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第七十六走 ガバ勢と精霊の少女

 見間違えるはずがなかった。


 くせのあるライトブラウンの髪。柔らかそうな丸顔に、人懐っこいまん丸の目。

 職人のくせにどこか華奢な体つき込みで、ルーキの元学友でありグラップルクローの製作者でもある友人ロコ。その人に間違いない。


「どうしてロコ君がここに?」


 ルーキに認識を裏付けるように、リズも驚いた顔で声を上げた。


「なっ、何だ!? おまえらこの可愛いコと知り合いなのかよ!? ちくしょうルーキてめえ、ちょっと紹介しろよ!」


 どこか嬉しそうに言うカークを尻目に、


「あっ、もしかして、キミたちがわたしのお客さん?」


 ロコは満面の笑顔でルーキの手を両手でぎゅっと握ってきた。

 ルーキはひどい違和感を覚えた。おかしい。声も顔も、この手の感触だってロコそっくりなのに、言葉の中に彼の温度がない。まるで、今初めて会ったような――。


「ロコじゃないのか……?」

「ロコ? わたしの名前はサマヨエル。精霊サファイアス様から勇者たちを導くために遣わされた、精霊人(せいれいびと)よ」


 そう言って、サマヨエルはその場でくるりとターンしてみせた。

 子犬の毛のように柔らかそうな癖髪と、羽衣のようなスカートの裾が、ふわりと浮き上がる。


「クッソ激烈に可愛いじゃねえか……! 何だよ、こんな可愛い女の子がガイドなら最初から言ってくれよなー。そしたらオレもなー!」


 手のひらブラッディースクライドで興奮するカークだったが、少女の可愛さに関してはルーキも同意せざるを得なかった。


 天真爛漫と純真を人の形に整えたような容姿。仕草の一つ一つが愛らしく、それでいて嫌味がない。服装が女の子のものである以外、外見はまったくロコと同じなのに不思議だ。実に不思議だ。


「精霊人ってことは、人間じゃないのか?」


 ルーキはまだ戸惑いを消化しきれないまま聞く。


「わたしたちは人間と精霊の中間に位置する存在。だから時代と場所を選ばず、この地で戦う勇者たちの案内役ができるの」


 少し得意げに言ってから、サマヨエルはルーキに顔をずいと近づけてきた。


「それで、ロコってだーれ?」

 踏み込んできた微風の中に、得も言われぬ甘い匂いがふわりと混ざり込み、ルーキは少し後ずさりながら答える。


「あ、ああ、俺の友達なんだ。RTAに必要なツールを作ってくれる器用なヤツでさ。そいつとサマヨエルがそっくりだったんで、びっくりしたんだよ」

「ふうん、そんなに似てるの?」

「双子っつても通じるくらい。でも、ロコは男でサマヨエルは女の子だから全然違ったな」


 するとサマヨエルはやや小ぶりな胸に手を当て、


「あ、この体は作り物で、精霊人に本当の意味での性別はないよ。なりたければ男でも女でも何にでもなれるの」

「へえ、便利なんだな。いや便利なのか……?」


 よくわがんにゃかった。


「で、キミはそのロコ君とは仲良いんだよね?」


 サマヨエルは改めるように聞いてくる。


「ああ。親友と言ってもいい。あいつが許してくれるんなら」

「よかったあ」


 サマヨエルは両手を頬に当て、人が思わず見とれてしまいそうなほど愛らしい笑みを浮かべた。


「よ、よかったって、何が?」

「だって、わたしがロコ君と似てるなら、わたしとキミもきっと仲良くなれるはずだもん。〈ランペイジ〉に参加する人って、みんな怖い顔してるの。この人みたいに。だから今回もちょっと憂鬱だったんだ」


 指をさされたカークが「うっ」とうめき、繕うように引きつった笑いを浮かべる。

 RTA走者たちが怖い顔をしていたのは、ガイド役が見つからずにタイムを大ロスしてイラついていたからだろう。しかし、原因である彼女にその自覚はなさそうだ。


 指摘すべきか迷ったが、何だか楽しそうに笑っているサマヨエルを見ると、それを曇らせたくない気持ちの方が勝ってしまう。先の長い旅だ。話す機会はいくらでもあるだろう。


「楽しい旅にしようね、ルーキ!」


 体を少し傾けるようにして言ってくる仕草に対し、ルーキは少し奇妙な感覚を味わいながら、


「あ、ああ、もちろん、よろし……………………ウィヒ!?」


 背中に何か硬く尖ったものが二つも当たり、ルーキは声を上擦らせた。


「ルーキ君、挨拶はそのへんにしてさっさとチャートを進めましょうか。ガバってますよさっきから……」

「世間話なら道中いくらでもできるっすよ……? ところで、デスルーラの時のクソ男はホントに演技なんすよね……?」

「ヒイ!?」


 背後から放出される二人の寒冷に気圧され、ルーキはすくみ上った。


 しかし、冷静に考えれば彼女たちの意見はもっともだ。これは単なる旅ではない。時間との勝負なRTAなのだ。一度動き出したタイマーは、決して止まることはない(止まることもある)。

 気を取り直してガイドと向き合う。


「宿を取ってるところ悪いけどロコ、俺たちはすぐに出発しないといけないんだ。いいか?」

「いいよ。荷物もないからすぐに行こう。それとキミ、また間違ってる。わたしはサ・マ・ヨ・エ・ル! ね?」

「わ、悪い。つい……」


 サマヨエルは春の日差しのように穏やかににこにこ笑い、


「もーっ、しょうがないなあ。でも、キミがロコって呼びたかったらそう呼んでもいいよ」

「へ?」

「わたしたち精霊人ってみーんなサマヨエルって名前だから、別な名前で呼んでもらえるのちょっと嬉しいし……。何なら男の子になってあげようか?」


 彼女が手を後ろに組み、下からのぞき込むようにしながら、悪戯っぽく問いかけてくる。到底男になんかなれっこないような小悪魔的可愛さとあざとさに、ルーキが声を詰まらせた直後、側面から猛烈な圧力が押し寄せてきた。


 カークだ。


“おまえ、その子をヤローなんかにしたらどうなるかわかってんだろうな?”


 そういう念波だった。ルーキとしても、サマヨエルにそこまでさせる理由はなく、


「いや、今のままでいいよ……。わざわざ変えることない」

「んっ、わかった。ルーキは、わたしが女の子のままの方がいいってことだね!」

「うん、まあ……そういうことだけど……」


 カークからの圧は引っ込んだが、逆に委員長とサクラからザワザワとした気配が漂い始める。何だこれは。どうすればいいのか。


「と、とにかく出発! イクゾー! デッデッデデデ!」

「カーン!」


 ヤケクソ気味に上げた声に、サマヨエルだけが嬉しそうに拳を振り上げてくれた。

 これでチェックポイントは通過。ようやく次の土地へと向かうことができる。


 ※


 チェックポイントを抜けたばかりではあったが、ルーキには対処すべき課題が一つ残されていた。


 資金繰りだ。


 この〈ロングダリーナ〉のRTAは路銀の調達がシビアなことでも知られていて、そのために足止めされるパーティーも少なくない。

 しかし、幸運な走者はそれをただ一つのアイテムで解消できる。


“福引券”だ。


 買い物の際に時々もらえるこれを売れば、序盤の旅はかなり楽なものとなる。


「ふうん、ルーキは、福引券がほしいんだ?」


 サマヨエルがルーキのすぐ横を歩きながら、親し気に聞いてくる。お互いの体温が触れ合いそうな距離感だったが、ロコとそっくりなためか、初対面にもかからずまったく抵抗がない。


「ああ。もらえるかどうかは、運次第……つうか、店のオヤジの気分次第なんだけどな」


 リリの町の入り口にある道具屋は、まださほど混雑していなかった。ルーキたちが走者の中でも先頭の方にいる証拠だ。

 道中、それなりに薬草を消費していたため、ちょうど補充するタイミング。ここで福引券がもらえればいいのだが……。


「あ、あれ……!?」


 ルーキは思わず声を上げていた。


 道具屋のオヤジとカウンター越しに向かい合っている白髪頭の人物は、誰あろう、レイ親父だったのだ。


 少し離れた場所には、支援物資や荷物をチェックするサグルマとタムラーの姿もある。

 いつの間にか、一門のエースたる彼らのパーティーに追いつけていたのだ。


 声をかけようとしたルーキは、レイ親父から放たれる異様なオーラに思わず口を言葉を飲み込まされた。

 全身から発散される青いオーラ。これはただごとではない。


「おうオヤジ、薬草一つくれ」


 レイ親父が買い物を始める。


「はい、まいど! 他には?」


 店主は気持ちよく応じ、包んだ薬草を渡す。


「…………薬草もう一つ」

「はい、まいど! 他には?」

「…………もう一つ」

「はい、ありがとうございます! ……他には?」

「……なあ、そっちこそ他に何か言うことはないのか? 『ふ』のつく何かとかよ……」

「えっ。『ふ』? 最強のパスワードか何かですかねぇ……?」

「ははは、もよもよ的なあれか?」

「あはは、そうですそうです」

「…………」

「…………」


 しばしにらみ合った後、レイ親父はまんじゅうのようにプクーと頬を膨らませ、


「もういい! けーち! ばかばかちんこ!」


 と涙目になりながら仲間たちの元へ走り去っていった。

 あんのじょう、福引券は手に入らなかった。


 福引券は会計ごとにもらえるチャンスがあるので、わざわざ薬草一つずつバラで買うという涙ぐましい努力までしたというのに。

 やはり、ガバ勢は福引券をもらえない運命なのか?


 その時、道具屋の店主の独り言が聞こえた。


「ぐへへ……涙目の親父殿は可愛いなあ。あれを見るために道具屋やってるまである」


(それは確かに……)とルーキも同意しかけた、その時。

 道具屋のオヤジに、ふっと近づく人影があった。そして、出し抜けに告げた。


「ねえ、あなたほんもののほよよね!?」


 道行く人たちもぎょっとして振り返るその人物は、サマヨエルだった。

 道具屋は狼狽しながら、


「いっ、いきなり何を言うんですかサマヨエル様! わたしは妻も子供もいる身ですよ!」

「でも、さっきの人を涙目にさせて、可愛いって喜んでた。ほよよね!?」

「やめてください大きな声で! 何が目的です!? できることなら何でもしますよ!」


 心やましきオヤジはすかさず交渉に乗り出した。そんな彼に、サマヨエルは真っ直ぐな目で伝える。


「じゃあ、買い物するから福引券ちょうだい?」

「えっ、福引券? そんなんでいい……いえ! し、仕方ありませんな。これは本来、お得意様に日頃の感謝を込めてお渡しするものですが、サマヨエル様の頼みとあっては、道具屋の矜持も曲げねばなりますまい。差し上げましょう」

「やった。やったよー、ルーキ! ほら、福引券もらったー!」


 喜色満面のロコが手を振ってくる。


「サンキュー、サッマ!」とルーキは思わず手を振り返していた。

 何という鮮やかな手口。レイ親父でもゲットできなかった福引券を確実に一枚手に入れてしまった。ほよに関してはやや後ろめたいところもあるが、ともあれ、これでチャート進行が少し楽に……。


「ちょっと待ってください。誰が一枚と言いました?」

『えっ!?』


 サマヨエルの横から割り込む冷たい影があった。

 委員長だ。鼻白む店主に、彼女は冷淡に告げた。


「これから薬草を三個買いますから、そのつど福引券を渡してもらいましょう。そしてその場で買い取ってもらいます」

「な……!? それは……!?」


 店主が絶望顔になる。福引券一枚売れば、薬草が三個は買えてしまう金になる。店は大損もいいところだ。


 さすがにそれはえぐいと思って止めようとしたルーキだが、後ろからサクラに口をふさがれて動きを封じられる。そうしているうちに不正な取引が行われた。


「どうぞ、薬草と福引券です……」

「どうも。ではこの福引券を売ります」

「こちら53ゴールドになります……。くっ、こんな回りくどいことをするなら、最初から素直に金を寄越せと言えばいいのにッ……」


 悔しそうにする店主に委員長は冷たく、


「何を言ってるんですか? わたしはただ普通の買い物をしているだけです。そんな強請(ゆす)りをしてるような言い方はやめてもらいたいですね……」

「ぐうッ……こ、この悪魔め……!」

「悪魔? いいえ、我々は走者です」


 眼鏡の奥で無慈悲に輝く目に、店主は押し黙るしかなかった。


「だいたいよぉ、福引券の売値がおかしいのが悪いんだよ。何でこんなに高いんだ? ちったあ考えろよ」


 何も考えていない口調のカークが、二人の会話に軽薄に割り込んでいく。

 すると店主はすっかり投げやりな態度で、


「ハンッ。そりゃアンタ、逆ですよ逆。高価な福引券でクッソマヌケな客を呼び寄せて、高い道具を買わせてるんですよ。薬草なんて、一つ一ゴールドもしませんよホントは……」

『ふーん……』


 全員の目が据わった。


「ハッ!? い、いや、今のは……」

「ここでオリチャー発動ですね……。店主、薬草をもっとください」

「ぎょえーーーーっ!!!!!」


 こうしてルーキたちは大量の薬草とゴールドを手に入れた。


 善は悪を滅ぼせない。

 悪に許しを与え損なえば、自身が善でいられなくなるからだ。

 そういう意味では、善とは悪を倒しきれない無力な存在である。


 しかし悪は違う。

 悪は、悪を悉く滅ぼしてなお、悪でいられる。

 なぜなら悪とは、良くも悪くも、自由な者たちなのだから。


 RTA心得一つ。悪しろよ。

 タイムのために悪鬼羅刹になることは、走者としての作法である。不正が行われない限り、走者はそれを追求し続けなければいけない。


アレンガルド偉人列伝

もよもよ:破壊精霊を破壊した最初の勇者。常に棺桶二つを引きずって旅をしたという。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪しろよの解釈がうますぎる +114514点 くっそ激烈眼鏡委員長美少女を連れていながら女の子をナンパする -1919810点 金策オリチャーが息をしている +931点
[良い点] 悪しろよ! でもエンディングに誰もいなくなるからピックポケットは程々にな! [気になる点] サマヨエル…一体何者なんだ…… (只今のオッズ) 彼女の言葉をそのまま信じる…810千倍 ルーキ…
[良い点] おましょうま!!! [一言] ロコくんちゃん似の少女か。 それでは一部方面に対しての需要に問題が生じてしまうな(何の心配だ >なりたければ男でも女でも何にでもなれるの と思ったらTS需要…
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