第九十六走 ガバ勢と妖魔の幻惑
「ぬわーーーっ!」
ルーキたちは雪崩れ込むようにほこらに逃げ込んだ。
第一次のすぐ後に敢行された今回の第二次遠征は、全道程三分の一未満の位置でギガンテスの群れに鉢合わせ、迂回路もブリザッドたちに塞がれて失敗に終わった。
「ん……?」
雪まみれのまま重なるように倒れているルーキたちの前を、立った今ほこらから出てきたフルーケのパーティが通り過ぎる。
「フフ……」
「な……ッ!」
フルーケの微笑に憤慨の声を上げたのは、ルーキの横で仲間の下敷きになっているカークだ。フルーケの表情はどう見ても後輩を見守る優しい先達の眼差しだったのだが、彼にはそれすらも気に入らなかったらしい。
「な、なめやがって……! おいルーキ、ガキどももいつまでも寝てるんじゃねえ! すぐ次行くぞ! 巨人がなんだコラァ! ブリザッドがなんぼのもんじゃい! オラオラ来いよオラァ!」
仲間の下から抜け出し、一人、ずかずかとほこらの結界の外に出ていく。
《クリフトン!》
「きゅう……」
「何やってんすかあの人……」
仮死状態になったカークをほこらに引きずり込み、第二・五次遠征は終わった。
「一旦頭を冷やしましょう。ここが強敵揃いなのは最初からわかっていたことです。わたしたちは、彼らの死角をすり抜けるしかない。運走りです。つまり、現状はこれがベスト。作戦変更はありません。いいですね」
リズが地面に座ったまま作戦会議を始め、みなをうなずかせた。
「さっき、フルーケたちが出ていったっすけど、今ほこらに残っているパーティはないっす。つまり、モンスターたちの注意力もそっちに向けられて分散してるはず」
「あっ、じゃあ今がチャンスってことだね」
サマヨエルがぽんと手を打つと、リズは首肯しつつも少し眉間にしわを寄せ、
「もう少し参加パーティが増えてくれると、こちらも動きやすくなるんですが……」
そう意見を述べた、直後だった。
「ンアーーーーーーーーーッ≧Д≦!」
空から何かが降ってきた。
背の低い灌木をバキバキ折りながら地面に落ちたのは、緑の着流しが雪景色に映える人物だった。
「レイ親父!?」
ルーキが驚きの声を上げる中、たったいまレイ親父を運んできたルーラ鳥が、その着流しの衿に頭を突っ込んで中をまさぐる。
「ぐわーーっ! やめろコラ! 俺ァまだ死んでねえよアホ鳥!」
めくれた裾から細く白い太ももを付け根まで露わにしたレイ親父が、格闘の末にルーラ鳥の首を掴んで引き抜いた。
「金金って言うんじゃねえよ鳥のくせによォ! 持ってけ!」
「カネーッ!」
白い人魂の刺繍が入った銭袋を投げつけられると、ソーラ鳥は不満げに一鳴きして飛び去っていった。
「お、親父、大丈夫ですか?」
ルーキが駆け寄ると、髪も着流しも乱れ、細い肩までを露わにしたレイ親父が、片手を上げて応えた。
「おう無事だぜ。クソが、あの白猿。ちょっと小突かれただけで自爆しやがって……。あーあ、あと少しで最上階だったのによ!」
手を挙げた拍子にさらに衿元が下がって、胸に巻いたさらしまで丸見えになる。
(ほよっ!!?)
ルーキは慌てて視線を逃がした。ちょうどその先で、タムラーとサグルマがむっくり起き上がる。
「わーい、生きらー……」
「曲がったままの勾玉……」
二人とも無事なようだ。ただ、同行している精霊人のサマヨエルは、「うう……ガバ……ガバ……もういや……」と何かにうなされてまだ目覚めない。
ちなみに、タムラーは天水の羽衣を着ていた。ルーキはなぜか、残念な気持ちになった。
「かねがね金がねえ……。お、ルーキか」
待機していたルーラ鳥に金を渡したサグルマがこちらに気づく。
「はい、サグルマ兄貴! 大丈夫ですか?」
「ああ。ぶっ飛んで気絶してただけだ。そっちも全員無事で、ここまでたどり着いたみてえだな。初めてにしちゃ上出来だ」
「へへ……」
照れ臭くなって笑う。やはり、一門の先輩たちに褒められるのが一番嬉しい。
「次はころーす!」と物騒な宣言をしながら回復用のぶどうを頬張っているレイ親父を見つつ、ルーキはサグルマにたずねた。
「なんか、もう少しでゴールだったみたいなこと親父が言ってましたが……もうそこまで?」
「ああ。今回は妙に運がよくてな。まあそれでも、“デビルバロン”の、滅多にやらねえ自爆攻撃に巻き込まれて、神殿の外まで吹っ飛ばされちまったんだが……下が雪で助かったぜ」
「怖いくらい順調なのらー。何か裏がありそうなのら……」
不安げなタムラーの声を、レイ親父の大声がかき消す。
「ちょっとツキが巡ってきたからって何ビビってんだ。これぐらい普通だルルォ!? むしろいつもが悪すぎんだよ。この勢いのまま、次で確実にゴールだなガハハ! おい、案内人、さっさと起きろ! 行くぞオラ! 俺は最速記録を打ち立てるんだ!」
あちらのパーティのサマヨエルを揺すり起こすと、レイ親父たちは意気揚々とほこらを出ていった。
とても死と隣り合わせのエリアに挑んでいるとは思えない大胆不敵さ。そのリーダーとしての意志の強さが不運を跳ねのけ、仲間たちにも自信を与えているのか。
これは、見習うしかない。
「よーし、俺たちも行こう! 次で一気にゴールだ!」
「そうですね。ただ、大人数だと目立つので、レイ親父さんたちとは少し距離を空けて、ですが」
第三次遠征。イクゾー!
デッデッデデデデ!
ルーキたちは順調に雪原を進んでいった。
(カーン!)
時間差カーンと危険なエンカはあったものの、気持ちを入れ替えたのが功を奏したのか、冷静に雪煙を盾にして逃走成功。前回の到達地点を早々に越えて、ソーラ神殿へと距離を詰めていく。
何か、風向きが変わった気がした。さっきレイ親父と会った直後から。
やはり、ガバ勢は神ではなく親の顔より見た親父に祈るべきなのかもしれない。
「ルーキ君、ここらへんは少し気を抜いても大丈夫ですよ」
「え? どうして?」
最短ルートの雪原を離れ、森の中へと大回りしながら、ルーキは助言をくれたリズにそう聞き返していた。
「このあたりは、台地の下のモンスターがわずかに棲息してる場所なんですよ。油断は禁物ですが、敵を見てもさほど怖がる必要はありません」
時折、そういう地域が存在する。
今回のように一ランク低いレベルの敵が出る場所もあれば、逆にその土地にはあり得ない強者が密かに生息する場所もあり、こうした知識は、フィールドの歩き方を考える上で非常に重要なものだった。
「妖魔たちさえ騒がなきゃ、ここはもっと静かな土地だったのかもな……」
そんなことに思いをはせながら、迂回ルートを無事歩き終える。
と。
「みんな隠れろ……!」
ルーキは押し殺した声で仲間たちに指示を出した。
慌てて身を隠した仲間たちを確認した後で、そっと木の裏から顔を出す。
雪の中を不自然なくらいに規則的な動きで歩いている影がある。
「“キリングマシン”……!」
同じ木に身を寄せて隠れるリズが、強張ったつぶやきを放った。
蜘蛛のように節のある四脚の上に、首なしの胴体が乗ったシルエット。モノアイを光らせる頭部は胸と一体化しており、長い腕の先に手はなく、ブレードとボウガンを一体化させた凶悪な攻撃機構が取り付けられている。
この開拓地では類を見ない、全身が金属でできた異形のモンスターだが、かつて〈アーマードフロンティア〉を走ったルーキとしては、ぎりぎり冷静に見据えられる相手だった。
「カミニ ナル カミニ ナル」
言葉とも聞き取れる謎の機械音を発しながら、雪原を闊歩するキリングマシンは、この地に住みながらも妖魔側にすら属さない謎の存在とされている。
一説によると、はるか昔に栄えた魔王の遺物とも言われているらしいが、すべてはつまびらかにされていない。だが、そんな歴史よりも今は――。
「委員長、あいつって、この辺の敵じゃなかったよな?」
おぼろげなチャートの記憶を頼りにささやくと、リズは少し驚いたような顔になり、
「ええ。よく覚えてましたね。キリングマシンは屋内で活動するモンスターです。普段はソーラ神殿にいるはずで、ロングダリーナの洞窟にたまに出没する程度。こんなところを徘徊しているはずは――」
彼女の説明を突如として遮ったのは、激しい地鳴りだった。
地面を踏み鳴らして足早に歩いているのは、緑の肌の巨人ギガンテス。それも一体ではなく、三体。加えて、この雪景色に溶け込むように白っぽい体色のモンスター“シルバーアイアイ”の群れもそこに混ざり、極めつけは、そのシルバーアイアイの背中で踊るブリザッドたち。
「……! な、何だ? まるでロングダリーナ台地のオールスターだ……」
モンスターの群れは、ルーキたちが隠れる森の前を、ソーラ神殿の方角を目指して突き進んでいる。
その先に誰がいるのか、ルーキはすぐに察した。
やがて、魔物の咆哮が響き渡る。
「親父!!?」
激しい戦闘を物語るような雪煙が道の先を覆い隠した。
「な、何だ何だ俺に興味あるのかァ!?」
「モンスター ノ ムレニ カテルワケ ナイダロ !」
「バカ野郎おまえ俺は勝つぞおまえ!(天下無双)」
《クリフトン!!》
「やはりヤバイ!」
そして。
「このままでは終わらんぞー!! ぞー……ぞー……ぞー……」
バッサバッサ。
わりと元気な負け台詞を残して、レイ親父たちはルーラ鳥に運ばれていった。
「お、親父が負けた……!」
「そりゃ、あの数に襲われたら乙るっすよ。まあ、単に気絶しただけっぽいのはさすがっすけど」
ルーキはそこで奇妙なものを見た。レイ親父たちが運ばれていくその下で、モンスターの群れもそれを追いかけるように移動を開始したのだ。
「あー、何か完全に狙われてるっすねえ」
「な、何で……!?」
それらの動きを完全に見送った後で、ルーキは戸惑いの声を発した。
「運の寄り戻しが来てるか、あるいは、ガバ勢のくせに豪運なのがモンスターのカンにさわったんすかねえ。何にせよ、しばらくは粘着されてほこらから出れないっすよ、あれは」
「お、親父ィィィ……」
ここまで順調すぎたことで運命に嫌われたとでもいうのか? あるいは、RTAにおけるガバの数は決まっていて、前半ガバらなければ後半に密集するということなのか?(ガバ数固定理論)
「で、でも、もしかしてこれってチャンスなんじゃない? 今なら安全にソーラ神殿まで行けるかも」
サマヨエルの言葉に、ルーキたちははっとなった。
「その通りですね。ルーキ君、チャンスです。急ぎましょう!」
「何だかよくわからねーが、あのパーティの犠牲は無駄にしねえぜ!」
大胆にも全員で雪原を駆ける。
やがて大きな川が見えた。雪に埋もれた巨人の骸もある。以前、レイ親父たちを見かけた場所だ。
「やった。ここまで来た……! けど、どうせなら……!」
このまま神殿まで直行だ。そして、そのままの勢いでゴールだ!
「行くぞみんな!」
山道を登り、森を抜け、再び雪原を走る。
モンスターはレイ親父に粘着しまくっているのか、ほとんど現れなかった。
そうしてえ!
「お、おおお……」
ロングダリーナ台地のほぼ中央。
ちらちらと雪が舞う高地に、その神殿はあった。
その外貌は、争いに特化した妖魔が築いたとは思えないほど端麗で、そして厳かだった。
ところどころに配置された石像は、本来の神殿なら魔よけのガーゴイルであるはずが、ここでは魔寄せと言っていいほどに醜悪で禍々しい。が、それですら突き詰められた美を感じさせた。
「このまま立ち止まらずに行くぞ! 一気に侵入だ!」
ルーキの号令にみながうなずく。さらにサマヨエルが走りながら警告した。
「みんな気をつけてね。ソーラの神殿の入り口は、妖魔が張った幻惑の結界があるの。入った人は、みんな夢に囚われちゃう。でも安心して! その間はサファイアス様が守ってくれるから。その間に一人でも夢から抜け出せれば、他の人を起こせる」
サマヨエルは声を強くして言う。
「結界を破る方法は一つ! “正しい形”で出口を抜けて! どんな形の夢かわからないから、今はこれしか言えないけど! 正しい形だよ、いいね!」
その助言を心に刻み込んだまま、ルーキは神殿の巨大な入り口をくぐった。
※
「……!」
ルーキは目を開けた。
のどかな町鳥の鳴き声。窓から入り込んだ日差しが、彼が体にかけたベッドシーツの上に四角い陽だまりを作っている。
「俺の……部屋……?」
ルタの街。ボロアパートの自室。
質感を確かめるように、寝ているベッドマットやシーツに手を這わせ、ルーキはつぶやいた。
「なるほど……現実と区別つかねえ。これが妖魔の見せる夢か。しかし!」
眼差しを鋭くし、シーツを跳ねのける。
「正しい形だ! まずはそいつを探さなきゃな!」
そう言うと、彼はアパートを飛び出していった。
子は親を超えていくもの。
それにしてもこの展開……また書くことになろうとはこのリハクの(ry




