茉莉花の失恋12
「え、待って。こんなに種類あるなんて聞いてない」
メニューを開くと餃子といえども選び切れないほど種類があった。
「何個か頼んで分ける?」
その言葉に3回ほど頷いた。彼を誘って正解だ。
「ビール飲んで良い?あ、瀬戸さんまだ二十歳じゃない?」
「まだです。けど全然どうぞ、飲んでください」
好きなの頼んで良いよと言ってくれたので目ぼしいものをいくつかと、高浦くんのビール、自分のウーロン茶を注文し、先に来た飲み物を飲みながら餃子を待った。
「ビール飲めるんですね、やっぱり大人だ」
「瀬戸さんも飲んだらわかると思うよ、夏にビールと餃子、雨の日のコーヒーと張るくらい美味しいから」
「へぇ。じゃあ誕生日が来たらやりたいことリストに入れときます」
「何それ、他何があるの?」
「お酒飲むのはもちろんだけど、あと競馬も一回やってみたいんです。馬が綺麗で。それから無駄に10年パスポート作るのと、それ使って1人で海外にも行ってみたいし、国内も良いな。あと近場の名所巡り。春になったら桜も見に行きたいし、それから夕暮れの海なんかにも行きたいです」
「なんか途中から全然ハタチ関係なくない?」
高浦くんが笑い、ビールを一口飲む。
「まぁそんなもんですよ」
そんな話をしていると頼んでいた餃子がテーブルに運ばれてきた。
焼き餃子は皮がパリッとしてるのが見るからにわかるし、蒸し餃子はプリプリして輝きを放っている。
「まずい、美味しそう」
「瀬戸さん、まずいと美味しい、両方言ってる」
「わ、すごい、無意識だ。よく気づきましたね」
あははと笑った後、餃子を口に運ぶ。
肉汁が溢れ出る。やはり来て良かったと思える味だ。
「この餃子のためにこっちの駅に引っ越したいかも」
この瞬間は颯太のことなど確実に忘れていた。それほど美味しかったのだ。
けれども美味しいものほど一瞬でなくなってしまう。
お腹いっぱいまで食べて満足したので店を後にすることにした。
「付き合ってくれてありがとうございます。ここの餃子、念願だったので」
「またいつでも誘って」
「はい!」
そう駅に向かおうとした時だった。
(油断した)
そう思った。
駅前にある店だし、彼の家の帰り道だ。
夕方から学校に来ていたと思っていたがそうではなかったのか。
「あ、茉莉花ちゃん」
「こんばんは、沙希さん」
「今食べ終わったところ?ここの美味しいよね」
「すっごく美味しかったです」
平静を装えた自分に拍手を送りたくなる。
颯太に目を向けるとバツの悪そうな顔をしていた。
その表情を見て、すっと自分の肩から力が抜けていくのがわかった。
優しさって、もっと痛い。
見せかけの優しさは今の自分にはもういらないんだと思ったら口が勝手に動いていた。
その言葉で沙希さんとの関係や、辞めたサークルの人たちとの関係がどうなるかなんて、もう考える暇もなかった。
「颯太、さっきごめんね。私、もう大丈夫だから。好きにならせてくれて、今まで本当にありがとう。だからもう、沙希さんのことだけ考えて。じゃあね」
自分でもわかるくらい、ゆったりと笑って言ってその場を立ち去った。
後ろから沙希さんが自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど、もう後は2人の問題だ。
私の知ったこっちゃない。
そう思って駅に向かって歩いた。
「瀬戸さん?」
そういえば、高浦くんが一緒だった。
彼はこの駅が最寄りだから駅に向かう必要はない。
気を使わせてしまったと思い彼の方を振り向くと、彼は少し困った顔をしながら笑っていた。
「瀬戸さん、今自分がどんな顔してるかわかる?」
もちろん、わかっていた。
これまでにないほど、涙を流していることなんて。
でもそんなこと、もうどうでも良かった。
「茉莉花って良い名前だよね。呼び捨てで呼んでも良い?良い加減、さん付け、ちょっと面倒になってきた」
言われてみれば、自分のことをさん付けで呼んでくるのはバイト先の人以外いない。
「どうぞ」
「あと、敬語ももう辞めね。俺も樹でいいから」
笑って彼が言う。
何故今そんなことを言うのか訳が分からなかったが答えた。
「それはちょっとどうかわからないけど、頑張ります」
そう言うとハハッと彼は笑ってくれた。
多分、人生最大の失恋をした。
そんなハタチの誕生日、1週間前だった。