第八十三走 ガバ勢とキャンプ地の休息
「やっと着いたかよ! 遅えんだよ! もう夜だよ!」
誰に対してかわからない悪態をつき、カークが歩く速度を上げた。
「カーク、急に元気になったね?」
それを見たサマヨエルが感想をもらすと、
「そりゃ、道中あんだけ愚痴ってる余裕があるんすから、体力有り余ってて当然っす」
「まあ、自分の足で歩いてるだけマシでしょう。立ち止まったらそのまま置いていきますけどね」
サクラとリズからの総ツッコミが入った。それらを「そっかー」と受けるサマヨエルの無邪気な声を聞きつつ、ルーキはようやく見え始めた走者キャンプの周囲に目を向ける。
岩と堅い地面ばかりの一面の荒野。ムーフェンシア城からルフガンまでの長距離移動のちょうど中間地点にあり、水も食料も補給不可能な踏破困難地域に、あのRTA走者用の臨時キャンプは設けられている。
「元々はねえ、ここ、何にもなかったんだよ」
サマヨエルが手を後ろに組み、少しこちらをのぞき込むように歩きながら言ってくる。
「だから走者にとって一番大変な区間だったんだって。それを見かねて、この時期だけ、街の人間たちが小さなキャンプ地を作るようになったの」
「レイ・システムの一環ですよ」
委員長が横から解説を加えた。
「昔は、過酷であることは走者が乗り越えるべき試練として当然である、とか無責任に考えられていたんですが、今は“リアルに楽しく遊ぶように”が優先されて、完走に対する救済措置が民間人側から自発的に取られるようになったんです」
「あった方が断然便利なのにな? 何で誰も考えなかったんだろ」
ルーキが首を傾げると、
「王都が開拓の主導権を握っていたのが大きいと言われています。勇者何とかしろ、の一言で何でも済まされる時代だったんです。まあ今でも、古参のうるさ方の中には、こういう措置を批判する者はいますが。走者が甘やかされて質が下がるなんて言って」
「甘やかすねえ……」
「完走者が増えれば結果的に開拓地も助かるわけですから、わたしは賛成ですけどね、レイ・システム。その点においても、レイ親父さんは偉大な人ですよ」
その偉大なレイ親父は、涙目顔見たさに現地の道具屋から嫌がらせを受けているわけだが。人はなかなか報われないものらしい。
「おい、早く来いよ!」
声を張るカークに苦笑を返しつつ、ルーキは心持ち足を速めて、レイ親父がRTAに残した功績へと向かった。
※
「おおー! 結構色んな店が出てるな!」
キャンプ地には、大きな町に匹敵するほどのRTA関連施設が充実していた。
宿や道具屋はもちろん、武器防具、食料補給、屋台に病院まで揃っており、すでに日は落ちたというのに、ちょっとしたお祭りのような活況を見せている。
初めて見る走者キャンプに、ルーキは興奮した。
「そこにいるのはサクラと……ルーキか?」
不意にした、聞き慣れない声に振り向いてみれば、警察の制服に身を包んだ鋭利な眼差しの男が立っていた。
「RTA警察……!?」
「や、これはケイブ殿じゃないっすか」
条件反射的にたじろぐルーキの横で、サクラがおどけた様子で敬礼してみせる。
「ケイブ……? あ、警部補のケイブさん!」
「久しぶりだな、ルーキ。RTAご苦労」
慌てて頭を下げたルーキに、ケイブは彫像のように隙のない敬礼を返してきた。
彼と会うのは例の不正RTA事件以来だ。タイミング悪くエルカお嬢さんに目をつけられ、不正走者であるトール・ベルソ捜索を手伝うハメになったあの一件。以降、RTA警察がレイ親父のガバを指摘しに〈アリスが作ったブラウニー亭〉に乗り込んで来ることもないのは、ひょっとすると、事件解決(別件だが)の手柄と引き換えに、何らかのお目こぼしをされているのかもしれなかった。
「ケイブ殿ぉ、サクラには労いの言葉とかないっすかあ?」
「ん。ニンジャ乙」
「雑ゥ!」
絡むように言ったサクラを一蹴したケイブに、ルーキは不思議に思い、「どうしてRTA警察がここに?」という問いかけを向ける。彼は鉄面皮を一ミリも動かさずに、
「このキャンプ地はRTA警察が警護している。まさか、走者を警護に当てるわけにもいかないからな」
「確かに……」
ただでさえ走者は数が足りない。キャンプ地を警護するくらいなら「走れよ」「そうだよ(便乗)」となるのは自明の理だ。
「隊長!」
一人のRTA警官が小走りに寄ってくる。
「どうした?」
「班長が、イヤな予感がするから見張りの応援がほしいと……」
「また南側か……。わかった。俺が行くから少し待てと伝えろ」
「ハッ!」
彼は強張った顔に安堵を滲ませると、敬礼して去っていった。
それを見送り、ケイブはため息をつく。
「警護に参加しているのはそれなりに腕の立つ人員だが、それでも荒野のど真ん中に長期間居座っているのは気が気ではない。改めて走者たちの胆力には恐れ入る」
「あの、すぐ行かなくていいんですか?」
ルーキが恐る恐るたずねると、
「今の男は南側の警備を担当する班でな。班長は肝っ玉が小さく、日に何度も応援を要請してくる。南側は、ムーフェンシア方面に次いで安全な方角なのに、だ。仮にイヤな予感が本物だとしても――これまでは全部はずれだが――、多少は自力でこらえる根性を持ってもらわないと、いざという時に守りを任せられん」
そう言うケイブは、初めて会った時よりもどこか人間味がある――というか、楽しそうに見えた。もしかするとこの男は、街の警備よりももっと荒事に向いた人種なのかもしれない。
「それにしてもルーキ。おまえたち、かなり速いぞ」
「? 何がですか?」
「ここまでの通過順位だ。あそこに張り出されている。レイ一門でも、いや、全参加者の中でも上位でここまで来ている。見てくるといい」
「! 本当ですか? 見てきます!」
「ああ。俺も仕事に戻る」
ルーキたちは弾むような足取りで順位表へと向かった。
「一位通過は……やはり〈悪夢狩り〉ですね」
委員長のつぶやきを聞き、ルーキはさもありなんと思うと同時に、諦念とは真逆の悔しさも感じていた。
あの爆速チームの影を、ルーのミラー捜索時に、一度はキャッチアップしかけていたのだ。そこからすぐに差をつけられてはしまったが……。
「ちょっと待って! レイ親父たち二位で通過してんじゃん!」
〈悪夢狩り〉のすぐ下に記載されたチームを目にし、ルーキはそれまでの気分を一気に吹き散らして歓声を上げていた。
「ガチ勢に全然負けてねえ! すごいぞ!?」
「不思議っすねえ。あんなガバ勢の元凶みたいな人なのに」
ルーキは目を輝かせながら叫んだ。
「いや、サクラ。親父はホンモノなんだよ! ちょっとクッソ激烈に運が悪いのと、ほんの少しチャートに飽きてしょっちゅうオリチャーに走って失敗するだけで、走者としては一流なんだ! やっぱ俺はあの人についていくぜ!」
「ダメみたいっすね……」
「わたしとのRTAでチャートに飽きたなんて言ったら密室に連れ込んでお説教ですからね?」
ぼやいたサクラの横から、委員長がにっこり微笑み、続けて順位表を指さした。
「まあ、それはそれとして、見てください。わたしたちより速いガバ勢は、レイ親父さん含めて三組。ルーキ君、一門の中ならベストファイブに入ってますよ」
「マジか!?」
「まあ、兄さんにはサクラとイインチョさんいますからあ? 常時三倍ガバ王拳でマイナス補正つきまくりの一門チームより速いのは当然っすねえ?」
「う!? そ、それは……」
「ボウケンソウシャーに、バーニングファイター組もすでに通過していますが、スタールッカー先輩は載っていませんね」
そう言う委員長に「あの人、チェックポイントとか絶対理解してないだろ……」などと返しつつ、ルーキは順位表に書かれた自分のチームの位置を改めて確認する。
十九位。
参加チームを百と仮定して、上位二割にギリギリ食い込んでいる。
Aクラスとは言えないまでも、それに次ぐ集団の中にはいると見ていい。
思わぬ大健闘だ。この位置をキープできれば、自分の走者としての名も上がるに違いない。そうすれば、完走した感想で店一軒を埋めるという目標にも……。
「まあ、〈ロングダリーナ〉までの順位は誤差だって言われてるけどね」
不意に声がして振り向いてみると、フードの奥の薄闇から見つめる、濁り気味のスカイブルーが視界に映った。
「マ、マリーセトス姉貴!? ということは!?」
脅威を感じたルーキは慌てて周囲を見回したが、背中への衝撃はその監視網を掻い潜り襲ってきた。
背中に覆いかぶさった重量感は、記憶の中のドレスアーマーとグレートソードと完全一致。間違いなく、
「プ、プリム姉貴!」
「へへ……楽ちんちん」
すぐ後ろから満足そうな声がした。
「何か言っても被害増えるだけなんで流しますね」
「……楽おちんランド見つけたよわぁい?」
「すっげえひどくなってる! 何で!? 何で!? 俺何も注意してないじゃん! 別に最初のままでよかったじゃん!?」
背中の姫騎士と争いつつ、ルーキは、すぐ隣でげっそりした顔のサクラがマリーセトスに呼びかけるのを聞く。
「マリーセトスたちもまだここにいたんすね……」
「夕方頃に着いたしね。ちょっと早いけど、無理に進んでちょっと先で野宿するくらいなら、ここで休んで明日早く出発するほうがいいよ」
マリーセトスは特に慌ててもいない様子で応じた。
淀んだ目の姫騎士が耳元で囁いてくる数々の問題発言を頭から締め出し、ルーキはガチ勢の落ち着きように思わずうなる。
RTA心得一つ。今日の無理は、明日のガバ。
走者は休める時に休んでおくことが大事。特にRTA序盤は勢い任せに無理をしてしまいがちだが、その疲労は後半になって効いてくる。大切なのはトータルのタイムだ。
優れた走者ほど走るペースは均一化する。疲労が出てくる後半戦でも集中力を維持していられるのは、シンプルな長所に見えて、一般走者やガバ勢が決して超えられない壁なのである。
「そもそもボクたち、歩く速さはそんなでもないし。ね、新人ちゃん?」
「あ……そうですね」
急に話を振られた委員長がうなずいている。
ルーキもそのことには気づいていた。
マリーセトスとプリムがガチ勢たるゆえんは、歩く速度が一定で決して落ちないことと、戦闘時の判断の異様な早さ。一つの判断ミスが死を招くユグドラシル・ダンジョンにおいて、極限までのマイペースを貫ける鉄の心臓にあるのだ。
あとは地図とか地図とか地図とか。そしてなんと言っても地図だが。
「んじゃあ、ボクたちそろそろ寝るから。ほらプリム、行くよ」
「ちんちん……」
「ちょっと待って!? もしかしてそれ俺の名前として言ってんの!? やめてくれよ……」
名残惜しそうに引きずられていくプリムに言葉を投げつけると、ルーキはぽかんとしているサマヨエルの視線に気づき、慌てて声をかけた。
「あ、あの大丈夫かサマヨエル?」
「う、うん。ルーキって色んな知り合いがいるんだなって」
「まあ、みんなRTAの関係者だからな」
「あと女の人多いね」
「えっ……そ、そうかな」
「……他のお店も見にいこ?」
サマヨエルに妙に強く手を引っ張られ、ルーキは別のテントに向かった。
道具屋は他の町と同じ品揃えだった。ただ、福引券は配っていないらしい。薬草を少量補充しておく。店も慈善活動で来ているわけではないので、代金はしっかり取られる。
ついでに武器防具の店ものぞく。
走者の装備は基本的に持ち込みだが、戦いで傷めてしまった場合は買い替えが必要になる。その土地に住むモンスターとの戦いを前提に作られているため、RTAごとに武器を替える走者も珍しくはない。
と。
「ん?」
「あっ」
先客の大きな背中が振り向き、ルーキの視界に見知った顔を映させた。
「バーニングファイター!?」
「おお、新人コンビか。オレ様曰く、おまえたちもここに着いていたとは驚きだ!」
「やあ、君たちが、ビルが話していたガチ勢とガバ勢の新人二人だな。私はファイナルシティの市長をやっているヴァイク・ハカーだ」
その隣から、ちょび髭を生やした裸オーバーオールのマッチョな男が、ルーキに握手を求めてくる。反射的にそれに応じてしまいつつ、
「あれ……。オウリャア以外にもしゃべれたんですね?」
「? 当たり前だろう? オウリャア以外にしゃべれなくて市長が務まるのかね?」
ひどく怪訝そうな顔をされてしまい、ルーキは申し訳ない気持ちになった。後ろ向きにフライングボディプレスをしながら前進する男が市長選に勝てるのなら、言葉の壁などむしろ何も問題ないと勝手に思い込んでいたのだ。
「お二人は武器を? 見たところ、徒手がメインのようですが……」
リズがたずねる。
「ああ。オレ様曰く、この参加証の棒も使わせてもらってるぞ。こいつはいいな。快楽の街バーニングシティに転がっているのは粗悪品で、二、三回妖魔を叩いたら折れてしまうが、こいつは頑丈だ。持ち帰りたいくらいだ」
「私も同感だな。リーチのある武器は持っていて損はない。もっとも私なんぞは、攻撃された拍子に驚いてしょっちゅう遠くに投げ捨ててしまうのだがね。ハハハ……」
ヴァイク市長は照れ臭そうに笑った。
やはり一緒にパーティを組むだけあってビルとの話は合うらしい。
「リーチがある武器がほしいなら、お客さん。こんなのはどうだい」
ふと、武器屋の店主が話に割り込んできた。こちらの話に自然と入り込む話術のテクニックは、やはり商売人のそれ。
「鎖鎌という武器だ。この分銅のついた鎖で相手の動きを封じ、鎌の方で攻撃する」
「…………くさり……?」
「うん?」
ビルのつぶやきに、武器屋のオヤジが眉をひそめた直後。
「クサリガマアアアアアアアアアアッ!」
灼熱の街の英雄は涙と鼻水を垂れ流しながら絶叫していた。
「攻撃力に対して値段がちょっと高めな設定ィィィイイイイインンッンンウウウウ! すぐに次の武器が買えるし立ち位置がいつも微妙ウウウウッッッウウウンンウウウウ!」
「何だこのオッサン!? 営業妨害なら帰ってくんな!」
「まずい発作だ! 君たちはもう行きたまえ。ここは私が何とかする!」
ヴァイク市長に追い出されるようにルーキたちはテントを出た。
背後からは、市長がビルを落ち着かせる声が聞こえてくる。
「ビル落ち着け。クサリという言葉を思い浮かべ、目を閉じてこう言うんだ。そんなものは存在しない……」
何の説得力もなくて、効果はイマイチのようだ。
「な、何だか大変だったね……。大丈夫、ルーキ?」
サマヨエルが労わるように言ってくる。
「あ、ああ。もちろん。サマヨエルこそ、平気か?」
「うん。わたしも大丈夫。ありがと……えへへ」
サマヨエルは照れたように横髪を手でいじった。
「さっきは変なこと言っちゃってごめんね」
「え、さっき?」
「知り合いに女の人多いねって」
「ああ、あれか」
「違ったね。ルーキの知り合い、変な人多いね?」
「うん」
ルーキは自分でも驚く速度で即答していた。
平和回。99%何も起こらないはず。今夜はぐっすり眠れそう。




