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私と玉彦の正武家奇譚~学生編~  作者: 清水 律
第一章 わたしと玉彦の四十九日間
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3


 そうしてようやく到着したお祖父ちゃんの家は低い垣根で囲われた古い古いお屋敷で、軽トラから降りると、私の足下を鶏が駆け抜けていった。

 小さい頃に来たことがあるとお母さんは言っていたけど、全然記憶に無い。

 屋敷の左手に蔵らしきものや池があったり、敷地はかなり広そうだった。


 お祖父ちゃんの後に続いて横にスライドさせる玄関のガラスの扉を抜けると、そこには靴が大量に並んでいる。

 なんでだろう?と思いながら、再びお祖父ちゃんの後ろを付いていくと、その先には大広間があって、沢山の人の話し声が聞こえてきた。

 襖をぶち抜いた大広間は30人近くの人が余裕で入るくらいだった。

 真ん中に連なって並べられた座卓のテーブルには、何のお祝いかと思うくらいの御馳走が並んでいる。


「よう来なさった!」


 一番奥の席の右隣りにある座布団に座る、ミイラのような茶色の着物を来たお爺さんが声を張り上げると、部屋の入り口で固まっていた私に皆の視線が集まる。


「比和子、ほれ、挨拶しろ」


 お祖父ちゃんに促され、荷物を両手に一歩前に出る。


 あ、挨拶~?

 そんなの全然考えてなかったよ!

 てゆーか、挨拶って何! 

 この人たちも何でこんなに集まってんの!


「上守三郎の子供の光一朗の娘の比和子です……。よろしくおねがいします?」


 私がか細い声で挨拶すると、大広間は拍手に包まれた。

 一体、何なの。

 不安で横に居たお祖父ちゃんを見上げると、軽く頷いて、一番奥の席に座るように言う。

 言われるがまま席に着くと、盛大な歓迎会が始まった。


 近所の人たちが集まり、私が短い間だけれどこの村に来たことを凄く喜んでくれる。

 中にはお父さんの同級生だという人もいた。

 色々な人が居たけれど、私と同じくらいの年の子は一人も居なくて、ジュースを飲みながら少し退屈に思っていると、叔父さんの奥さんの夏子さんがすすっと呑んだくれているお祖父ちゃんの後ろに忍者の様に現れ、何かを耳打ちした。


 するとお祖父ちゃんは険しい顔をしてすくっと立ち上がり、玄関に向かう。

 何事だろうと思い、私が腰を浮かすと夏子さんにここにいるように言われ、座り直した。


「……川下のか?」


 私の横に居たミイラのようなお爺さん、村の村長さんが夏子さんに尋ねると、彼女は困ったように私を見てから頷いた。

 村長さんの横に座っていた、これまたミイラのような奥さんが黙って箸を置く。

 そしてひじで村長さんの腕を押す。


「あまり邪険にするのも、祝いの席では良くないの~。どれ」


 村長さんがお祖父ちゃんの後を追い、席を離れる。

 残された私は夏子さんにさっきから思っていた疑問を投げかける。


「川下さんって……」


 夏子さんはまたまた困ったように首を傾げ、苦笑いをする。


「川下さんのお家の娘さんが光一朗さんと同級生で、今日比和子ちゃんが来たからご挨拶に来てくれたのだけれど……」


 言い淀む夏子さん。

 次の言葉を待つ私。

 見かねた村長さんの奥さんが夏子さんに助け舟を出した。


「村には色々と約束事がある。それを軽んじたり、守らないと村のもん皆に迷惑が掛かる。

川下は何代も前に、してはならぬと言われたことをしてしまった。それで今も皆に疎まれている」


「でも、もう昔のことなんじゃ……」


「そう、もうずーっと昔のことだね」


 奥さんは愉快そうに私が言った言葉に応える。

 抜けた八重歯にちょっと私も笑いそうになる。

 けれど、次の言葉には笑えなかった。


「だから、さっさと潰えてしまえば良いんじゃ、あの家は」


「……っ」


 息をのんだ私に、奥さんの言葉が続く。


「昔、光一朗がすこうし川下の娘に優しくしたから、つけあがりおってからに」


 お父さんが優しくした?

 それがそんなに悪いことなのだろうか。


「奥様、今日はそのくらいで……。比和子ちゃんには分からないことですし……」


 私のどん引きしている雰囲気を察して、夏子さんは奥さんが持つグラスにビールを注ぐ。

 それをグイッと煽ると、奥さんは最後の言葉を吐き捨てた。


「光一朗の娘だから、自分たちにまた何かしてもらえると思ってのこのこやって来たんじゃろ。

ほんに浅ましい。いいかい?絶対に川下の屋敷には近付いちゃ駄目だよ?」


「お、お祖父ちゃんにもそう言われました」


 そう言うと、奥さんは満足そうに頷き、再び箸をすすめ始める。

 そして、私は思った。

 田舎って、怖い。

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