第八十九走 ガバ勢と最凶最長ダンジョン
ロングダリーナの洞窟にもっとも近い町ポワンヌール。
そこは、〈ランペイジ〉に挑む走者たちが、現地の開拓民たちと最後に出会う場所でもある。
ロングダリーナの洞窟を越えた先にある休息ポイントは、サファイアスが死守する小さなほこらのみ。そこはもう、人が住めるような場所ではない。
だから人々は走者たちの雄姿を一目見ようと、この時期、ポワンヌールに押し寄せてくるのだ。
「走者クッキーおいしいよ! 生地はしっとり、甘さはすっきりだ! みんなで食べながら走者を応援しよう! 食べないヤツはもう帰っていいよ!」
「走者くじはこちら! 好きな三文字を選んで次に通過するチーム名に含まれてたら賞金ゲットだ! えっ、それってロト3のパクリだって? 知らなーい!」
「誰か宿屋の部屋シェアしてくださーい! このまま野宿とか無理無理無理!(応援のモチベーション)生めない!」
そんな大通りの賑わいも当然のものと言えた。
「完全にお祭りっすね……。果たして〈ランペイジ〉の意味を理解してるのかどうか」
「平和だ……」
買い物をしながらそんな光景を目にしたサクラとルーキがぼやくと、「平和!? 何言ってんのよー!」と見知らぬカッチャマに怒られた。
「こんだけ町をきっっっったなくしておいて、タダで済むと思ってるわけ!?」
そう言いながら、撒き散らされた紙吹雪を箒ではいている。どうやらこの町の住人のようだ。商人や観光客にとっては盛り上がれるお祭りでも、普通に暮らしている人々からすれば迷惑なのだろう。
「あーあ、これ軽く二日はかかるんじゃないの? 一人で片づけ寂しいわーっと」
「はあ……。あの、頑張ってください」
別に何も悪いことはしていないのだが、何だか責められているような気になってルーキが言うと、カッチャマはこちらを強い眼差しでにらみ、
「頑張ってください、じゃなくて。あんたも頑張んなさいよ」
ふっと柔らかい笑みが浮かぶ。
「あんたら走者でしょ? 騒いでる連中はこれがお祭りか何かと勘違いしてるけど、走者は命がけでこの土地を走ってくれてる。タイムなんか気にせず、無事に帰ってくることを優先するのよ。はいこれクッキー! おやつに食べなさい」
「カッチャマ……」
ルーキはクッキーを手に入れた。この感動的な出来事は是非、完走した感想に組み込んでみんなに伝えなければと思った。
そう、特にワンシーンが長い場面で、息抜きとして語るのがいいだろう。いっそ本編の時間を削ってでもやるべきだ。それがクッキー。それがリスペクトというものだ……。
「さて、必要なものも買い揃えましたし、とっとと行きますか」
「お、おうっ」
チャートをチェックしていたリズに促され、変な妄想に取りつかれかけていたルーキは、慌てて足の向きを町の中央へと向け直した。
走者たちからすれば、ここは通過点にすぎない。
祭りの見物などもってのほかだ。
通りの先にあるのは、他よりいっとう高く尖った屋根を持つ小さな教会。そこに、〈ロングダリーナ〉への洞窟へと続く〈旅の泉〉がある。
ルーキたちの到来を待っていたかのように、それまで普通に道を歩いていた人々が、教会までの沿道に集まってきた。
「おまえたちの挑戦を待ってたんだよ!」
「頑張るんだぜー!」
「デッデッデデデデ! カーン!」
割れんばかりの大歓声に、ルーキの胸は熱く高鳴った。
ここまで大規模な見送りは初めてだ。誰もが、こちらの完走を待ち望み、期待している。そして自分はリーダーとして、仲間たちの先頭を歩いているのだ。
鳥肌が立つ。ここまでの幾多の苦難と努力が一気に報われた気がした。
RTAは無私の慈善事業ではない。少なくともルーキにとっては。
自分の夢をかなえるため、自分を、自他に認めさせるための戦いだ。
だからこそこの先、誰にも、自分にも、無様な走りは見せられない。今押し寄せる期待に潰されることなく、むしろ押し返し、彼らを仰天させるような成果を残したい……!
「おい、あの爪の装備……! 先頭を歩いている若いヤツって、もしかして……」
不意に、歓声の中に驚いたような声が混じった。
「ムーフェンシア王が認めた勇者だぞ!?」
「そマ!? そういや、パーティにムーフェンシアの兵士もいるじゃねえか!」
「はるばる敵討ちとか粋スギィ!」
そのざわめきはあっという間に沿道の観衆に伝わり、
「ムーフェンシアisGOD! ムーフェンシアisGOD! 頑張れよ兵士の兄ちゃん! お城のリベンジだ!」
「キャー勇者様ぁー! こっち見てー!! 見ろ(豹変)」
さっき以上のとてつもない盛り上がりにまで発展してしまった。
ルーキは腰が引けてきたが、カークは完全に浮かれた顔で、
「お、おいルーキ! オレたち注目されてっぞ! どうするよオイ!」
「ど、ど、どうするって!? どうすりゃいいんだ!?」
「バカ野郎おまえこういう時は手を振ってやればいいんだよおまえ! ウェーイ! 応援ありがとナス! オレすっげー活躍すっから、見とけよ見とけよー! ほらルーキ、おめえもなんか言うんだよ!」
「い、イクゾー!! ホイ!」
ウオオオオオ……!
ルーキとカークが肩を組んで手を振ると、観衆はさらに熱狂した。
「すげえなオイ。走者ってここまで人気あんのかよ。まるでオレまでヒーローみたいだぜ……」
その光景を見ながら、カークが心の底から感心したようにつぶやくのが聞こえた。
それが、さっきまでの上機嫌な声ではなく、どこか寂しそうに聞こえたのは、気のせいだろうか。
「うぇ、うぇーい」
ルーキたちを見ていたサマヨエルも、盛り立てようと人々に手を振るが、
『エッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!』
目力の強すぎる男衆から、かつてない反応が返ってきてしまい、慌ててルーキの陰に隠れることになった。
やがて教会へとたどり着く。
短い階段前には神父と、武装した兵士の姿がある。敵の本拠地への直通ルートとあって警備は厳重だ。泉の力の性質上、モンスターが勝手にここを抜けてくることはないが、人間たちの中にもよからぬことを考える者はいる。
教会前に看板が出ていた。
走者たちの現状を知らせているらしい。
再走十四。断念八。
単なる数字とは思えない生々しさに、ルーキはごくりと生唾を呑み込んだ。
「準備はよろしいかな?」
神父の問いかけに、ルーキは緊張しながら「はい」と即答した。
「ではチーム名とリーダーの名をここに記載して……。……うむ、チーム・ルーキだな。そなたたちで三十二組目の通過だ。この先も健闘を祈る。精霊サファイアスのご加護があらんことを……!」
(三十二位……)
悪い順位ではない。だが、荒野のキャンプ地で十九位だったことを考えれば、十も順位を落としている。レベリングの間に、地力の差をはっきりと見せつけられた形だ。
だが……。
(今さら、焦らない)
静かに目を細める。
(背伸びもしなきゃ、新人だからって卑屈になる必要もない。俺は、いや、俺たちは、俺たちの走りをするだけだ。全力で走り終えたその結果が、今の俺たちのベストタイム……!)
邪気のない澄んだ気持ちで、ルーキは仲間を振り返る。少し心配そうだったメンバーからの視線が、ふっと緩んだように感じられた。
「よし……。やってやろうぜ!」
『応!』
ルーキは仲間たちにうなずきかけると、〈旅の泉〉へと身を投じた。
※
目を開くと、人の手が入ったことのない原野が広がっていた。
その奥には、両手を広げても収まりきらないほどの大きな山。あの上に、〈ランペイジ〉のゴールであるロングダリーナ台地はある。
ふと後ろを振り返ると、何の変哲もない大きな泉があった。今まで石畳や柱で祀られていた〈旅の泉〉だが、整備できる者もいないここでは野ざらしになっている。
冷めた風が荒々しく体の脇をすり抜け、パレードじみた町での熱気をすべて奪い去っていった。
自分たちはすでに、人の土地を離れ、未開の秘境に立たされている。それが実感できた。
背の低い草を踏み分け、野原を真っ直ぐ進んでいくと、やがて岩の壁に行き着いた。
「おい、何もねえぞ? 洞窟はどこだ?」
手足を引っかける余地もない絶壁を前に、カークが怪訝そうに聞いてくる。
洞窟は、入り口らしきものさえ見当たらない。
「待ってて」
そう言ってサマヨエルが前に出た直後、一帯に穏やかな声が響き渡った。
「よくここまでたどり着きました」
その声は春の風のように柔らかく、同時に無窮の大地のような頼もしさを感じさせる。
驚くルーキたちを尻目に、サマヨエルが応えた。
「はい、サファイアス様――」
これが、精霊サファイアスの声。サマヨエルは祈るように指を組み、続ける。
「この者たちはみな、課された試練をすべて乗り越えここにいます。わたしがその証人となります」
ロングダリーナの洞窟に挑むには、他すべてのチェックポイントをクリアすることが条件。サマヨエルたち精霊人が走者のパーティに同行するのは、案内と同時に、それを見届けるためだ。
もし条件を満たしていなければ、ここから先へは進ませてもらえない。ここでチェック漏れが発覚すれば、大ロスどころの話ではない。
もちろん、そんなガバはないはず――ルーキがわずかに緊張しながらサファイアスの返答を待っていると、意外な言葉が返ってきた。
「サマヨエル、この者たちとの旅は楽しかったですか?」
「えっ?」
優しく降りかかってきた声に、サマヨエルだけでなく、ルーキたちの目も点になる。しかし、彼女は身を乗り出すようにして大きな声を返していた。
「はい……はい! もちろんです。わたし、楽しかった! ルーキたちとここまで一緒に旅ができて、本当に楽しかったです! 今まで生きてきて、一番……!」
「よろしい」
サファイアスの声には、慈愛に満ちた笑みが滲んでいた。
カークが肘でつついて、こっそりルーキに耳打ちしてくる。
「オレ、精霊サファイアスの声って初めて聞いたけど、あれだな。結構優しいっつうか、親し気な感じなんだな。もっと威厳があって、堅苦しいのを想像してたぜ」
「そうだな……。優しいお母さんって感じ。精霊人とは、そういう関係なのかもな」
サマヨエルも驚いているようなのが気になるが、だからと言って、気にかけてもらって悪いことなど何もない。むしろサマヨエルが嬉しそうで何よりだ。
「では、あなたの勤めを最後まで果たしなさい。そして勇敢なる走者たちよ、どうか、無事に帰って来て――」
サファイアスが言い終わらぬうちに、目の前の岩壁が、まるで水に溶かされる泥のように削れていった。
やがて深い暗闇が――洞窟の入り口が姿を現す。
サファイアスの声はもうなかった。彼女の温かい気配もなく、あるのは元々の冷たい風と、それすら上回る、洞窟の奥からの荒んだ空気の流れだけ。
先を行く三十一組のパーティだけではない。もっと古くから多くの挑戦者を呑み込み、そしてその少なくない数を帰さなかった、最長にして最凶の洞窟。
そこに、本当に踏み込もうとしている。
「ルーキ君」
委員長の硬い声が背後からした。
「ここから先に安定チャートはありません。ガチ勢もガバ勢も関係なく、誰もが、実力と、運を掴む集中力だけを頼りに進む本当の正念場。覚悟はいいですね」
「いつだって、いいさ」
そう答え、日の光を遮る暗闇へとつま先を突っ込む。
〈ロングダリーナ〉RTA。形式〈ランペイジ〉。
参加走者、三百余名。パーティ数、約百。
現時点での再走パーティ、十四。断念、八。
走行中パーティ、約七十八。
順位、三十二位。
パーティ・ルーキ。
最難関のダンジョンへ、いざカマクラ! いざカマクラ!
ここでタイマーストップ! タイムは11日と13時間でした。それでは完走した感想ですが……(現実逃避)




