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茉莉花の失恋11


「体調どう?」


「うん、もう全然大丈夫!季節の変わり目、ほんと弱いんだよね。なんか体がついていかない」


綾美が言う。顔色も良く、言葉通りもう体調は万全なようだ。


「ごめんね、昨日、一人になっちゃったよね?サークルの人たちに絡まれたりしなかった?あの授業多いでしょ?」


「あぁ、たまたま電車で高浦くんに会って、私も絡まれるのやだなって思ったからそのまま一緒に授業受けさせてもらったから大丈夫だった」


「あーなら良かった!」


「なんか私が心配かけちゃってごめんね」


体調が悪かった人に心配されていたのかと思うと申し訳なくなる。


その日は一日、綾美と一緒の授業だった。

授業の合間に、そういえばさ、と綾美が口を開く。


「もう、落ち着いた?気分」


きっと颯太とのことを言っているのだろうと思い続けた。


「うーん、まだ一人でいる時とかは何かしてないと気が紛れないのはあるけど。この前高浦くんにさ、好きなら好きのままで良いんじゃないって言われて。なんかそれ聞いたらそうなのか、って思えてさ」


「え、いつの間にその人とそんなに仲良くなってるの?」


「たまたまバイト先のお客さんだったんだよ。バイト暇すぎて駄弁ってた時にそういう話になってさ」


「なるほどね。気が合うんだ」


その言葉には頭にハテナマークが浮かぶ。

敬語で話してしまうくらいの相手だ。気が合うのかどうかはなんとも言えない。


「うーん、なんか人生相談しやすいタイプっているじゃん?関係ないが故に」


「お悩み相談室的な?」


「それそれ!」


そう2人で笑い合った。

丸一日授業の日は気づけば夕方になっていた。

綾美は実家から大学に通っている。

1時間かからない程度とは言え、乗り換えの関係で夕方までの授業の日はそそくさと帰っていく。

自分も急いでついていっても良いが、そんなに焦る必要もないので教室で彼女と別れるのが常だ。


この大学はなだらかな丘にキャンパスが立っている。

自分のいる政治経済学部は丘の中ほど。

駅方面へは下っていく形だ。

のんびりとその下り坂を降りていく途中、ちょうど教育学部の校舎の前あたりだった。


「あっ」


思わず声が出てしまった、

馬鹿だ、そう思った。

反対側から、颯太が1人で歩いてきたのだ。

声に気づいたのか彼もこちらに気がついていた。

気まずい空気が流れる。


「お疲れ」

颯太が口を開いた。


「おつかれ。卒論準備?」


そう聞くと、うん、とだけ彼は返事した。

俯きがちな彼とは反対に、自分は何故か颯太のことを真っ直ぐと見ていた。

彼の姿が、昔見ていたものと違うものに見える気がした。

こちらが傾斜の上にいるからか、少し小さく見える。


「茉莉花、あの子と仲良いの?」


「あの子って誰?」


「食堂に一緒にいた」


高浦くんのことかとわかるが何故そんなことを聞いてくるのかは理解できなかった。


「仲良いかって聞かれるとわからないけど」


「そうなんだ」


「なんで?」


「いや。別に」


その答えに思わずイラッとしてしまう。

別にいいなら何故聞いた。


「仲良かったら何なの?」


その言葉に颯太は少しだけ顔を上げこちらを見た。


「俺じゃない誰かと仲良くしてくれてるならそのほうが良かったなって」


何かが自分の中でプチンと切れた感覚がした。


「ねぇ、馬鹿じゃないの?私…まだ颯太のこと好きなんだよ。でも、なんか、今のでもうどうでもいいや。そんなこと思ってたとしても言うなんて」


苛立っていたはずなのに、自分の声がすごく冷たく低いもので、まるで自分じゃない人が言っているように聞こえた。


そのまま彼を置いて、坂を降りていった。

一度だけ名前を呼ばれた気がしたが、振り向く必要はないだろう。


どうしてそんなことを言われなければならないのか。

情けをかけるような言葉なんていらない。

優しい彼の良さが悪い方に出ていた。

全くそんなもの必要ない。


そのまま駅に向かおうかと思ったがむしゃくしゃする。

このまま家に帰ってもこれは収まることを知らないだろう感情だ。

どこかで頭を冷やしたい、そう思って浮かぶのはあの庭園だった。

高浦くんはまたいるのか。

お悩み相談室の彼なら話を聞いてくれるかと自分勝手な思いも持ちつつ、その場所へと向かった。




夕方。少しだけ陽がおちてきている。

まだほどほどに庭園には人がいて、思った通り絵を描く彼はそこにいた。


「高浦くん」


声をかけるとハッとした彼が振り向く。

驚かせてしまったかと少し反省をしたが彼は振り向いた瞬間、何故か私を見て笑った。


「瀬戸さん、眉間に皺入ってるけど」


「そんな気分なんです。今日はちょっと邪魔しますね。お悩み相談室開いてください」


「なにそれ、俺、いつからお悩み相談室になったの?」


「今日です」


そう言うと高浦くんは声をあげて笑って、手に持っていた筆を置いてくれた。


「ほんと面白いよね、瀬戸さん。はい、じゃあ今日はどうされましたか?」


高浦くんが笑いを堪えて聞いてくれたが、どう、と聞かれると言葉が出てこない。


「なんて言えばいいんだろう。優しさってたまに裏目に出ますよね」


「何のことかわからないけど、まぁ裏目に出ることはあるね」


「さっきばったり会って。何言われたと思います?私と誰か別の人が仲良くしてるならそのほうが良かったって言ってきて」


その言葉には流石に高浦くんも苦笑いを顔に浮かべた。


「あー、うん。瀬戸さん。ちょっと言ってもいい?」


「どうぞ」


「それ、全然優しさじゃないよ」


どういうことだろうかと思い首を傾げた。


「その人のこと知らないからあれこれ言うのも悪いけど、瀬戸さんが自分のこと好きだってわかりながら側に置いとくとか、さっきの言われた言葉とかって、結局瀬戸さんに嫌われたくないっていう保身でしょ」


「そうなんですか?」


「なんていうか、本当の優しさって、もっと痛いよ?」


「痛い?」


「だって本当に瀬戸さんのことを考えてるなら、その人は多分瀬戸さんを突き放さないといけないはずでしょ。瀬戸さんの時間を奪ってるんだから。だから本当に優しくしようとするなら、瀬戸さんにとっては痛いものになるはずだよ」


その言葉に、目から鱗が落ちた。

今まで自分に優しくしてくれていると思っていた颯太の行動や言葉は、優しさじゃなかった可能性があるなんて思っても見なかった。



「優しさは、痛いんですか…」


「まぁ時と場合によるとは思うけど」


「やっぱり高浦くん、大人ですね。何越えてきたんですか?」


そう聞くとまた高浦くんは声をあげて笑っていた。


「瀬戸さん、俺の笑いのツボだ」

ひと笑いした後に彼が言う。

笑いのツボと言われてふと思い出したものがあった。


「あ、全然話変わるんですけど、あれ、読みました。『ひのきとひなげし』」


「ああ、どうだった?」


「なんか笑っちゃいました。いや、笑う話じゃないのはわかってるんですけど、あのひのき、大きく構えてる感じが高浦くんみたいだし、私、花と同じ名前だけど星と並べられるほど綺麗でも何でもないし。しかもひのきとひなげしって木と花じゃないですか。高浦くん、樹ですよね?私、茉莉花ですよ?それ狙ってお勧めされたのかと思ったらもう面白くって」


「待って、その感想が面白すぎる」

また彼が笑い出す。今日は随分笑い上戸のようだ。


「あー久々にこんなに笑った。ありがとう」


「いえ、こちらこそお邪魔してしまって。お礼はまた別の時にでも」


「いらないよ。面白いものたくさん提供してくれたから」


そんなやりとりをしていると気づけば空がほんのりと朱くなっていた。

ふと空を見上げる。


「瀬戸さん、空好きなの?」


「え?あんまり意識したことないけど、そうなのかな。あぁでも空の色は好きです。あ、だからか」


自分の中でピンとひとつ辻褄が合う感覚があった。


「高浦くんの描いた絵、夜の藍色と、夕方の茜色だったじゃないですか。だから多分綺麗だなって思ったんだと思います」


そう言うと高浦くんは何か少し考え事をする素振りを見せた。


「……瀬戸さんには、あれ、空に見えるんだ」


「え、全然違うものでしたか?なんかごめんなさい、変なこと言った?」


「いや、そんな風に見てくれる人がいるなんて思っても見なかったから」


「あれ、じゃあ何なんですか?」


「目を瞑ったところ」

さっきまで笑い上戸だった彼とは思えないほど淡々とした声だ。


「なんか、難しいですね。私本当芸術とかわからないんですけど、目瞑るって単純に目を閉じた時ってことですか?」



「いや、気にしないで。どう見てもらっても構わないし、人によって解釈が違うのも良いでしょ」


そう言う高浦くんの声はさっきの淡々としたものではなく、よく聞く彼の落ち着いた声だった。


「やっぱり芸術に関わる人って私には持ってないものありますよね。美大に行った友達もなんか我が強いっていうか一本芯が通ってるって言うか。あれ?高浦くん、美大いこうと思わなかったんですか?そんなに絵好きなのに」


「あー、うん。行こうと思わなかった」


少しだけ回答に合間があったのは気のせいかと思ったが続けた。


「現役の時も受けなかったんですか?」


「受けてない」


「じゃあ行く気本当になかったんですね」


そう言いながら話を聞いてもらったしそろそろ帰ろうかと考えていると、高浦くんの手が荷物を片付け始めたことに気づいた。



「帰ります?」


「うん、そろそろ」


「じゃあ、一緒に帰りましょう。また会いたくない人に出くわしたら堪らないし」


そう言うとハハッと彼は笑ってくれた。

荷物をまとめ上げ、駅に2人で向かう。


「高浦くん、一人暮らしですよね?夕飯いつもどうしてます?」


昨日自分で作った味の薄いご飯を思い出しながら聞いた。


「日によってだね。作ることもあるし、あ、うちの駅の近くの餃子屋、安くて美味しいとこあるの、知ってる?あそこで買って帰ることもある」


颯太の家に行く時に目の前を何度も通り過ぎたお店だ。

颯太と行きたかったが誰かと会ってしまったらと思い行けていない場所だからかすごく羨ましくなる。


「良いなぁ、あそこ行ってみたかったけど行ったことなくて。あ、今日寄り道すれば良いのか!」


我ながら良い案だ。

颯太はきっとさっき会った時に学校に来たんだろうからあの駅にはいないだろう。

昨日の味の薄いご飯からの上げ幅がこの上なく感じ、一気に餃子の気分になった。


「高浦くん、一緒にどうですか?食べてきません?」


「ああ、良いよ」


口がもう餃子の口だ。

気持ち足も早くなる。

そのままの速さで目当ての餃子屋にたどり着いた。

途中、高浦くんに歩くの早くなってると笑われたが。


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