第3話 クソガキ
俺は黒セーラー服の丸眼鏡おさげ女に雑に引きずられながらある扉の前まで来ていた。というか何で作られているんだこの網、硬くもなければ柔らかい訳でも無い。もがくたびに身体が巻き込まれるようにして身動きを制限される。
丸眼鏡の女はその重厚そうな扉を開くと俺は打ち捨てられるように投げ出された。
「いって!」
「委員長、通報を受けて例の変態を捕獲してきました」
「おつかれさま〜☆」
何やら数々の勲章やトロフィーがズラリと並び壁には表彰状が飾られている、有り体に言ってしまえば小学校の時の校長先生部屋みたいな所に案内された。
ただしそこに座っていたのは頭がハゲ散らかしたオッサンでは無く、どう見積っても小学生にしか見えない黒髪ツインテールの少女だった。あまりにもその部屋の空気にマッチしていない。
「毎年、何かしらこういう手合いは学院に侵入しますが今年はまさか全裸で風呂場に出現するとは…。また対策を講じなければいけませんね」
「それなんだけど」
少女は机に広げてあった新聞を拾い上げて、ある特定の部分に指をさして眼鏡女に見るように促した。
「ほら、ここの部分。先週ウチの生徒が『呪魔』化した件あったじゃん?それを鎮めたのが、どうも彼っぽいんだよね〜☆」
そこにはデカデカと『世界初!?魔女の力を持つ少年、現る!!』と灰燼と化した建物の中央に立ち竦んだ背中から異形の触手が生えた俺の後ろ姿が写し出されていた。
少女は軽薄そうな薄ら笑いを浮かべてけらけらと笑う。
……『呪魔』って何?
「…はい?校外学習の一環でセイボリー街に出向いた生徒が何らかの影響で呪魔化して美化委員に処理された、というのは耳にしましたが……」
「違うよ〜☆真相はぁ、呪魔化した生徒を鎮圧させた男の『魔女』が、呪魔から人間の姿に戻してウチの学院長が連れてきた…ってね。あ、これ内緒のヤツだった」
「それがこの変態と何の関係が?」
「その連れてきた男の『魔女』っていうのが」
少女は俺に近寄ると俺がどんなに頑張っても解けなかった網をやすやすと引き千切り、俺の顎に指を添えた。
「まさか」
「ピンポーン☆この変態さん、てこと。で、それで合ってる?お兄ちゃん」
俺は無言で首を縦に振った。
「助けてくれたのは例を言うが、俺はお前の兄になったつもりはない」
「え〜?網から抜け出せなかったざこなのに〜」
「……」
なんかいちいち癪にさわるなこのガキ……。
「おいそこのポンコツ眼鏡!」
何か後ろでダラダラと顔を真っ青にして「取り返しのつかないことをしてしまった」と言わんばかりの表情を浮かべるおさげの丸眼鏡女に声を掛ける。
「ひ、ひゃい!」
「なんか羽織る物ない?」
彼女はそれを聞くが早いか、部屋の隅に置いてあった木箱を漁ると一着の着替えセットを取り出して俺に渡してきた。
俺はありがとう、と一言例を言うとその着替えセットに目をやり、うげ、と声を上げた。
「……これ女子用じゃん……」
「か、替えが無かった物で……」
「まあいいや、風呂場に俺の着替えが残ってると思うから。それ後で回収してくれない?ほら俺男で入れないからさ」
「わ、分かりました」
俺はスカートを手にかけて装着する。なんだかスースーして変な感じがする。
そのまま上着にも手を掛けて着々と着替えを進めていると背後から声をかけられた。
「…純粋に疑問なんだけどさあ?」
「なんだよ」
「どうやって『呪魔』化したあの娘を元に戻せたの?」
「質問に質問を返すようで悪いが、そもそも呪魔化って何?さっき来たばかりでそういうのには疎いんだ」
「へえ、おかしなこと言うんだ。お兄ちゃん、第3保健室に運び込まれたの1週間前のことだよ?」
俺は少女から放たれたその事実に愕然とする。
「1週間…!?んな馬鹿な」
「んーん?ホントだよ?ヒオって知ってる?」
一瞬誰だっけ?と頭を巡ったが、そうだ思い出した、保健室で俺を看病していたあの桃色の髪をした少女。
「あの娘、リコの妹なんだ〜。ちょっと保健委員のヒオに用事があって1週間前に第3保健室まで言ったらなんとビックリこの学院創立して初めての『男』を学院長が担ぎこんでたんだもの。扉越しに色々盗聴ちゃった」
テヘ、と舌を出して可愛らしくウインクする。
「おおかた学院長から転移黒片貰って寮に転移しようと思ったら名前間違えてお風呂場に飛んじゃったんでしょ?第3保健室ってここから超離れてるから移動系の天使の弾丸の持ち主でも無い限りこんな短時間の移動なんて無理なんだよね」
この少女、見た目に反してひよっとしてめちゃくちゃ頭が良いのでは?イオリはそう訝しんだ。
「そう!そうなんだよ!良かった…!やっと理解者が現れた…!」
俺は感動で目を潤わせた。事の発端は俺の言い間違いとはいえおよそ人と思われない扱いをされ実はそこそこ傷ついていたのだ。
目の前のクソ生意気な幼女が一変して聖女に見えてくる。
「ていうかお兄ちゃん呪魔も知らないの?知識量ざこ過ぎ〜!脳みそつるつる!毛虫並み!ぷーくすくす!」
前言撤回、きっとこいつの両親は悪魔に違いない。
「それは風紀委員長の代わりに私が説明します。『呪魔』というのは魔女の力を行使する過程で過負荷、もしくはなんらかの外的要因から生み出される怪物の総称の事です。あなたが戦闘したのも『呪魔』ですね」
俺たちがあのパチンコの景品交換所で戦闘したあの頭の肥大化した化け物の事か。
「ちなみに仙桃が適合しなかったらその娘も呪魔化します。男性は呪魔化しないで爆裂死するらしいですが……」
「…どうした眼鏡女」
彼女はイオリを見上げて訝しげに見つめる。
「眼鏡女じゃありません、私の名前はエリカです」
「そうか、じゃあエリカ。なんでそんなに食い込むほど俺を睨みつけるんだ?」
「…やっぱり信じられません、男の『魔女』なんて。呪魔の件に然りにわかには信じられないです。過去に呪魔化した人間を元に戻す方法なんてどの文献を漁っても出てきませんし胡散臭さしかありません」
「…て言われてもなあ…」
機を見計らったように少女がイオリに問い掛けた。
「そういえばお兄ちゃんカードも無いのにどうやって寮に行くつもりなの?」
「え?それはエリカに」
「ぶっぶー、お兄ちゃん、なに様のつもり?ここの姫はリコ。この風紀委員を統括する天才美少女リコちゃんの許可も無く勝手にエリカちゃんを使うとかそれは道理が通らなく無い?」
一瞬で空気が変わった。
その薄ら笑いはなおも変わらないが、なんというか、殺意がそこには新たに添加されているように見えた。
「…じゃあ、どうしろと?」
「『魔女』二人が何か争うなら方法は一つ、死なないでね、お兄ちゃん♡」
音もなく、彼女は目の前から消え失せた。