第七十九走 ガバ勢と殺戮の廃墟
「うわぁ」
進入前の決意から一変。何だか大変なところに来てしまったぞ、とルーキは自分の中の勇気が萎んでいくのを感じた。
戦闘用の城塞と優美な王宮としての機能を兼ね備えたムーフェンシアの城は、竜とドラゴンとアサルトボーンがルール無用のバトルドーム(超エキサイティング)をやらかしたように荒れ果てていた。
「ひでえな、こりゃ……」
カークが青ざめた顔で、床にめり込まされた何かの肉塊をまたぐ。
そこらじゅう、モンスターの屍だらけだ。床に倒れているならまだ現実味がある方で、壁にはりつけ、天井に首から下がぶら下がって風に揺れている様は、狂気の絵描きが命と死を揃って嘲笑するために作り出した冒涜的なオブジェにしか見えない。
「怖いよルーキ。これ怖いよお……」
戦闘員ではないサマヨエルはすっかり怯えて、さっきからルーキの背中に顔を押しつけたまま歩いていた。
歩きにくいことこの上もなかったが、こんな光景を延々と見せることを思えば、引き剥がすこともできない。
「これもう、こっちが倒す分残ってないんじゃないすかね……」
裏門への連絡通路を歩きながら、サクラがひとりごちた。
彼女の言うことに異論はないほどの惨状。しかしルーキには気になることがある。
「〈悪夢狩り〉の一族は、どうしてここまで派手にやったんだ?」
チャートによれば、ここは表門から裏門へ通過するだけの単純なチェックポイントのはず。両門は防衛のため一本の道では繋がっておらず、途中、防御結界が張られた城砦内部を通過する必要があるのだが、それでも道順自体はシンプル。
しかし、オニガミたちはそれ以外の場所にも破壊を撒き散らしている。
「恐らくですが……」
リズが考え込むようにあごに手をやりながら応じた。
「彼らは、ルーのミラーを入手ミスしたのではないでしょうか」
「どういうこと?」
「一族はみな動物のままでしたよね。多分、そのままでも支障はないと判断したのでしょう。そして、石の効果を確かめることなく城内に突っ込んだ。しかし、いざ防御障壁の前に来てみると、石の大きさが不十分で通過できなかったんです。そこで彼らは、いつも通りの手段に出た……」
「いつも通り……?」
「ルーキ君は、〈悪夢城〉に挑戦したことあるんですよね?」
問われて、ルーキはうなずいた。
望んで挑んだわけではない。初めてのRTA、ルート0攻略の最中に、〈悪夢城〉は突如出現したのだ。思えばあれも、レイ親父の悪いレアものを引き寄せる体質が原因だったのかもしれない。
「変態一族……城……。あっ……」
この二つが揃えば、何が起こるかなどわかりきっていた。
「本能的なものだったのかもしれません。彼らは城中を暴れ回って、裏門への抜け道を探したのでしょう」
「いやな本能だなあ……」
「さらに言うなら、〈悪夢城〉というのは悪夢の産物ですから、物質も通常のものとは違うんです。破壊した燭台がちょっと目を離したすきに元の形に戻っていたり、どう頑張っても壁にヒビ一つ入らなかったり、そういうことが不思議ではありません。……彼らはここが〈悪夢城〉だと勘違いして容赦なく力を行使したのかもしれません」
それでこの始末。まるで攻城兵器による大掛かりな城攻めを食らったようだ。
オニガミ一人でも〈悪夢城〉を攻略できるのだから、全員が本気で暴れれば、ほぼ無傷だった城砦がこうまで荒れ果てるのも納得がいく。
「それで、最終的には壁をぶち抜いて裏門へ出ていったってことか……」
「裏門の上部から下に飛び降りるというごく普通の方法に気づいてくれればよかったのですが、彼らは、上に落ちるのは得意でも下に落ちるのが苦手なので……」
ルーキの結論にリズが同調した、その時だ。
――ウオオオオオオ!!
怒りと悲しみに満ちた咆哮が、裏門へと通じる通路の先から聞こえてきた。
「中庭があるところだ。訓練場にもなってる広場だぜ。ど、どうするよ?」
「裏門に行くには、どのみち中庭は通過するしかない」
及び腰のカークにそう返し、ルーキは慎重に進んだ。
果たして、中庭があった。
王族用の庭園というよりは、純粋な訓練場の印象が強い。緊急時は、ここが兵士たちの拠点となるのだろう。
ただ、そこら中が瓦礫の山と化した今では、どこまでが庭で、どこまでが建物だったかを見分けるのは非常に難しくなっていたが。
その広場のほぼ中央。そこに、深紅の鎧の騎士が佇んでいた。
ムーフェンシアの生き残りでないことは一目でわかった。
装甲の表面は傷だらけ。手にした大剣は切っ先が折れており、過ぎ去った激戦の日々をにおわせる。
瓦礫の陰からその顔を観察しようとしたルーキは、兜の中にあるべきものがほとんど見つからず、息を呑むことになった。目も唇も鼻もない。その貌は――。
「スケルトン……!」
「あれはボーンナイトですね……。本来ならロングダリーナ後半で出てくるような強敵です」
委員長の緊迫した声が耳をかすめる。
「ムーフェンシアを襲った軍勢の親玉ってとこすか。〈悪夢狩り〉も厄介なのを残していってくれたっすねえ」
サクラのぼやきはもっともだったが、ここでは遭遇する敵をできるだけ多く倒していくのが〈ランペイジ〉の目的になっている。激突するしかない。
「そこでこそこそしている人間ども、やってくれたな!」
声帯からではなく、白骨に残されたエネルギーをそのまま震わせるような声で、ボーンナイトは吠えた。口調は存外しっかりとしている。
「騒ぎを聞きつけて哨戒から戻って来てみれば、この有様……!ここを敵に奪われるくらいなら砦ごと消してしまえということか? 何と見境のない奴らだ! これでは、たとえここを奪い返したとしても守りにはまるで使えぬ……。度し難い、度し難いぞ人間!」
「あっ……はい……。そうですね……」
ムーフェンシアの王とその兵士たちは、骸骨騎士の言うように奪還後のことも考えて城を無傷で手放したのだと思うが、とある走者一族にはまったく忖度してもらえなかった。それだけのことだ。
深紅の鎧が改めてこちらに向き直る。
「貴様らの目論見通り、防御力を失ったこの地を保持することにもはや意味はない。しかし、こうまで一方的にやられて引き下がっては騎士の名折れ。蹂躙された仲間たちにも申し訳が立たぬ! おまえたちに掲げる正義があるのなら、尋常に勝負せよ!」
「うわっ、やっべー。あの堅苦しさ、生前はよっぽどの堅物だったんだろうよ。テコでもどかねえぞ、ありゃ……」
カークが早くも尻込みするのを一切気にせず、リズは背負っていた大鎌をクルリと体の前面に持ってくると、凛とした声を張り上げた。
「いいでしょう。お望み通り正面から粉砕してあげますよ!」
「わっ、バカ……」
カークが止めようとするが、当然遅い。
「よく言った小娘! 死後はワシ(享年53)の部下になる権利をやろう!」
開戦は唐突だった。
台詞の最後を地を蹴る轟音に飲み込ませ、ボーンナイトは凄まじい勢いで突進してきた。
筋肉による躍動ではなく、邪悪なエネルギーを循環させて生み出す常識外れの機動力は、重鎧のデメリットを一切感じさせない俊敏さのまま、彼がルーキたちを一閃できる距離にまで運びきってみせる。
「全員散れ!」
その速度を予想していたルーキは、肉薄される前にグラップルクローを射出。深紅の騎士から距離を取りつつ、途中で抱きかかえたサマヨエルを瓦礫の裏側へと退避させる。
「憤ッ」
ボーンナイトが、誰もいない地点に剣を叩き込んだのはその直後だった。
狙いは一瞬後に判明する。
刃こぼれした大剣が生み出す広範囲の衝撃波は、崩壊した砦にさらに悲鳴を上げさせ、庭の土を煮立つように盛り上がらせて、粉塵を撒き散らした。
ルーキは瓦礫の裏に身を隠す。隙間から、殴りつけるような突風が抜けていった。
「ぎょえーーーーっ!」
悲鳴が上がった。カークのものだ。
逃げ遅れた彼は剣撃の余波をもろに受けたらしく、ルーキは物陰から、土ぼこりに巻かれた彼が地面を藁クズのようにごろごろ転がっていくのを見た。
「ほう、貴様……!」
それに気づいたボーンナイトが愉快そうに言った。
「その格好はここの兵士だな。奪われた城を自力で取り返そうとは、捲土重来その意気やよし! ならば真っ先に相手をしてやるのが騎士道というもの! さあ死力を尽くすがよい!」
「ええっ!? いやいやいやいやマジ無理無理無理無理! オレそういうのねーから! あんたらの勝ちならそれでいいよ! 平定! 解散! ラブ・アンド・ピー……って聞いてねえ! 誰か助けろおおおおおおおおおおおッ!!」
逃げ腰で防御できないカークに、死者の剣が迫る。
「まずい!」
ルーキは駆けだそうとしたが、何かがそれを阻んだ。
ぎょっとして自分の体を見下ろすと、胸にサマヨエルがしがみついている。
「ごめん……ルーキ……。か、体……動かないの……ほんとにごめん……」
彼女が怯えに濡れた目でこちらを見上げてきた。完全にあの騎士の威圧に呑まれてしまっている。
これでは救援は間に合わない。カークがやられる!
ルーキがそう思った瞬間。
ぎいん、と澄んだ音が響き渡り、瓦礫に埋もれた中庭一帯に冷たい風を這わせた。
「なにッ……!」
驚きを声にしたのは、死を超越した深紅の騎士。
青白い火花と共に上方向に弾かれた自分の剣を一瞬見て、すぐさま正面の相手へと顔を向け直す。そこにいるのは。
「委員長!」
リズだった。剣を弾いた大鎌は、まるで氷できた異形の楽器のように、小さく震え続けていた。彼女が攻撃の姿勢を構えに戻し、柄を握り直すと、細く鳴り続けていた音もピタリとやんだ。
「た、助かったぜリズゥ! よ、よーししょうがねえ、ここの見せ場はおまえに譲るぜ! 頑張れよお!」
カークが四つん這いとは思えない速度で離脱するのを、ボーンナイトは一瞥すらせずに見逃した。
すでに、目の前の強敵しか見えていなかったのだろう。
リズとボーンナイトの間に、音のない緊張感が膨れ上がった。
スーッと細く息を吸い、小さな唇を閉めて止め、
リズが告げた。
「行きますよ」
しれっと再開していきましょう。
すり抜けできる壁を探して体当たりを繰り返す様はまさに変態。
マリア兵器だもん! → みんな兵器でした




