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「比和子、あれ見てみろ」
お祖父ちゃんはくわえ煙草で片手でハンドルを握りながら、右手を指差した。
そこは大きな大きな赤い鳥居のある神社だった。
「あそこは村の神社で、八月になったらお祭りがあるんだぞ」
「へぇ~」
こんな小さな村でお祭りって言っても、たかが知れてる。
私が住む通山のお祭りの方が大きいもん。
「隣の家の亜由美と一緒に行けばいいぞ~」
「誰、亜由美って」
「隣の家の亜由美だ~。比和子とおんなじ年の」
「そんな子、居るの?」
私は思わずお祖父ちゃんを見る。
「おぉ~。時々家の畑も手伝ってくれる良い子だ~」
畑の手伝いをする、中一女子。
なんかさ、ダサい。
めっちゃ三つ編みの色黒の、モンペを穿いた子を思い浮かべてしまった。
さすがにモンペはないかぁ。
「ただ、まだ学校が夏休みでないから、遊べんと思うがな」
「ふーん」
そうなんだ。
私はお母さんの入院の都合で、七月の半ばから皆より一足先に夏休みになった。
まだ皆、学校に行ってる。
得した気分になるけど、内容がスッカスカなので素直に喜べない。
「お、比和子。あっち見ろ」
今度は左手を指差すお祖父ちゃん。
視線をその先に合わせると、真っ白な塀で囲まれた日本家屋の屋根が見える。
そこだけがまるで異質に感じる。
「あそこは川下の屋敷だ。絶対に近寄っちゃ駄目だぞ」
「川下さん?」
お祖父ちゃんは眉間に少しだけシワを刻む。
「川の下方のある屋敷だから、川下の屋敷だ。誰が住んでんのかお前は知らなくてええ」
「……わかった」
私はお母さんの言葉を思い出す。
『しきたりを守る』
これがきっとお母さんの言っていた、しきたりの一つなんだ。
それから家に到着するまでの間、いくつか危ない場所、入ってはいけないところなどお祖父ちゃんが教えてくれた。
私は素っ気ない振りをしながら、頭の中で必死に覚えていた。
知ってる土地ならすんなり覚えられるけれど、知らない土地の、見たことも無い場所を覚えるのは大変だった。
最後にお祖父ちゃんは家の近くの長い長い石段の前に軽トラを停めた。
そこは小さな山みたいになっていて、山頂に向かって見上げるくらいの高さまで続く石段があり、天辺に何があるのかはわからない。
階段の始まりに石灯籠が一組。
色とりどりの切り花が飾られている。
「比和子、一回降りろ」
「うん」
言われるがまま軽トラから降りた私は、石段の前に立つお祖父ちゃんに並ぶ。
「登るの?」
「いや、登らん」
するとお祖父ちゃんは両腕を広げ、パンッと一度手を合わせた。
そして合わせた手をそのままに、石段を拝み始める。
私はどうしていいのかわからなくて、とりあえずお祖父ちゃんと同じようにしてみた。
「宜しくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします」
誰に何をよろしくお願いするのか解らないまま、頭を下げた。
するとその時、ふわりとそよいだ風が切り花の香りを私に運んだ。
不意に石段を見上げれば何となく懐かしいような、それでいて恐ろしいような感情が渦巻く。
「よし、行くぞ」
「え、もういいの?」
「ま、今日は良いだろう。また改めて、な」
お祖父ちゃんは運転していた時と違って、神妙な顔をしていた。