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第八十七走 ガバ勢とラブソングな防具を求めて

「毎度どうも走者様! それではお持ちいただいた神鳴の杖、19500ゴールドで引き取らせていただきます」

「よ、よろしく」


 三度目の売却とはいえ、その金額を耳にするたびにめまいには慣れそうもなかった。


「今、金貨を数えておりますので、もう少々お待ちください」

「あっ、はい」


 このやり取りも三度目。同じ店に買い取りを頼んでいるだけに、むこうもだんだん砕けた口調になってきているが、ルーキの背中は緊張で凝り固まったままだ。


「あんな杖が20000ゴールド弱とか、やっぱ信じられねえわ。道具屋もよくそんなもんぽんぽん買い取れるよな……」


 後ろでやり取りを見ていたカークがぼやく。


「おや、ご存知ないのですか?」


 と、道具屋の店主は嫌味なく言った。


「これはローラシュタットやムーフェンシアの国策でもあるんです。この神鳴の杖は、破壊精霊の力が秘められた魔法のアイテム。ソーラは本来、敵も味方もない無色の精霊ですから、当然、人間が魔物に対して使っても効果を発揮するのです。こうしたものがあれば、町や国も守りやすくなります」

「つまり、もっと高値でお城に買い取らせているってことですよ」


 委員長が素っ気なく言うと、道具屋はニコリと微笑み、


「ははは、まあそういうわけです。おっと、お値段についてそれ以上問い詰められないよう、500ゴールド足しておきますね。今度ともごひいきに……」

「どうも」


 賢い客と見たのだろう。あっさり買い取り額に上乗せした道具屋の面の皮の厚さに呆れるが、それを眉一つ動かさず平然と受け取る委員長も委員長だ。金額の大きさに震えているこちらとは雲泥の差。やはり、走者としての器が違うと実感させられる。


「やっぱすげえよ、委員長は……」


 色んな意味で。


「何です。藪から棒に」

「いやさ。俺、全然リーダーらしいことできてないってこと。この金策も、委員長がみんなを引っ張ってくれてるし……」

「そんなことですか」


 彼女は小さな肩をわずかに上下させ、


「何度も言ってますが、リーダーの仕事はのるかそるかの判断とパーティの環境作りです。実務は仲間にやらせておけばいいんですよ。ルーキ君は言わなきゃわからないでしょうから言いますけど、わたしとサクラさんの二人パーティだったら、ここまで順調に来てませんからね?」

「そ、そうなのか? 何で? 二人とも腕はいいし、結構息合ってると思うけどな……」

「…………。言わなきゃわからないみたいなんで、言いません」

「えぇ……」


 ぷいと顔を背けて歩き出してしまった委員長に途方に暮れたルーキは、不意にカークに肩を叩かれた。彼はニヤつきながら、


「まあ、おまえはあのピネガキどもの緩衝材……つうかサンドバッグみたいなもんってこった。ああいうはねっかえりどもには、気楽にちょっかい出せる相手が必要なんだよ、ケケケ」

「何だそりゃ……」


 サンドバッグはむしろそっちではと言いたかったが、彼の言い分も何となく正しいように感じられて、ルーキはただ黙って委員長の背中を眺めた。


 ※


「で、次はいよいよ貯めた金をぱあっと使うわけっすけど」


〈旅の泉の小島〉まで戻ってきたところで、サクラがこちらを見やった。


「ガバ兄さんはまだその覚悟ができてないみたいっすね」

「いや、だってさ! 60000ゴールド持ってるんだぞ!? これを全部使うとかもったいな――」


 泉を行き交う走者たちの視線が集まり、ルーキは慌てて口を塞いだ。続いて、大金入りの麻袋をしっかりと抱きしめる。

 今うっかりルーラ鳥に襲われれば、とんでもない額の渡し賃を徴収されることになる。


「確かにその大金があれば相当遊んで暮らせるっすけど、サクラたちは走者っすからね? もし〈ランペイジ〉参加者権限で手に入れたものを着服してこの土地に逃げ込んだら、少なくともRTA警察には目を付けられるっすよ」


 ルーキはさっと青ざめつつも、


「も、もちろん、わかってる。ただ、福引券で喜んでた身からすると、どうしても……」

「RTAなのに不必要な宝箱を開けるのも我慢できず、罠にまでかかる一門の教えをしっかり受け継いでるっすね。まあ、あんなボロアパート暮らしっすから、大金持ったら守りに入りたくなるのはわかるっすけど。ま、これ以上の話し合いはガバなんで、さっさと行くっす」

「わあああ……」


 無表情のサクラに突き落とされ、ルーキは泉の中へと沈んでいった。

 今度はしっかりと両足を踏ん張ってめまいをこらえ、ついでにゴールド袋をしっかりとホールドしてあたりを見回す。


「クォクォハ……?」


 そこは森に囲まれたのどかな村だった。

 丸太を組んで作られた家々の奥に、一際大きな家屋が見える。


「ここは、ドン・カベハメさんが住んでる村だよ」


 転移してきたサマヨエルが答えをくれた。


「ドカベン?」

「ドン・カベハメ! “天水(あまつみ)の羽衣”っていう防具を作ってくれる職人なの。〈ロングダリーナ台地〉に乗り込むためには必需品なんだよ。でも、誰にでも作ってくれるわけじゃなくて、一着につき30000ゴールド払える人だけ」

「高えな!?」

「その程度の金策もできない走者に、〈ロングダリーナ〉に挑む資格はないということです。ドン・カベハメが集めたお金は、彼の仕事道具や新しい土地の開拓の費用に当てられているそうですから、結局はこの土地のためですよ」


 委員長が言って歩き出す。ルーキも彼女に並んで、大きな建物へと向かった。


「いらっしゃいませ。ご予約はおありですか?」


 扉を開けてすぐ。古いながらも丁寧に磨かれてぴかぴかのカウンターから綺麗な女性に声をかけられ、ルーキはたじろいだ。


「あ、いや、予約とかは……」

「この人たちはRTA中の走者です」


 横からサマヨエルが助け船を出してくれた。


「あら、サマヨエル様。では、ドン・カベハメにお取次ぎいたしますね」


 受付の女性は柔らかく微笑むと、カウンターを出て扉の奥へと消えていった。


「な、何か、すごくしっかりしたところだな……」


 ルーキは面食らいながら言った。ルタの街でも、こんなにきっちりした受付がいる店は少ない。というか、少なくともルーキの通う店の中には存在しない。〈アリスが作ったブラウニー亭〉の受付嬢など言うまでもなく。


「おう、走者のパーティかい」


 やがて奥の扉から老人が現れた。大きな鷲鼻、目が隠れるほど豊かな眉毛が目を引くが、ルーキが一番ぎょっとなったのは、蜘蛛の足のような細く長い指だった。


「だいぶ若ェパーティーなのに、ここに来たのは三番目だぜ。やるじゃねェか」


 伝法な口調で伝えられた事実に、ルーキは目を丸くする。


「三番目!? そんなに早く!?」


 嬉しくなって思わず仲間を見回すが、


「浮かれてばかりはいられませんよルーキ君。我々が防具を優先したのは、それだけ完走が安定しないからです。腕が立つパーティーほど、ここを後回しにします」

「あっ、そっかあ……」

「カッカッカ! まァ確かにそうなんだが、俺等(おいら)としちゃあ後から駆けこまれるより、余裕のある今のうちに来てくれた方がありがてェんだ。ああ、それと、モンスターの活性化で町との補給路が断たれちまってな。もし物資を置いてってくれるなら、なおありがてえ。まァ、それはそれとして入んな」


 ドン・カベハメは呵々と笑うと、ルーキたちを扉の奥へと招いた。

 客間兼待合室のようなところを素通りし、その奥へ。


「おおっ……!?」


 ルーキは思わず声を上げる。

 そこは工房だった。


 職人もドン・カベハメ一人ではない。多くの従業員たちが、機織り機で服を作っている。

 巨大な建物の大部分を、この工房が占めているようだった。


「すげえ。でかいし、何て活気だ」


 ルーキはロコの実家の工房を訪ねたことがある。小さい工房ではあるが、職人たちが精力的に働いていた。それによく似た――いや、それを凌駕する気迫の密度が、ここにはある。熱量、質、共に一流でなければこうはならない。


「俺等もたいがい歳だからな。こうして後継者を育ててる。今作ってるのは、主に開拓民用の丈夫な服だ。多少、モンスターに襲われても破れねえやつ。だが、おめェさんらがご所望の天水の羽衣は、まだ俺等しか作れねェ。つうわけで、時間は少しかかるが、かまわねェな?」

「はい」


 ルーキはうなずいた。


 RTAの心得一つ。時は金なり。

 どちらも貴重だが使ってこそ意味がある。必要な場面で必要な分を出し惜しむことは、小銭を惜しんで薬草を買わないように愚かなことなのだ。


(持ってきた救援物資はここに全部降ろしておくとして……空いた時間でレベリングするのもありか)


 待ち時間の有効活用をルーキが考えていると、思いもよらぬ言葉がドン・カベハメから飛んできた。


「よし、そうと決まりゃあおめェさんら、そこで何かラブソング歌え」

「へ?」

「ラブソングだよ、ラ・ヴ。おめェさんらが全員一曲歌い終わる頃には、一着できてるだろうよ」

「早!? ってか、何でラブソング!? こういうのって、村のまわりのモンスターを退治してくれとか、そういうのじゃないの!?〈ランペイジ〉の趣旨的にも! さっき、補給路を断たれたって……」

「それは一時的なもんだ。走者に頼らずとも地元のモンが何とかすらあ」


 ドン・カベハメは「それよりよォ」と鼻の下をこすり、


「天水の羽衣は、俺等が若い頃に、あるお嬢さんにした贈り物がヒントになって完成したものなんだ。だからこれを織る時は、心のこもったラブソングを聴いてねえと作業が進まねェのさ」

「いや、でも、俺、そんな歌なんて……」


 ルーキが頭をかくと、彼は太い眉を片方持ち上げ、


「あぁん!? 男のくせに恋歌の一つも知らねェってのかこの朴念仁! ならそこらへんうろついてラブソング探して来い!」

「しょんなあ!」

「だ、大丈夫だよルーキ。わたし簡単な歌知ってるから。一緒に歌お?」

「サ、サマヨエル!」

「デュエットだとコラ!? ――いいじゃねえか! 楽しみにしとくぜ! よォし、仕事開始だ。まずはそこの眼鏡っ子から頼むぜ!」


 指名された委員長が、眼鏡の位置をクイと直し、


「いいでしょう。ではしょっぱないかせてもらいます」


 大勢の職人たちが間違いなく聞き耳を立てているであろう工房で、彼女はいきなりのリクエストにも何の恥じらいもためらいもなく、堂々と歌声を響かせた。


「イバラの首輪でわたしを繋ぎ止めて~。真っ赤な血が流れ尽きるまで~」

「蟻プロ風激重倒錯ラブソングいいゾ~イ、コレ! まるで自分の願望のように熱が入っとる+191919Z0点!」


 続いてサクラ。


「シノビの恋はァ~忍ぶ恋ィ~。あなたはァ~気づかない~」

「こぶしのきいた力強い演歌やりますのう! 表に出せない恋心への理解度をしっかり声に乗せてきおるわ!+114514点!」


 カークも。


「俺の目にはおまえしか入らないmy heart……!」

「まあ普通じゃな。すでに他の女も目に入ってそう。+3点」

「何だとこのジジイ!」


 そしてルーキとサマヨエルの番になる。

 三人が歌うまでの間、どうにか歌詞を覚え、大勢の前で歌う恥ずかしさに耐えながら熱唱してみたが……。


「おい、若ェの」


 歌い終わった直後、ドン・カベハメは不機嫌そうな声を発して、作業の手を止めた。

 ルーキは委縮しながら、「は、はい」と応じる。


「おめェ歌詞間違えただろ。“うぶな君と”じゃなくて“うぷな君”って言いやがったな?」

「へっ? そ、そうかな……?」

「濁音と半濁音を間違えてんじゃねえ! 一言一句聴き逃さねェからな~!? やり直し!」

「え、もう一回歌うのかよ!?」

「ッせェな! てめェ、初めてできた恋人同士の不器用なやりとりを台無しにしやがって。精霊人の姉ちゃんは気持ちが入って涙ぐんでさえいたのに、男のてめェがそんな半端で恥ずかしくないのかよ? もっと魂込めろ朴念仁!」

「ぐぬぬ……!」

「大丈夫だよルーキ。二人で練習して、もう一回歌お? わたしは何度でも付き合うから……」


 サマヨエルがぎゅっと手を握ってきてくれる。指の隙間をぴったり埋めるような手触りが頼もしいやら申し訳ないやらで、ルーキは彼女の手を握り返していた。


「わ、悪い。もう一回頼むよ……」

「っっ!! ぜ……ぜぜん大丈夫! わっ、わたしはホント何回でもいいから! ルーキがちゃんとできるまで、ホント一晩中でも……!」

「いや、夜まではかからないと思うけど……」

「おーい、練習すんなら早くしろー。まーだ時間かかりそうですかねェ」


 煽ってくるドン・カベハメにもめげず、ルーキは練習とは名ばかりのリハーサルを職人たちの前で重ね、最後にはどうにか歌い切った。


「よォし、一着できたぜ! んじゃ、要望は二着だったから、あと一着分な。ってわけで、もう一曲ずつ頼むわ。さっきとは違う曲がいいな。せっかくだしよ」

「もうやだああああああああああ!!」


 結局、ルーキが二曲目を歌い終える頃には、本当に日が傾いていたという。

 ちなみにこの経験がきっかけで、彼は人前でラブソングを歌うのが苦手ではなくなった。



ふっかつのじゅもんが ちがいます


※お知らせ

前回投稿分にあったルビでエマージェンシーというクソガバがあまりにも意味不明だったのでさすがに修正しました。直そうと決めて最初に思い浮かんだ単語にしました。マジなのかネタなのか戸惑われた方、大変ご迷惑をおかけしました。作者は正気に戻った!

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― 新着の感想 ―
[良い点] おましょうま!MkⅡ [一言] >「やっぱすげえよ、委員長は……」 >色んな意味で。 ほんとにね。走者としての覚悟がどっかのエキストラ君と違ってガンギマリですわ。 だからこそどっかのガバ勢…
[良い点] >ドン・カベハメ ここのヒロイン達だとエロコメ展開より壁際での永久コンボ感しかしない…… ニンジャはあざとくキラッ☆彡とかやると思ったら演歌でござったか [気になる点] 濁音と半濁音間違…
[一言] 成長する主人公いいゾ~これ(歌
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