第八十二走 ガバ勢と港町への道
ボーンナイトが敗れ去った後のムーフェンシアからは、何かが急速に遠ざかっていく気配が感じられた。
恐らくは、彼配下の魔物たち。モンスターの死骸の血生臭さに引き寄せられて、これからも野性のモンスターは集まってくるだろうが、統率の取れた軍勢は完全に撤退したと見てよかった。
これ以上の掃討は後続走者に任せ、ルーキたちはムーフェンシアを抜ける。ムーペコの老人に上首尾を伝えてやりたかったが、これはRTAだ。後退はない。
「なんか、雰囲気だいぶ変わるな」
ルーキはつぶやく。
前進するムーフェンシアの西側は、緑豊かな東側と違って荒れた大地が目立った。さらに進めば完全に岩山のみの荒野となり、人も動物も住まない土地になるという。
「さらにその先にルフガンっていう港町があって、そこからは船旅なんだよ」
サマヨエルがルーキの隣で、肩を弾ませるように歩きながら説明する。
「でも、ルフガンって相当遠いぜ。船が出てるんなら、このへんまで迎えに来てくれればいいのによ」
カークがもはや習性のように愚痴るのを誰もが聞き流す中、サマヨエルだけは親切にも彼の声を拾い、
「それはダメだよ。ルフガンはムーフェンシアみたいにちゃんとしたお城を持ってないから、走者が歩いて回ってモンスターを退治しないといつか滅ぼされちゃう」
ルフガンは自治によって成り立つ都市であり、ムーフェンシアの軍事力の傘の下にいない。それは独立心うんぬんというより、単純に距離の問題が大きいという。
「とにかく歩くんだよなあ……」
地図をチェックしたルーキは、思わずカークと似たような感想とため息をもらしていた。
ムーフェンシアから西へ。荒野を抜けた後は北へ行こうランランし、川を越えた平原のどん詰まりがルフガン。町から町への単純な歩行距離としては、この〈ランペイジ〉最長となる。
「まあ、そのために特設キャンプがありますから。まずはそこですよ」
「他の走者の順位もそこで多少はわかるっすね」
ルーキはうなずいた。
委員長とサクラが言うように、この超長距離移動の途中にはRTAの時期だけに設営されるキャンプが存在する。RTA警察および、ルタの街やそれ以外のRTA拠点が出資しており、百パーセント走者のための休憩地だ。
「そこまでは歩き狩りで行こう」
ルーキの指示に、みながうなずいた。「めんどくせー」と一人反対するカークも、まあ、その時がくれば、出番はあるだろう。
「あ、あのさルーキ……」
草木が減り、地肌がやや剥き出しになってきた頃、サマヨエルがおずおずと声をかけてきた。
「どうした?」
「あの、ムーフェンシアでのことなんだけど……」
「うん」
「ご、ごめんなさい」
いきなり頭を下げられて、ルーキは目をぱちくりさせた。
「何のこと?」
「ほら、わたし怖くなって、ルーキにしがみついて戦いの邪魔しちゃって……」
「ああ、あれか。いいよ。俺だって怖かった」
ボーンナイトの気迫も並々ならぬものがあったが、何より、その前に見ていた光景がまずかった。〈悪夢狩り〉の一族による良心のカケラもない大殺戮。あれで心を折られた後に強敵の出現となれば、大抵の者は怖気づく。
「ありがとう。それとね……」
サマヨエルは少し肩をもじもじさせ、ルーキをじっと見上げてきた。
「ううん。やっぱり何でもない」
彼女はそう言って歩き出したが、その後の道中でも何やら意味ありげな視線をチラチラ送ってきた。一応、何か用かとたずねてはみたものの、絶対に何かありそうな顔で「何でもないの」の一点張り。
仕方なく、ルーキはリズにたずねた。
「なあ委員長。何か、サマヨエルが俺のことチラチラ見てくるんだけど、俺の顔にカマキリでもついてんのか?」
リズはどこか呆れた顔で、
「…………。ついてますよ」
「え!? マジかよ!? どこ? ここ……? いない。取ってくれ」
「はい」
「おっ、茶ガマじゃん!」
「何喜んでるんですか……」
茶色いカマキリを手に乗せたルーキは、サマヨエルと並んで前を歩いていたカークに呼びかけた。
「おいカーク。見ろよ、茶ガマだ!」
「はあ? 何が茶ガマだよ、これだからカッペは……でっけえ! おいどこで捕ったんだこれ!」
「わかんねえ。何か、知らないうちに顔についてたらしい」
「んだよ使えねえな! 調子に乗るなよそれくらいで。オレなんか昔、もっと大きな――」
「ギャー、カマキリっす! ちくしょう来るな!」
「あいた!? あー、飛んでいっちまった……」
「どうしたの三人で? 何か楽しそうだね?」
「楽しそうじゃないっす。ガバ兄さんが、サクラがカマキリ嫌いなの知ってて、ほら見ろよ見ろよって押しつけてきたっす」
「ルーキ、そういうのよくないよぉ」
「全然違うだルルォ!? カークと話してたらいきなりサクラが斬影拳やってきて――」
「ちょっとルーキ君! バカやってないで敵、来ますよ! 大ムカデ三匹エンカ!」
「よーし、ガンガンいこうぜ!」
と、一つの修羅場をくぐり抜けてパーティとしても安定感が出てきたルーキたちは、無難に敵を倒しつつ前進した。ラストヒールの出番も“あんまり”なく、順調に荒野を渡っていく。
ここでのエンカウントへの対処は、走者の自由となる。
全逃げ、歩き狩り、気分で討伐(ガバ勢限定)、どれでもよく、このあたりのモンスターに、「ここは人間が通る道だ」とわからせることが重要だった。
非好戦的なモンスターはそれだけで近づかなくなるし、好戦的なモンスターは走者に突撃して、勝手に数を減らしてくれる。
RTAの先頭集団ほど負担が大きく、後続ほど楽ちんちんちんな道中となるが、それはどんな開拓地でも同じ。上位陣は常に厳しい世界で揉まれながら、己の走りを磨いている。
夜。
走者キャンプまではまだ遠く、荒野に突っ立った大岩のふもとでの野営となった。
見張りを立てながら交代で眠る。ルーキはカークと組んでいたのだが、彼は少し見張りをした後は勝手に力尽きて寝てしまった。
叩き起こさなかったのは、カークは日中、“非常に重要な役割”を果たしているからだ。彼のHPをしっかり回復させ、次に備えてもらわないといけない。
「ルーキ、のど渇いてない?」
不意に、寝ていたはずのサマヨエルが起きだし、ルーキに水筒を差し出してきた。
「おっ、ありがとなロコ。眠れないのか?」
受け取った水筒から水を一口含み、彼女に返すと、
「もー、また間違えてるよルーキったら。わたしはロコじゃないってば」
「あ、ごめん……気を緩めるとつい。それに、サマヨエルの水筒にも口つけちまった。拭くよ」
「細かいこと気にしないでいいよ。それより、わたしもそろそろ名前のツッコミやめる? 次からはロコって呼んでくれて全然いいよ? どうせ通じるから」
どこかそうしてほしそうな態度にも思えたが、これで名前まで定着させてしまったら、いよいよ二人の見分けがつかなくなってしまいそうで、それはそれで困る。
今の水筒のやり取りにしても、飲み回しなど当たり前な訓練学校時代の雑な癖の延長だ。
(そういや、ロコは飲み回しにちょっと抵抗あったみたいだったな。俺以外のヤツとやってるの見たことなかったか……)
そんな昔話も思い出しつつ、
「いや、やっぱり俺が直すよ。それで、どうした? 交代の時間はもう少し先だぞ」
案内人であるサマヨエルは見張り役を負っていなかったが、女子組と一緒に番をすることを志願していた。
「うん、ちょっと目が冴えちゃって。お話してもいい?」
ルーキに断る理由はなかった。わずかに腰をずらし、座りやすい場所を空ける。
精霊人の少女は「ありがとう」と律儀にお礼を言って微笑み、すぐ隣に座った。
「わたしね、今こうしてみんなと一緒に旅してるの、すっごく楽しい」
膝を抱えた姿勢で、サマヨエルは夜空を見上げて言った。何もない荒野のど真ん中で、星空だけは光に満ちている。
「今までのRTAは、こんなんじゃなかった。みんな無口で、いつも張り詰めてて、ちょっと怖かったくらい」
「走者だからな。走ることに集中してるんだよ」
「でも、人の顔も覚えてないんだよ。前に一度、RTAしたことがある人とまた一緒になったんだけど、わたしのこと全然覚えてなかった。わたしは覚えてたのに」
少し不満げに唇を尖らせる。
「それも走者だからとしか言いようがないな……」
ルーキは頭をかいて、バツが悪そうに応じた。
RTAに出会いを求めるのは間違っている、と教わったのは、〈アリスが作ったブラウニー亭〉を訪れた初日のことだったか。
時間に追われる走者たちは、現地人との交流にかまけている暇などない。
そう言えば、ロコを初めて見た一門の誰も、彼が精霊人に似ていることを指摘しなかった。見れば一目でわかることなのに。
サマヨエルの横顔をそっと確かめたルーキは、今度はこちらから話題を振っていた。
「なあ、サマヨエルは普段は何をしてるんだ?〈ランペイジ〉がない時」
「うーん。夢を見てる、のかな」
「夢?」
サマヨエルは「うん」とうなずき、
「普段の精霊人は、サファイアス様の近くで眠ってるの。〈ランペイジ〉の時だけ起きて、走者の案内役をするんだよ」
「そうだったのか」
「起きた時に、見た夢は忘れちゃうんだけどね」
彼女は少し残念そうに微笑んだ。
「でも、何だか今回はとても楽しい夢を見てた気がする。だって、起きた時、すごく嬉しい気持ちが残ってたもん」
「なるほどな。それならきっといい夢だったよ。俺なんか、ガバって、詰んで、再走する夢ばっか見てる。起きた時は、……という夢だったのさ、で済んでホント良かったっていつもほっとしてるよ」
「ルーキは大変だね」とサマヨエルは明るく笑い、そして唐突に、ルーキをじっと見つめてきた。
普段よりも何かが近い、と思える距離できらめく双眸に、一瞬言葉を失ったルーキは、サマヨエルがどこか寂しそうに微笑むのを見た。
「ルーキは、わたしのこと覚えててくれるよね」
「そりゃ、もちろんさ。忘れようがない」
「ロコと同じ顔だから?」
「ああ。それもある」
「えっ、他にもあるの?」
何かを期待するような眼差しを受け取り、ルーキはうなずく。
「俺はここのRTAで初めてだから、絶対忘れられない思い出になるよ」
「あ……ああ、そうなんだ?」
「パーティーのリーダーするのも初めてなんだよ。今までは誰かについてくこと多かったから」
「あ、もしかして、ルーキが他の走者と違うのも、だからなの?」
「えっ、ち、違うか?」
少しぎくりとして聞く。
「うん。だって、わたしといっぱいお話してくれるもん。さっき言ったでしょ。他の走者たちはあんまりしゃべらない。わたしが声かけても、一言くらいしか返事してくれない」
返ってきた答えにルーキは安堵した。
他の走者たちと比べて劣っていることを指摘されると思ったのだ。
自分の欠点を知ることはマイナスではない。むしろプラスだ。しかし、痛みはある。どんなに前向きであっても。いや、前向きだからこそ、正面から痛みを受けることになる。
「委員長に言われたんだ」とルーキは返して、少し離れた場所で寝袋に収まっている緑髪の少女を見やった。
「リーダーは、仲間といっぱいしゃべらないといけないって。普段からそうしないと、大事なことも伝えてもらえなくなるって」
「大事なことか……。うんっ、そうだね。リズは立派なこと言う! じゃあ、もっと話そうよルーキ。まずは……あ、それ。その爪みたいな道具、何なの?」
指で示されたグラップルクローを一撫でし、ルーキは笑った。ロコの顔で言われるとこれほど不思議な質問もない。
「ロコが作ってくれたグラップルクロー。つけてみるか?」
「えっ、いいの?」
グラップルクローをはめたサマヨエルを見て、ルーキは思わず目を見張った。
「それつけてると、マジで訓練学校時代のロコそっくりだな」
「そうなの?」と首を傾げながら、少女はグラップルクローをしげしげ眺める。
「最初はロコが使ってたんだよ。それに惚れこんで、譲ってもらったんだ。やっぱり似合うな」
「ねえ、どう使うの?」と乞われ、ルーキは簡単な操作方法を伝授した。しかし、
「複雑すぎるよ……」
サマヨエルは途方に暮れたようにうなだれた。
「使ってるとすぐ慣れるさ」
「無理無理無理。慣れない! ボタンの位置とかも微妙に変だし、操作手順もなんか変な癖があって覚えにくい!」
「え? そうかな。俺、すぐに覚えられたけど。俺の手癖に合ってるっていうか……最初から馴染むみたいな――……。……!」
そこまで言って、不意にルーキは固まった。
「? どうしたの?」というサマヨエルの心配も耳を素通りし、頭に思い浮かぶのは真剣に作業台に向き合う親友の後ろ姿。
「あいつ、こんなところまで俺に合わせて作ってたんだ」
尊敬と感嘆の声が、自然と漏れた。
「ルーキ? 何のこと?」
「ロコが俺にこいつを渡してくれる前にさ、あいつ、ずーっと俺の手を触ってたんだよ。寮で相部屋だったんだけど、ヒマさえあれば触ってた。理由を聞いても内緒っていうからあんま気にしなかったんだけど……」
その理由が今になってやっとわかった。
優れた職人は、用途に合わせてではなく、人に合わせてツールを作成するという。
人。さらに細かく言うなら、その人の手に合わせて。
手は、何かをする人間がもっとも多く使う部位だ。
道具職人は、その手の形、指の肉付きや皮膚の硬さから、相手がどんな風に道具を使うか、そしてどんな癖があり、どんな性格かまでを読み取り、それに最適な形状を造形する。
手には、その人のすべてが表れるのだ。
「何がツーラー修行中だ。十分達人じゃねえか……」
グラップルクローの完璧なフィット感だけではない。操作性までこちらにきっちり合わせてきていた。細かい手癖なんか、何日も何か月も、毎日毎日相手をじっと見つめていなければ読み取れるはずないというのに、それを短期間、手をさわることだけでやってのけたのだ。彼は。
「ロコは、すごいんだね……」
どこかしんみりしたサマヨエルの声に、ルーキは「ああ」とうなずき、
「ロコも頑張ってるし、俺も頑張らないとな。あいつの仕事に負けてられねえ」
「よ、よーし、わたしも頑張っちゃうぞー。とりあえず、ものを引き寄せる簡単な操作だけでも覚える!」
そう宣言したサマヨエルが、ルーキの近くの石に向けてクローを発射した時だった。
アンカーは石を掴むことなく、弾き飛ばした。それだけなら狙いが甘かったで済んだが、問題はアンカーが地面に完全に噛みついたことにあった。
そして驚いたサマヨエルが、解除ボタンではなく、超高速巻き取りボタンを押してしまったことも。
「うわっ……?」
少女の華奢な体が前へと引っ張られる。中距離から一瞬で間合いを詰める奇襲突撃用のコンポジットアクションの暴発。無防備なサマヨエルが引きずられれば、あっという間に全身擦り傷だらけになる。
「サマヨエル、アンカーを開け!」
叫びながら、ルーキはサマヨエルに飛びついた。
彼女はこちらの指示を適切に実行できたようだった。地面を噛んでいたアンカーが外れ、引き寄せる力がゼロになる。しかし、一旦勢いのついたサマヨエルの体が急に止まるわけでもなく――。
地面をこする乾いた音と、砂ぼこりが上がった。
「いってて……」
「ルーキ……?」
間一髪だった。
「セーフ……だよな」
ルーキはぎりぎりのところでサマヨエルを抱き留め、自ら下敷きになることで彼女を守り切った。
「ご、ごめんねルーキ! わたしをかばって……」
サマヨエルが慌ててルーキの上で上体を起こし、泣きそうな顔で見つめてくる。ルーキは背中に痛みの熱を感じつつも、
「いや、こんなの練習中にしょっちゅうやったから、今さらどうってことないよ。サマヨエルの方こそケガはないか?」
「わ、わたしは平気……」
「そうか。よかった。サマヨエルにケガなんかさせたくないからな」
「…………」
ふと気づく。こちらを見下ろすサマヨエルの目が、奇妙に潤んでいる。責任でも感じているのか。
「サマヨエル?」
「うん」
「あの、大丈夫ならそろそろどいてほしいんだけど……」
「うん」
「サ、サマヨエル?」
「うん」
「な、何だ? やっぱどこか悪くしたのか?」
「うん」
サマヨエルの指が、ルーキの指の間にするりと入ってきた。指の柔らかさ、肌の滑らかさ、体温までよく知っている感性が、咄嗟に抵抗する気を起こさせない。
「ムーフェンシアでさ……」
彼女がため息のように声を落としてくる。
「敵から逃げる時、わたしのこと抱えていってくれたよね」
「う、うん……」
「あの時……何だか……ルーキにさらわれたみたいで、わたし、ちょっと……いや、すごく……」
「へ……?」
「ルーキ……。キミの顔、もっと近くで見ていい……?」
ささやくように言うと、サマヨエルがゆっくり顔を近づけてくる。
これが別の誰かなら、近すぎると感じる神経も働く。だが、この顔とは、訓練中に発見した謎の鉱石と二人でにらめっこしたり、馬鹿馬鹿しいほど小さい文字で書かれたRTA歴史書を肩を寄せ合って読んだり、果ては訓練用トラップに二人同時に引っかかって密着したまま身動きが取れなくなったりで、もう慣れっこになっている。
気がついた時には、もう鼻先がすれ違うほどに近かった。
熱っぽく湿った空気が、唇にかかる。
「サ、サマ――」
と。
《そろそろ!》
そばに置いていた見張り交代用のアラームが、突然鳴り出した。
サマヨエルはぱっちり目を見開き、鼻が触れ合いそうな距離で、二度、大きな瞬きをした。みるみるうちに顔が真っ赤になり、ひたいに汗の玉がぷつぷつ浮き上がっていく。
「わああっ! わっ、きゃーっ、ごめんルーキ! わあ、わーっ! わっ、わたしっ、ち、違うの! 違う違う違う、うわあーっ!」
転がるようにしてルーキから身を離すと、サマヨエルは真っ赤な頬を両手で覆い、コロコロムシのように丸くなってしまった。
《ウンフ。そろそろ! ウンフ。そろそろ!》
RTA研究所謹製のカッチャマボイス・アラームを一旦止め、「い、いやいや……」と、どぎまぎする胸から無意味な言葉を捻り出したルーキは、「とりあえず、見張りを交代するよ」というその場しのぎを言い残して立ち上がった。
心臓どころか全身の血管が激しく脈打っていた。アラームが鳴らなければ、あれから一体どうなっていたのか――見当もつかないことにする。
「と、とにかく今はRTAの最中だし、そっちに集中しないと……」
自分でも無理があると思える言い訳をわざわざ口にし、寝袋で寝ている委員長とサクラを起こそうと近づくと――。
怒ッ号オオオオオ……と、二つの寝袋からどす黒いオーラが立ち上っていた。
「ひィ!?」
まるで魔王を宿した芋虫が、さなぎを破り、蝶として舞い立とうとしているかのようだった。
「何なんですかぁ……? 今のはぁ……?」
「ゆうべのお楽しみっすねえ……? ところで見張りとか、なさらないっすかあ……?」
地の底から声が這い上がって来て、熱された体を急速に冷やしていく。
黒いオーラでじわじわと地面を侵食しながら、ゆっくり立ち上がる二つの寝袋を見て――。
今すぐルタの街から再走したい。
ルーキが心からそう思ったのは、これが初めてだった。
茶番が増えると話が長くなるってそれ一番言われてるから。
許してくださいナンおいしい!




