打って代わり、この学院の制服を着用しており、手にはあの時みた銀斧が对になって握られている。
「……どうなってんの?」
「え?どうもこうもこれがわたくしのリングですのよ?」
「ええ!?」
改めてイオリは出現した二人に近付いてジロジロと観察するように見つめる。
「ちょっ、近いデス!」
「どうなってんだ、本物の人間にしか見えないぞ…」
「あ、頭を撫でないで下サイ!」
若干の抵抗を見せる二人を尻目にバーバンシーは得意そうな顔をした。
「ふふん、でしょう?この学院内でも数少ない完全自律型のリング、『悪霊たちの管理人』!とっても役に立つ、わたくしの自慢の子達ですわよ!」
「へえ、凄いな…」
まじまじと見てもやはり本物の人間にしか見えない。どことなくアホっぽい彼女だがこれでも結構天才よりの人間かもしれない。
イオリがそんな事を考えていると、玄関に飾り付けてあった木彫りの鳩が、首を縦に揺らしながら鳴き声を発した。
『ホロッホ、ホーホー。ホロッホ、ホーホー』
「うわ、びっくりした」
「なんでございますかね、これ」
俺とアリスが謎の鳩を見つめるとバーバンシーはどことなく焦ったような表情でまくし立てた。
「ほらほら!アリスさんはご飯の準備!えーと、イオリさんは早いとこ一風呂浴びてきなさいな、汚らしい。はい解散!」
言うだけ言うとバーバンシーは駆け足で階段を駆け上がって行ってしまった。
「どうしたんだアイツ」
「さあ…?」
○○○○○
俺はアリスに案内されてお風呂場にやってきた。正直風呂に関してはもういい思い出が無いのでさっさと上がってメシ食ってさっさと眠りに付きたい。
俺は素早く女物の服をまくるように脱ぎ捨て、再度全裸になるとタオルを片手に勢いよく風呂の扉を開けた。同時にぷん、と香る独特の香り。
「……酒くさ!」
何故こんな匂いが充満しているかはさておき、風呂場に入ってきてまず一番最初に目に飛び込んでくるのはそう、洗面器やらシャワー台、シャンプー・リンスその他諸々だ。ここまでは良いとしよう。
少し左に首を傾けるとお湯が張った浴槽が視界に入った。酒瓶が五本ぷかぷか浮いており、その中央に巨大な白い何かが浮いていた。
一瞬俺は固まって、その物体を見つめ直した。頭がフリーズした、という方が間違いないかもしれない。
巨大な桃のようなその形。先ほどは気づかなかったが、酒瓶三本に潰されるような形で埋もれた長い髪の毛。
「うわああああああ!死体だあああああ!!!」
今日一の悲鳴がペントライク院に響き渡った。