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第七十八話 ガバ勢とムーフェンシアの災禍

 ルーのミラーが隠されたサウスの沼地へ行くには、ムーフェンシアの城の近くを通る必要があった。

 チェックポイントでもある城内は大量の魔物が巣食う危険地帯だが、通過のためのキーアイテムがない現時点では近づく意味はまったくない。


 南北を岩山に囲まれ、要害のように陸路を塞ぐかつての勤め先を見て、カークが声を上げた。


「おーっ、何だよ。結構大丈夫そうだな?」


 気楽な彼の言葉が示す通り、建物自体にそれほど大きな被害はないようだった。


 聞いた話によるとムーフェンシアはランペイジのたびに襲撃されているため、内部の人々も「無理だな・×・」と思ったら速攻で脱出するらしい。今回も恐らくそうしたため、城への被害が結果的に軽微となったのだろう。


 ローラシュタット城と同質の外観を持つ城砦は、ソーラに呼応する魔物たちへにらみを利かせる意味もあって、より堅牢で武骨に見える。

 しかし今、住処を主張するように魔物たちが吐き散らした毒の沼地に覆われるこの城は、逆に人間たちを拒む悪魔の砦だ。


 ここに踏み込めばかつてない戦いが予想される。が、今はともかく沼地が先だった。


「シャーッ!」


 雄叫びを上げた委員長がモンスターの間を縦横無尽に駆け回る。


 跳躍して斬る。横をすり抜けざまに斬る。クルクル回転しながらぶった斬る。

 出し入れ自由な彼女の爪は、敵の致命的な部位から引き抜いた血の糸を虚空に引きながら、戦場を飛び回っていた。


「はっ、速え……!」

「的確に急所だけ狙ってるっすねえ。えげつない……」


 体はルーキの肩に乗ってしまうほど小さいのにパワーは虎。そしてネコ科の狩りは獲物の頸動脈や脊椎を直に狙う一撃必殺。それを体現する委員長は、血に飢えたナイフが勝手に戦場を跳ねまわっているようなものだった。


 鬼神のごとき活躍を見たカークが、腕組みをしながらブリーダー気取りで鷹揚にうなずく。


「ようし、よくやったぞ猫助! 戻れ!」

「シャーッ!」

「ギャアアアア!」


 駆け戻ってきた委員長からついでのように猫パンチを食らってノビた。


「すいませんね。体が勝手に」


 クロスした腕をさっと振り払い、血振りを行うと、委員長は形式だけの乾いた謝罪を行った。もっとも、どんな真摯な謝罪だろうと白目を剥いているカークには届かないだろうが。


「リズ、すごい! 強いし可愛いしカッコイイし、ずっとそのままの姿でもいいんじゃない?」


 すかさずリズを抱き上げて頬ずりするサマヨエル。されるがままの委員長は、もはや彼女の行動に慣れすぎて何とも思っていない顔で、


「まあ、ルーのミラーを手に入れれば、呪いキャンセルはエニータイムですけど。ルーキ君はどうなんです?」

「え?」


 サマヨエルからスルッと抜けだした彼女が、ルーキの肩に飛び乗ってくる。


「一度くらいわたしをモフっておきたいですか? それならまだしばらくこの姿でいてあげますよ? 気になるんじゃないですか? わりとチラチラ見てますよね?」


 グイーと頬を肉球で押してくる委員長の指摘は正しかった。

 ケモ化した彼女を見ていると、何だか無性に撫でまわしたくなる。それは普段、彼女に対して抱いている感情とは違うものだ。それが何なのか、確かめるためにも一度くらい撫でるのも――。


「ハッ!?」


 ルーキは、サクラが探るような目でこちらを見つめていることに気づいた。

 ここで勢いに任せて委員長をモフるのは危険――。色んな意味で後戻りできなくなる。何かがそう告げている。


 ルーキは何とか、委員長の丸っこい手をモフリと押さえ、


「い、いや、その姿だと何かと大変だろうし、戻った方がいいんじゃないかな。俺も猫は好きだけど、元の姿の委員長の方が、その、良いと思うし……」


 どうにか言葉を吐き出す。委員長の押しに対し弱々しい物言いだという自覚はあった。

 が。


「……! そ、そう、ですか。ル、ルーキ君が元の姿のわたしの方が好きだというのなら、ま、まあ、仕方ありませんね……」


 委員長は思ったより素直に引き下がった。それまでガン見していた目をそらし、何だか気恥ずかしそうに両手で両耳をこしこしこすっている。


 それを黙って眺めていたサマヨエルが、ふと言った。


「ふーん……? ルーキって、リズみたいな女の子が好きなの?」

『えっ!?』


 硬直するルーキと、その肩の上のリズ。

 サマヨエルは遠慮なく距離を詰めると下からルーキを見つめ、


「どこが好き? 性格? 顔? 声とか? もしかして、小さな――」

「ちょ、ちょっと待てロコ!? いきなり何の話だ!?」

「もう、ルーキまた間違えて――」


 と、彼女が不服そうに唇を尖らせた時だった。

 前方から、ナニカがやってきた。


「ワワンワンワワンワワワン……ゼクゥ……!」

「コケコケコケコケコケコケ!」

「ニャーロッテ!」「ワンソン!」「ニャーロッテ!」「ワンソン!」

「な!?」


 ルーキは――いや、その場の全員が目を剥いた。


 犬、猫、鶏、ロバの集団が、異様な動きをしながら、沼地へと続く道の向こうから押し寄せてくる。

 それまで何を話していたかなんて月の裏側まですっ飛んでいく、世界の終わりじみた光景だった。


「いや、待て……! あの変態的な動きは……〈悪夢狩り〉の一族か!?」


 見た目は完全に普通の動物だ。獣人化した委員長と違い、人間の要素はほぼない。しかしあの動き、間違いなかった。だからよけいに気味が悪いのだ。


 ズザーズザーズザーズザーズザー。


「助けてぇ!」


 異様な速度で後方に滑っていくロバの背中で誰かが叫んでいる。

 サマヨエルそっくりの服装をした、精霊人だった。


「あっ、サマヨエルだ! おーい、おーい!」

「サマヨエルウウウウ! 助けてこの人たちおかしいのおおおおおお!」


 こちらのサマヨエルが手を振ると、あちらのサマヨエルが涙目で叫び返してきた。あちらのサマヨエルも、ちょっとロコに似た顔だ。


「黙ってロバ。しゃべると舌を噛むロバロバ」


 まるで銀髪のダンピールのようなクッソ妖艶な声で下のロバが言い、彼女をムーフェンシアの城の方へ連れ去っていく。


「おうち帰りたいいいいィィィ」


 そして、彼らが遠く見える城へ選手入場していくと――。


「イヌガミ家奥義……!」

「悔い改めよ!」

「ショーターイ!」


 距離に関係なく聞こえる声が鳴り渡り、同瞬、城砦の一部が景気よく吹っ飛んだ。

 続いて地鳴りのような咆哮が巻き起こる。モンスターたちの絶叫だった。


 しかしその雄叫びに怒声の色は薄く、最初は「何で動物が特攻してきた!?」というような戸惑いから、やがて悲鳴一色へと移り変わっていった。内部では動物たちによる魔物への一方的な殺戮が行われているに違いない。

 どんどん破片をまき散らしていく砦の様子からもそれがわかる。


 それはともかくとして。


「どうしてオニガミ兄貴たちがここに!? あのスピードなら、もっと先に行ってるはず……!」


 ルーキはまずそれを驚いた。


 彼らは爆速でローラシュタットを発った。追いつける道理はないはずだった。

 猫の額に小手をかざしてその光景を遠望するリズが「きっと、ガイドを探すのに手間取ったんですよ!」という興奮気味な声で応える。


「しかも、あちらのサマヨエルのせいで思った以上にスピードが出せないようです。ひょっとすると、彼らに追いつけるかもしれません!」


 彼女だって走者だ。見習いがガチ中のガチと堂々競り合えたら、こんなに誇らしいことはない。ルーキにもかつての気持ちが蘇る。身の程知らずにもオニガミについていこうとした、あの〈悪夢城〉での意欲。


 食らいついてやる。


「よし、俺たちもベリーマッハでルーのミラーを回収に行こう!」


 カークを叩き起こし、ルーキたちは駆け足で南の沼地へと向かった。



 ほどなくして、倒木や岩が地面に沈み込む湿地帯が見えてくる。

 歩くだけで足首まで泥に埋まり、地面に靴跡がくっきりと残るほど柔らかい。

 このサムウェアーに、ルーのミラーがハイドしている。


 ルーのミラーというのは、名前にレジストして実は鏡ではない。魔力を秘めた石英の一種で、これを深くのぞき込むことによって、幻影やまやかしといった魔法を打ち消す効果があるのだ。


 わざわざ鏡などと呼んでいるのは、ある種の偽情報らしい。何しろこれがあると、誰でもムーフェンシアの城の魔法防御を突破できてしまう。魔物でなくとも、よからぬことを考える者が現れないとも限らない。


「よーし、探すか!」


 ルーキは靴を脱ぎ捨てると、泥の中に手を突っ込んだ。

 サマヨエルとサクラもそれに続く。委員長もぺちぺち泥の上を歩き出したが、体格の関係で泥の中のものを探るのはできそうもなく、自らに呆れたようなしかめっ面で立ち尽くした。


 少女捜索中……。


「ねえルーキ、これは?」


 すでに頬に泥をくっつけたサマヨエルが、嬉しそうに鉱石を見せてくる。


「お。大きいの見つけたな。委員長、どう?」

「うーん。のぞきこんでも変身解けませんね。もっと大きさが必要なようです」

「ちぇーっ。残念」


 サマヨエルは石を投げ捨て、しかしふてくされることなく、むしろ楽しそうに再び泥の中を探る。


 重要なのは大きさだ。大きいものほど魔力が強く、小さなものではただの小石とか変わらない。

 懸命に沼地を捜索するルーキたちから少し離れ、冷めた声が持ち上がった。


「はー、面倒くせ。適当な大きさでいいんじゃね?」

「あっカーク、サボってる!」


 だいぶ泥だらけになったサマヨエルが、腰に手を当てて「ちょっと男子ー」のノリで注意を刺した。


「い、いや、サマヨエルちゃん。オレも探してるよ? 探してるけどさあ……ほら、あれだよ。さっきの戦いの疲れとか、色々あってさあ……。くっ、腕の古傷が……」


 カークはしどろもどろに弁解する。


「ふーん、そうなんだ? じゃあしょうがないね……。あっ、ルーキ、ちょっと後ろからわたしの体押さえてて。なんか大きいのが埋まってるんだけど抜けないんだ。え? 服に泥が付く? ヘーキヘーキ、これ、洗濯しなくても勝手に汚れが落ちる精霊の服だから。しっかり捕まえててね。ほら遠慮しないでちゃんとくっついて……。ロコだと思えば恥ずかしくないでしょ? 準備いい? いくよ? せーの、うんとこしょ、どっこいしょ、わっせ、わっせ……」

「どけルーキ! オレが代わってやるから!」


 急に駆けだしたカークは泥に足を取られ「ドロヘドロ!」と顔面から地面に突っ込んだ。


「これなんかどうっすか。大きいっす!」


 最終的に合格点のサイズを発見したのはサクラだった。

 日頃から、ルーキの家で失せ物や探し物を一番に発見するのは彼女だ。ニンジャならではの嗅覚があるのかもしれない。


「これならいけそうですね」


 石をのぞき込んだ委員長は無事元の姿に戻り、効果を実証。


 ルーキは何かを失ったような気もしたが、ガチ勢に追いつきたがる足はそんな特殊な趣向のことなど一秒で忘れさせた。


 全員駆け足でムーフェンシアの城へと直行する。


 運が良ければ、まだ城内にいる〈悪夢狩り〉の一族に追いつけるかもしれない。

 有名走者と知り合いなだけじゃない。自分には、彼らが声をかけてくるに足る理由がちゃんとある。それをこの走りで証明したい――。


 そんな甘い夢を抱いた彼が、たどり着いた先で見たものは。

 無残にも荒れ果てたムーフェンシア城が、廃墟のように佇む、その姿だった。


「こ、これはひどい……」

「ウッソだろおまえ……」


 ルーキに続き、カークもショックを隠せない様子でつぶやいた。


 堅牢だった壁にはあちこち穴が開き、周囲には瓦礫が散乱している。

 約一時間ほど前は、もっとちゃんとした形をしていた。

 王族が住む王宮としての見栄え、敵と戦う砦としての様々な防御機構。それらを絶妙な加減で両立させ、正に臣民を守る王城としての威容を見せつけていたのに。


 まるで戦前と戦後を紙芝居一枚で切り替えられたような唐突な変貌。ルーキたちはただ言葉を失くし、入口へと近づいた。


 ふと、城門近くの茂みで座り込む人影を発見し、慌てて駆け寄る。

 ルーキはその人物に見覚えがあった。


「じいさん、こんなところで何してるんだ」


 叱責するように呼び掛ける。ムーペコの町にいて、見てはいけないものを見てしまったあの老人だった。


「おお、勇者よ……」


 ルーキを見るなり、彼はひどく無念そうな声を絞り出した。


「城の様子が気になって、つい見に来てしまったのじゃ。見てみい、あの無残な様子をのう……。堅固で勇壮だった砦が、ああまで破壊されるとは。とてつもない魔物が暴れ回ったに違いない。果たして城の者たちは無事に落ち延びられたかじゃろうか……」

「あっ……えーと……」


 ルーキは口ごもった。あまりにも沈痛な面持ちに、さっき会ったブレーメンの襲撃隊が通りがかりにやりましたとは到底言えない。


「大丈夫だよ、お爺さん」


 そこに柔らかな声を覆いかけたのは、この大地の案内人サマヨエル。


「きっとみんな生きてるし、これからわたしたちもあのお城を取り返すために戦ってくるから」

「何と!? まさか、あの中に突っ込もうというのか?」


 老人が驚愕の眼差しを向けてくる。ルーキには否定する理由もなく、


「ま、まあ、そうなるんだけど……」

「勇者よ! 頼む、あの城は我らの誇り。魔物が跋扈(BAKKO)しているなど、正しく悪夢のようじゃ! 何とかして取り戻してくれい!」

「わ、わかった。わかったから。勇者じゃなくて、走者な。ただのRTA走者。しかもまだ見習いだから……」

「相変わらず見事な謙虚さよ! やっぱり謙虚じゃないとダメかー!」

「声が大きい! じいさんの声量も謙虚になって!」


 飛びかかってきた老人を必死になだめ、どうにか帰ってもらう。城の中がどうなっているかはわからないが、戦闘が始まればここら一帯が殺気立つのは必定。近くにいれば間違いなく巻き込まれてしまうだろう。


「さて……オニガミ兄貴たちが思いっきりやってくれたけど……」

「ですね。わたしたちもベストを尽くすだけです」

「それしか引き出しがないっすからねえ」


 ルーキは仲間たちを見回し、うなずいた。


「ムーフェンシア強行突破イクゾー!」

『ホイ!』

 デッデッデデデ!


致命的な話題をアクシデントで回避する悪運一門の鑑。


※お知らせ

諸事情により次の投稿は2/26あたりになる予定です。

恐らくはもう少し早く復帰できると思うのですが、念のため……。

投稿時は活動報告とツイッターでお知らせしますので、そちらでご確認ください。

短い投稿再開にお付き合いいただき、ありがとうございました。

また読んでいただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 動物キャラが強いゲームはいいゲーム。 メタルマックスのポチとかね! [気になる点] スタールッカー姉貴の攻撃方法が私、気になります! [一言] 極普通に攻略してるだけで勇者扱いされるエキス…
[良い点] おましょうま!!!!! [一言] >ルーのミラーを手に入れれば、呪いキャンセルはエニータイムですけど ムーフェンシアの呪いの本領ってケモ化じゃなくてルーランゲージにインフェクションする事な…
[良い点] >後ろからわたしの体押さえてて ほう…続けてどうぞ >わっせ、わっせ わっせわっせ言ってるのすこ [気になる点] カーンがない-810変態点 [一言] こんな嫌なブレーメンの音楽隊があっ…
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