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私と玉彦の正武家奇譚~学生編~  作者: 清水 律
第一章 わたしと玉彦の四十九日間
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6


 お祖父ちゃんの家を出て、左に曲がり、ひたすら真っ直ぐ、ほんとにひたすら真っ直ぐ進むと、小高い山が見えてくる。

 昨日お祖父ちゃんと手を合わせた時は近すぎてわからなかったけど、遠くから見ると山頂に建物の屋根が見えた。

 神社みたいな、お寺みたいな。


 車通りがない道のど真ん中を汗を拭いながら歩き、石段の下に辿り着いた時にはもうへとへとで酷く喉が渇いた。

 水筒を忘れたことを悔やみながら、私は階段に腰かけ一息をつく。


 昨日とは違う切り花が石灯籠の前に飾られている。

 毎日誰かが替えているんだろうけど、村の人がしているのかな。

 それともこの上にある家の人かな。


 石段を見上げると、写真の中の澄彦さんがさっきまで居たかのように、お父さんのアルバムの中の時間が止まっているかのようだった。

 私は息を調え立ち上がり、階段に足を掛ける。

 上まで行ってみよう、と思う。

 不法侵入だと怒られるかもしれないけど、思いっきり確信犯だけど、知らなかったって言えば許してもらえるような気がする。


 一段一段踏みしめ上り、石段の真ん中あたりで後ろを振り返ると村が一望できた。

 お祖父ちゃんの家もぽつんと見える。

 蔵とか池とか鶏小屋とか、色々あって大きな家なのに、ここから見るとちんまりしていた。

 そして緑のじゅうたんの様にいろんな形の畑があぜ道に仕切られて、広がっている。


 私は前に向き直り、再び頂上を目指した。

 頂上からはまた違った景色が見えるに違いない。


 頑張って頑張って、何分かかったかわからないけどようやく頂上に辿り着くと、そこには違った景色が広がっていた。

 石段を振り返った景色じゃなく、目の前。


 お寺の入り口にあるような屋根付きの門がそびえ立ち、圧倒される。

 扉は開かれていて、中には青々と茂った大木が一本見えた。

 しかも私の予想に反して、門の両側に広がる塀の色がしっとりとした黒色で、初めて見た黒い塀に息を飲む。

 そしてめげずに一歩進むと、ここは江戸時代かというような屋敷があった。

 陰陽師の映画で見たような、現代の生活にはかなり風通しが良さすぎる造り。

 もしかしたらここは民家じゃなく、お寺か何かなのかも。


 私は門をくぐるかどうしようか二の足を踏んでいた。

 入ってみたい。でも、怒られたらどうしよう。


 さっきまでの図々しい考えなど、この雰囲気に圧倒されて吹き飛んでいた。


「どうかされましたか?」


「うあぁっ!」


 不意に声を掛けられ予想以上にホントに飛び上がった。

 人の気配がまったくない所からだったから、なおさら。

 挙動不審に右横を見ると、竹ぼうきを持ち、紺色の作務衣を着た目の細いスラリとした男の人が首を傾げて立っていた。

 足元には小高く掃き集められた緑葉がある。


「あ、の。すみません」


 とりあえず謝ってみた。


「なんでしょう?」


 違う!Excuseじゃなくて!Sorryの方!

 なんでしょうと言われても、用事なんてない私。

 しばらく私の言葉を待っていた男の人は、ふと思いついたようににっこりと笑った。


「もしかして、上守さんのところにいらっしゃったお孫さんですか?」


「あ、そうです!」


 そうなんだけど、なんでこんなとこにと突っ込まれたら、どうしよう。


「それは、それは。どうぞ中に。こちらから上ってらっしゃって、お疲れでしょう」


「へ?」


「裏にね、きちんと車道があるんですよ。てっきり三郎さんとご一緒にいらっしゃると思っていたのですが」


 三郎さんとはお祖父ちゃんのことだ。

 ポカーンとしている私に、男の人はどうぞと促して家の玄関へと向かう。


 え。


 このままお呼ばれしてお邪魔しますって、大丈夫なのかな。

 お祖父ちゃんのことは知ってるみたいだけど、初対面の人を信用して良いものか。

 ふとお母さんの顔が浮かぶ。


『知らない人についていっちゃダメ! お菓子も貰っちゃダメ!』


 ……。


「あ、いや、私はこれで……」


「せっかく茶を入れたんだ。飲んでいけ」


 帰ります。と言葉を続けたかったが、それを遮る声。

 目の前の男の人ではなく、もっと幼い。

 私と同じくらいの男の子の声。


 声をした方を振り返ると、庭の中心にある大木の下に、いつの間にか赤い大きな布が敷かれ、その端に彼は座っていた。


 無表情なのに不機嫌そうに見えるのが不思議だ。

 男の人と同じ紺の作務衣をきて、今どき前髪ぱっつんのおかっぱ。

 嘘でしょ。この年でその髪形って、何を思って。

 しかも綺麗なストレートで艶やかなところが何故か憎たらしい。

 彼が声を出さなければ、女の子だと思うかもしれない。

 少し離れたとこから見ても、かなりの美形だ。

 切れ長だけど大きめの瞳に、鼻筋が通って、への字にしているけど薄い唇。

 それにしても、と私はこちらをずっと見つめる彼を凝視する。

 どこかで、会ったような……。

 というか、石段の先のお屋敷にいる私と同年代らしき男子ってことは……。


「澄彦さん……」


「の、息子だ」


 小さな私の呟きが聞こえていたらしく、彼は私の疑問の答えを言う。


「俺は玉彦。お前は?」


「上守比和子」


「よし。じゃあ、とりあえずこっちに座れ。そして飲め」


 あまりにもガサツな誘い方だったけど、私は勢いに飲まれて言われるがまま靴を脱いで玉彦の正面に正座した。

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