第九十七走 ガバ勢と夢幻の中で
ルーキはルタの街の大通りに立った。
前日のRTAの結果を張り出す大看板。通りを埋め尽くす屋台で空腹を満たしてからそれをのぞきに行く走者たち。
どんな激しい本走が世界の片隅で繰り広げられようと変わらない日々。しかし一日として同じものはない光景に、彼は首を傾げるようにしてつぶやく。
「ところで、正しい形って何なんだろうな……」
普段の様子と違うところはなく、奇妙な行動を取っている人物もいない。
「それどころか、何かつい最近見たばっかのような気がするんだよな。まったく同じものを……。とりあえず、動きながら探ってみるか」
独りごちたルーキが向かったのは、ほぼ毎日足繁く通っている〈アリスが作ったブラウニー亭〉だ。
「おはようございま――」
入るなり、彼はぎょっとした顔で足を止める。
「な……何だ!?」
店内は、まるで昨日が閉店の日だったかのように閑散としていた。
が、無人ではない。
奥の席に二つの人影があり、ちょうど片方が大きな声を上げたところだった。
「ゲエーッ! やべえ今日〈ランペイジ〉に出発する日かよ!」
白い髪を揺らして叫ぶのはレイ親父だ。そして話し相手は赤い総髪に眼帯の男、サグルマだった。
「〈ランペイジ〉……! そうか。見覚えがあると思ったが、ここは出発前のルタの街か……!」
ルーキのつぶやきの上を、レイ親父の大声が通り過ぎていく。
「俺、まだパーティ組んでねえぞ!? おいサグルマ、おまえ空いてるか?」
「いや、すんません親父。もうメンバー決まっちまってて……」
サグルマの応答は意外なものだった。現実では、彼はレイ親父とパーティを組んでいる。
「ちっ、しょーがねえ。現地で適当に見繕ってみっか……」
店内をぐるりと見回したレイ親父のグリーンの瞳が、ルーキを見る。
「ん? 新入りじゃねえか。何だそんなとこでボーッとして。おっ、そうだ。おまえ〈ランペイジ〉のパーティもう決まってるか? もしまだなら、俺と行こうぜ」
「ファッ!? ぜ、是非、喜んで――」
「斬影拳」
「えぼら!?」
悲鳴を上げてよろめいた彼が振り向くと、そこに立っていたのは一人の少女。
「“正しい形”って言われてるのに、どうして正史と違う道を歩むっすかねえ」
「サクラ!?」
目を丸くするルーキを一旦放置し、サクラは店の奥のレイ親父に声を張り上げた。
「すんませんっすね、親父さん。ガバ兄さんのパーティはもう定員っす」
「何だよそっちもダメかぁ。もう列車も出る時間だし、やっぱ現地で探すしかねえかなあ」
レイ親父はそう言うと、サグルマと一緒に店を出ていった。
ごまかすような薄笑いでそれを見送った後、ルーキはサクラに詰め寄った。
「ホ、ホントにサクラなのか? 確かこれ、夢の中なんだよな? 二人で同じ夢を?」
「二人で済めばいいっすけどねぇ……」
サクラの含みのある物言いに、ルーキははっとした顔をする。
「……! そうか。委員長も! って、ちょっと待てよ……」
少し考え込んで手を打つ。
「正しい形ってそういうことか! 三人揃ってRTAに出発すればいいんだろ?」
「ま、現段階ではそれが一番濃厚っす」
「そうと決まれば、早速委員長を探しに――いや、あの時は、ここからアパートまでの途中で偶然会ったんだっけ。あれ……? 何か、普段使わない変な道通った気がする……」
「そ、そんなことどうでもいいじゃないっすか。さ、早く行くっす!」
サクラにぐいぐいと背中を押され、ルーキはアパートへと道を戻り始めた。
「けど、ホントにこれで大丈夫かな」
道中、彼はつぶやくように言った。
「俺、〈アリスが作ったブラウニー亭〉に行く前にロコんところ寄ってたんだよ。そこで〈ランペイジ〉の話を知ったんだ。そこんとこすっ飛ばしちまったけど、いいのかな」
「今さら言ってもしょうがないっす。とりあえず、できることをやればいいんすよ」
「……そうだな」
しかし。
「……あれ……?」
店とアパートを繋ぐ最短ルートからはずれ、脇道へ向かったルーキたちだったが、そこを通り抜けてもリズと出会うことはなかった。
「この道で合ってるよな?」
「間違いないっす」
「探してみよう」
それからしばらく一帯を探し回ってみたものの、リズの姿は影も形もない。
「はあ……。避けたい時は勝手に湧き出てくるのに、どうしてこういう時に限っていないっすかねえ」
「ん? サクラ何か言ったか?」
「いーえ。ガバ勢特有の難聴では?」
ルーキは一旦捜索を諦め、
「もしかすると時間が合ってないのかもな。俺がロコんとこに行ってない分、時間が早まってるはずだから、委員長は何か別のことをしてるのかも」
「…………。まあ、その可能性はなきにしもあらずっすね」
サクラは曖昧な表情をしつつも同意して、周囲を見回した。
「んじゃ、適当に時間潰しでもするっすか。あっ、おあつらえ向きの団子屋があるっす。あそこの位置なら通りを見張れてちょうどいいっすね」
「いいのかな、そんなことしてて……」
「走者の悪いところは、一つところにじっとしてられないことっすよ。こんな時にどっしり構えていられないようじゃ、兄さんのRTA力もまだまだっすね」
「……! いいよ来いよ! 店員さん、ずんだ餅一つ!」
「ズンダァ……」
茶屋娘に注文をして、団子屋の外椅子で一服する。
「それにしても、こういう罠だったとはなあ。複数人で同じ夢を見させられるってことくらい、事前情報であってもよさそうなのにな」
「どんな形になるかは人によって違うらしいっすから、先入観はない方がよかったってことじゃないすかね。思い込みって結構厄介すよ」
「委員長も同じ夢を見てるとして、サマヨエルとカークはどうだろ? あー、早く抜け出したいぜ」
貧乏ゆすりを始めたルーキの足を、サクラはぺちりと叩き、
「そういう態度がよくないんす。少しはこの状況を楽しむ余裕を見せたらどうっすかね。それがリーダーの器ってやつっす」
「そ、そうだな。気をつけるよ……」
ちょうどずんだ餅と串団子が運ばれてきた。
ルーキは言われたばかりのことを実践する。
「おっ、うめぇなこの餅。来たことなかったけど、近所にこんな店あったんだな」
「兄さんはアパートとガバ勢の店の往復しか、ほぼしてないっすからねえ。そんなんじゃ甘いっすよ。もっと他のもの見てホラ」
三兄弟団子をもっちもっち食べながら言うサクラに、ルーキは渋いお茶をすすりながら言い返した。
「最近は自然とそうなってるよ。エルカお嬢さんに連れ回されてるせいでな。一人じゃ絶対に入らないカフェとかフルーツパーラーとか……何を食うところなんだ、ありゃ? サクラも一緒だろうが。その時はユメミクサだけど」
「えー? 何の話すかー? 知らなーい」
「とぼけちゃってぇ……。でもまあ、サクラと二人でこういうところに来るのは珍しいかもな……」
「そっすよ! たまにはあのガバ場(ガバ酒場の略)以外のとこにもつれていくっす!」
「わ、わかったよ……。ていうか、つれていってるわけじゃないだろ……」
そんな会話を交わしつつ通りを見張るものの、やはりリズが現れることはなく、ただ時間と他愛ない世間話だけがチリのように積もっていった。
と。
デッデッデデデデ!(カーン!)
「……え!?」
突然、ルタの街と開拓地を結ぶ大鉄道の発車ベルが響き渡った。
「何だ!? どこから聞こえてる!? 普段はここまで聞こえないよな!?」
赤布をかけられた長椅子から立ち上がり、ルーキが慌てて視線を飛ばす。
「ここまで聞こえるようなら朝から鳴りっぱなしっすよ! 明らかにおかしいっす!」
「ってことは……」
デデデデ! デッデッデデデデ!(カーン!) デデデデ!
「二周目までちゃんと入っている!」
「言ってる場合すかこのガバ兄!」
イクゾー!
…………――――!!
「……ハッ!」
ルーキは目を開けた。
のどかな町鳥の鳴き声。窓から入り込んだ日差しが、彼が体にかけたベッドシーツの上に陽だまりを作っている。
「サクラ!」
「あい」
ルーキが呼びかけると、天井板が一枚はずれてサクラが顔を出した。
「覚えてるか? さっきのこと」
「ばっちりす」
ルーキは腕組みをして唸った。
「ここに戻されたな。正解を見つけるまで、何度でも繰り返すってことか?」
「そのようっすね」
「よし。そうと決まれば、当日の動きを再現するだけだ。俺はロコに会いに行ってくる。サクラもあの日の行動をなぞってみてくれ。確か、俺とサクラが会ったのは〈アリスが作ったブラウニー亭〉だったよな? そこで改めて合流だ」
「あい」
ルーキはグラップルクローを引っ掴むと、RTA研究所へと向かった。
※
RTA研究所。ロコの私室兼研究室。
「うーむ……」
「え、な、何……? 顔が近いよルーキ……?」
ためつすがめつ見つめるルーキに、ロコは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「いや、やっぱ似てるなと思って」
「えっ、だ、誰と?」
「サマ…………あ、ああ、いや、何でもないんだ。こっちの話。悪い悪い。もう十分確かめたからいいや。で、朝からで悪いんだけど、こいつのメンテ頼むよ」
「もう、何だよルーキったら。自分一人で満足しちゃって……。まあ、僕はそれでもいいけどさ……」
ぶつくさ言いながらも、受け取ったグラップルクローを早速作業台に載せるロコ。
危うく余計なことを口走りかけたルーキだったが、どうにか当日の流れを再現することに努める。
やがて現実通り順調に〈ランペイジ〉の話題になった。
そこで奇妙なことが起きた。
「ねえルーキ……。あのさ、僕もついていっちゃダメかな……」
「え?」
その申し出は、現実では有り得なかったものだった。
「荷物持ちでも雑用でも、他にも何でもするから。たまには、君と一緒に行きたいんだよ。……ダメ?」
親友からの上目遣いの頼みにほだされかけたルーキだが、すぐに首を横に振る。
「ダメだロコ。訓練だってずっとしてないだろ? いきなり〈ロングダリーナ〉の本走なんて危険すぎる」
「そうだよね……。言ってみただけ。ゴメンね、困らせて……」
彼のひどくしょんぼりした様子に、ルーキは後ろ髪を引かれるように顔をしかめる。それでも何とか“正しい形”を維持するために拒否を貫いた。
「じゃあ、頑張ってね」
「ああ。土産話を楽しみにしててくれよ。必ず面白い話ができると思うからさ」
研究所を後にし、〈アリスが作ったブラウニー亭〉へ。
本来ならば、そこで、所用で店に立ち寄ったサグルマと会う流れ。
のはずが、なぜかそこにはレイ親父とサグルマがいて、
「ようルーキ。俺と親父のパーティに一名空きがあるんだが、一緒にやろうぜ」
「ハイ! 喜ん――」
「空破弾」
「んぐぉぉ!? アテがあるので遠慮しますぅ!」
無事(被弾1)サクラと合流し、当日の再現を死守。
あの手この手で“正しい形”を崩そうとしてくる幻惑を跳ね返し、予定通り脇道へ。
「よーし、これでどうだ!」
だが、それでも。
リズは現れなかった。
デッデッデデデデ!(カーン!)デデデデ!
これは……ガバじゃな?




