第六十八走 ガバ勢と秘密の部屋
そこからはジェニルファーの独壇場だった。
神出鬼没のハサミ男がうろつく館を、本業のルーキを差し置いて先頭に立ち――これは彼が手を握っているエルカが先頭を拒んだ理由もあるのだが――、危なげなく鍵の合う部屋を探し出してみせた。
「開けます」
「オーケー」
ジェニルファーとエルカが扉の陰側に。ルーキは正面に。以前と同じ立ち位置だ。
きぃと軋みを立てて開いた扉の奥にあったのは、書庫だった。
壁を埋めるだけでなく、部屋の中央にも本棚がいくつも並んでいる。
あまり広くない部屋にぎっしり設置されているため、迷路の壁のようになってしまっている。
いずれも鍵付きのガラス戸まである立派なものだ。
部屋の中が薄暗いため、表紙に何と書いてあるかまではわからない。
「この厳重さ、きっと大切な本に違いありませんわ」
エルカがガラスの表面を撫で、指先をこすり合わせる。
「埃っぽさはありませんわね。ちゃんとお掃除されているみたい」
「昔ここに住んでいた聖職者の蔵書かしら? だとしたら、この館で今起こっていることと何か関連があるかも……」
無人と思われていた屋敷の、不可解な整然さ。
帰らない友人たち。
ハサミマン。
気になることは山ほどある。
ルーキには予感があった。第一の目的はジェニルファーの友人を見つけ出すことだが、これらの謎が解けないうちは、それもかなわないのではないかと。
ジェニルファーは少しためらった後、猫が持ってきた鍵を使ってみたが、合わなかった。
「こりゃあ、別の鍵を探しに行かないとダメか?」
重要な手がかりを前に引き返すのは業腹だが、無視もできない。
が。
「ちょっと待ってルーキさん。その前に、この本棚、何かおかしいわ。ここに立ってみて。風が吹いてる」
言われるがままルーキがそこに立つと、確かに微風がある。
ためしに反対側に回ってみたものの、他の本棚とぴったりくっついてしまっており、完全に間仕切りのようになっていた。
間取りの都合上、偶然そうなってしまった……とは考えにくい。
「怪しいな」
何とかして裏側を確認したいが、本棚の高さはゆうに三メートル以上はあり、ガラス戸で塞がっているため棚に足をかけることもできない。
「そんな時こそ俺のグラップルクローの出番……」
「えーいっ」
ドガシャーン。
「やったわ! 本棚が倒れて道ができたわ!」
「倒したんだよなあ……」
「ねえルーキ……。この本棚、わたくしが押してもびくともしないのですけれど……」
ルーキとエルカが呆然とつぶやく中、ジェニルファーは倒れた本棚に駆け寄った。
今の衝撃でガラス戸が割れ、中の本に手が届くようになっている。
「後で、明かりのある場所で読んでみましょう」
ジェニルファーはガラス片で手を切らぬよう慎重に一冊の本を取り上げると、リュックに押し込んだ。
そして、本棚の奥に隠されていたものだが……。
「何だこれ……」
ルーキはそれを見た瞬間、戸惑いが口からこぼれ出るのをおさえきれなかった。
そこには、書庫がもう一部屋分は入りそうな空間が広がっていた。
敷かれている絨毯には巨大な魔法陣が隙間なく描かれており、どうやらそれは一針一針糸を縫い込んだもののようだった。
その執念めいた緻密さだけでも寒気がするが、奥には祭壇があり、さらに捧げものを置く皿の上に何かがあった。
「この儀式は聖堂教会の正式なものではありませんわ。これって……」
エルカが恐る恐る手に取ったそれは、手帳のようだった。
薄暗い中、目を凝らして中を読もうとしたジェニルファーは突然悲鳴を上げる。
「ロレッタの生徒手帳だわ!」
「どうしてこんなところに?」
ルーキは祭壇を見つめた。
この手の儀式のことはさっぱりだが、祭壇にはどこか古びた禍々しさがある。
捧げものとは、すなわち、生贄――。
かつては生き物や内臓という命そのものだったのが、やがて人形やパンという穏便な形になっていったはずの因習が、ここではまだ原始の姿のまま生き残っている。そんな不吉なうすら寒さが、見えない臭気となってルーキの周囲を覆った。
「まさか、オカ研の人たちは……」
同じ答えに行き着いたのか、エルカがぶるぶる震えだす。
ズタズタに引き裂かれた彼女たちのジャケットが、冷たい水の記憶と共に蘇る。
少女たちは、この館の何者かに、生贄にされたのか?
まさか、住んでいる街の片隅でこんな惨劇が起こるなんて。
エルカを否定する言葉も捻り出せずに押し黙るルーキの横で、それでも気丈なジェニルファーの声が二人の顔を持ち上げさせた。
「まだそうと決まったわけじゃないわ。彼女たちを一人も見つけていないのよ。諦めるのは早い……」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた彼女は、意志の強い目で室内を見回した。ルーキもそれに応じて注意深く観察する。
恐らくは隠し部屋の一種だったのだろう。ジェニルファーは力技で突破したが、本来は何か仕掛けがあって入れる空間だったに違いない。
足元は絨毯。四方を囲っているのは、何かを象ったタペストリーだ。祭壇の他には小さな棚があり、その上のツボには花が差してある。
街の花屋はおろか、開拓地でも見たことのない花だった。
もはやこの屋敷を無人とは言わないが、まるでついさっき活けたばかりのような鮮やかな色が、薄闇でもよく映える。
歩み寄ったジェニルファーが、はっとした顔になった。
「これ偽物だわ。フェルトで作ってある。人形の生地みたいに……」
彼女は造花をじっと見つめたまま、
「偽物のすぐ裏にこそ隠したい本物がある。先生はそうおっしゃっていた……」
フェルト生地の造花を花瓶から引き抜くと、躊躇わず手を突っ込んだ。
「何かある。スイッチみたいよ。押すわ」
室内がわずかに震え始め、一枚のタペストリーが風に吹かれるように揺らめいた。
ルーキがそっとめくってみると、そこには真四角の隠し部屋があった。内部には何もなく、しかし壁に見慣れないオブジェが埋め込まれている。
「これは何だ?」
「ルーキ、これエレベーターですわよ!」
エルカが信じられないものを見たように言った。
「エレベーター?」
そんな名前のものを以前走った〈アーマードフロンティア〉で見たような気がした。乗っているだけで人を運んでくれる便利な小部屋だ。
しかし、あの高度な技術はあそこでしか維持できないはず。どうしてそれがルタの街に?
「多分、地下水を利用して動かしてるんだわ。かなり複雑な仕掛けだけど、原始的な道具だけでも動かせるんだって、先生は以前墓荒らしをしていた時に見たそうよ」
ローズさんさぁ……。
「ここは屋敷のどのへんだ? もしかして、クレリックタワーに通じてるのか?」
「いえ、操作盤を見る限り、地下へと降りていくためのものみたい。行ってみましょう」
ここでもまたためらいなくボタンを押そうとするジェニルファーを、エルカが慌てて止めた。
「ま、待ってくださいまし。そんなにぽんぽん進んで大丈夫ですの? この館は異常ですわ。もっと慎重に調べてからでないと、取り返しがつかないことになるような気がするのですけれど……」
ルーキも彼女の意見に同意だった。
隠し部屋のさらに奥に隠されていたエレベーター。
恐らく、この先に屋敷が守っている秘密の最深部が存在する。
しかし現時点で、何が本当の意味での秘密なのか、自分たちは認識できているだろうか。
正しい問いかけができなければ、正しい答えも得られない。
ジェニルファーの友人たちを救うことが最大の目的。
しかし、“何から?”という問いかけを、自分たちはまだ完全にはできないでいる。
それを見極めてからでないと、迂闊に動くのは危険だ。
ひょっとすると、屋敷からみんなで脱出しただけでは、この話は終わらないかもしれないのだから。
「でも今はみんなを助けるのが先決よ」
『あっ……』
ジェニルファーはポチーとボタンを押してしまった。
エレベーターは上に参ることなく、正しく降下していった。
※
エレベーターが着いた先は、地下室なんてものではなかった。
「地下空洞……!」
ルーキは思わず声を上げていた。
人工的に作られたものではない。元からあった大空洞の上に、この屋敷が建てられていたのだ。
だとすると、この洞窟こそが、クレリックタワーの始まり。
足元には小さな蝋燭がいくつも立てられ、道先を照らしていた。
脇では地下水が緩やかに流れている。これを利用してエレベーターを動かしていたのだろう。小さな蝋燭の火では照らしきれない水底は、どこまでも深く続いているように思えた。
ルーキたちが奥へと進むと、やがて異様なものが彼らを出迎える。
「ウソでしょ……」
「扉だ……」
鍾乳洞の滑らかでぬらついた壁面に、明らかに人の手によるものとわかる扉が取り付けられている。
ここまで来て臆するわけにもいかない。ルーキは二人に目線で確認し、ドアノブを捻った。
そこには――。
「ロレッタ!」
彼女が、いた。
工夫を凝らしたアドベンチャーギミックを力ずくで突破するのは、やめようね!




