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第七十四走 ガバ勢と〈ロングダリーナ〉の戦い

 スタールッカーの出現で騒然となるローラシュタット入り口を離れ、ルーキたちは順調にサーマルの街を目指して進んでいた。


 時折こちらを追い抜いていくパーティーと出会ったが、こちらを見るとひそひそと何か言い合い、足早に去っていった。


“かりう受け渡し事件”は走者たちの間に大きな波紋を起こしたようだ。

 スタールッカーとコンタクトした、人類の異物として。


 ルーキとしては、こんな話題で有名になんかなりたくなかった。


「もっとこう……ちゃんとした実力でさ……」

「まあ、注目されること自体は悪くはないです。何かすれば反応が返ってくるようになりますから。良いことなら称賛され、ダメなことなら注意してもらえる。これは不便なようで、大切なことですよ」


 委員長が励ますように言ってくれた。


 RTA心得一つ。走りを隠すな。失敗を隠すな。

 たとえ盛大にガバったものであっても、公表すれば、誰かからアドバイスやアイデアをもらえる。逆に失敗を恥じて隠してしまえば、貴重な成長の機会を失うことになる。


 名のある走者は、みな衆目に試される中で力を示してきた。

 自分もそれに続く。そう考えれば、今の状況も悪くはなかった。


「委員長の言う通りだな。しっかり見られてる中で成果を出せるよう頑張るよ。ありがとう」

「いいんですよ。わたしたちは仲間なんですから」


 彼女はそう言って微笑んだ。


「ああ、仲間と言えばルーキ君。今回もわたし〈ファフニール〉持ってますからね」

「えっ、レギュレーショナーの?」


 ルーキが問い返すと、リズは右手の指ぬきグローブをはずして、手の甲を見せてきた。

 体を丸めた竜のようなスタンプが押してある。

 それは、レギュレーショナーであることを周囲に示す証のようなものだった。


 レギュレーション〈ファフニール〉は、RTA中、仲間を誰も脱落させないという制限のことだ。以前のユグドラシルでのテストの時、彼女を助けるためにそんなウソをついたのだが……。


「テストは終わったわけだし、無理に続けることないんじゃないのか?」


 ルーキが言うと、彼女は首を横に振り、


「いいえ。この縛りは今のわたしに合っていると思いましたし、それに、レギュレーショナーは鍛錬としても非常に効果的なんです」

「へえ……」

「普段できることをたった一つ減らす。それだけで、走者には今までよりはるかに繊細で慎重な行動が求められるようになります。それが、動作の一つ一つをより磨き上げてくれるわけです」

「なるほど……。俺もグラップルクローを禁止したら、一から剣術を鍛え直さないといけなくなるしな。持ってるもの全部使ってやっと走れてる今の俺には、レギュレーショナーは無理そうだけど……」


 ルーキが納得してうなずいていると、不意に、委員長はルーキとの距離を半歩詰めてきた。やや意表を突かれたルーキが不思議に思って見つめると、囁くように言ってくる。


「それに、これは、あなたがわたしに初めてくれた“束縛”ですから……」


 リズの妖しげな笑みに、ルーキはぎょっとしつつ、


「い、いや、それは委員長を助けるために仕方なく……」

「わかってます……」


 熱っぽい吐息が腕にかかる。産毛が妙に湿った気がした。


「次はもっとルーキ君のわがままで縛ってくれていいですからね……」


 リズを押し倒して手錠をはめろと言ったとんでもない人物は誰だったか。なあに結構喜ぶとも。

 そんな薄ピンクの記憶が頭の中を埋め尽くし、ルーキが返す言葉を失った時――。


「ああっと!」

「へごっ!?」


 後ろから硬いものに突き飛ばされルーキはよろめいた。


「な……何だ!?」

「あー、すんませんっす。ちょっとニンジャヘッドバットが暴発しちゃって」


 振り返ると、サクラがボブヘアーを撫でつけながら、空々しく舌を出した。


「……いや、いい。こっちもぼーっとしてた。気づかせてくれて、ありがとうよ」

「そうっすか。えへへ……」


 ルーキは前に向き直った。

 注意力が散漫になっていたのは事実だ。

 背後でバチバチと何かがぶつかり合う空耳が聞こえてくるが、今は何よりも走りに集中しなければならない。


 まわりの走者に見られているし、何より今、自分はパーティーのリーダーなのだ。


「あっ、おいルーキ! モンスターだぞ!」


 カークの声は、そんなルーキに緊張を呼び戻すきっかけとなった。


 草原をこちらに向かってくるのは、人ほども大きさがある蟻だった。

 よく見かける黒蟻をそのまま巨大化させたようなモンスターで、彼らが元々そうであるように、表面も硬質の色彩を帯びている。数は一匹。


「オオテツアリっすね。このあたりじゃポピュラーなモンスターっす。で? どうするんすか?」


 横からのサクラの質問に、ルーキは即答した。


「第一のチェックポイントに着く前に体を慣らしておきたい。狩ろう」


〈ロングダリーナ〉の特徴の一つとして、戦闘が激しいことが挙げられる。

 その難易度は世界樹ユグドラシルに匹敵するとも言われ、ここのRTAでも多くの再走者を生み出す要因になっていた。


 タイムは重要だ。しかし、焦ってパーティー全体を危険にさらすより、タイムに多少の擦り傷をつけながらでもしっかりレベルアップして、ちゃんと走れる態勢を整えることこそ、今リーダーとして自分がなすべきことだった。


 一門の華、安定チャートだ。


 サクラは納得した顔でうなずき、腰の後ろの長脇差を抜く。リズも背負っていた大鎌をバトンのようにクルクル回転させながら胸の前で構え、臨戦態勢に入った。


 が。


「よ、よーし、いいぞおめーら何とかしろ! オレはこの土地に詳しい案内役として万が一のことがあっちゃいけねえから、後ろで応援しててやるからな!」


 カークが突然そんなことを言い出した。


「えっ、何言ってんだカーク。おまえの戦力もあてにしてるんだぞ」

「はあ? いやいやいや。うっ、いてて……ムーフェンシアでの戦いの古傷が今になって痛みだした。これはしょうがない」

「傷なんかとっくに治ってるって言ってましたよね?」


 委員長が指摘しても、「うるせえな! オレ以外みんながんばれ!」とわめきながら後ずさりしていく始末。

 ローラシュタットの王様は彼の根性を保証していたが、性根に関しては見破れなかったらしい。


 それでもどうにか戦闘に加わってくれるよう、ルーキが説得しようとした、次の瞬間だった。


 ドン。


「あっ……」


 まるで後ろから突き飛ばされるような姿勢で、カークが敵の前に躍り出た。

 武器さえ構えていない無防備な彼に、オオテツアリはまるでいかついハサミのような顎を大きく左右に開き、カークの頭を、


 ガブ。


「ぎゃああああああッッッッ!!」

「カークゥゥゥゥゥ!!」


 資料によると、あの噛みつきは鉄製の防具さえ歪める圧力を持っている。人間の頭などひとたまりもない。


 彼を助けようと思わず飛び出したルーキは、しかしそれよりも早く、蟻の背後に滑り込んだ白い風を見た。


「委員長!」


 カークに気を取られ、完全にがら空きとなったオオテツアリの腹に、リズは白い鎌を無慈悲に潜り込ませた。


「!!!!」


 人には到底発することのできない奇怪な悲鳴を上げ、モンスターは一度大きく体を震わせる。すぐに地面に足を広げるようにして倒れ込み、それきり動かなくなった。


 ただの一撃。いくら動きが止まっていたとはいえ、あの硬い表皮を容易く切り裂き、さらに的確に急所を一閃してみせた。


 以前見た時よりも、さらに研ぎ澄まされた必殺の一刈り。彼女は確実に強くなっている。しかも飛躍的に。これが縛りの効果なのか。だが、今はそれに感動している場合ではなく、


「カーク! カーク無事か!?」


 ルーキは捨てられた人形のように力なく倒れているカークに駆け寄る。


「うう……。後ろから押された……」


 カークは息も絶え絶えになりながらつぶやいた。彼が持ち上げた指先が、震えながらオオテツアリの死骸のすぐ脇に立つ人物を示す。


「あ、あの女だ。あの女がオレを後ろから……。は、ハメられた……ちくしょう……」


 指を差されたリズが、眼鏡の奥から生真面目な目線を返してくるのを見て、ルーキは首を横に振った。


「何言ってんだカーク。それは何かの間違いだ。委員長は〈ファフニール〉のレギュレーショナーだから、どんな時でも仲間を守ってくれる」

「だ、だが確かに……」

「何でもいいですけど――」


 ふと見れば、リズがすぐ横まで来ていた。

「ヒィッ」と悲鳴を上げるカークを尻目に、彼女は事務的に告げる。


「大した傷もないくせにいつまでそうして寝てるつもりですか? こんな茶番ガバでしかないので、すぐに出発したいのですが」

「ば、バカヤロー! オオテツアリに直にかじられたんだぞ!? すっげー痛かったし顔中血塗れだし骨も折れてるだろうし完全に再起不能――だ……?」


 飛び上がって抗議するカークが、突然顔を撫でまわし、体をぺたぺたと触り始める。


「あ、あれ……? オレ、確かにモンスターにやられてたよな?」

「あ、ああ……」


 ルーキも驚いていた。人間は脆い。そこらの名も無きモンスターが相手でも、直撃を受ければ致命傷になりうる。カークは完全にオオテツアリの顎に捕まり、相当のダメージを受けたはずだった。しかしリズの言う通り大した傷もなく、出血すらない。


 これはどういうことなのか?


「何だかわからねーが、この前の偉業のおかげで、オレは超絶レベルアップを遂げていたのかもしれねえ! やっは日頃の行いは大事だな、うん。おまえらもオレを見習ってちゃーんと努力しろよ!」


 いきなり空高く浮かれ上がるカークに、そういうものなのか? と首をかしげていたルーキは、一人、青い顔で立ち尽くしているサクラに気づいた。


「サクラ? どうかしたか?」


 すると彼女ははっと顔を上げ、


「サ、サクラ、何も見てないっす!」


 と手をぶんぶん振り回しだした。


「何だよ急に。つまり何か見たのか?」

「潰す気すか!? もうこの話はここで終わりっす! ほら、モンスターから宝石回収して出発! 誤差も積もればロスとなるっすよ!」

「宝石?」


 ぐいぐいと背中を押してくる彼女に聞き返す。


「そうす! ここのモンスターは体のどこかに宝石を張りつけてて、それがここでの通貨になるんすよ。ちゃんと予習したでしょ?」

「したような、しなかったような……」


 ルーキは絶命したオオテツアリに近づき、体の一部に薄水色の宝石が張り付いているのを確認した。

 掴んでみると、案外あっさりと引っこ抜けた。


「その宝石はコールドといい、王家が管理している金貨ほどではないですが、かなり信頼度の高い貨幣としても使えます。特殊な魔導的波動を持っていて、モンスターの生命活動を支えているだけでなく、様々な武具や道具の材料となるんですよ」


 リズが丁寧に説明してくれる。


「つまりモンスターをぶっ殺せば金になって平和にも貢献できる。いいことずくめってこった。これからもどんどん敵を倒していけよ」

「なるほどな」


 カークの追加説明にうなずきつつ、ルーキはコールドを麻袋の中にしまった。

 カークの謎とサクラの態度は少々気になるが、大ダメージのところを助かったわけだから、悪いものではないのだろう。


 最初の戦闘も無事終え、いざ次のチェックポイントへ。

 目指すサーマルの街並みが、陽光を白く跳ね返し、遠くに見えていた。



しれっと再開していきましょう。

宝石モンスターはAベル伝説ならもはや常識。


新年の挨拶すらできてないってどういうことだよ作者!?

今年もよろしくお願いします。

なおこの再開は一時的なものなので、またすぐ中断することになります。

隔日で投稿されなかったら察してください……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おましょうま!! [一言] >スタールッカーとコンタクトした、人類の異物として。 草増量。 まぁ確かにコミュ不可能と思われた相手とコンタクトしたとなればそら注目されるわなw >「それに、…
[良い点] > ニンジャヘッドバットが暴発 うっかり必殺技が暴発するのよくある。微ダッシュ立ちAやろうとしたのにレバー前入れAに化けるんだよなぁ ドリブル中に暴発するのやめてくれよ… [一言] 多少頭…
[一言] デイジー好きだった 元祖ツンデレ。
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