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第八十八走 ガバ勢と倍速下準備

 ドン・カベハメの工房にて。


「ほれ、おめェさんがいつまでたってもちゃんと歌えねえから、一着余分にできちまったぞ。サービスだから持ってけ」

「歌う必要なかったんじゃねえのォ!?」


 ルーキは猛抗議したが、ドン・カベハメはもちろん聞いちゃいなかったし、天水の羽衣もありがたく頂戴することになった。


 予備にするという案もあったものの、サマヨエルに着てもらうことにする。ここから先のRTAは、戦闘には参加しない案内人にも危険が及ぶ可能性がある。新人の多いこのパーティならなおさらだ。


「三人とも、ここで試着しといてくれよな。サイズが合わないとせっかくの衣装が台無しだ」


 早くも次の客が来たドン・カベハメは、そう言い残して作業場へと戻っていった。


 ……少女試着中。


「装備完了です」

「サイズはぴったりっすね」


 更衣室から出てきたリズとサクラは、神秘的な揺らめきに包まれていた。


 天水の羽衣はトーガとショールを混ぜたような、ゆったりした羽織りものだ。極薄の布地は青を基調としているが、光の加減によって微妙な色の変化を見せ、まるで泉の水が穏やかに揺らめくような印象を抱かせる。


「ガバ兄さん、どうっすかね、これ」

「おかしなところないですか?」


 二人が期待を込めた眼差しでルーキに感想を求めてくる。

 率直に言って、非常に可愛らしかった。天水の羽衣自体は薄いのだが、揺らめく色彩のせいで下に着ているいつもの装備が隠され、二人を妖精か精霊のように神々しく見せている。


「二人ともよく――」

「ハハハ、ガキどもがいっちょ前に色気づいてやがる。何か適当に褒めてやれルーキ」


 ルーキが言いかけた台詞を、カークの小馬鹿にした声が完全に遮った。


「斬影拳」

「ウゥゥゥゥワアアアアア……(ガロスペギース並みの悲鳴)」


 神速の肘鉄を受けたカークが悶絶する横で、ルーキは青ざめた顔で感想を述べた。


「ふ、二人ともよく似合ってます! お、俺に天使が舞い降りたのかな!?」


 二人は、のたうち回るパーティメンバーのうめき声などまったく耳に入っていない様子で、照れ臭そうに目を背けながら、


「ま、まあいいでしょう」

「あんまり見とれないでくださいっすよお?」


 などと返してきた。


「あのう、ルーキ……」


 不意に、更衣室のカーテンの奥から、気弱な声がした。


「どうしたサマヨエル? サイズ合わなかったとかか?」


 ルーキが声だけで応えると、


「う、うーん。ど、どうなのかなあ? 肩幅とかは全然問題ないんだけど、その……とりあえず、見てもらえる、かな……」

「? うん」


 ルーキたちが待っていると、カーテンが開いてサマヨエルがおずおずと出てきた。


「…………!?」


 本物の天使が舞い降りた。


 手にさっきまで着ていた服を持っていることから、完全に着替えているらしい。

 元々羽衣っぽい服装をしていたので、そこまで急激なイメージの変化があったわけではない。サイズはやや小さめではあったものの、むしろ最初からその格好だったのではと思うほどよく似合い、彼女の温厚な人柄や面立ちを強調してくれているかのようだ。


 そこまでは、まっとうな感想。


「エッッッッッッッ!!!」


 復活したカークが叫ぶ。


 そう。サマヨエルは愛らしく神々しいと同時に、非常にその、蠱惑的で煽情的だった。


 余分な一着だったせいか、あるいは別の技巧の賜物なのか、サマヨエルの天水の羽衣は色彩の変化が控えめで、時折、薄い布地のむこうに彼女のボディラインが垣間見える。

 あくまでシルエットが見えるだけ。しかし問題は、そのシースルーに段階があることだった。


 裾や袖部分では生地が透けてはっきり肌が見えるが、胴体に近づくにしたがって、だんだんと見えなくなっていく。脇や太もも近くでは形や凹凸が分かる程度、そして胴体部分はシルエットのみ、というふうに。


 RTAとは何の関係もないが、とあるどこかの騎士が「見えないものこそもっとも我々を魅了する」と言ったとか言わないとか。

 彼曰く、チラとモロ(詳細不明。何らかの概念と考えられる)には超えられない情緒の壁があり、モロはそのうちそういうものとしてパワーダウンしていくが、普段は隠されているもの、あるいは、そうかもしれないと想像させるチラには、永遠の輝きがあるのだという。


 しかも、天水の羽衣の場合、普通の服のようにすっぱりと肌と布地で切り分けるのではなく、徐々に、まるで夕日が地平線に沈みやがて夜が訪れるように、四肢の輪郭が消えていくのだ。


 補助線を引かれた想像力は、闇の先に隠れた少女の曲線を、いともたやすく脳裏に浮かび上がらせるのであるッ!


「エッッッッッ エエエエエッッッッ!!」

「や、やめてよおカーク……」


 自身の周りで奇声を上げながら飛び跳ねるカークに、サマヨエルは顔を赤くしながら、羽衣の裾を押さえる。サイズが少し小さめな上に、透けている部分を考慮すれば、天水の羽衣は極めて丈の短い衣装だ。


「カ、カーク……その、サマヨエルもイヤがってるみたいだし……」


 ルーキは何とかカークを諫めようとしたが、彼は止まらなかった。


「何言ってんだルーキ!? エッッッッッは最高の誉め言葉だぞ!? おまえ、エッッッッッな子にエッッッッッって言わないなんて失礼だろうが! エッッッッッって言われたら女だってホントは嬉しいんだよ! カワイイみたいなもんだよ! しょっちゅう言ってんだろあいつら! だからオレも何度でも言うぜ! エッッッッッッッッッ! エエエッッッッッッッッッッッ! エ゛エ゛エ゛エ゛――」


 ゴス、と鈍い音がして、カークは静かになって倒れた。

 彼の背後には、参加証の棍棒を振り下ろした体勢の委員長が立っていた。


「アホですか? 普通にいやですよ。しかもそんなに連呼されたら、何言われたって気分悪くなります」

「あ、ありがとうリズ……!」


 すがるように身を寄せたサマヨエルに対して、リズは何やら複雑な面持ちで彼女と自分の格好を見比べ、


「もしアレなら、ドン・カベハメにどうにかできないか頼んでみますが……」

「…………」


 困ったような顔のサマヨエルがチラリとルーキを見る。

 何かを探るような眼差しに、ルーキはぎくりと肩を揺らした。


 正直な話、こちらが抱いた感想だってカークと大差ない。あんな露骨な大はしゃぎをしなかっただけで、サマヨエルの色気は否定しようもない。


 もし彼女から「ルーキはどう思う?」と意見を求められたらどう答えればいいのか。

 装備の性能的には天水の羽衣一択だ。だが、本当にそれだけか? 性能を言い訳にして、あのサマヨエルを見ていたいだけじゃないのか? もし彼女があれをいやがっているのなら、リーダーとして、仲間の心情を無視したその判断は正しいのか? ここで不信感が生まれてしまえば、それこそリーダー失格では?


 目の裏側を動揺で震わせまくるルーキに、サマヨエルの答えが届いた。


「ううん。大丈夫。時間も遅くなるし、みんなの足は引っ張りたくないから」

「…………そうですか」


 正直、ほっとした。情けない話だが、即答できる問いかけではなかった。だが、一応、こちらの妙な下心は隠せたはずだ。そこだけは及第点だろう……。


「では、そこで死んでるアホとルーキ君が――特にリーダーという重大な役目を負っているルーキ君がその職責も忘れて奇妙な動きをしたらきっちり教訓を与えますので、遠慮なく言ってください」

「サクラもよーく見張っておくっす」

「うん。ありがとう」


 羽衣の色がどこか死を連想させる黒い水へと変化しつつあるリズとサクラの眼差しを網膜に脳裏に焼き付けられながら、ルーキは必死に、RTAに集中しろ! 他に何も考えるな! と自分に言い聞かせ続けた。


 ※


 ルーキたちはドン・カベハメに礼を言うと、〈旅の泉の小島〉に戻った。

 次はいよいよ〈ロングダリーナ〉の洞窟……に挑むためのレベリングに入る。


 レベリングは精霊サファイアスが指定するチェックポイントで行われるが、この先に待ち構える難所のことを考え、規定数よりも多く戦って土地の戦闘に馴染んでおくのがベターとされている。


「いざ、戦いの本場バトルコンデルへ!」


 ルーキは張り切って〈旅の泉〉へと飛び込んだ。

 知らず閉じていた目を開くと、屈強な男たちが行き交う街並みが視界に浮かび上がる。


「噂にたがわぬ……っすねえ」


 サクラが若干引き気味につぶやいた。


 バトルコンデルは普段から剣闘の盛んな都市で、その首長も元剣闘士が務めている。ルタの街の剣闘士バージョンと考えると想像しやすく、住人の多くはアレンガルド各地から集まった力自慢の戦士たちだ。


 首長に認められれば生活や武具の費用の面倒を見てもらえ、しかも〈ランペイジ〉の走者もその対象になる。つまり、金策とレベリングを兼ね備えた恰好のスポットというわけだ。


 ただしその条件の一つとして、男女問わず見た目がマッチョでなければならず、たとえばリズのような、どこからそのパワーがやってくるのかわからないような人物は対象外。

 結果、街にはマッスルボンバーな人が溢れることになる。


「我々が街ですることは道具の補充と寝ることぐらいです。さっさと狩り場に出ましょう」


 委員長の言うことに従い、ルーキはマッチョの街を後にした。


 ここから単調なシーンが続くので四倍速でお送りします。


 バトルコンデル周辺には、用途に応じた豊富な狩り場がある。

 ルーキたちは安定狩りができるスポットを選んだ。やや時間はかかるが、安定してアレンガルドの中級以上のモンスターとの戦いのセオリーを学べる。


 ここを選ぶパーティはあまり多くなく、敵を巡って争うこともなく、悠々とレベリングができた。


 一方、難易度が高い場所、良い経験が積めるかどうかは運次第といった攻めの狩り場は、混雑しやすい。特に後者に挑んだガバ勢たちは、当然の権利のようにクズ運の連発でタイムがズタボロになったという。


「ルーキ君、ウボラー行きましたよ!」

「えっ!? 何でいきなり等速に戻す必要があるんで――ウボァー!!」


 ルーキは歩き回る大木のモンスターに容赦なく殴り飛ばされた。


「なあんで敵の直撃受けてるっすかねえ? もしかして何か別のものにでも気を取られてたんすかあ? 透けて見える誰かの太ももとかあ?」

「ル、ルーキ……そうなの?」

「教訓を与える」

「違う違う違う! ちょっと脳内で、皆様のためにぃ~が流れて集中力が落ちてただけで……」


 追撃の異端審問でダメージはさらに加速した。

 ちなみに、カークはすでに倒れていた。


 安定狩り場でも過酷とされる〈ロングダリーナ〉のRTA。こうしてルーキもたびたびノビることになった。


 そして――。


「よし! レベリング終了!!」


 ルーキの自信に満ちた宣言により、狩りは無事(?)終了したのである。

 バトルコンデルの街に戻り、出立に向けて酒場兼食堂で休養を取る。


「あー腹減った! 何かよく覚えてねえけど、またナイスアシストしちまったみたいだし、おう姉ちゃん、オレ欲張り剣闘士セットな!」

「あいよお! 他の兄ちゃんたちも早く注文しな!」


 ウエイトレスの返事さえ力強い店内では、強さに貪欲な土地柄もあって、一般客のテーブルからも〈ランペイジ〉の噂が聞こえてくる。

 メニューを選びながら、ルーキの耳は自然とそちらに引っ張られた。


 誰それはあそこでレベリングしてただの、誰それはあそこでレアな敵を何匹狩っただのと、いずれもルーキも知る有名走者たちの噂。

 そんな話題の中に、それは紛れ込んでいた。


「再走になったパーティがいくつかあるらしいな。完全にギブアップした連中もいるそうだ。ガチ勢の中にもな……」


 我知らず、メニュー表を持つ手が震えた。

 ガン攻めチャートがここにきて破綻したというのならまだ救いがあるが、ワンミスでパーティが壊滅したというのであれば悔やんでも悔やみきれない。そういう開拓地に、今、来ている。

 自分たちが生き残れているのは、紙一重の結果でしかない。そう思い知らされるようだった。


「ところで、サグルマのパーティあるだろ?」

「ああ、あいつか。確か、もやしの白髪と子供のパーティだったよな?」


 いつの間にか別の話題に移っていた。筋肉量がものを言うここでは、レイ親父よりサグルマの方が評価されているようだ。あまり気にしたことはないが、彼もなかなか筋肉質である。


「〈ロングダリーナ〉の洞窟にもう挑むらしい。予測では全体二位の速さらしいぜ」

「一位は〈悪夢狩り〉の一族らしいな。あいつらなら当然かもしれんが……。サグルマには頑張ってほしいぜ」


(さすがレイ親父……!)


 これは純粋に嬉しい情報だった。レイ親父たちはガバ運にもめげず走力を維持しているらしい。いや、もしかすると、ついにガバ運を克服したのかもしれない。同じガバ勢としてもちろん応援したい。


 その時。大慌てで店に飛び込んできたマッチョがいた。RTAの装備は身に着けていないから、この街の住人らしい。


 彼は、何やら新聞らしきものを手にしながら叫んだ。


「号外だ!〈悪夢狩り〉の一族が落ちた!〈ロングダリーナ〉の洞窟で行方不明!!」

『なっ……!?』


 店の中が波打つようだった。

 思わず立ち上がったルーキも、息が止まるような気分を味わう。

 まさか、オニガミたちが?


「一体何があった!?」


 誰かが悲鳴のような声で問う。


「飛び跳ねながら落とし穴に落ちて、その勢いで下の階層を突き破ったらしい。どこだかわからない次元にはみ出して、今、付いてる精霊人がサファイアスに救助を要請してるらしい。ただ、一族が異次元でも勝手に飛び跳ねるせいで場所の特定ができないって話だ……」

(何やってんだよ一族!!)


 ルーキは頭を抱えた。ムーフェンシアだけでなく、〈ロングダリーナ〉の洞窟まで壊したらしい。とにかく勢いがありすぎるのだ。彼らは。


「だ、大丈夫だよルーキ。サファイアス様がちゃんと助けてくれるから……」


 こちらが気にしていると心配してくれたのか、サマヨエルが懸命に励ましてくれた。


「しかしそうなると、今一位はレイ親父さんたちということになりますね」

「えっ?」


 続くリズの発言は当然の帰結だったが、ルーキは驚いて声を上げていた。

 オニガミたちに再走やギブアップはありえないだろうが、失速しているのは確か。となれば、歩み続ける者がそれを追いこしていくのは自明の理。


「すげえ……! どうしちまったんだ!? これはこのまま〈ランペイジ〉一位あるぜ!」

「そううまく行くっすかねえ。まあ、他人のことなんて考えてる余裕はないっすけど」


 サクラは呆れたように言ったが、ルーキは期待していた。


 レイ親父が一位を取れば、一門のガバい評価も一変するだろう。

 当然、そこに属する自分も、自然とその評価の中で見られるようになる。

 それに見合った振る舞い、実力が求められるのだ。


 そうなりたいし、そうありたい。それが、一流の走者というものだ。

 ルーキは自らの志を今一度確かめ、〈ロングダリーナ〉の洞窟へ挑む意欲を高めた。


こういうことをこまごま書いてるから文字数増えるんだぞ。


※お知らせ

ここで投稿しているお話とは関係ありませんが、ツイッターにて作者の作品についてお知らせがあります。もしよかったらのぞいてやってください。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 水の羽衣って公式でエッッッッッッ装備なんすよねぇ。 後は神秘のレオタードとかも。ジッサイ危ない水着よりエロスみ溢れてると思う。 [気になる点] 別世界でも壁抜け地面潜航する一門に草。 レギ…
[良い点] おましょうま!ReNew [一言] >ルーキは青ざめた顔で感想を述べ 毎度の事ながらめっちゃ言わせた感があるのにそれでも良いってあたり、このヒロインズちょろすぎでは? >本物の天使が舞い…
[良い点] ここから単調なシーンが続くので四倍速でお送りしてくれるところ
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