102 だれの為?
「待って下さい」
「…何?」
震えるアダムの顔を鷲掴むイオリの肩に手を置いたネブラスカが静かに尋ねた。
「…貴方は清く正しく、それでいて立派な人間じゃ決してない」
「…は、急に何言い出すかと思えば随分だな」
「でも」
イオリは後ろを振り返る。
同時に、言葉を失った。
「私が知ってる貴方は、決して弱者を痛ぶるカッコ悪い人間では無かったはずです」
そこに、泣きそうな顔をしたネルが立っていたからだ。
「…ッ!じゃあどうしろって言うんだよ…アリスを…あいつらを殺したコイツを無罪放免、逃してやれってか!?おまえの両親を殺した元凶だぞコイツは!!」
「…確かに、そうです。…私の人生は大きく狂わされました。あれの記憶が確かなら私はこれからも先生と、この男を許すことは無いでしょう。私は私の正義をねじ曲げてでも、復讐の鬼になる覚悟です」
「だったら…!」
「貴方がその役割を背負う必要は無いって事です!今の貴方はその天司の弾丸の力に酔ってるだけのただの獣、…もう一度言いますよ…今の貴方は、弱者をいたぶって悦に浸ってる、最高にカッコ悪い、最低の人間です!」
「この…!」
イオリは血走った目をネブラスカに向け、荒い呼吸のまま彼女の胸ぐらを勢いよく掴む。
「テメェ、俺はお前の為を思って…!」
「私はそんなこと頼んでいません!」
「な…」
「今のあなたはそこに転がってる男と変わらない!自己満足も大概にしたらどうですか!?」
「俺がコイツと同じだと!?コイツはな、自分の目的の為に他人をいたぶって貶めて、気持ち良くなってるだけの」
イオリはその瞬間、ネブラスカの胸ぐらから力なく手を離す。
「…あ……」
「…私は貴方がそうなるのを見たくない。もがいてもがいて泥臭くて、それでも泥の中で輝く星のような貴方が…好きだったんてます」
「違う、俺は…俺はそんなんじゃ…違うんだネブラスカ、俺は…」
夜が晴れる。満点の星は消え失せ、あの薄桃色の天井がまた空を覆う。
同時にイオリの身体を覆っていたヤギのような毛むくじゃらの体躯も光に解けるように消え、元の少年の小さな身体に戻ってしまった。
「痴話喧嘩は終わりか?クソ人間」
「テメェ、アダム…!」
まだ余力が残っていたのか、のそりと立ち上がったアダムは有無を言わさずイオリを押しのけネブラスカに手を伸ばした。
「まずはお前だ」
一瞬で自身の倍以上に肥大化したアダムの腕がネブラスカの首を掴む。
そのあまりの速度にイオリは反応が一瞬遅れ、喉から声を絞り出すことしか出来なかった。
「ネル…っ」
「…ごめんなさいイオリ。…大丈夫、私があなたを守るから」
次の瞬間、ネブラスカの頭が一瞬でアダムの巨大な腕により握り潰される。
びくん、と一瞬跳ねた彼女の身体がアダムによって雑に地面に放り出される。
「次」