プロローグ カス主人公
こんにちは!自分視点で面白いかどうかも分からないので感想頂けると勉強になります!
むかしむかしある所に人間と魔族がいました。
魔族は人間よりも秀でた力を持っており、入った者の命は保証されないといわれる前人未到の領域、「箱」から湧き出る”呪魔”と呼ばれる怪物たちから人間達と魔族を守るために魔王というリーダーを立てて世界を統治していました。
魔王はそれはそれはめっちゃくちゃ強く、外敵の尽くを討ち滅ぼしました。
こうして平和が訪れたそんなある日、人間は突然反旗を翻し内乱が起きてしまいました。これにより魔界と人間界で領土を分割する事になりますが、人間は魔王の存在が面白くありません。そこで人間達の中でも最も力に秀でた者たちを競い合わせ魔王討伐軍を作ることになりました。
その育成の本拠地こそがこの物語の主軸となる魔女学院。
世界を陥れる悪の魔王を討伐する、正義の2文字を胸に刻んだうら若き少女たちが集う場所。
さあ、波乱の物語の始まりです。
○○○○○
どんな偉い人間だってウンコはするしケツ拭く紙だってそこらの庶民と大差無い。
これはちょっと特殊な境遇な俺の話だ。
『仙桃事故、今月四人目の死傷者に』
でかでかと分かりやすいタイトルが付けられた新聞から目を離し、油と少量のインクの染みたその指を震わせながらスロットをゆっくりと左に回す。
画面から既に消えかかっていた金髪の美女が、宝箱を担ぎながら画面の奥からこちらに向かって泳いでくる。大当たりの確定演出だ。そして……。
ジャラジャラジャラジャラジャラジャラ!!!
「お、おお……!」
黒髪の少年は目の前で弾き出される銀の玉を一点に見つめ、頬から汗が一滴流れる。興奮のあまり滲み出る手汗を握り潰すように拳を固く筐体の目の前に置いた。
「7」「7」「7」と、大当たりを示す数字に反応し、脳から溢れるドーパミンを振り払うように、ボロいジャージの内ポケットからタバコを取り出して火を付けた。
少年の名前はイオリ・シン。身長165センチ。好物はコーラとギャンブル、嫌いな物は努力とコーヒー。端的に言えば自堕落なカスだ。
弱冠16歳にして魔界を追われた、生まれつき魔力0の魔王の実の息子である。
○○○○○
「ありがとうございましたー!」
4パチで大勝し、およそ元金の50倍ほどになった出玉の代わりにイオリは直径10センチほどの黄金のメッキで塗装されたぴかぴかの桃を手のうちで転がしていた。普段はモンスターのフィギュアだったり剣のレプリカだったりするのだが、ここまで大当たりすると『仙桃』のレプリカになるのか。初めて知った。
ホクホク顔で町を歩く。
その行先は勿論、町外れの景品交換所。
あくまでカジノで受け取った様々な"品物"を『買い取ってくれる』という体で現金と交換してくれる、グレー寄りな古物商店である。その右手には確かに仙桃がしっかりと握られていた。
「……坊ちゃん!!」
「げっ、アリス」
景品交換所に着いた矢先に居たのは仁王立ちする銀髪の女。身長170弱あるスレンダーな女だ。長い髪を纏めて結い、フリルの付いたメイド服を纏っている。額には怒りで青筋が浮き立ち、鬼の形相で俺を見つめる。
「アレほど今日は外出しちゃダメって言いましたよね!?」
「でも…やる事終わらせたし……」
彼女の名前はアリス・クーゲルシュライバー。
俺が赤ん坊の頃からお世話になっているメイドの一人。びっくりするほど美人だが、何故か彼氏が居るとの噂を一回も聞いたことが無い俺の世話係の一人だ。
「でもじゃないです!…ってなんですか?それ」
「え?いつもの現金交換用のレプリカだろ?まあどうせこの後金に変えるけど」
「ええ?…ちょっと貸してみて下さいよ」
訝しげな表情でアリスが仙桃を上から覗き込んだり匂いを嗅いだりして、一通り終わったのか口をわなわなと震わしてイオリに尋ねた。
「…ほ、本物じゃないですか…、どうしたんですか、これ…?」
「はあ!?」
仙桃は時価にして一個500万ピルは下らない超高価なフルーツ。と言ってもその実自体は食べても吐くほど不味いと言われる。
では、何故そこまで高いのか?
それは仙桃を食すことによって得られるリターンの方が圧倒的に大きいからだとされる。
例えば人間は魔族に比べてその10分の1ほどの魔力量しか持てないが、この果実を一口齧るだけで身体中の魔力が生まれ変わり、元々内包していた魔力量が爆発的に増えると言われている。
それに比例するかのように、魔法術式に対する"超耐性"。
簡単に言うとめちゃくちゃ魔法が効きづらくなる。
ちなみにこの世界における魔法の定義は【火・水・土・風】における四元素から構成される術式。応用して『氷』や『雷』、その他もろもろといった高等魔法も存在する。
そしてもう一つ。
仙桃を食すと天使を操れるなんて都市伝説もある。なんでも"天司の弾丸"というクソダサネームの『質量のある術式』が使えるようになるらしい。そこら辺よく分からないが。
そうして新たな力を得た者達を、尊敬と畏怖を込めて人々は『魔女』と呼ぶ。噂によると人為的に魔女を生み出す研究機関なんてのもあるらしいが、真偽の程は謎である。
俺はそのまま手渡された仙桃を見つめると、魅入られたように目が離せなくなる。
まるで自分の意思では無いように、ゆっくりとゆっくりと、俺はその仙桃を一口頬ばろうと顔を近づける。
「何してるんですか!」
「悪い、冗談だよ冗談」
イオリは誤魔化すように舌を出した。
そうだ、俺は何をしてるんだ。
「知ってますよね!私たち魔族はソレを食べても効果はありません!なんなら男性である坊ちゃんが一口でも口に入れれば、身体中の魔力が暴走して体の内側から爆発しますよ!?」
「そ、そうなんだよな。何やってるんだろ、俺」
そう、仙桃はそんな夢のお助けアイテムのような存在ではあるが、縛りが二つある。
一つは魔族が食べても効果が無いこと。もう一つが人間魔族両方含めて、仙桃を食らった男は1人の例外も無く、身体が爆散して死ぬということ。
魔族の女性種は効果が無いだけだというのに、とんでもないミサンドリーフルーツだ。
そんな背景もあり、出処不明の人間界ハイパーお助けチートアイテム『仙桃』の出現により我が故郷である魔界は大混乱。魔王自身もその首を狙われたり、逆に息子たる俺を拉致してその地位を失脚させようとする者まで現れる始末。
なので俺はこうして5歳の頃に人間界に送り込まれ、十数人のメイド達や魔王派の臣下と共にひっそりと育て上げられたのだった。
「良いですか?何度も言う通り、イオリ坊ちゃんにはこれから色んな勉強を通して、次の魔王になるべく精進して貰わなければいけません。それをまた…!」
アリスは懐から、薄い冊子を取り出したかと思うとこれみよがしに俺に向かって見せつける
「てめっ、俺のベッドの下に隠しておいたエロ本!何ほじくり出してんだ!」
「黙らっしゃい!こんな物こうしてしまいます!穢らわしい!」
アリスは俺の薄い本に炎魔法でボッと火をつけると、メラメラとあっという間に秘蔵のお宝が灰になる。
「あーーっ!ババア!何しやがる!」
「誰がババアですか!?まだギリ20代です!!それにジャージからタバコの匂いもしますし!挙句の果てにお父上様から送られてきたお小遣いで賭博場ですか!?坊ちゃんは自分が魔法を使えない事をもっと大事に思って下さい!」
二人が言い争いを暫く続けていると、古物商店の奥から何か大きな物が倒れる音と共に悲鳴が上がった。
「ぎゃあああああああああっ!!!」
「ーー!!」
「…話は後です。坊ちゃん、後ろに」
耳を引き裂くような悲鳴はすぐに止んだ。
いや、止められたと言う方が正しいのか。喉を潰されたのか、最後は肺から空気を押し戻すような声が一つ飛んで、それきり不気味なほどに静かになる。
冷や汗が頬を伝う。そしてその時だった。
何かが俺たちの足元に投げ込まれ、「ベチャッ」と嫌な音と共に地面を濡らした。
なんだ?小さい…ボール?
直径5センチほどの小さな球体。それに絡み付くように糸状になった赤い何かがへばりついている。
そしてその何かに気付くと共に、心に訴えかける嫌悪感。
ーー眼球だ。人間の眼球がスプーンか何かでほじくりだされたかのように綺麗にくり抜かれて、そこに落ちていたのだ。
呆気に取られていた俺たちに更に追撃するように、ずんぐりとした大きな影が店内の商品を掻き分けるように出てきた。
頭は異常なほど膨れ上がり青筋がこれでもかと浮かび上がる。不健康なほどに青白い身体は猫背で、2メートル程の長身だが恐ろしくやせ細っている。その姿はとても人間と思えない、まさに『怪物』と評するに値する人外だった。
「(…………なんだ?何を手に持っている…?)」
50センチほどのブヨブヨの巨大なピンクの塊を丸めて片手の爪を塊に突き刺すように持っている。
「ーー坊ちゃん!見ないで下さい!」
俺はアレを見た事がある。
丸められた皺の間から黒い毛が伸び、辛うじて顔のパーツだと分かるものが折れた鼻と裂けた口。眼球のあった部分は黒ずんで空洞になり、それが有り得ない力で無理矢理ボール状にされた人間だと気づくのに、そう時間は要さなかった。
急激に胃液が込み上げてきて、喉を辛く締め付ける。
口の中に溢れる唾液を無理やり飲み込み、目の前の怪物が老人のようなしわくちゃな顔に浮かぶ半月状に歪んだ瞳で、ニタリと俺たちを視認して笑った気がした。
「『冷えて、朽ちて、死ね!』」
彼女の杖の先端から、雨粒のような小さな水の塊が弾丸のように射出され、怪物の身体に強烈に回転しつつ着弾する。
アリスは金木犀の杖を取り出して、彼女の固有魔法を唱えた。固有魔法とは簡単に言うと選ばれた者のみが使える必殺技のような物だ。これが使える者は魔族人間問わず天才に分類される。
『ウォ……ォオ!!?』
だがアリスの固有魔法、『冷えて、朽ちて、死ね』は文字通り必ず殺す術式。
シンプルゆえに分かりやすい、それは『敵の水分を操る』という術式。銃弾のごとく敵の体内に入り込むと、敵の血液と融合して操り人形にできる能力。
怪物は体内に入った異物に困惑し苦悶の表情を浮かべ、倒れ込んで転げ回る。そりゃあ体内の血液を他人に弄り回されるんだ。地獄のような痛みだろう。血管内に少量の空気ですら入ったら致命傷となりうるのに。
アリスはそれを許すはずも無く、冷たい表情で杖を振り下ろした。それと同時に怪物は身体中の穴という穴からどす黒く変色した血液を噴出して動かなくなる。
「すげえ…」
だが、念押しと言わんばかりにアリスは杖を振って身体中を氷で固まらせると、ため息をして俺の方に向き直った。
「…分かりましたか坊ちゃん!屋敷の外ではこんな風に危ないことが沢山あるんです!これに懲りたらもう二度と方に外を出歩かないで下さいね」
自分でも情けない事ながら、リアルな人間の死という物を初めて目にした俺は腰が抜けて地面に座り込んで震えて動けずに居た。
そんな俺を慈しむかのように、アリスは優しく俺を抱き寄せると何も言わずに頭を撫でた。安心したせいかどっと涙が溢れ出る。
「…ごめん」
「…良いんですよ。私たちはあなたが無事なら、それで」
キュン
冷たく、甲高い音が空気を切り裂いた。
「…………アリス?」
俺の頭を撫でるアリスの手が止まる。俺が頭を上げて最初に飛び込んできたのは、首に空いた生々しい穴からおびただしい量の血を流す彼女の姿だった。純白のメイド服がみるみる内に濃い赤色に染まっていく。
何が起こったのかは明白だった。
まるで何も無かったかのように立ち上がる怪物が、気持ちの悪い笑みを浮かべてそこに立っていた。
奴は右手で人差し指を立て、拳銃のように形作ると再度アリスに視線を移した。
「…アリーー」
一閃。
「坊ちゃん!」
眩い光と共に怪物の指の先から熱線が放たれた。アリスは俺を庇うように身体全体で覆い隠すが、アリスの右腹部を貫通して、熱線は俺の右肩を無機質に貫いた。
「い、痛えぇぇええ!!」
「逃げ……」
そこまで言うとアリスはべっとりと血のついた右手で俺の頬を撫で、ぎこちない笑顔を浮かべてその場に倒れ込んだ。
ーー逃げなきゃ!…逃げなきゃ……!!
ジュウッ!!
再び、閃光。
素早く身を翻すが、それを許さないように熱線は俺の右太腿を貫いた。骨まで砕いたのか、俺はバランスを崩して大した距離も稼げないまま地面に倒れ込んだ。
ゆっくりとゆっくりと。怪物が近付いてくる。顔を左右に大きく揺らし、呪詛のような言葉をブツブツ呟きながら倒れた俺の背中を目指して歩いてくる。
涙と涎で顔を汚しながら、這いずるように、少しでも逃げるように前へ前へと進む。
しかし。
『ゴ……』
「……!!?」
俺に追いついた怪物は俺の髪の毛を掴んで、地面に何回も何回も叩き付ける。当然鼻の骨は折れ、歯は欠け、擦れて顔面からどこから流れたのかも分からない血がどんどん噴き出す。
それを見て満足したのか怪物は今度は俺の左腕を掴むと、少し擦ったと思えば力いっぱい腕を引いた。
「ーーーーーー!!!!?」
声にならない悲鳴を上げる。
もがれた。俺の左腕が肩の根元から骨ごと引きちぎられたのだ。溢れ出る血液。遠のく意識の中で、俺は高笑いする怪物の声だけが反響して脳内に響き渡る。
坊ちゃん。
「ーーーー!!」
15メートル程後方で倒れるアリスの声が聞こえた気がした。体から溢れ出る血はとうに頭に回っていない筈なのに、最後の抵抗とばかりか頭に意識が戻った。
「(そうだ、なんで俺がこの意味分かんねえバケモンから涙流して逃げ仰せなくちゃいけないんだ…!)」
「はァ……はァ…」
『ガ……??』
唐突に意識を取り戻した俺に気付いたのか、怪物は俺の顔を見るようにその馬鹿でかい顔を近付ける。古いボロジャージの内ポケットからある物を取り出して口に咥える。
「おい……!」
『!?』
俺が右手を怪物の首の後ろに回し、最後の力を振り絞って怪物の眉間に思い切り頭突きを食らわした。
その俺の口の中には、黄金に光る果実が一つ。
ーー『仙桃』だった。
「仙桃ァよ…一口食っただけで男達は身体が弾け飛んで死んじまうらしいんだわ…、はァ…はァ…」
『!』
知能がまだ残っているのか、今からどうなるのか想像が出来たのか怪物は俺を振りほどこうと顔面を殴ったり爪で引っ掻いたりするが、火事場の馬鹿力というやつか、不思議なほどに右手に力が篭り、ピクリとも外れる様子は無い。
ここしか無い。そんな確信と共に俺はニッコリ笑って怪物を睨んだ。
「ちょっと地獄に付き合えよ、兄弟!!!」
俺は砕けた歯で口の中の仙桃を噛み潰した。ジュワっと吐き出したくなるような酸味と苦味が同時に舌を撫で、無理くり飲み込むとすぐに異変は始まった。
頭のつむじから足の指先まで、一瞬で雷が落ちたかのような衝撃が走ったかと思えば、身体中悪寒が走り、さっきの怪物同様に俺の目も真っ赤に染まって鼻血が止めどなく溢れ出る。
身体中の細胞がシェイクされている感覚とでも呼べば良いのだろうか。興奮している俺でも分かるほど、顔は蒸気が出るほど沸騰していく。チカチカと景色が明るくなったり暗くなったりを繰り返し、最後に背骨を割るように何かが俺の身体を突き破って飛び出した。
徐々に薄くなっていく視界。霞がかる頭。
俺はやってやったとほくそ笑み、そっと目を閉じた。
ズパァン!!!!
何かが弾ける音が聞こえた。
……………………?
いつまでも四肢が千切れない事に疑問を感じ、細目を開ける。だがしかし、俺の景色には信じられない物が映し出されていた。
『ゴ…グ……ガ…』
ブルブルと身体を震わす怪物、視線を下に移すと何かが怪物の腹をぶち抜いて貫通している。
……赤い……触手……?
スーッと明瞭になっていく頭をフル回転させ、イオリはもつれるように後ろに下がった。
「(足の傷が消えてる……?)」
バッ、と左肩を見ると何かで濡れた左腕がいつも通りそこにあった。鼻血も止まっている。
それだけでは無い。
辺り一面目を閉じた際に何があったのか、太陽はどこへ行ったのか。
空は、満天の星空が映し出される『夜』に変わっていた。
夜独特の寒さが肌を撫で、辺りは不自然なほどの静まり返っている。
『ガァッ!!!』
「ーー!」
怪物は俺を攻撃しようと手を伸ばしてきた。
更に距離を取ろうと俺がその場から跳ね退くと、その拍子にズルリと怪物の腹を貫通していた物が滑り落ちた。そしてそれは、元に戻るように収縮を始め、パチン、と音を立てて俺の背中に落ち着いた。
その時初めて分かった事だが、俺の背中に六本の筋肉のような赤い触手がウゾウゾとイソギンチャクのようにひしめき合って生物のように動いていた。
しかし何故か不快感は覚えなかった。
まるで前から自分の一部であったかのように安心感すら覚えた。
その時だった。怪物はノーモーションで俺たちを灼いた熱線を再び俺の顔面目がけて射出したのだ。
「(……不味い!!)」
俺は屈んで避けようとした。
だがしかし、その時背後に生えていた触手の一つが独りでに動いて熱線を叩き落としたのだ。
「……!?」
『ガァアアアア!!!!』
怪物はもうなりふり構わず、といった様子で俺に向かって縦に伸びた頭をもたげて転ぶように突っ込んできた。その時、奴の腕の中には熱線の塊とでも言うべき光のエネルギー体の塊が不穏に回転している。
俺は頭の中で触手の一つを奴に向かって叩き付けるようにイメージする。
すると実際に触手の中の一つが動き出し、向かってくる怪物の頭を容赦なくぶっ叩いた。
ーーそういう事か!!
「ブン殴れ!!」
俺がそう叫ぶと、触手六本が空中で絡まり合い巨大な塊になると、それを怪物の顔面めがけてアッパーを叩き込む。
『ンゴオオオオッ!!?』
「ーー降り下ろせ!!」
俺は吹っ飛ばされる奴に近付き右手を振り下ろすと、リンクしたように触手の塊は腕を叩き落とすかの如く怪物の胸部にめり込み、勢い良く地面に叩き付ける。触手ごしに骨の陥没する感触とバキバキゴキ、と折れた音が耳に入った。
俺はそのまま怪物を6本の触手で絡み取り、ゆっくりと持ち上げる。当然抵抗するが、凄まじい怪力なのか指一本動かすので精一杯、という様子だった。
『ゴ…ガ……』
苦悶に顔を歪める怪物を持ち上げると、その傍に倒れた首から血を流すアリスが目に入った。
数々の昔の思い出が頭を駆け巡る。何故アリスが死ななければならなかったのか。
あまりにも自分自身が情けなくて、イオリの目から止めどなく大粒の涙が零れた。俺がもっとアリスの言う事を聞いていればこんな事にはならなかったのに。
こんな怪物を殴れる腕が一つあっても、彼女が帰ってくる訳では無いのに。
「…ッ!クソ…クソ!!コイツをぶっ飛ばせ!!」
俺が怒り半分にヤケクソ気味に叫ぶと、ひとりでに動き出した触手はするりと伸びて一つはアリスの首筋に巻き付き、後の五本は大砲のような形に変化。
そして、急速に触手自身に熱を帯びていく。
「……待て、何かおかしい!止めろ!!」
宿主たるイオリの声は届かなかったのか、巨大な質量を持つ灰色のエネルギー砲が怪物を襲った。
キーン、という耳鳴りはどんどん収まっていき、それと共に放たれたビームによって舞い上がった白煙が薄れていき、景色はどんどん明瞭になっていく。
「…は……?」
思わず俺はそう呟いた。
灰だ。俺の周りにあった物は全て消え失せ、雪のように辺りに灰となって降り積もっていたのだ。瓦礫も無く俺の服も靴も何もかもがことごとく消え失せていた。
砲撃というか、俺を中心に大規模な爆発が起こった、という方が正しいのだろうか。
景色が晴れた触手に絡め取られた怪物を見ると、居ない。代わりにボサボサの黒髪を垂らした、ぐったりとした様子の裸体の少女が気を失っていた。
「…は?」
「う……、うう……」
「アリス……!?」
ひとまず少女を優しく地面に横たわらせ、うめき声のしたアリスの方へ駆け寄る。
「あ…れ…?坊ちゃん?…坊ちゃん!?よくぞ…よくぞご無事で…!!」
「え……?アリスだよな?」
「そうですよ!私ですよ…!良かった…本当に…!!」
感涙に咽び泣く銀髪の少女。
そう、少女。
「……ああ、良かった、本当に良かった!!なんで仙桃を食べても生きてるとか疑問は色々ありますが…本当に本当に生きてて良かったです…、こんな無茶、二度としないで下さいね……!」
涙ながらにアリスは言うが、俺にはその言葉がどうしても響かない。
「……?どうしたんですか坊ちゃん?」
「いやだって……え?なんで小さくなってんの?」
「…え?」
さっきまで来ていたメイド服も傷も消え失せ、俺の頭を甲斐甲斐しく撫でていたのはこれまた全裸の銀髪の少女だった。ただしアリスの面影はどことなく残っていて、まるで肉体だけが12歳前後の子供に戻ったように見えた。
と、その時だった。
気配も感じさせずに大きい影が一つと小さな影が一つ、イオリ達の背後に現れた。
「ほーう興味深いねえ、男の『魔女』かい」
「誰」
「反応が遅いよ」
俺が反応する隙も与えず、その人は俺の首に素早く手刀を浴びせていた。
「うぐ……!?」
「担ぎな、アルバトロス」
『ウィ』
「貴様……!その手を離せ…!」
敵意剥き出しでアリスは唸った。
老婆はそれをみて快活に笑う。
「…こりゃ驚いた。奇妙な運命もあるもんだこの子も連れて来な」
『ウィ』
何者かに担がれる感覚。意識はどんどん闇に落ちていくが、視界の端にまるで童話に出てくる鼻が長く顔がしわくちゃで真っ黒の三角帽子とローブを羽織った老婆を捉えていた。
最後の力を振り絞り喉から声を押し出した。
「…お前は……一体……」
「ワタシかい?ヒエッ、ヒエッ、ヒエッ!ああ、そうさね。ちゃんと教えておこうか」
俺は何かに顔を掴まれて無理やり老婆の目の前に顔を突き出された。
「ワタシはとある学院の学長さね。少なくともこの世界で2番目に強い原初の魔女だよ!!」
「がく、いん…?」
どこか腹の立つ老婆の高笑いが耳を掠めるが、徐々に意識は重くなっていき、イオリの意識はそこでぷつりと途切れた。
見てくれてありがとねえ