第七十三話 ガバ勢と〈ランペイジ〉のライバル
裏路地の道具屋で薬草を無事購入できたルーキたちは、城下町をローラシュタットの出入口へと向かっていた。
「ここで“福引券”がもらえれば、金銭的余裕も出てきたんですがね」
歩きながら委員長がやや残念そうに言うと、
「あー、それならあの店はダメだわ。ケチくさくてまずくれねー」
と、カークが即座にその希望を斬り捨てた。
福引券は、道具屋で買い物をすると時々もらえるアイテムだ。
ルーキが参考にした一門のチャートにも、この福引券についての記載がある。
〈ロングダリーナ〉のどこの町でもやっている福引ができるという、ごく当たり前のものだが、問題はその売値。
なぜかチケットそのものを高額で買い取ってくれるシステムが存在しており、福引の景品自体にもこのチケットがあることから、裏で何らかのマネーロンダリング、あるいは金券として機能しているのではないかという黒い噂があった。
ちなみに、一門の基礎チャートには怒りに満ちた筆跡で「福引券など存在しない」と注釈が足されている。誰が書いたのかは不明だが、見た人間が呪われそうなほど、怨念が込められた文字だった。
「まあ、それは最初から期待してないさ。チャートにも入ってない」
ルーキは杖をつきながら笑って返す。
この杖は、参加証の棍棒だった。
棍棒というとごつごつした鈍器のイメージがあるが、王城で配られていたのは細くすっきりとした長い棒だ。
棒術の心得があれば護身用としても使えるだろうが、大半の参加者は杖代わりにするか、背中に回して一切使わないかのどちらかだ。単なるお荷物だが、これがないと〈ランペイジ〉に参加している証拠にならない。
「そんな無用の長物くれるくらいなら、支度金を奮発してほしいとこっす」
サクラが頭の後ろで手を組みながら唇を尖らせる。王様が用意してくれた50ゴールドは、薬草三つ買えば後は小銭程度しか残らなかった。
「その分、道中の宿とかは安くしてもらえてるだろ。開拓地は大変なんだよ」
参加証を見せれば、宿代はほぼ原価にまでサービスしてもらえるというのが、アレンガルド側の主張だ。RTAトータルで見れば走者たちはきちんと支援されているとも言える。
町の位置もろくにわからず開拓地に放り出され、運が悪ければ速攻ステータス異常で再走が決定する星を見そうなRTAに比べれば、正に至れり尽くせりだ。
城下町の入り口近辺は混雑が続いていた。
未だにアイテムを買えずに列をなす者、並んでいた店が売り切れを起こし、慌てて別の店を探す者など、いまだにスタートすらまともにできない多数のパーティーを尻目に、ルーキたちは颯爽と町の門へ向かう。
ここでのリードに大した意味はないとはいえ、遅れるよりは早い方がいい。
これもカークのおかげ。彼がいてよかった、とルーキはしみじみ思った。
街を出てすぐ西側に海が見えた。東側は山岳地帯になっており、ローラシュタットはその二つに守られる形で成り立っている。
目指す最初のチェックポイントは、北へ行こうランラランしたところにあるサーマル。ローラシュタットと並ぶ大都市で、そこである人物と落ち合う必要があった。
「よーし、出発だ!」
初のリーダーという立場に胸を躍らせながら、ルーキは〈ランペイジ〉最初の一歩を踏み出した。
と。
「おっ、そこにいるのはルーキたちじゃねえか」
いきなり背後から声をかけられ、ルーキは早速足を止めるはめになった。
鋭角的で男くさい声には、聞き覚えがあった。
「オニガミ兄貴!」
「おう」
黒豹のような男、オニガミが気さくに笑って片手を上げた。
「オニガミ先輩、お久しぶりです」
「お? うちの新人も一緒か。これは面白いパーティーだな」
リズも一礼する。ガチ勢見習いである彼女は、オニガミとも面識があるようだ。
「オニガミ兄貴も参加してたんですか?」
ルーキが聞くと、オニガミは手に持っていた棍棒を見せ、
「ああ。たまにはみんな揃ってってことでな」
あごをしゃくった先には、服装の異なる数名の男女が集まっている。
「あの人たちは……?」
「ル、ルーキ君、彼らは〈悪夢狩り〉の一族です! まさか、あんなに大勢が集まるなんて……」
リズが驚きに目を見開くのを見て、オニガミは苦笑した。
「全員ってわけでもないが、現役世代の目ぼしいとこは参加……後は最近になって新しいメンバーが増えたから、その鍛錬も兼ねてな。あの一番端にいる黒髪の娘がそうだ。ミリニアムってんだが、一族や関係からの評判はいい……っと、もう行かないと」
オニガミは軽く詫びると、足早に一族のところに戻っていった。今は一刻を争うRTAの最中だ。立ち話は厳禁。
「途中まででも一緒に行けないかな?」
ルーキが小声で委員長にたずねると、彼女は至極真面目な顔でこう聞き返してきた。
「あれについていく自信あるんですか?」
「え?」
一族、出城です。
「ショーターイ!」
ズザーズザーズザーズザーズザー。
シューシューシューシュー。
シャーロッテ! ジョンソン! シャーロッテ! ジョンソン!
「うわあ……」
ルーキは思わず顔をしかめていた。
スライディング、バックステップ、ムーンウォーク……。全員、明らかに人としてまっとうな移動方法ではないのに、滅茶苦茶に速い。
「ま、待ってくれ。あの動きは〈悪夢城〉でしか発生しない特殊なものだったはずじゃ……!?」
ルーキの疑念に、委員長の冷静な答えが返ってくる。
「あれはあくまで、彼らのフィジカルが生み出す力技です。空に飛んで行ったり地面から生えてきたりしないから人類の範疇ですよ」
「たった数人で人類を上ブレさせるのやめてくれよ……」
彼らは嵐のように去っていった。
あの速度を最後まで維持できるのなら、彼らがこのRTAの最速であることはほぼ確定だろう。
あわよくばいい記録を出したいと思っていたルーキの夢は、早速踏みにじられることになった。
と。
「あら……サクラじゃない」
「へ?」
再び別のところから声が聞こえ、ルーキは再び振り向かされる。
「げっ、ボウケンソウシャーガチ勢……!」
サクラが露骨に顔を引きつらせた相手は、以前ユグドラシルダンジョンを一緒に走ったマリーセトスだった。フード付きのローブに身を包み、顔には相変わらず人を食ったような薄笑いを浮かべている。
「マリーセトス姉貴もここに?」
言いながら、ルーキはふとねっとりとした視線を感じた。はっとなってそちらに向き直ると、暗い目をした姫騎士が、じっとこちらを見つめてきていた。
「あっ、プリム姉貴も。どうも……」
「…………」
彼女は無言の停止状態から突然ガンダッシュし、ルーキの背中に飛びかかってきた。
「うわああああ!?」
驚いて悲鳴を上げるルーキをよそに、背中のリュックの上に覆いかぶさったプリムは、満足そうな声で言った。
「へへ……。楽ちんちん……」
「だからちんの数が不適切ですって! 一個でいい!」
ルーキが抗議すると背後で首をかしげるような気配があり、
「……楽ちんぽこ?」
「やめろォ! ホントにやめろォ!」
不意に、背後から重鎧少女一人分の重みが消えた。
「プリム。今回はその子とパーティーじゃないから。自分で歩いて」
どうやらマリーセトスがプリムを引きずり下ろしてくれたらしい。
「迷惑かけてごめんね。じゃあわたしたちもう行くから。どこかで会ったらよろしくね」
「ううー……」
未練がましくこちらを見つめてくるプリムを引きずりながら、マリーセトスも出発していった。
「ハッ!」
さらにそこに、張りのある声と軽快な足音が駆け込んで来る。
「えっ? この声はまさか……」
ルーキは耳を疑いつつ振り返った。そこには。
「おお! 新人コンビじゃないか! ファイナリィ……ついにオレ様が外界のRTAに帰ってきたぞ!」
「なっ!!!??? バーニングファイター!!!!????」
この世の地獄バーニングシティの使者、ビルの雄姿があった。
そしてその横には、
「オウリャア! オウリャア! オウリャア!」
と雄たけびを上げながら後ろ向きのフライングボディプレスで前進する(ちょっと何書いてるかわかんないですね……)裸オーバーオールの巨漢の姿も。
「また濃い走者が!」
「オレ様曰く、こちらはファイナルシティの市長だ。さっきそこでばったり会ってな、親睦を深めるために一緒に走ることになったのだ。もちろん、至近距離で競い合う仲としてな!」
「オウリャア! オウリャア!」
「オレ様曰く、変わった土地だなここは! 看板や街路樹を破壊しても食べ物も宝石も出てこないとは! たまには桃源郷から出て現実の厳しさを知るのもいいものだ!」
「やめてくださいマジで!?」
「GOが出たらGOに従えとベルトスクロール界一痺れるアイコンも言っている! 心配するな、祈祷力は高めてある! では、またな諸君!」
「オウリャア! オウリャア! サヨウナリャア!」
後ろ向きのフライングボディプレスで前進する市長も、飛びながらこちらに手を振って去っていった。
周囲のざわつきが聞こえてくる。
「おいおい……。今のバーニングファイターらしいぞ……?」
「オレ、さっきバーモント一族を見たよ……。今回の〈ランペイジ〉はどうなってるんだ……!」
「つうか、あのガキどもは何者だ? 名だたるガチ勢がわざわざ声をかけていってるぜ……」
伝説級のガチ勢の実走を目の当たりにし、一般走者たちの興奮とも畏怖ともつかない眼差しが、残されたルーキたちへと流れ込んで来る。
悪目立ちもいいところだ。彼らと知り合えたのはたまたまで、面識があるからと言って、こちらが偉くなるわけじゃないというのに……。
しかし、そのざわつきが、ある一瞬から、消失した。
全員が息をひそめる、いや、息の根を止められたような沈黙の中、その少女――あるいは存在は、音もなく、踏みつける草を揺らしもせずに、ふらりとその場に現れた。
……!!!!!?????
誰もが我が目を疑った。
そこにいるのは。
「スター…………ルッカー……姉貴……!」
淡い桃色の髪。肩に大きな切れ目の入ったワンピース姿はやはり戦闘向きとは思えず、その無造作な足取りにも戦場を行く緊張は一切感じられない。
どこまでも遠くを見つめる緋色の瞳の延長線上にいたルーキにできることは、他の走者たちと同じく、ただただ呆然と立ち尽くすことだけだった。
「スタールッカー姉貴もこれに参加を……?」
おかしなことではない。他のガチ勢だって参加しているのだから。
二、三人での参加が通例という不文律も、彼女ならどうとでもできる。そう感じてしまう。
つまり、おかしいのは、彼女の存在自体。
「…………!?」
ルーキは違和感に気づいた。
スタールッカーは、明らかにこちらに向かって歩いて来ていた。
方向的に、ルーキたちの奥にあるのは海だ。チェックポイントのサーマルに向かおうという足の向きではない。
星とのみ対話し、人類に対してのコミュニケーション能力を失った少女が、なぜこちらに?
スタールッカーがすっと片手を前に出した。
「えっ……」
ルーキは目を見張った。彼女の細い指が、何かを持っている。
白い立方体のケース。委員長が叫んだ。
「か、かりうです、ルーキ君!」
「かりう!?」
それは、スタールッカーのホームグラウンドであるルート1・47・50に存在する毒と同じ名前の、謎の物質だ。
彼女にそれを渡すと、イヤな顔をして受け取ってくれる。それが彼女と人類に残された唯一のコミュニケーションだったはずだ。しかしその逆は聞いたことがない。
「ルーキ君、か、彼女はあなたにそれを渡そうとしています! 受け取ってください!」
「な!? わ、わかった!」
ルーキは両手を差し出して、歩いてくるスタールッカーからそれを受取ろうとした。
だが。
彼女は止まらない。ルーキの手のひらの上に、かりうを持った手を素通りさせ、なおも近づいてくる。
「!? スタールッカー姉貴!? ス、ストップ! このままじゃぶつか――」
なすすべもなくルーキが目を閉じた直後。
何かが、体を通り抜けた。
冷たいような温かいような、気体と個体の中間のような、存在と夢の化合物のような、そんな名状しがたい感触が、あるはずもない肉と骨の隙間を通過していったのだ。
「ガ、ガバ兄さん……」
サクラの戦慄する声にルーキがはっと目を開けると、もう目の前にスタールッカーの姿はなかった。慌てて振り向くと、海を――海の上を、つま先すら浸すことなく歩き去っていく彼女の背中が見えた。
「だ、大丈夫ですか?」
リズが恐る恐る聞いてくる。
「な、何がどうなった?」
「スタールッカーが、兄さんの体を素通りしていったんすよ……。何も異常ないんすか? 体に穴が開いてたりとか……」
「ああ。大丈夫だ――?」
自分の体を手で探りながら、ルーキはふと、シャツのポケットに何かが入っていることに気づいた。
取り出してみて、絶句する。
それは、彼女が持っていたかりうのケースだった。
すり抜けざま、ここに置いていったのか。
「す、すごいことですよこれは」
委員長が興奮気味に言った。
「今までスタールッカーから何かを受け取った人物はいません。これは歴史的大事件です!」
「そ、そうなのか!」
「ちなみにかりうは、調合すると人を安楽死させる薬になります」
「それ今知りたくなかったんだけど!?」
死ねということなのか。いや、そもそも、そんなものを以前自分は彼女に渡していたのか。
そりゃイヤな顔もするわ。
しかしリズは喜びを隠さずに声高に叫ぶ。
「彼女は明らかにルーキ君にそれを渡しに来ました。つまり、能動的に個人を識別しているということがわかったんです。これは人類にとって大きな一歩ですよ!」
「あの……委員長って、前にスタールッカー姉貴と試走に行ってたよな……?」
その際、どんな扱いをされたのか、想像してあまりある発言だった。
ルーキが見つめる先で、彼女は海原を歩き去っていく。
彼女は一体何をしに来たのか。あちらに目指す何かがあるのか。
それは誰にもわからない。
とりあえず。
「これ、どうしよう……」
劇薬としてしか意味のないかりうのケースを見つめ、ルーキはイヤな顔でつぶやいたのだった。
こんなにたくさんのネームドが現れて、きっと壮大な物語になるんだろうなあ。
思わせぶりに登場させて後は出番なしとか、そんなのないよなあ(それがありえるかも)
※お知らせ
おれたちの本当の戦いはこれからですが、年内投稿は今回分で最後となります。
また、諸事情により再開は二月あたりになる可能性大です。
投稿の際は活動報告とツイッターでお知らせしますので、そちらをチェックしていただけると幸いです。
また読みに来てもらえると嬉しいです。
今年もお付き合いいただき、ありがとうございました。
それでは、良いお年を。




