第七十一走 ガバ勢と初めての〈ランペイジ〉
「ルーキって、意外と器用だよね」
「え? 何が?」
RTA研究所。そこに寄宿しているロコの私室兼作業室に、ルーキはいた。
作業台に向かうロコの背中に問いかけると、ひどく優しい声が返ってくる。ツールと向き合っている時の声が繊細で穏やかになるのは、彼の性癖の一つだ。
「道具の使い方が、さ。このグラップルクロー、使い込んであるけどそれほど傷んでない。扱い方が丁寧な証拠だよ」
「そりゃ大事にするさ。滅茶苦茶にされたらロコだってイヤだろ?」
「ルーキは優しいね……。でも、もうちょっと乱暴にしてくれても、僕は平気だよ……」
――「ヌッ」
「…………。今、何か隣の部屋から聞こえなかったか?」
「さあ? 隣の部屋はただの物置のはずだけど……」
ロコは首をかしげて話を続けた。
「それより、そろそろ走者たちの〈ランペイジ〉があるよね」
「〈ランペイジ〉?」
聞き慣れない単語に、今度はルーキが首をかしげる番だった。
「走者が同じルートをよーいドンで一斉に走るイベント……かな? 今回は、ルート6・38・42。精霊サファイアスが守る土地だね。でも通称は〈ロングダリーナ〉」
「どうしてそんな名前がついたんだ?」
「ゴールの〈ロングダリーナ〉台地の手前にある洞窟が難所すぎて、そこの印象が強かったからって通説があるよ」
「へえ……。物知りだなぁ、ロコは」
「ルーキが知ってないとダメでしょ、そこは。って言いたいところだけど、僕はルーキとは一緒に走れない分、別の分野で協力してあげたいから、もし調べてほしいこととかあったら何でも言ってね」
――「ん? 今……」
「……なあロコ、やっぱり隣の部屋から何か聞こえないか?」
「やめてよ。怖い話とか僕ダメなんだから……」
本気で嫌がるロコに謝りつつ、ルーキは〈ランペイジ〉について思いを馳せた。
通常のRTAは、スタートのタイミングはみなバラバラなので、道中、他の走者とまったく出会わないことも多い。
しかし今回はよーいドンで始まるRTA。否が応でも他の走者が目に入り、走力、チャート力の差が如実に表れる。過酷なRTAになるだろう。
一門はこれに参加するのだろうか? これから酒場に行って、早速聞いてみなければ。
「よし、整備完了。ルーキ、こっち来て。はめてあげるから」
「え、いいよ。自分でするから」
「え……ルーキがハメたいの……?」
「そりゃまあ、自分でできないとダメだろ」
「しょうがないなあ……じゃあいいよ。どうぞ……」
「……おお! やっぱロコだな。すげー馴染むぜ。このフィット感というか、ぴったりな感じ。これからもよろしく頼む」
「よかった……」
――「ヌッ!」
やっぱり隣の部屋から何か聞こえるなと思いつつ、ルーキはグラップルクローの感触に満足し、研究所を後にした。
※
「おはようございます。……!!??」
ルーキが〈アリスが作ったブラウニー亭〉を訪れると、そこには信じられない光景が広がっていた。
誰もいないのだ。走者が。わずかに一名、近所のジイサンが軽食を食べに来ているだけ。
ルーキが大慌てでカウンターへと向かうと、ちょうど奥から受付嬢が姿を現した。
「受付嬢さん、これは一体!?」
「ヌッ! ……野獣君……じゃなかった、新人君じゃない、どうしたの?」
「え、どういう言い間違いですか……?」
しかもまったく同じ声をロコの隣の部屋から聞いたような気がしたが……しかし、今はそれどころではない。
「一門のみんなが誰もいないんですけど! 何かあったんですか?」
「えっ、知らないの?」
受付嬢が唖然としたので、ルーキも同じ顔で固まってしまった。
何を? 何を知らないっていうんだ?
「お、ルーキじゃねえか」
カウンターの奥側のスペースから、ひょっこりと隻眼の顔がのぞいた。
今一番頼りにしたい相手だ。
「サグルマ兄貴! うぽつのみやです!」
「乙。んで、何を慌ててるんだ、おめえは」
「それが、今、店に来たら、誰もいなくて……。ひょっとして酒場閉店の日ですか!?」
「クォラ」
焼き損じた☆型クッキーを投げてくる受付嬢の後で、サグルマは頭をかきながらこともなげに言った。
「ああ、今ちょうどみんな〈ランペイジ〉に出かけてるんだよ。俺もちょっと用事があって戻ってきただけで、すぐに出るわ」
「ファッ!? 〈ランペイジ〉!? それ〈ロングダリーナ〉ですよね!? どうして教えてくれなかったんです!? 俺も参加したいですよ!」
「あん? いや、普通に酒場で話してたぞ。……ああー、でもパーティー組を決めた時、おまえ珍しくいなかったかもなあ。二、三日くらい前だ」
「二、三日……?」
言われてルーキはさっと青くなった。
確かに少し前、この店にまったく寄らなかった……というか、近寄れなかった日がある。
朝からエルカお嬢さんとユメミクサが部屋に押しかけてきていて、学院の定期テスト明けの憂さ晴らしだか何だかで、一日街をつれ回されたのだ。
まさにその日、そんなことが起こっていたとは、クソ運にもほどがある。
「〈ロングダリーナ〉の〈ランペイジ〉は二、三人のパーティーで回るのがお約束だ。今から仲間集められんのか?」
「ええっ、三人? サグルマ兄貴は空いてないですよね……?」
「悪いな。俺は親父とタムラーと組んでる」
そりゃそうだよなと思いつつ、ルーキは救いを求めて、
「フルメルト兄貴はどうです?」
「〈超ヤサイ諸島〉で試走中だ」
「蒼嵐姉貴と紅嵐姉貴は?」
「北国で一狩り行ってる。祭りがあるらしくてな」
「やっぱりこういう時はサクラちゃんすかね?」
「そうそうあいつなら……って、うわあ!」
いつの間にか背後に立っていたサクラに、ルーキは吹っ飛ばされるようにその場から飛びのいていた。
「突然背後に立つな!」
「気をつけな、兄さんの動きはNGB(ニンジャKGB)に読まれてるっすよ」
「誰だよ!(ピネガキ)」
ルーキは叫んだが、ふと、彼女が発したさっきの言葉を思い返し、
「もしかしてサクラ、俺と組んでくれるのか?」
「今さらなーに言ってるんすかねえ。兄さんとサクラの仲じゃないっすか。いや、今回は純粋に気の毒だなーと思ってるんすよ? まさか、一門で〈ランペイジ〉の話題が出た日に限って、兄さんが丸一日あのお嬢様に拘束されるなんて。そのせいで組む相手が誰にも見つからないなんてホント、近年まれにミラー最低のクズ運っすよ」
しみじみ言う彼女に、ルーキはふと思い出し、
「……そういえばあの日、途中でエルカお嬢さんが満足して解散しそうになると、ユメミクサがこっそり口をはさんで、新しい店へ、そのまた次の店へ、って感じで延長しまくって、結局一日がかりになったような記憶が……」
「その儚げで従順な美少女メイドちゃんとは赤の他人のサクラには何のことかさっぱりわからないっす! さあ兄さん! 過去のガバなんか忘れて、さっさと〈ランペイジ〉の準備にアパートに戻るっすよ!」
ぐいぐいと背中を押され、ルーキは嫌疑不十分にさせられたまま〈アリスが作ったブラウニー亭〉から退出することになった。
サグルマと受付嬢がよく似たニヤニヤ顔でこちらを見送っているのがわかったが、その意図は最後まで不明だった。
※
サクラに背中を押されて道を歩きながら、ルーキはたずねる。
「なあ、実は〈ロングダリーナ〉の基礎も何もわかってないんだが、何を持っていけばいいんだ?」
「RTA警察が開拓民用の支援物資を配ってるんで、まずはそれを受け取ることっすね。後は、ガバ一門のチャートがあるんで、はいこれ」
「ありがと……。やけに用意がいいな?」
「後手に回るようじゃニンジャは務まらないっすよ。まったくガバ兄さんは、サクラがいないとRTAも満足にできないんすねえ……っと!!」
上から目線で言ったサクラが、突然、シャツを掴んで脇道へとルーキを引き込んだ。
「な、何だ急に?」
「いやこっちの方が近道だったのを思い出したっす」
「そんなわけないだろ。俺んちへの道だぞ? こっちは遠回りだ」
「いいから! さっさと街から出るっす! パーティも二人で十分! 無駄な仲間探しをしててスタートに遅れる方が走者失格じゃないっすか!」
まくしたてるサクラに、ルーキは現状そうならざるを得ないことにうなった。
〈ランペイジ〉に参加する予定の一門勢は、恐らくもうみんな現場に向かってしまった後だろう。心当たりがない以上、サクラと二人ですぐに出発するべきか。
そう思った矢先――。
「なっ……!?」
背中を押していたサクラが突然立ち止まった。
「どうした?」
彼女の強張った目線を注視すると、通りの雑多な色彩の中で、唯一他の色に染まらない真っ白な少女が歩いてくるのが目についた。
一族をその鋭角さで体現する大鎌を背負った彼女は――。
「ああっ! 委員長!!」
「こんにちは、ルーキ君。どうしたんですか、そんなに慌てて。何か困りごとですか?」
勇者の一族、リズ・ティーゲルセイバーはいつものように泰然とルーキの前に現れた。
生真面目な目つきのまま、眼鏡の位置を少し直し、一方的に告げる。
「もし困っているなら力になってあげたいところですが、不器用なわたしにできることと言えば、せいぜいパーティーを組んで一緒に〈ロングダリーナ〉とかの〈ランペイジ〉とか、そういうイベント的なものに参加してあげることくらいですけどね……」
「それだよ! 今、正にそうしてほしかったんだ委員長!」
「ホントウですか? それはスゴいグウゼンですね」
「マジでな! 急で悪いんだけど、頼めるかな……」
「フフ……まったくあなたという人は……。もちろんですよ。わたしがあなたからのRTAのお誘いを断るとでも?」
落ち着いた微笑みを返してくる委員長。いきなりのRTAの誘いにも、あくまで冷静かつ沈着。まるでこうなることを予測していたかのようなクールさは、さすがのガチ勢と言わざるを得なかった。
「……サクラさんもよろしくお願いします。ちゃんとしたRTAを一緒に走るのは、コンドジ以来ですね……」
「……そうっすね。いやー、いいんちょさんがいてくれるのは頼もしい限りっす……」
委員長とサクラはにこやかに笑顔を向け合った。
ルーキはほっとしていた。
二人にとっても、顔見知りであり、試走も含めれば何度か一緒に走っている仲間の方が断然やりやすいだろう。
色々不幸が重なってしまったが、何とか良いパーティが組めた。
ルーキがほっとしたその一瞬、彼女たちの背後で虎とイタチがカッと牙を剥き合う劇画が見えたような気がしたが、もちろん気のせいだ。
こうして過不足ないパーティを結成し、ルーキたちは〈ランペイジ〉の舞台〈ロングダリーナ〉を目指して大鉄道に乗り込む。
《イクゾー!》《カーンカーンカカカーン!》《デッ!》《カカカカーン!》
親父殿が第2×次遠征に向かいそうな地へ!
それにしても色んな偶然こわいなー。とずまりスト4。




