第2話 パンツ下ろそっかなあ!?
「きゃあああ!?男ですわ!?野蛮人が覗きに入ってますわあああ!」
急いで俺から飛び退いたその女は顔を真っ青にしてタオルで身体を隠しつつ悲鳴を上げた。たまらず俺は弁解する。
「違う!誤解だ!俺はこのカードを使って」
「うるさいですわこの性犯罪者!」
「いってえ!蹴ったなテメェ!」
「まあ、なんて乱暴な口調!誰か!誰か助けてー!」
裸の女は自身の身の危険でも感じたのか、わりと情け容赦の無い前蹴りが俺の胸にダイレクトアタック。そこそこ痛くて俺は胸を抑えて悶絶した。
そして悲鳴に駆けつけるように顔がそっくりなお団子頭の女の子二人が現れ、彼女を守るように俺の目の前に怒りの形相で立ちはだかる。
「お嬢様には指一本触れさせまセン!」
「風紀委員は呼ばせて貰いました!妙な動きをしたらその腕へし折りマス!」
妙な語尾を使うが息ピッタリのその二人は、銀に輝くハルバードをどこからが取り出して、ハサミのようにクロスさせて俺の首に突きつけた。事前に打ち合わせでもしてたかのようにピッタリな動きだ。
そして俺の頭にひとつの疑問符が。
「風紀委員?」
「なにとぼけてるんデスか?この学院最高規模を誇る、戦闘能力に特化した『魔女』で構成された治安維持部隊デス!」
「このまま帝都にアナタは引き摺られて絞首刑になるデショウ!ご愁傷さまデス!」
「ちょっと待て!何を誤解してるのか知らないが俺はれっきとした『魔女』だ!ほら、学院長から学院内を自由に動き回れる移動用のカードだって貰ってる!」
俺は暑さのあまり脱いだ上着からビクトリアから貰った黒いカードを急いで探す。一口齧って腐りかけのベチョベチョの仙桃に指が当たり、更に憂鬱な気分に苛まされる。
雑念を振り払い、例のカードを別のポケットから素早く取り出して三人に見せつけるように突きつけた。
「はあ?笑わせないで下さいな。男の魔女なんて聞いた事もありませんわ。仙桃を食べた男は睾丸が爆発して死ぬってライゼンさんも仰ってましたもの」
誰だそいつ。この学院でライゼンさんに会うことがあれば、男の尊厳の為にも、その微妙に異なった情報を真っ先に修正頂こう。
「それにそのブラックカードはこの魔女学院でも、上位数名の精鋭の魔女にしか与えられまセン」
「どこでそれを手に入れたのか知りまセンが、到底アナタみたいな変態が持っていて良いカードでは無いのデス!」
「話が通じねーなお前ら!ほら見ろよ!」
俺は背中に意識を集中させて六本の触手を生やした。
「ほれみろこれでどうだ!?」
「…気持ち悪いデスね」
「先週お嬢様と帝都で買ったゾンビゲームの敵キャラにこんなの居ましたよネ!」
「散々な言われようだ!」
俺だって望んでこんな大腸みたいな触手を欲したわけじゃ無いのに、年頃の可愛めな女子から言われる率直な感想に俺は思わず涙を流した。
そんな悲しみを隠しきれない俺に追撃するように悲報が届く。
「お嬢様!風紀委員がもうすぐそこまで来ているようデス!」
「反省しなさい性犯罪者!どうせその触手も幻惑魔法でしょうけども、風紀委員に嘘は通じませんことよ!私の裸体を拝み、あろう事かそのむ、胸を揉みしだくなんて死に値します!帝都で司法に裁いて貰うがいいわ!」
「クソ……」
その『風紀委員』がどれほど強いのか知らないが、あの赤い部屋でババアに見せつけられた『魔女』としての力量の差を思い出すと、俺はまだまだ魔女の力を使いこなせていないと切に思う。たぶん、高確率で敗北すること間違い無しだ。
何か無いか?この窮地を脱する画期的なアイデアは……。
しばし無言で考えを張り巡らすと、ある一つの方法が思い浮かんだ。しかしあまりにもやりたくないというか倫理観に欠けているというか。
俺は悩みに悩み抜いて、ゆっくりと立ち上がった。
「…………」
「な、なんですの…」
「急に立ち上がりまシタね…」
思わず双子はハルバードを下ろし、俺を凝視する。
「あ、あなた、これ以上罪を重ねたら…」
「…実は俺、最近上手く行ってなくてな…。その、自殺を考えていて…さっき…その…」
「なっ、なんですの…?」
俺はポケットに手を伸ばし、暑さで更にベッチョベチョになった齧りかけの仙桃を取り出した。
「齧りかけの…」
「…仙桃!?」
「そう、だから今から俺の金玉は…」
「ーー爆発する!?」
「きゃあああ!!逃げて下サイ!お嬢様!」
「おっと、ズボンを履いたままだと威力が下がるかもしれないからな。やはりここは、パンツまで脱がせて貰おうかな」
「なんか言ってますわあの変態!…でっか…」
「いやぁー!!教育に悪いデスから、指の隙間から見ないで下サイお嬢様!」
「あ、あ、あなた名前は!?ここは見逃してあげますから名前だけ教えなさい!あとで事務員さんに即通報して差し上げますから!」
「イオリと言います。以後よろしく」
「早くパンツ履いてくださいまし!」
逆に俺が本当に侵入犯だとしても名前は言わねーだろ。
あれ?だとしても俺は今女の子たちの前で生まれたままのすっぽんぽん状態だ。これ普通にアウトでは?
そして嵐のような割れんばかりの悲鳴の後、彼女たちは風呂場を去っていた。
俺はそのまま脱衣場を後にしようと暖簾をくぐると、俺を捕縛しに来たのか湯浴みに着たのか、手に網を携えた黒いセーラー服を着用した丸眼鏡の女と目が合った。当然俺はすっぽんぽん。
「…………」
「…………」
「………こんにちは!」
「変態です!変態が出ました!!…え!?侵入犯もこの男!?」
「待って!誤解なんです!」
「待ちません!大人しくお縄につきなさい!」
「いやああああ!!」
「気持ち悪い悲鳴あげないで下さい!」
俺は鬼気迫る表情で網を構える彼女に踵を返し、その場から走り去ろうと床を蹴った。
「………何!?」
「ムダです!」
床を蹴ろうとしたイオリの足はまるで水の上を走らんばかりに音を立てて床に勢いよく沈んだ。
有り得ない事だが、一瞬海だか川か彷彿とさせる波紋が広がっていく。俺の身体は底なし沼と見紛うほどに液状化した床にゆっくりと飲み込まれ始めていた。
なんとなくだが、これが彼女の『魔女』の力なのか、とイオリは勘ぐった。
更に追い討ちをかけるように頭から勢い良く捕縛用の頑丈そうな網を被せられてしまう。
「むぐっ!?」
「……観念して下さい。これから貴方の処遇は風紀委員長に委ねられます。くれぐれも暴れないで下さいね」
そのまま俺は地面を引き摺られるようにして、その場を後にするのだった。