表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/633

第八十九走 ガバ勢と最凶最長ダンジョン

 ロングダリーナの洞窟にもっとも近い町ポワンヌール。

 そこは、〈ランペイジ〉に挑む走者たちが、現地の開拓民たちと最後に出会う場所でもある。


 ロングダリーナの洞窟を越えた先にある休息ポイントは、サファイアスが死守する小さなほこらのみ。そこはもう、人が住めるような場所ではない。

 だから人々は走者たちの雄姿を一目見ようと、この時期、ポワンヌールに押し寄せてくるのだ。


「走者クッキーおいしいよ! 生地はしっとり、甘さはすっきりだ! みんなで食べながら走者を応援しよう! 食べないヤツはもう帰っていいよ!」

「走者くじはこちら! 好きな三文字を選んで次に通過するチーム名に含まれてたら賞金ゲットだ! えっ、それってロト3のパクリだって? 知らなーい!」

「誰か宿屋の部屋シェアしてくださーい! このまま野宿とか無理無理無理!(応援のモチベーション)生めない!」


 そんな大通りの賑わいも当然のものと言えた。


「完全にお祭りっすね……。果たして〈ランペイジ〉の意味を理解してるのかどうか」

「平和だ……」


 買い物をしながらそんな光景を目にしたサクラとルーキがぼやくと、「平和!? 何言ってんのよー!」と見知らぬカッチャマに怒られた。


「こんだけ町をきっっっったなくしておいて、タダで済むと思ってるわけ!?」


 そう言いながら、撒き散らされた紙吹雪を箒ではいている。どうやらこの町の住人のようだ。商人や観光客にとっては盛り上がれるお祭りでも、普通に暮らしている人々からすれば迷惑なのだろう。


「あーあ、これ軽く二日はかかるんじゃないの? 一人で片づけ寂しいわーっと」

「はあ……。あの、頑張ってください」


 別に何も悪いことはしていないのだが、何だか責められているような気になってルーキが言うと、カッチャマはこちらを強い眼差しでにらみ、


「頑張ってください、じゃなくて。あんたも頑張んなさいよ」


 ふっと柔らかい笑みが浮かぶ。


「あんたら走者でしょ? 騒いでる連中はこれがお祭りか何かと勘違いしてるけど、走者は命がけでこの土地を走ってくれてる。タイムなんか気にせず、無事に帰ってくることを優先するのよ。はいこれクッキー! おやつに食べなさい」

「カッチャマ……」


 ルーキはクッキーを手に入れた。この感動的な出来事は是非、完走した感想に組み込んでみんなに伝えなければと思った。

 そう、特にワンシーンが長い場面で、息抜きとして語るのがいいだろう。いっそ本編の時間を削ってでもやるべきだ。それがクッキー。それがリスペクトというものだ……。


「さて、必要なものも買い揃えましたし、とっとと行きますか」

「お、おうっ」


 チャートをチェックしていたリズに促され、変な妄想に取りつかれかけていたルーキは、慌てて足の向きを町の中央へと向け直した。


 走者たちからすれば、ここは通過点にすぎない。

 祭りの見物などもってのほかだ。


 通りの先にあるのは、他よりいっとう高く尖った屋根を持つ小さな教会。そこに、〈ロングダリーナ〉への洞窟へと続く〈旅の泉〉がある。

 ルーキたちの到来を待っていたかのように、それまで普通に道を歩いていた人々が、教会までの沿道に集まってきた。


「おまえたちの挑戦を待ってたんだよ!」

「頑張るんだぜー!」

「デッデッデデデデ! カーン!」


 割れんばかりの大歓声に、ルーキの胸は熱く高鳴った。

 ここまで大規模な見送りは初めてだ。誰もが、こちらの完走を待ち望み、期待している。そして自分はリーダーとして、仲間たちの先頭を歩いているのだ。


 鳥肌が立つ。ここまでの幾多の苦難と努力が一気に報われた気がした。


 RTAは無私の慈善事業ではない。少なくともルーキにとっては。

 自分の夢をかなえるため、自分を、自他に認めさせるための戦いだ。


 だからこそこの先、誰にも、自分にも、無様な走りは見せられない。今押し寄せる期待に潰されることなく、むしろ押し返し、彼らを仰天させるような成果を残したい……!


「おい、あの爪の装備……! 先頭を歩いている若いヤツって、もしかして……」


 不意に、歓声の中に驚いたような声が混じった。


「ムーフェンシア王が認めた勇者だぞ!?」

「そマ!? そういや、パーティにムーフェンシアの兵士もいるじゃねえか!」

「はるばる敵討ちとか粋スギィ!」


 そのざわめきはあっという間に沿道の観衆に伝わり、


「ムーフェンシアisGOD! ムーフェンシアisGOD! 頑張れよ兵士の兄ちゃん! お城のリベンジだ!」

「キャー勇者様ぁー! こっち見てー!! 見ろ(豹変)」


 さっき以上のとてつもない盛り上がりにまで発展してしまった。

 ルーキは腰が引けてきたが、カークは完全に浮かれた顔で、


「お、おいルーキ! オレたち注目されてっぞ! どうするよオイ!」

「ど、ど、どうするって!? どうすりゃいいんだ!?」

「バカ野郎おまえこういう時は手を振ってやればいいんだよおまえ! ウェーイ! 応援ありがとナス! オレすっげー活躍すっから、見とけよ見とけよー! ほらルーキ、おめえもなんか言うんだよ!」

「い、イクゾー!! ホイ!」


 ウオオオオオ……!

 ルーキとカークが肩を組んで手を振ると、観衆はさらに熱狂した。


「すげえなオイ。走者ってここまで人気あんのかよ。まるでオレまでヒーローみたいだぜ……」


 その光景を見ながら、カークが心の底から感心したようにつぶやくのが聞こえた。

 それが、さっきまでの上機嫌な声ではなく、どこか寂しそうに聞こえたのは、気のせいだろうか。


「うぇ、うぇーい」


 ルーキたちを見ていたサマヨエルも、盛り立てようと人々に手を振るが、


『エッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!』


 目力の強すぎる男衆から、かつてない反応が返ってきてしまい、慌ててルーキの陰に隠れることになった。


 やがて教会へとたどり着く。

 短い階段前には神父と、武装した兵士の姿がある。敵の本拠地への直通ルートとあって警備は厳重だ。泉の力の性質上、モンスターが勝手にここを抜けてくることはないが、人間たちの中にもよからぬことを考える者はいる。


 教会前に看板が出ていた。

 走者たちの現状を知らせているらしい。

 

 再走十四。断念八。

 単なる数字とは思えない生々しさに、ルーキはごくりと生唾を呑み込んだ。


「準備はよろしいかな?」


 神父の問いかけに、ルーキは緊張しながら「はい」と即答した。


「ではチーム名とリーダーの名をここに記載して……。……うむ、チーム・ルーキだな。そなたたちで三十二組目の通過だ。この先も健闘を祈る。精霊サファイアスのご加護があらんことを……!」

(三十二位……)


 悪い順位ではない。だが、荒野のキャンプ地で十九位だったことを考えれば、十も順位を落としている。レベリングの間に、地力の差をはっきりと見せつけられた形だ。


 だが……。


(今さら、焦らない)


 静かに目を細める。


(背伸びもしなきゃ、新人だからって卑屈になる必要もない。俺は、いや、俺たちは、俺たちの走りをするだけだ。全力で走り終えたその結果が、今の俺たちのベストタイム……!)


 邪気のない澄んだ気持ちで、ルーキは仲間を振り返る。少し心配そうだったメンバーからの視線が、ふっと緩んだように感じられた。


「よし……。やってやろうぜ!」

『応!』


 ルーキは仲間たちにうなずきかけると、〈旅の泉〉へと身を投じた。


 ※


 目を開くと、人の手が入ったことのない原野が広がっていた。

 その奥には、両手を広げても収まりきらないほどの大きな山。あの上に、〈ランペイジ〉のゴールであるロングダリーナ台地はある。


 ふと後ろを振り返ると、何の変哲もない大きな泉があった。今まで石畳や柱で祀られていた〈旅の泉〉だが、整備できる者もいないここでは野ざらしになっている。


 冷めた風が荒々しく体の脇をすり抜け、パレードじみた町での熱気をすべて奪い去っていった。

 自分たちはすでに、人の土地を離れ、未開の秘境に立たされている。それが実感できた。


 背の低い草を踏み分け、野原を真っ直ぐ進んでいくと、やがて岩の壁に行き着いた。


「おい、何もねえぞ? 洞窟はどこだ?」


 手足を引っかける余地もない絶壁を前に、カークが怪訝そうに聞いてくる。

 洞窟は、入り口らしきものさえ見当たらない。


「待ってて」


 そう言ってサマヨエルが前に出た直後、一帯に穏やかな声が響き渡った。


「よくここまでたどり着きました」


 その声は春の風のように柔らかく、同時に無窮の大地のような頼もしさを感じさせる。

 驚くルーキたちを尻目に、サマヨエルが応えた。


「はい、サファイアス様――」


 これが、精霊サファイアスの声。サマヨエルは祈るように指を組み、続ける。


「この者たちはみな、課された試練をすべて乗り越えここにいます。わたしがその証人となります」


 ロングダリーナの洞窟に挑むには、他すべてのチェックポイントをクリアすることが条件。サマヨエルたち精霊人が走者のパーティに同行するのは、案内と同時に、それを見届けるためだ。


 もし条件を満たしていなければ、ここから先へは進ませてもらえない。ここでチェック漏れが発覚すれば、大ロスどころの話ではない。


 もちろん、そんなガバはないはず――ルーキがわずかに緊張しながらサファイアスの返答を待っていると、意外な言葉が返ってきた。


「サマヨエル、この者たちとの旅は楽しかったですか?」

「えっ?」


 優しく降りかかってきた声に、サマヨエルだけでなく、ルーキたちの目も点になる。しかし、彼女は身を乗り出すようにして大きな声を返していた。


「はい……はい! もちろんです。わたし、楽しかった! ルーキたちとここまで一緒に旅ができて、本当に楽しかったです! 今まで生きてきて、一番……!」

「よろしい」


 サファイアスの声には、慈愛に満ちた笑みが滲んでいた。

 カークが肘でつついて、こっそりルーキに耳打ちしてくる。


「オレ、精霊サファイアスの声って初めて聞いたけど、あれだな。結構優しいっつうか、親し気な感じなんだな。もっと威厳があって、堅苦しいのを想像してたぜ」

「そうだな……。優しいお母さんって感じ。精霊人とは、そういう関係なのかもな」


 サマヨエルも驚いているようなのが気になるが、だからと言って、気にかけてもらって悪いことなど何もない。むしろサマヨエルが嬉しそうで何よりだ。


「では、あなたの勤めを最後まで果たしなさい。そして勇敢なる走者たちよ、どうか、無事に帰って来て――」


 サファイアスが言い終わらぬうちに、目の前の岩壁が、まるで水に溶かされる泥のように削れていった。


 やがて深い暗闇が――洞窟の入り口が姿を現す。


 サファイアスの声はもうなかった。彼女の温かい気配もなく、あるのは元々の冷たい風と、それすら上回る、洞窟の奥からの荒んだ空気の流れだけ。


 先を行く三十一組のパーティだけではない。もっと古くから多くの挑戦者を呑み込み、そしてその少なくない数を帰さなかった、最長にして最凶の洞窟。

 そこに、本当に踏み込もうとしている。


「ルーキ君」


 委員長の硬い声が背後からした。


「ここから先に安定チャートはありません。ガチ勢もガバ勢も関係なく、誰もが、実力と、運を掴む集中力だけを頼りに進む本当の正念場。覚悟はいいですね」

「いつだって、いいさ」


 そう答え、日の光を遮る暗闇へとつま先を突っ込む。


〈ロングダリーナ〉RTA。形式〈ランペイジ〉。

 参加走者、三百余名。パーティ数、約百。

 現時点での再走パーティ、十四。断念、八。

 走行中パーティ、約七十八。


 順位、三十二位。

 パーティ・ルーキ。


 最難関のダンジョンへ、いざカマクラ! いざカマクラ!


ここでタイマーストップ! タイムは11日と13時間でした。それでは完走した感想ですが……(現実逃避)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] カッチャマ...
[良い点] ルーキ君はもう完全に勇者様やね しかし最後の町に走者より先に集まってる気がするんだけどほんとにランペイジ必要だったんですかね……? どことなくシリアスな雰囲気でダンジョン突入のところ申し…
[良い点] カッチャマ…!見た目より声がおばちゃんのカッチャマじゃないか!その服の構造どうなってんの?(脇巫女話) [気になる点] >サマヨエルも あれ?ここに同じような格好した二人がいたと思うんです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ