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転校生

 

 70個の目線が鷲尾空の一挙一動に注目している。今までの人生でこんな経験は一度も無かった。緊張で心臓がバクバクと強く脈動し、全身の血液と熱が一箇所に集まったのかとでも言いたくなる程に顔が熱くなる。

「私は……あの、その、えっと……」

 元々の大人しい引っ込み思案の気質が災いし、更に緊張との相乗効果で続く言葉が全く出てこない。それがより一層空への注目を集めて、自身の羞恥心を煽るという悪循環に陥っているのだが分かっていてもどうしようもない。

(ああ、ダメだ……。こんなんじゃダメだ……でも、出来ない。このまま話したら絶対失敗する……! 失敗したら、もう……)

 ただ立っているだけなのに、着ている制服の中は汗でじっとりと湿っている。ぎゅっと握り締めた両手は汗ばみながらもとても冷たく、怯えを表すように震えている。ちゃんと昨晩練習してきた成果は欠片も出せそうになかった。

「ぁ……うう……」

 やがて空は俯いてしまう。それと同時に周りの空気が気まずいものへと変わっていくのを感じる。きっと彼らはこんなどんくさい女に時間を取られるのにうんざりしているだろう。(もういっそ逃げ出してしまおうか……)そう空が思い始めた時だった。

「鷲尾さん、ゆっくり深呼吸してごらんなさい。大丈夫、皆暖かい子達だから貴方の自己紹介をちゃんと聞いてくれるわよ」

 同じ教壇ですぐ隣に立っていた新しい担任の恵子先生が穏やかな声で言った。

「…………! は、はい!」

 空は再び顔を挙げる。視界に再び映るのは総勢35人の少年少女、即ち転校してきた空の新しいクラスメイトである。休み明けの月曜日、空は胸の内の陰鬱な気持ちを堪えて、校門から踵を返したくなる足にムチを打って新しく通う『柊坂中学校(ひいらぎざかちゅうがっこう)』に登校した。担任と紹介された『小垣都恵子こがいとけいこ』という眼鏡を掛けた背の高い先生に案内されてたどり着いた2年2組の教室。朝の会の時間を使って転校生である空の自己紹介が行われ、そこで空は緊張で何も話せなくなってしまっていた。しかし……。

(……あれ?)

 恵子先生の声で促され、新しいクラスメイトを改めて見た空は驚いた。てっきりおどおどしていていつまで経っても話し始められない転校生に嫌気が差していると思っていたのに。第一印象最悪からの転校生活がスタートすると思っていたのに。35人のクラスメイト達は皆が皆、空に嫌な表情を向けていなかった。寧ろ、空の顔色の悪さを心配する様な女の子や空が恵子先生の言葉に返事をして気まずい空気が吹き飛んだことに安堵した顔をする男の子など緊張でガチガチになっていた大人しい転校生を気遣う様な雰囲気があった。

(……私、ちゃんと自己紹介するってことに意識向きすぎて新しいクラスの皆のこと全く見えてなかったな)

 自分が情けなくなり空は思わず苦笑する。自分の目は節穴だ。一度こうと強く思い込んでしまうと周りが見えなくなってしまう。だがしかし、恵子先生の言葉と改めて見回した新しいクラスメイトの顔ぶれが空の固まっていた表情を柔らかく崩させる。それで吹っ切れたのか、空は大きく深呼吸をするとクラス全体を見回してはっきりとした声で話し始めた。

「たはは、ずっと固まっちゃってごめんなさい。転校って初めてで緊張しちゃいました。私の名前は鷲尾空と言います。同じ県内だけど天宮市よりもずっと南にある与花市よかしという所から転校してきました。ご覧のとおり、人前で話すのが少し苦手なんですが……仲良くしてくれると嬉しいです。これから、よろしくお願いします」

 自然とクラスから歓迎の拍手が贈られた。




 恵子先生に促されるままに空はクラスの席の一番後ろの列に座った。すると恵子先生からの諸連絡を無視して隣の席に座るサイドテールが特徴的な小柄な女生徒がこそこそ声で話しかけてきた。

「ねぇねぇ、鷲尾さん」

「え? ぁ、はい?」

 空は不意に話しかけられて慌てて返事を返す。当然、恵子先生に見つからない様に話しかけられた声と同じくらいの小さなボリュームだ。

「隣の席同士よろしく。うち、赤染林檎(あかぞめりんご。鷲尾さん、転校初日で分かんないこといっぱいやろ? 一応これでも生徒会で役員やってるからさ、何でも頼ってな?」

 若干訛った言葉遣いの林檎はにこりと人好きのする笑顔で空にそう言った。

「赤染さん、か。うん、正直分かんないことだらけでどうしようかと思ってたんだよね……。だから色々と教えてもらえてらものすっごーく助かる……」

「うんうん、ええよええよ。任しときー」

 転校初日にクラスメイトに学校について教えてもらえるのは本当にありがたい。学校というのは一つの小さな社会だ。そして学校ごとに独特のルールやリズム、雰囲気というものがある。『転校生』というのは自分が今まで過ごしてきた学校の『当たり前』と新しく通う学校の『当たり前』を擦り合わせていかなければならないのだ。そして何よりも恐ろしいのが、先生はこの子供たちの微妙な違いに対して物凄く鈍感であるということ。転校生が教えて欲しいことは非常に些細なことの様に思われ、軽く流されてしまうことが多いのである。

 その点、空は確かに幸運と言えるだろう。林檎は小柄ながら自身の胸をポンと叩いて自信満々に空の面倒を見てくれると宣言している。生徒同士だからこそ感じられる『別の学校』という微妙な違和感を解消し、空がこの柊坂中学校に馴染む手助けをしてくれるだろう。

 空はホッと胸をなで下ろした。転校の緊張感は先ほどの自己紹介と今の林檎のおかげで大分薄れたらしい。

「にしても、さっきの自己紹介はどうなることかと思ったわー。鷲尾さん、緊張でガッチガチに固まってまっとったし」

「たはは……。それについては申し訳ないね……、あんまり人前で話すこと得意じゃない上に転校なんて初めてで……」

 クスクスと笑いながら林檎の出した話題に空は苦笑して答えた。

「やろうねぇ、うちは生徒会で前に出ること多少慣れとるけど女子は鷲尾さんみたいに苦手なタイプの方が多いもんねぇ。あはは、いやーごめんごめん、助け舟とか出したほうが良かった?」

「そ、そんな滅相もない! 自己紹介、ちゃんと聞いてくれただけで十分だよ!」

 頬を少し赤らめながら空は答える。その表情が余りにも必死だったためか、林檎は更に面白そうに笑った。

「む、むぅ……そこまで笑わなくても……」

「くくく、いやぁごめんなー。なんか鷲尾さんの反応可愛くってついつい……」

 むすっと頬を膨らませる空を見て、林檎は笑いすぎてうっすら涙すら出てきている。なんとなく、彼女が笑い上戸なのだと空は察した。

「さっきから聞いてれば赤林檎と鷲尾さんもう仲良くなってる? ねえねえ、俺も混ぜてよー?」

 そう言って空の前の席の男子生徒がひょっこりと体を反転させて後ろを向いて声を掛けてきた。

「えっと、君は……?」

「んー? ああ、俺は翼。東雲翼ね。学習班は近いもん同士で同じになるから、よろしくー」

 何と言うか、凄く軽い雰囲気の男の子だった。シャツの第一ボタンを外していたりと若干制服を着崩して着ているようだ。肩口で切りそろえられた黒髪も(恐らくは校則違反なのであろう)ワックスでふわっと整えられている。

「えっと、こちらこそよろしく……?」

 ぽかん、としながらも空は翼の挨拶に応じた。そして今までの会話の中で気になった単語について翼に尋ねてみる。

「えっと、ところで『赤林檎』ってもしかして……?」

「ああ、そうそう。お察しの通り赤染林檎のニックネームだよ、な? 赤林檎?」

 話を振られた林檎はやれやれと言った様子で肩を竦める。

「まあ、気づいたら浸透しちゃってたのよねー。あ、念のため言っておくけどうちの苗字親の再婚で変わったんだからね? 別に狙ってこの名前になったとかないから!」

 名前の通り頬を林檎色に染めて、林檎は弁解する。一応、ニックネームとして受け入れつつも不当な誤解は避けたいらしい。

「たはは、まあ狙ってやらないよね普通は」

 空はそんな林檎の慌てっぷりを見て楽しそうに笑う。

「おー、良かった良かった。鷲尾さん笑ったー。よくやった赤林檎、流石生徒会役員。略してさす生」

「うぐ、上手く使われた感……。いや別にええけどね? ただ何かこのチャラ男に使われるんが不服というか……」

「はいそこ鷲尾さーん。赤染さんと学校案内の打ち合わせまでは容認してあげてたけど、東雲君も加わった辺りから不要な雑談とみなすわよー」

「「「うぐ……ッ!?」」」

 盛り上がり始めた雑談にピシャリと冷や水を浴びせるような恵子先生からのお叱りの言葉が飛んできた。空、林檎、翼の三人は仲良く身を縮こまらせて反省の意を示しながら朝の会を終えていくのだった。



なんとか空の新しい生活を頑張る感じ、書けてるといいなぁ

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