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友達

 さて、それでは少々この街の話をするとしよう。鷲尾空が父方の祖母である鷲尾飛和に引き取られて引っ越してきたこの街、『天宮市』について。

 天宮市は中部地方のとある県にある所謂地方都市というやつだ。市の北部は日本海に面しており、漁業もそれなりに盛んで市内には潮風が吹き込んでいる。その潮風を受け止めるように市の背面である南側には山々が連なっており、冬にはスキー場が開いて多くの観光客を集めてくれる。

 もともと天宮市は昭和の経済成長期に某大企業が企業城下町とする形で発展してきた。だが平成の初頭に経営不振となりその大企業が撤退、ピラミッド型のビジネス構造は崩れることになる。ここまではよくある地方都市のお話だ。だがこの天宮市は他の地方都市よりも随分と強かだった。古くから街の発展に貢献してきた地元のとある名士が「流通経路や交通を整備することによって大幅なコストカットが出来る」と某大企業の重役へ言葉巧みに取り入って、天宮市周辺の電車を含めた交通アクセスの公共事業への巨額の出資を行わせたのだ。その後羽振りの良かった某大企業は経営不振に陥り撤退せざるを得なくなるが、他人の金で整備された街の道路を始めとする交通アクセスはそのまま残った。結果として天宮市は漁業とその流通、冬場にはスキー等のウインタースポーツを中心とした観光業、そして大企業撤退後も細々と生き残った中小の製造業らによって経済を回しているのである。

 そんな天宮市の市内は天宮駅を境に大きく二分されている。まず駅の西側、古い町並みや昔から強い影響力を持っていた地元の有力者達のお屋敷がある『旧市街』。そして駅の東側、主に中小の製造業の会社オフィスや小規模の工場と数年前に新設された大型ショッピングモールを中心とした所謂再開発地区である『新市街』だ。


 因みに空達の通う柊坂中学校は旧市街にあり、駅を挟んだ新市街のことを生徒達は「駅向こう」と呼んだりするらしい。そして柊坂中学校は私立中学であるが、他の一般的な私立中学と比べても尚かなり恵まれている。近年の夏場の異常な暑さを受け、全クラスに最新のエアコンが完備されていること。かなり早い段階で校内の全トイレの改修工事が行われ、清潔感の溢れたトイレとなっていること。図書館の蔵書数がかなり多く、流行のライトノベル等も率先して取り入れられていること。更には新学習指導要綱に対応させた最新の教育機材の導入も随時適応される予定だという。他地域の公立中学校、及び私立中学校と比べても間違いなく生徒教員共に破格の好待遇である。


「んで、我が柊坂中学校がここまで率先した機材導入や環境整備をしてくれるのは、学校への寄付やちょっと公には言えない大人のごにょごにょ的なお話で件の『地元の名士』サマが関わってるって話が囁かれてるわけなんだけどさ……」

 そこで今まで饒舌に天宮市のこと、柊坂中学校のことを転校生である空に語っていた東雲翼はくるりと空の方へ向き直る。それに釣られるように隣を歩いていた赤染林檎も空へ視線を向けた。放課後の校舎、とある事情で部活動が休止されており人気の無い廊下で空の頬に冷や汗が伝う。

「その名士って『鷲尾飛和』さんって言うんだけど、鷲尾さんってもしかして……あの鷲尾家と何か関係あったりする?」

「……………………………………………げふん」

 ものすっごく聞き覚えのある名前だった。当然、自宅でこんな話が出たことは一度も無い。

(お、お婆ちゃん……!!!!! なんか威厳ある感じだなーとか、『鷲尾家の人間』って言い方仰々しいなーとか、連れてこられて住むことになった家ってめっちゃお屋敷感満載の日本家屋だなーとか、色々と思ってたけども……!! こんな、こんな地元の超有名人だったってなんなのさッ!? 教えてよせめて!!! 物凄く心臓に悪いんだけど!!! 何これもしかしてわざと教えなかったの? 確かにお婆ちゃん、『あんたのことは嫌いだ』って言ってたけど!! みみっちい!! 嫌がらせがみみっちいよ!! 本人の心の傷に残らず、それでいていきなり知ったタイミングでガチ焦りするレベルってどんな嫌がらせの塩梅なのさッ!!?)

「「じー…………」」

「……っは!?」

 翼と林檎が空の反応を見て(あ、これ当たりだ……)と察しをつけ始めているのを感じた。この話をこれ以上引き伸ばすのは不味い! 目立つことは余り好きではない空は強引に話題を逸らすことにした。

「そ、それにしても天宮市の事といい、学校の事といい、東雲君って色んなことに詳しいんだね!! いやぁ、赤染さんには色々校内案内してもらえるし、東雲君には色んなこと教えて貰えちゃって転校生にしては私ってかなり恵まれてるなーあはははは」

「鷲尾さん、話題逸らすのものすっごく下手やん……」

「最後の方もう乾いた笑い声になっちゃってるし、目線泳ぎまくってるな」

「あは、あははは……」

 もう笑って誤魔化す以外に空に取れる手段は無かった。そしてその意図を汲んだのか、元からそこまで名士の話に興味は無かったのか、もっと単純に空が気の毒になったのかはさておき翼と林檎も空の変えた話題に乗ってくれる。

「まあ俺自身結構顔は広い方だしな、一応柊坂中学校の情報通のつもりだぜ?」

「東雲が持ってる情報って半分くらいが下世話な噂話やけどねぇ。でもたまーにテストの出題ポイントとかレアで役に立つ情報も混ざってるっていう……」

「へぇー東雲君って情報集めとか得意なんだー」

 そういう訳で空は転校初日の授業を終えて放課後に林檎と翼の二人に連れられて簡単な校内案内をしてもらっていた。30分ほどかけてぐるりと校舎を一周し、特別教室等の配置も大体頭に叩き込むことができたのだ。加えて道すがら翼が退屈しのぎに話してくれる話題はどれも中々に興味が惹かれるものが多く、その人柄の親しみやすさも相まって『顔が広い』というのも納得がいった。

「さて、大体案内はこんなもんやろ? 初日にあれもこれもって教えても鷲尾さん、頭パンクするだけやろうし」

「うん、ありがとうね赤染さん。おかげでかなり助かったよ」

「いえいえ、お役に立てたようで何より何より。これでも生徒会役員の端くれやし、困った生徒には積極的に手を差し伸べさせて貰ってますので」

 礼を言う空に林檎はわざと仰々しい言い方で一礼する。それでも言っている内容は多分彼女の本心だろうと思えるのは人徳だろうか。

「東雲君も色々教えてくれてありがとね」

「気にすんなって、俺もこういうの好きでやってるだけだからさ」

 翼は頭を下げる空に対してからからと笑う。着崩した制服は軽薄な印象を与えるが、意外と翼は面倒見がいいらしい。

「お、そうだ」

 ポンと、翼が何かを思いついたように不意に手を叩く。

「ん?」

「どうしたの?」

 首を傾げる空と林檎に対して、翼はちょっとした悪戯を思いついた悪ガキの様に無邪気な笑顔でこう言った。

「いや、男子の俺はともかくさ。女子同士の鷲尾さんと赤林檎なら、これを機会に名前で呼んでみたら?

多分二人ともぐっと話しやすくなるぜ?」

「名前呼び?」

「いや、でも流石にダメじゃないかな? ほら、私今日転校してきたばっかりなんだし……! 赤染さんに悪いよ……!」

 キョトンと小首を傾げる林檎と顔を真っ赤にして慌てて首を振る空、なんとも対照的な反応に翼はニヤニヤと面白そうな笑みを浮かべた。

「そうか? 二人共なんか『ザ・真面目!』みたいなタイプだし、割と馬があってると思うけどな?」

「そ、そりゃ確かに赤染さんは初対面の私に親切にしてくれて、それでいて話しやすいいい子だなぁとは思うけどさ!」

「おお……なんかうちの想定以上の好評価貰っちゃってる……!」

 わたわたと慌てて遠慮している空の横で彼女の評価に嬉しそうに頬を綻ばせる林檎がいるのだが、残念ながら空は気づけていない。その様子を翼はひとしきり楽しんだ後で確信的なことを告げた。

「あははは、そもそもお前らもう『友達』じゃん?」

「…………ゥェィッ!?」

「おー、東雲にしては良い事言ったー」

 『友達』という言葉に驚いて空が奇声を発する。林檎は軽佻浮薄な翼のファインプレーに珍しく拍手を贈る。

「あ、いや、えっと……その……!」

 顔を赤らめて未だにわたわたと落ち着かない空に向き直って、林檎は吹き出しそうになるのを必死に堪えながら不敵に笑う。そして空の前に右手を差し出した。

「ふふん、空ちゃん。うちと友達になってくれる?」

「うぐぅ、そ、そういうど直球なのってずるいと思うんだけど……」

 鷲尾空という人間は基本的に引っ込み思案で遠慮がちな女の子だ。だから転校前の学校でも友達はかなり少なかった。当然『友達になる』というイベントも人並み以下の経験数だ。そんな空にとって真正面から『友達になって』等と言われるのが人生初体験である。だからこそ、照れくさくて林檎の顔を直視出来ずに少し顔を逸らしてしまう。それでも、やはり人間は友達のいない寂しさには勝てないし真正面からの気持ちを無視等出来ない。

「……その、人前で話すのが苦手でどんくさい私でよければ。よろしく…………林檎ちゃん」

 だから頑張って、林檎の手をぎゅっと握った。その小動物のような仕草に、林檎の我慢は限界を迎えたらしい。

「うっはーー! 空ちゃんめっちゃ可愛いーーーー!!!」

 一五〇センチを下回るその小柄な体で、林檎は空に思いっきり抱きついた。

「え? ちょ、きゃああッ!!?」

 特にスポーツをやっている訳でもなく、体を鍛えていたりもしない空は林檎の勢いをどうにかする手段等あるはずもなく背中から廊下に倒れこむことになる。そしてそのやり取りを見ていた翼は心底楽しそうに腹を抱えて笑いながら空にこう言うのだ。

「あ、鷲尾さん鷲尾さーん。てか、空―? 俺とも友達ってことでいいよねー?」

「君は君で軽いーーー!?」



赤染林檎。

 空と同じクラスで隣の席の小柄な少女。方言交じりで話し若干笑い上戸なのが特徴。性格としては生徒会役員をやっていることもあり、度胸があって面倒見がいい。


東雲翼。

 空と同じクラスで前の席の少年。制服を着崩していたり、バレにくい様にワックスを使って髪を整えていたりとなにかとチャラい。容姿で与えるイメージ通り、軽佻浮薄を地でいく性格をしており基本誰の懐にでも入り込む。そして柊坂の情報通を自称するくらいに色々な話を仕入れてくる。

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