第八十五走 ガバ勢とルフガンの良い船
キャンプ地を発って二日。
ルーキたちは港町ルフガンに到着していた。
「ウェミダー!」
「ふぅあー!」
「いや昨日から見えてただろが……」
町の横にある砂浜ではしゃぐルーキとサマヨエルの横で、カークがぼそりとぼやく。
港町ルフガン。
ムーフェンシアやムーペコと地続きではあるが、道中を遮る荒野と川のせいで、交易自体は海を越えた町との方が盛んだと言われている。
そうした海上流通の中継地点であると同時に、ここは〈ランペイジ〉の走者にとってチャートの大きな分岐点でもあった。
「ここから船で〈旅の泉の小島〉に向かい、そこからは〈旅の泉〉を使った瞬間移動を行う。で、いいんだよな?」
チャートを口頭で確認するルーキに、リズは満足げにうなずく。
「そうです。ここまでのルートは、言ってしまえばどのパーティーもほぼ同じ一本道。けれど、ここからは自分たちの力量やスタイルに合わせてルートが複雑化するので、あのキャンプでのように単純な順位が出ることはありません」
「次、他の人たちと会えるのは、〈ロングダリーナ〉への洞窟の前ってとこか。よし、行こうみんな」
ルーキは颯爽と、海を渡る定期便への第一歩を踏み出した。
が。
「あー、船ならさっき出ちまったよ。ほら、あそこに見えてんのがそうだ」
乗船券代わりの、参加証の棍棒を見せたルーキに対し、係員は無慈悲にも水平線のむこうへ遠ざかっていく帆船の後姿を指さした。
「つ、次の船は!?」
ルーキが泡を食って問いかけると、
「残念だが、今日はもうねえな。いや、ホントはもう一隻出せたんだが、確か走者らしい白髪の子が船に近づいたタイミングだったかな……。海の魔物が襲ってきてな。壊されちまったんだ。今、ドックで修理中。完了は早くても明日かなあ。港にまで魔物が近づいてくるのは、十年に一度あるかないかくらいの頻度なんだが。しかもリュウグウスーパーシャークっていう激レアモンスターで、討伐のおかげで港は大儲けしたよ」
「この悪運は間違いなくレイ親父さんですね……」
「門弟の邪魔をする親のクズにして勝ちたがりな走者の鑑っすねえ……」
「親父ィ……」
乗り遅れた他の走者たちも、波止場で呆然と立ち尽くしている。
RTAに不測の事態はつきものとはいえ、ここで一日足止めは痛い。何より、基本せっかちな走者の神経に大きな負荷をかける。
「他の船なら山ほどあるじゃねえか。どっかの乗せてもらえよ」
カークがしごくまっとうな意見を述べるが、
「それが、RTAは極力開拓地に負担をかけないやり方をしなきゃならないんだ。もし定期便以外をオッケーにすると、走者たちは積極的に他の船を使うようになって、港の仕事に支障が出る。そうすると、今度は開拓民たちがRTAを疎ましく思うようになって、ゆくゆくはLOSE-LOSEになっちまうんだ」
「なるほどねえ。一組だけならまだしも、走者は大勢いるからなぁ……仕方ねえか。まあ時間なんて気にしてるのおまえらだけだし、のんびり行こうや、のんびり!」
身もふたもないことを言うカークだったが、今は彼の言う通りにするしかなかった。
ひとまず休憩できるところを探して町を探索する。
ちょうど昼時で、飲食店はどこも港湾労働者たちでいっぱいだ。
「何とか海を渡る方法はないかな……。〈旅の泉の小島〉はそこまで遠くないんだろ?」
「泳ぐとか言い出すなら、真っ先に却下しますよ」
ルーキのつぶやきに、リズは即座に反応してきた。
「板子一枚下は地獄と言いますからね。迂闊に海に出たら、あっという間に海のモンスターに引きずり込まれて全滅です。あちらはただ足を引っ張るだけでいいんですから勝負になりません」
「わ、わかってる……」
どれほど強い戦士でも、溺れれば何の力も発揮できずに死ぬ。海とは、そういう場所だ。
それでも何かアイデアはないかと考えながら歩くうち、ルーキたちは町はずれまでたどり着いてしまった。
人の胸ほどまである背の高い草が一面を覆っている。子供の姿くらい簡単に隠してしまうだろう。
その奥から。
「きゃあああああ!」
絹を裂くような悲鳴が上がった。
「な、何だ!?」
ルーキたちは慌てて草をかき分け、茂みに踏み込む。
そこでは、ワンピース姿の一人の可憐な少女が、体にピンク色の液体のようなものをつけながら、何かに抵抗するように身をよじっていた。
「あれは……ピンクスライムです!」
リズが叫ぶ。
「彼らは繊維が大好物で、人体には無害ですが、着ている服を溶かして食べてしまうんです! 特に女性の匂いがついた繊維を好むらしく、ついたあだ名がずばりエロイム!」
「我は求め訴えたりしそう!」
「ああいうのが好きなんですかそうですかルーキ君!」
「ち、違う違う違うつい言っちゃっただけ!」
ルーキが慌てて釈明する横で、サクラが説明を付け足した。
「厄介なのはそれだけじゃないっすよ。ピンクスライムは別のスライムと共生関係にあるんす。こいつもエロイムと呼ばれていて、ほぼ一緒に行動してるっす。好物は生き物の体液! 体にくっついて刺激を送ることで、涙とか汗とか唾液とか、ってかまあ、ぶっちゃけ連中の本命は下半身の粘ま――」
「わあああストップストップ! (運営に)消される! 消される! とにかくみんなあの人を助けろー!」
危険な話題をうやむやにしつつ、ルーキは少女の救援へと向かう。
幸い、このRTAそのものを消される危険性に対して戦闘力自体はさほどでもなく、適当に体を切り落としているうちに、どこかに逃げ去っていった。
「ううっ……危ないところをありがとうございました……」
草むらから無事連れ出したところで、少女は力なく座り込む。
ウェーブのかかったふわりとした髪を、ひたいのところで二つに分けた、大人しそうな少女だった。
「大丈夫? ケガとかしてないか?」
「はい……それより……」
そう言って、あちこち溶かされてしまったワンピースを見下ろす。その穴からのぞく白い肌には傷一つないが、ちらりと見えている下着の一部も溶かされてしまったらしく、少女は恥じらいながらどうにかそれを手で隠そうとしていた。
「と、とりあえず、これ……」
ルーキは少し赤くなりながら、背負ってきた支援物資の中から毛布を取り出し、彼女の体を隠してやった。
「あっ……ありがとうございます。あ、あの、あなたは走者なのでは? わたしなんかに構っていていいのですか?」
ルーキは苦笑しながら答えた。
「急いでるのは確かだけど、開拓民を見捨てるわけにはいかないからさ」
「お優しいんですね……トゥンク」
『は?』
ルーキの背後から複数の威圧が飛んできた。が、うっとりする少女の耳には入らなかったようで、
「ぜひお礼がしたいです。うちに来てください。ダメですか?」
「まあ、時間は余ってるけど……いいよな?」
賛同を得るように、仲間たちに振り向くと、
『は?』
「さっきから何でそんな圧、強いの……」
「いいんじゃねえか? どうせヒマだよヒマ! ちびっこどもが行きたくねえってんなら、オレたちだけで行こうぜルーキ」
不可解な眼圧の中、抜け出したカークが軽い声を上げて、案内もなしに勝手に歩きだした。少女が困ったような顔を向けてくるので、ルーキも仕方なく一歩を踏み出す。
『…………』
結局、委員長とサクラは無言でついてきた。普段は天使のようなサマヨエルまで珍しくむっとした表情で唇を尖らせているのが、ルーキには少し気がかりだった。
歩くことしばし。少女がルーキたちを案内したのは、さっき立ち寄ったばかりの港だった。
「おじいちゃん!」
少女が手を振ると、荷揚げ場から海を眺めていた老人が振り向いた。
「おお、アナスタシア! ん? どうしたのだ? その姿は……?」
白いヒゲの老人は、すぐに毛布に巻かれた少女の衣服に気づいたらしい。
「町のはずれでピンクのモンスターに襲われかけたの。でも、この人たちが助けてくださったのよ」
少女――アナスタシアの明るい口調から、大きな被害はなかったとすぐに察したのだろう。老人はしっかりとした足取りでルーキたちに歩み寄ると、丁寧に頭を下げてきた。
「孫娘の危ないところを助けていただいて、ありがとうございました。わたしはここで海運業をやっておりますグッドボートと申します」
「ルーキです。走者やってます。あれ……? 海運業ってことは、もしかして使ってない船とか……」
「おや?」
ルーキが先を切り出す前に、グッドボート老人はフサフサした眉毛を持ち上げ、こちらをしげしげと眺めてきた。
「走者……若い娘さん二人と、精霊人……それに、左腕の爪のような装備……」
「え……?」
「まさか、あなたは真の勇者殿では!?」
目を剥く老人。しかし驚かされたのはルーキの方だった。その呼び方をするのは、今のところ全世界で一人しかいない。
「何でその呼び名を……!?」
「やはりそうでしたか。ムーフェンシア王からアレンガルドいし足の速い伝書鳩が来ましてな。そちらに、ムーフェンシアを救った勇者が向かったので、もし会えたらよくしてやってほしいと頼まれましたのです」
「ムーフェンシア王が!? 何で……!?」
「? お会いになったはずですが? 覚えていらっしゃらないので?」
覚えていないどころか確実に会っていない。そもそも、ムーフェンシア城関係者はみな行方不明のはず。
戸惑うルーキたちの中で、ある人物が「あ」と声を上げて、手をぽんと叩いた。
「ムーペコにいたあのじいさん、あれムーフェンシア王だわ」
『な、なんだってーーー!?』
MMRするルーキたちに、カークは頭を掻きながら、
「いや全然気づかなかったわ。オレ遠くから見てただけだし。城から落ち延びて、あそこに身を隠してたんだな。いやマジ気づかなかった」
「そこは気づいてくださいよ。あなたの主人でしょう?」
リズが不満をぶつけると、
「いや、言ったじゃねえか。そこらのじいさんと見分けつかね、って。すげー普通なんだよ。あそこの王様」
何ということだ。
あれはカークの軽薄な人柄を端的に表すエピソードだとばかり思っていたが、本当に見分けがつかない風貌の人だったとは……。
ローラシュタットの王様は、たとえ普段着のまま町でばったり会ったとしても、「何か風格のある人だな」と思えるくらいの威厳はあったのに。
「当代のムーフェンシア王は、王侯貴族とはいえ庶流の出でおられますので、堅苦しさのない、親しみやすいお人柄なのです。民衆の中にお隠れになられれば、なかなか変装を見破ることはできますまいて」
グッドボート老人の親しみのこもった言葉に、ルーキは頭を抱えた。
「知らなかったとはいえ、王様にずいぶん無礼な口をきいちまった……。これ、まずいですよ! RTA警察に怒られる!」
「ご心配なさるな。とても気の良い若者であったと、手紙には書いてありましたぞ。しかし、そうですか。王も一目置く、そのような人が、我が孫娘を助けてくださるとは……」
彼がちらりとアナスタシアを見やると、彼女は少し頬を赤らめながらうつむいた。
「おお、これは……。どうでしょう勇者殿。アナスタシアもあなたを気に入ったようですし、ここは一つ危険な走者稼業などやめてこの子の婿に――」
「えっ、いや、それは――」
いきなりの提案にルーキがうろたえた直後。
『娘はいらん、船をよこせ!』
ゴオッ! と、パーティメンバーがグッドボート老人とその孫娘に食ってかかった。
RTA中の委員長とサクラがそう言うのはわかるが、そこにサマヨエルも交じっていたような……。見間違いだろうか?
「ふ、船ですか。ちょうど空いているのが、あると言えばありますが……」
「おじいちゃん。ルーキさんの力になってあげて」
アナスタシアの言葉にうなずきつつも、グッドボートはややためらいがちな足取りで、ルーキたちをその船まで案内する。
「小型運搬船のスクールダイス号です」
「へえ……。船をちゃんと見るのって初めてだけど、なかなかいい船じゃないか」
装備はきちんと取りつけられており、マストにも帆にも、一見して傷んでいるところはない。
「ちなみにこのスクールダイスという名は、かつてダイスの目のようにころころと親しくする女性を変えていた男が、何やかんやあって最終的には本当に愛する一人の女性と二人きりで旅に出るという逸話が元になっております」
「へえ、まったくひどい男がいたもんだな……」
『は?』
異様な眼圧を背後からかけられルーキは怯んだが、振り返ってみても睨まれるばかりで何も教えてもらえないので、話に戻る。
「で、でも、新しそうな船だし、これを借りるわけにはいかないかな……」
開拓民の生活に支障を出してはいけないと、さっき自分で言ったばかりだ。諦めて定期便の修理を待とうと考えていると「いえ、お貸しすることは、やぶさかではありません」というグッドボートの声が引き留めてくる。
「ただ、船乗りがおりません。生憎、うちの水夫たちは皆出払っておりまして。ちょうど商売が盛んなシーズンでして、優秀な者はもうどこかに雇われてしまっておるでしょう」
「船の操縦か……」
ルーキはちらりと仲間たちを見たが、一様にお手上げのポーズが返ってきた。
小さな船だが、だからといって素人でも扱えるわけではない。
特に帆。帆を操り、巧みに風を掴む熟練の水夫たちの技がなければ、船はその場でくるくる回るだけの木くずと大差なくなってしまうだろう。
「大丈夫、任せてルーキ!」
惜しい所で足踏みする歯がゆさの中に、明るい声が割って入った。
「サマヨエル? 何か方法があるのか?」
「うん。サファイアス様にお願いして、風の精霊に助けてもらうの! わたしからお願いすれば、それくらいは聞いてもらえるはずだよ」
「マジか。頼む!」
うなずいたサマヨエルは、祈りの形に指を組んで、静かに目を閉じた。
賑やかで明るい少女の気配がにわかに薄れ、神秘的で可憐な表情がその顔に浮かんでくる。
やがて、ゆるやかな風が彼女を取り巻き、ゆったりとした衣服を揺らし始めた。
サマヨエルが手をかざすと、小さなつむじ風が生じて、ルーキの脇をすり抜けていった。
「うん。聞き入れてもらえたよ! これで船は動かせる!」
「助かった! ありがとうサマヨエル!」
「ううん、お礼なんかいいよ。わたし、ルーキのためにできることしたいの! そう決めたの。それだけ!」
「何だこの天使!?」
こうして船と風を手に入れたルーキたちは、アナスタシアとグッドボート老人に見送られ、〈旅の泉の小島〉へと向かったのだった。
ただ船に乗るだけで一話かかるのはガバ勢の特権。
(こっそり船に忍び込んでいたエロイムのけしからん逆襲は)ないです(作者は無能)




