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第4話 霧の中の狂父-ミスト・ファーザー-


「……?」


肌がピリつく。唇が乾く。

これは違う、彼女は消えたのでは無い。


()()()()()()()()()()。どういうつもりか彼女は『天使の弾丸(リング)』を発動させてここで戦闘を開始するつもりなのだ。


…何の目的で?


俺がそんな事を考えているとシャツの袖を不意に引っ張られた。


「…何か?」


エリカは首を傾げて俺を見つめる。


彼女の方へ振り向いたはいいがどう考えてもおかしい、彼女とは距離が空き過ぎている。


…違う、引っ張ったのは彼女じゃない。


そこで一旦思考を挟む暇も無く突如、何も無い所から()()()()()()()


「んごッ…!?」


俺はそのまま為す術なく後方へ吹き飛ばされ、トロフィーやなんやらが飾られている棚に激突した。


「委員長、あんまり暴れ過ぎないで下さいね〜」


エリカはやんわりと言い放った。これが日常茶飯事とでも言うのか?


「(……何も見えなかった、見えない所から攻撃された。という事はこれが)」


『ぷぷ〜☆こんなのも避けられないとかざこすぎ!こんなのまだ序の口だよ?』


「!!」


どこからともなくあの神経を逆撫でするようなウザったい声が聞こえてくる。しかし場所までは把握出来なかった。まるで脳そのものに語りかけてくるような不思議な語り心地だ。


『ねえ、出しなよお兄ちゃんのリング……!』


何も無いはずの空間から右耳に息を吹きかけられる。


「ーーテメェ!」


イオリは咄嗟にその場から跳ね退くと同時に、六本の触手を展開。地面に体勢を低くし、部屋の角に身を固めた。


『アハ!そんなに姿勢を低くしちゃってワンちゃんみた〜い!!キモすぎ☆』


俺は何も無い天井を見上げて睨み付けた。


「…それがお前の魔女の力か、クソガキ」


『うん、これがリコの天司の弾丸(リング)霧の中の狂父(ミスト・ファーザー)!リコはミクロレベルで身体を細分化出来るんだ〜☆こうなったリコは無敵だけど〜、このままじゃリコもダメージを与えることができないの。えーんえーん!』


「……へえ、じゃあどうやっ……てッ!!?」


今度は膝に重い衝撃が加わり、イオリが思わず体勢を立て直そうと顔を上げるとその瞬間に今度は顎をアッパーで突き上げられる。膝に激痛が入り、顎の骨は少し砕けたような音が骨を伝って耳に届いた。多分膝の骨も無事では無い。


「ごふ…っ!」


『でもー、こうやって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「は、はは……ガキのピヨピヨパンチなんざこれっぽちも効かないなあ……」


フラフラと俺は立ち上がり、触手で防御を張ろうと身体を覆い隠すように触手全体でガードの体勢を取った。


しかし疑問が残る。あの華奢な体躯、どう見積っても小学生のような体型、体重なんて40キロも無いように見える。


通常、殴った際の破壊力と言うのは筋肉の有無やパンチの善し悪しでそのパワーは増えていくが、どう考えても俺に放ったあの一撃は小学生の力を優に超えている。それこそ格闘技経験者の重い一撃とそう大差は無いだろう。


ならば何故?何故あの子供はそれほどの一撃を繰り出せた?


『リコみたいな小さいのがなんでこんな力あるんだろ、とかざこっぽいこと考えてそうだね、お兄ちゃん』


「!」


自分の考えが見透かされようなそのセリフに俺は心臓が一瞬跳ね上がった。


『いいよ〜、教えたげる!リコは先輩だからね!まずリングには種類があるの!それが大きくざっくり分けると『近距離タイプ』リングと『遠距離タイプ』リング。遠距離タイプは射程が伸びるけどパワーが落ちて近距離タイプはその逆って感じ!リコの「霧の中の狂父(ミスト・ファーザー)」はどちらかって言うと近距離タイプだね☆』


「…なんだか歯切れが悪いな」


俺はこのリコの説明を黙って聞いているのには訳があった。


俺は視線を膝に移すと、皮膚の下から()()()()()、痛みはどんどんと消え失せていった。アゴの方も同じことが言える。


詰まるところ時間稼ぎであった。


「へえ、じゃあ俺の触手(こいつ)は近距離タイプって事か」


『うーんそれなんだけど…近距離タイプにしては()()()()()()()()()()()()☆そのウネウネ、そこまで射程も長くないのに展開に時間かかってるから操作性も悪そうだし!リコだったらそんなキモイリングだったら泣いちゃうかも☆』


てへ☆、と猫なで声が聞こえてくるが気にしない。しかし助かった。おかげで顎も膝もすっかり修復が完了した。イオリはおもむろに立ち上がると1本ずつ触手を薄く伸ばし、右に三本、左に三本ずつ、触手共を扇状に広げて前方に構えた。


「…叩き潰せ!」


俺は夏場に蚊を叩き潰すように、触手と触手を思い切りぶつけ合わせた。それこそ何も無い空間に向かって。当然のごとく攻撃は宙を切る。


『アハハハハ!!どこ見てるのお兄ちゃん!』


リコの高笑いが聞こえたかと思うと今度は右肩が回転するようにめり込み、遅れて血が吹き出した。続けて左肩、右脚太腿、左脚脛に立て続けに攻撃が叩き込まれる。白シャツが徐々に赤色に染まっていく。


『へえ、ゆっくりだけど再生能力があるんだ!…それがどうかしたって感じだけど☆』


リコは容赦なく肋骨を殴り付ける。


「ぐ…っ!!」


俺は片膝を付きながらもダメ元で触手を振り回すが、当然何の手応えもない。


『しょうがないなあ。お兄ちゃんざこすぎだからぁ、リコに一回でも触れられたら〜、お兄ちゃんの勝ちってことでいいよ☆』


「それ、は…ありがたい…なッ!」


『キャハ、まったはっずれ〜☆』


高速不可視の連続攻撃。先程とは違い、一陣の風邪が吹いたかと思うと頬の横を削がれたように血が流れた。少なくとも下半身に数十、上半身に十何ヶ所、遅れて再び顔のまぶたの上に一つと、鼻の右横を一つと斬り付けられる。


それは全て肩に空いた穴のような重症では無いが、小さなナイフで刻まれたような傷はイオリの血液を身体から外に流出させるには充分過ぎるほどの傷だった。


その間にも力任せに触手を叩きつけるが全て無駄。


気が付けば俺は扉にもたれかかり、息をするのも絶え絶えになっていた。


『…はあ、もう終わり?つまんないの。所詮よわい『男』なんてこんなもんだよね』


「……」


反論しようにも俺はもはや虫の息。呼吸するのもキツく、視界もぼやけてきていた。それと同時に今まで背中に展開していた触手から生気が無くなり萎んで行くのが何となく伝わってきた。


『お兄ちゃんさ、やめちゃいなよこの学院。学院長がお兄ちゃんの転入を公式発表したら間違いなく混乱が起きるの。で、それを処理するのが風紀委員会(わたしたち)ってわけ。しょーじきめんどくさいんだよね☆』


俺は息を切らしながら、絞り出すように声を出した。


「…嫌だと言ったら?」


『右手か左手、どっち残して欲しいか聞いてあげる☆』


「…左手で」


『おっけ〜☆』


それが冗談でもなんでもないことは俺自身よく分かっていた。何となくだが空気が重くなった気がした。そして攻撃の前兆を伝えてくれる風が頬を撫でた。



()()()()()()()()()()


俺は素早く六本の触手を再展開し、角度を調整して何も無い床を睨みつける。


すると、来た。


()()()()()()()()()()()()


「なっ…!?」


「ーー捕まえろ!」


触手は覆い被さるようにリコを覆い、そのまま地面に押し付けた。身動きの取れなくなった彼女はじたばたと暴れる。


「くそっ…!なんで!!?」


「おい」


俺はニヤニヤと笑いながらリコに近付き、顔を近づけた。


()()()()()()


「〜〜〜〜!!!!!」


声にならない悲鳴と怒号が混ざりあったような声を上げてリコは真っ赤に顔を染める。その目にはうっすらと涙さえも浮かんでいた。


「いや見事です」


不意に何者かから声を掛けられる。

すると先ほどまでと少し纏う雰囲気がなんとなく違ったエリカがそこに立っていた。


「……ああ、不思議そうな顔をしないで下さい。すいません、私さっき少し嘘をつきました。実は私風紀委員所属ではなく、生徒会でこの学院を統括する会長をやらせて頂いております」


そこに居たのはイオリが発破を掛けてたじろいで居た芋っぽい丸眼鏡女ではなく、凛とした雰囲気を纏った大和撫子が立っていた。


「…何故ここにそんな会長さんが?」


「いやただの偶然ですよ。そこで暴れてるリコは数少ない友人でしてね。良ければ離して貰えませんか?」


「ああ、はい」


俺が触手の拘束を解くと、リコはネコ科動物のように『フシュー、フシュー』と息を巻き、俺を睨み上げる。


「え、エリカちゃん!こいつ私のおっぱい触った…!」


「仕掛けたのはリコだろう…」


エリカは呆れたように答える。


「というかあの、生徒会長。ボクの風呂場の一件…」


「ああ大丈夫です。彼女たちには私から説明しておきましょう。私も過去にやらかした事が有りましてね…、それはそれは酷い目に……」


どこか遠い目をするエリカ生徒会長。思いの外彼女はドジっ子属性があるのかもしれない。俺はどことなくそう思った。


「これ、置き忘れてましたよ」


「あっ!俺の服!」


「君たちがドンパチやってる最中に拾って来たんです。あとついでにコレも。学院内の主要な設備を最低限記しておきました。多分学院生活で不自由な事は無いと思いますよ」


生徒会長から元々着用していた服とメモが描かれた紙を手渡される。この人、多分めちゃくちゃ優秀なタイプだ。


「すいません、わざわざありがとうございます!」


「いやお礼には及びません、ただ」


「?」


少しだけエリカ生徒会長の表情が重たくなった気がした。


「どうやってリコの『霧の中の狂父(ミスト・ファーザー)』を見破れたのでしょう?参考までに教えて頂けませんか?」


「……ああ、それは簡単ですよ。リコのリングは『霧そのもの』に成れる能力では無く『身体を細分化』する能力。ミクロレベルまで小さくなり攻撃は無効化、しかも自身が攻撃する時だけ実体化すれば良いだけなのでかなり凶悪な力だと思います。現に強かったし。しかし」


「しかし?」


「『強すぎる』んですよね。だから自分のリングをペラペラ喋って油断した。で、俺はその情報を元に一つの結論を出しました。()()()()()()()()()()()?と。身体を細分化させる。確かに強い。でもそれって逆に考えると『小さな肉の塊が空気中にいっぱい存在する』ってことになります」


「ちょっと!リコのリングをそんなグロい感じで言わないでよ!」


「はいはい、黙って聞こうなクソガキ☆」


「殺す!いつか絶対殺す!」


生徒会長の背後で静かにしていたリコが声を荒らげ、生徒会長が優しくリコの頭を撫でる。


「火事の煙と一緒ですよ。密度の濃い空気の塊は地面に溜まりやすいんです。現に俺が壁にもたれかかった時も頭に攻撃を寄せていくにつれて、攻撃頻度も速度も遅くなりました。ここで下から攻撃しているのだと予想を付けました。そして最後の質問。『左手と右手』。これで俺は左手と答えて『誘導口』を作って、彼女の実体化に合わせて触手で押し倒したって感じです」


「なるほど。リコは戦い方であと一歩及ばなかった、という訳訳ですね。……リコ?」


「……もん」


「なんて?」


リコは含んだように何かを呟いたがそれを聞き取れずに俺は聞き返した。


「リコ!負けてないもん!!!」


ひーん、と泣きながらリコは風紀委員長室から逃げ出した。それはもう脱兎のごとく。とてもとても速い逃げ足だった。


「あっ、こら!……全くもう、すみませんイオリくん。ここは私が片付けておくので、キミは明日に備えてゆっくり休んでいて下さい。時間帯的にも、もう遅いですから」


「いや、俺も手伝いますよ」


それまで部屋に飾ってあったトロフィーやら賞状やら机や椅子がもうグチャグチャになってそこらに散乱している。なんなら若干飛び散った血に俺は責任を感じてしまい、そう返答した。


「はは、良いんですよ。ここは私に任せて下さい。生徒会長命令です」


エリカはそう言うと、白い歯を見せてはにかんだ。


「…じゃあ、そういう事なら。すみません、お先失礼します。……名前何でしたっけ」


「ペントライク院です。…もう二度と間違えないで下さいね?」


「は、はは…」


乾いた笑いが漏れ出た。2度ともクソも、こっちから願い下げである。


「そう言えば君の名前はなんて言うんですか?」


「イオリ・シン。改めてよろしくお願いします」


「そうですか。私はエリカ・ホロティウス。ぜひに」


エリカが握手のポーズを求めるとイオリもそれに応じて握手を返した。


「生徒会長、結構手、柔らかいんですね」


その返答が予想外だったのか、丸眼鏡をくい、と上げてイオリに向かって呟いた。


「ボコボコにされた顔じゃなかったら、そのキザな言葉も結構良かったんですけどね」


「ひいん…」


○○○○○


いざこざも終わり、勝手に昼間だとおもっていたのがその実辺りはすっかり夜になっていた。俺は転移黒片(ブラックカード)片手に念じると、どこか寂れた雰囲気の漂うデカい洋館の前にワープしていた。正直ボロい。

辺りを見渡しても地平線と田んぼが広がるばかり。心無しか家畜の糞の匂いが漂う気すらした。


どこかから鳥の鳴き声が聞こえ、荒れ放題の庭にはやせ細った種類も分からないような樹木が点々と伸びている。灰色のネームプレートらしきものには消えかけた文字で『ペントライク院』と記されている。洋館を覗くと一応明かりは点いていて、人の存在は確認できた。多分先に来たアリスが明かりを点けたのだろう。


意を決して俺はステンドグラスがはめ込まれた扉をノックする。


「はーい」


快活そうな女の声が聞こえて来た。仲良くなれれば良いのだが。扉はゆっくりと開き、俺はその人物が目に飛び込んできた。


ブロンドの金髪を腰まで垂らした髪の長い女。それがアイスを咥えながら髪をタオルで拭きつつ俺を出迎えた。しかしその格好が問題だった。

下が派手な装飾をしたピンク色のパンツで上が青色パジャマを羽織ってるだけでばっちり下着が見えている。


しかも最悪なことに俺はその女に見覚えがあった。


「……」


「……」


「…久しぶり」


「いやあああああああ!!!!」



お風呂での攻防の再来である。




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