第九十一話 ガバ勢と偉大なる先駆者たち
「ガバ兄さん、早く光の中に入るっす!」
切羽詰まったサクラの声に引っ張り込まれるように、ルーキはつんのめり気味に発光する地帯へと駆け込んだ。
背後から低い唸り声が聞こえ始めたのはそれからすぐ。振り返れば、わずかに払われた闇の中でうごめく無数の人影があった。
「げっ……。アンデッド!」
カークが顔をしかめる相手が、大挙としてこちらに近づきつつある。
骨に腐肉をこびりつかせた、正に腐る死体。バッドボディと呼ばれるモンスターだった。
しかし彼らはある程度近づいたところでたたらを踏むと、そこから先に進むことをためらうかのように、ルーキたちがいる場所の周囲をうろつきだした。
「ここの光はソーラの力の一端が堆積したもの。生命活動ではなく悪しき魔力によって動いている彼らが近づけば、簡単に粉砕されてしまうでしょう」
リズが説明する。
ソーラの力は本来、敵味方区別のない破壊だ。だから近づけない。骨と肉片に残ったわずかな本能が、彼らに恐怖の真似ごとを演じさせるのだろう。
あるいは……。
「彼らは、ここの武器の持ち主たちです」
リズの声はほのかな光の中で静かに響き、サマヨエルやカークを振り向かせた。
かつてこの土地が拓かれたばかりの時代。
RTAやチャートというシステムもなく、開拓民や勇者と呼ばれる人々が、予備知識も最適な装備もなしにここ〈ロングダリーナ〉の洞窟へと挑み、そして帰らぬ人となった。
この階層は特に激しい戦いがあったことで知られている。
多くの戦士たちがここで力尽き、そして、ソーラを信奉する妖魔の力によって、自然に返ることさえ許されずアンデッドに成り果てた。
偉大なる先駆者たちの悲劇的な末路。ルーキはその痛ましい姿から目をそらすように、地面に刺さっている数々の武器を見やる。
長い年月が過ぎたにもかかわらず、いずれも朽ちることなく原型を保っている。いや、それどころか、従来の武器より鋭い気配を放ってそこに突き立っているとすら言えた。
「おい、これって……」
カークが険しい顔で、自分の足元を指をさす。
ルーキが目を向けると、彼が持っているのとそっくりの剣が地面に刺さっていた。
ムーフェンシアの兵士が扱う伝統的な剣なのだろう。
いつかの時代。彼はここに挑み、そして命を落とした。
「割に合わねーよな……命懸けでここまで来て、その結果がこれじゃあよ」
カークはまるでため息をつくように言った。
「どんだけ褒美がもらえようと、ヒーローになれようと、死んだら元も子もねえだろうに……。割に合わねーよ、人助けなんて。マジで」
彼にしては珍しく、誰に言うでもない独り言のような愚痴を、ルーキは自分でも意識しないまま「どうだろうな」と拾っていた。
「割に合うかどうかは、何とも言えない」
「おいおい。どう考えても命あっての物種だろ? おまえだって、えーっと何だっけ? 安定チャートとかいうの組んでるだろうが。死なねえように」
呆れたように言うカークに、ルーキは微苦笑を返していた。
「ああ。だけど、本当に死にたくないなら、RTAなんかしない」
「そりゃ、まあ、そうだろうがよ……」
ルーキはバッドボディたちを見つめて言った。もはや生前の面影など微塵もなく無残に朽ち果てた彼らに、言葉が勝手に口をついて出た。
「この人たちは後悔したくなかったんじゃないかな」
「はあ……? 何にだよ」
「自分がここに来ないことに、さ。世界がピンチになって、でも、誰かが救ってくれるはずだって期待して町で待って……結局、誰も救ってくれなかった時に後悔したくなかったから、ここに挑んだんじゃねえかなって思うんだ」
「……!」
「まあ、俺の単なる推測だけどな」
死体たちは攻撃を諦めたのか、徐々に解散しつつあった。だが、まだ動くのは得策ではなさそうだ。彼らが完全にいなくなるのを待つ。ここはリーダーとして焦ってはいけない場面。
不意に「それでもよ」とカークの声が低く持ち上がった。
「自分の命に見合うものなんかねーだろ。使命感にしろ英雄願望にしろ、よ。やっぱり割に合わねえよ」
意外にもさっきの話の続きだ。普段なら「あほくさ」で切って捨てるような話題を続け、さらにはいつになく弱い反発なのは、彼なりにこの古い先達が残したムーフェンシアの剣に感じるところがあったからなのか。
一緒に旅をして、初めて見る姿だった。
彼は何かを探している。そんな気がした。
「俺は」
ルーキは、その答えになるかどうかもわからない、自分の感情を告げる。
「そこまで割に合わないとは思わない」
今までと色の違う視線を向けてきたのはカークだけではないように思えた。他のメンバーも、こちらを見ているのが気配でわかった。
「俺はちょっと前まで、自分なんか大したことできない人間だって諦めかけてたからさ……」
「は? おまえ今、バリバリRTAやってんじゃん。色んなヤツから目かけられてんじゃん。勇者とか言われちゃってよお……」
「おまえまで真に受けるのかよ。ここまで一緒のパーティでやってきたんだからわかるだろ、俺の地力はまだまだだってこと。……これからだよ」
ルーキは腕を垂らしたまま、拳を握った。
「だけど、そう前向きに思えるようになったのも、一人前の走者になるって目標ができて、まがりなりにも完走したり、色んな経験ができたからだ。もし……最初の段階で走者なんて危なくて割に合わないなんて思ってたら、俺は……きっと自分のことを諦めたまま、今日もどこかでグダグダ生きてた」
少し笑って、光る武器に目を落とす。
「どんな当たり障りのない生き方したって、まあそれなりにイヤなこととか、壁にぶつかることはあんだろ? そん時にさ、ああやっぱり俺はダメなんだってどんどんうつむいていくより、俺だって何か成し遂げたことぐらいあるんだよって支えてくれるものが……たとえ、過去の栄光にすがるみたいで他人からは滑稽に見えても、そういうのがある人生の方が、俺は、いいと思うんだよ」
「…………」
「危ないからって、割に合わないからって、そういう機会を自分から手放しちまった人生ってのは、何か、長くて、すげーつらそうでさ。そうやってネガネガしながら生きることの方が割に合わないような気がするんだよ。どんな道に進もうと、それなりの危険も後悔もあるんだからさ。どうせそいつらと向き合うのなら、自分が望んだ道の先で会いたい。その方が気合いが入ると、俺は思う」
ルーキは頭をかいて、ムーフェンシアの古剣を引き抜いた。言いたい言葉ばかり頭の中から拾って、自分でも整理しきれなくなった心情に、思わず苦笑いする。
「まあ、あくまで、俺はそう思うって話な。ここにいる先駆者たちが何を考えてたかまでは、やっぱわかんねえわ。命令とかでいやいや来た人も大勢いたかもな」
「……そうだろうよ。おまえに……わかるかよ……」
カークはつぶやくように言い、それきり目線をそらした。
言い争いをしたわけでもないのに、何やらいつになく重たい空気にルーキは戸惑った。しかし、それも数秒のこと。
「じゃ、武器も回収したし、そろそろ行きましょうか。リーダー?」
何の斟酌もない無遠慮な――だがどこかいつもより柔らかいリズの声に、ルーキはうなずいた。
「よし。一回目のアタックは成功。ポワンヌールに戻ろう!」
シリアスさん「いいぞ。」




