第六十一走 ガバ勢とティーゲルセイバーの一族
このエピソードには以下の成分が含まれます。
・金
・暴力
・委員長
それでもいいという方はそのままお読みください。
それだけではダメだという方は自重してからお読みください。
朝からユメミクサが一人で来ていた。
彼女は丁寧な手つきで、RTAで穴の開いたルーキのシャツに布を当てている。ルーキもその隣で傷んだズボンを修繕中だったが、上手さも早さも彼女の針仕事には遠く及ばない。
こちらが一針縫う間に五針は縫われている彼女の手元を見ながら、ルーキは呼びかけた。
「なあ、サクラ」
「…………」
「サクラ?」
「二人きりの時に女の子の名前を言い間違えるなんていけませんよ、ルーキ」
淡泊にぴしゃりと言われてルーキは頭をかき、
「ユメミクサ」
「はい。何ですか?」
仕方なく言い直すと、メイド少女はあっさりと応じてきた。
相変わらずここでの彼女の線引きは厳格だ。彼女がサクラである頃の話をしても、初めて聞いたようにすっとぼけてまったく取り合ってくれない。変装の視点がはっきりしているというか、意識が徹底しているというか、記憶を混同させたことが一度もないのは、さすがニンジャーと言わざるを得なかった。
それは今は別にいいとして。
ルーキは、修復を待っている衣服の山を見ながら無造作に聞いた。
「これから委員長の両親に会ってくるんだけど、こんな格好でいいのかな」
「は!?」
それまでの澄ました態度から一転、ユメミクサは目を剥いて身を乗り出してきた。
「なぜですか!?」
「ヒッ! 針! 針が近い!」
ルーキは尖った光にのけぞりながら慌てて事態を説明する。
「〈バーニングシティ〉の一件とかで世話になったから、お礼を言いたいんだってさ。確か、ケコンがどうとか……?」
「は!? 結婚!?」
「じゃなかった、コケンだ。確か、何もしないのはコケンにカカワルとか何とかで、是非来てくれって。なんか格式高そうな言葉で、どういう意味かはわからなかったけど」
「…………」
ユメミクサはしばらく無言でこちらを見つめた後、いきなり手の甲をつねってきた。
「痛いッシュ!?」
「まぎらわしいことを言わないでください」
「コケンってそんなに重要な言葉なのか……?」
赤く腫れた部分を手でさするルーキに、ユメミクサはほんのわずかに顔をむくれさせながら言った。
「そのままの格好でいいと思います。無理に着飾ったところで不自然なだけです」
「そうか。そうだよな」
「あ。待ってください」
ユメミクサは立ち上がって、ルーキの服にさわった。
「糸くずがついていました。さすがにこれはない方がいいです」
「ああ。ありがとう。じゃあ、このまま行ってくるよ」
「…………。行ってらっしゃいませ」
彼女の声は、いつにも増して静かだった。
※
ルタの街の上流市街――大半の住人が豪商か元著名な走者――に初めて足を踏み入れたルーキは、日夜熱気と喧騒に炙られ続けている下町との空気の違いに驚きを隠せないでいた。
王都周辺の人類圏中心部と違い、開拓地最前線であるルタの富裕層は決して多くない。それゆえこの住宅地もあまり目立たなくはあるのだが、いざ立ち入ってみれば、そこには確かに塵芥の浮かない清潔で豪奢な街並みが広がっていた。
「はえー。でっけえな……」
どこを向いても存在する立派な門構えに目を奪われながら、石畳で舗装された道を行く。
金というのはあるところにはあるものだ。装備品も新調できず、穴の開いた安物装備を修繕しながら使っているこちらの身とは、ここの住人とは人として存在するコスト自体が違うようにすら思えてしまう。
高すぎる屋根ばかり見ていて首が疲れてきた頃、前から見知った人影が歩いてきた。
「ルーキ君」
「あ、委員長」
こちらを見つけるなり、手を振りながら小走りに駆け寄ってきた彼女に、ルーキも早足で歩み寄る。
「おはようございます。来てくれて嬉しいですよ」
「こっちこそ、礼を言うためだけに招待までしてもらえて。なんか悪いな」
「そんなことないです。それに両親は、前々からあなたに会いたがっていましたから。今日は呼びつけるようなことをしてすいません」
柔らかく微笑むリズを見て、ルーキはふと気づく。
「あれ、委員長、今日はいつもと格好違うな」
「ええ、まあ」
自分の体を見下ろしながら、彼女はうなずいた。
ノースリーブのぴっちりしたブラウスに、ミニスカート姿。スマートでほっそりした体のラインがよくわかることに加え、委員長がスカートをはいているのは珍しい。
「飛び回るRTAの最中にこんなものはいてられませんからね。家にいる時は、いつもこんなですよ」
「そうなんだ」
丈が短すぎないか――と思いかけたが、普段のショートパンツとそれほど露出に違いはない。足元を守るニーソとブーツがないせいで、そう錯覚したらしい。
「……似合わないですか? わたしがスカートなんてはくのは」
委員長は少し上目遣いになりながら、スカートの裾を摘まんで聞いてきた。
わずか数ミリの布地の動きが、やけに大きく感じられる。普段の勇ましさ、凛然とした空気はなりをひそめ、たおやかで可憐な一人の少女のように見える姿に、ルーキは胸の内側がどきりと跳ねるのを止められなかった。
「い、いや、似合ってると思うよ。全然変じゃない。うん」
「そうですか。よかったです。ではこちらに」
上機嫌な音符を散らすような笑顔でそう言うと、彼女は歩き出した。
防塵用の外套を羽織らない背中は小さく華奢で、それがまた妙に新鮮に見える。
案内されること数分。
ティーゲルセイバーの屋敷は、まわりよりやや小ぢんまりとしたサイズで、静かに佇んでいた。
両隣の屋敷より一回り小さいとはいえ、ルーキの住んでいるボロアパートの全敷地よりずっと広いし、母屋の外見を比較した日には、こちらが住んでいるのがただの廃材の寄せ集めになり下がるほどだ。
古びてますます風格を増す石造りの正面門を見上げながら、ルーキは大きなため息をついた。
「委員長って、ものすごいお嬢様だったんだな……」
「やめてください。買い手がつかなかった屋敷を、管理人の代わりとしてタダ同然で押しつけられているだけです」
彼女は本当に困ったように苦笑した。
家は人が住まないと傷むというが、その管理のためだけに屋敷を丸々もらえるあたり、さすがは勇者の末裔といったところか。住むだけでいいのなら、自分だってこんなでかいところに住んでみたいものだった。
「お嬢様と言えば、再走裁判所の判事とかもこのへんに住んでるのかな?」
「上級職ならそうですね。二軒隣が、かの有名な判事のアトランディア家ですよ」
「えっ、エルカの家が近くにあるのか。はえー」
つまり、メイドに変装しているサクラもいちいちそこからアパートまで通っているということだ。天井裏からなら一瞬で済むというのに、プロ意識の維持も大変だろう。
「……そういえばルーキ君はエルカ・アトランディアと“知り合い”でしたね」
委員長が思い出したように言う。光の角度の問題で、眼鏡の奥の目が見えない。
「ああ。……あれ? 委員長に話してたっけ」
「……ええ。言ってましたよ。この前。家に掃除に来ることとか、時々憂さ晴らしと称してカフェにつれていかれていることとか……」
「そうだったっけ?」
再走裁判所の判事の娘は、走者にとっては歩く再走要求のような劇薬なので、あまり人に話した記憶はないのだが。
何やらこめかみのあたりをミリッと押してくる圧迫感があるものの、今この場においては特に意味のない話題だったので、ルーキは深く考えずに疑問を打ち切った。
「中へどうぞ」
「お邪魔します」
他の屋敷と違い、まるでルーキを出迎えるように大きく開いていた正面門から入り、小さな中庭を通って母屋へ向かう。
中庭には石像と噴水があったが、別に一族の象徴である大鎌を模していたり、勇者を示すシンボルが飾られていることもなかった。買い手がつかない屋敷が先にあって、ティーゲルセイバー家がそこを任されたというのは本当らしい。
重厚感のある暗い色の玄関扉の前に立つと、不意に、屋敷の横手にある庭園の入り口から人影が現れた。
「あら~リズちゃんじゃない。お出かけしてたの~?」
淡いグリーンのロングヘア。顔立ちは大人びており、柔らかい眼差しとおっとりした口調が、のんびりした性格を否応なしに自己紹介している。
ワインレッドの高級そうなジャケットにネクタイ、それにチェック柄のプリーツスカートというのは見慣れない服装だったが、ルーキは偶然にもその正体を知っていた。
ユリノワール女学院。主に上流階級の子女が通う、ルタの街きっての名門学校だ。
訓練学校時代、ロコがなぜかこの学校の制服を見たことがあるという話になって、イラストまで描いてもらった男子たちと「foo! カワイイ~!」と盛り上がっていたバカな経験が、まさかこんなところで活かされるとは。
現れた人物の背丈は委員長より高く、手足はすらりとしている一方で、体つきはとても女性的だった。年上の余裕ある雰囲気と容姿に、ルーキはこの人物が誰かすぐに察しがついた。
「もしかして、委員長のお姉さんですか。初めまして、ルーキです」
頭を下げると、思いもよらないハイテンションな反応が返ってきた。
「きゃあ~。聞いた? ねえリズちゃん今の聞いた? お姉さんだってお姉さん!」
「へ?」
ルーキが驚いて顔を上げると、長めのジャケット袖から少しだけはみ出た手で、委員長をバシバシぶっ叩く彼女の姿があった。
「はいはい。聞きましたよ。調子に乗らないでください、恥ずかしいから」
「だってだって~。リズちゃんのお姉さんってことはつまり、そういうことでしょ~?」
えへえへと可愛らしく――あるいはだらしなく笑う彼女を手で示し、委員長は言った。
「母さんです」
「ヘアッ!!!?」
「あっ、リズちゃんの意地悪~! もうバラしちゃうの~? もっとお姉さんって言ってほしかったのに~」
ルーキは目を見開いたまま固まった。
どう見ても十代後半から二十代前半――。いや、下手したら大人っぽい同世代でも通じる風貌。それが、
「カッチャマ!?」
「は~い。カッチャマで~す。バイナリ! サブフレーム!」
ビッと横倒しのピースサインを目に当て、謎の言葉と共にポーズを取ってくる。その様子は、能天気なお姉さんそのものだ。断じて、絶対的に、母親とは思えない。
「それ、一族の年寄りにしか通じないからやめてください」
「えーん。娘がわかってくれないー。じいちゃんとばあちゃんは反応してくれるのにー」
その場から押しやられそうになって抵抗している姿も委員長の女友達としか見えず、ルーキは母親という概念に対するカルチャーショックを受けることになった。あれがカッチャマなら……うちのカッチャマは何なんだ? 人にちょっと似た樽か?
「あれ? でもそれなら……」
ルーキはふと気づいて、疑問を口にする。
「どうしてユリノワールの制服なんか着てるんですか?」
すると彼女は自分の豊かな胸に手を当て、
「あっ、カッチャマね~、あそこの学校で教師をやってるのよ~」
「へえ……!」
ルーキは驚きつつも感心した。聞くところによると、ユリノワールは教師陣も一流どころを揃えているらしい。勇者の家系なら何の不足もない。むしろ役不足なくらいだ。
委員長のカッチャマは礼儀正しくお辞儀をし、
「初めましてゆーくん」
「ルーキです」
「ルーくん?」
「は、はい……」
「リズちゃんのカッチャマのローズです。娘がお世話になっております~」
ルーキは慌ててまた頭を下げた。
「こ、こちらこそ、委員長――リズさんにはいつも助けられてます」
「いいのよ~、いつも通りの呼び方で。リズちゃんから、いつまでたっても委員長呼びをやめてくれない男の子がいるって聞いてるから~」
ルーキはちらりと委員長に顔を向け、目で「いいの?」と問いかけた。彼女は「いいんじゃないですか」という素知らぬ顔を返してきた。
「そんなことより母さん、いつまでルーキ君に立ち話をさせておくつもりですか? 中に入ってもらいますよ」
「あーん、待ってー。カッチャマもついてくー」
言って、ローズが飛びつくように自分の娘と腕を絡めた時だった。
ゴッ、とごつい音がして、委員長の足元に何かが落ちた。
「ん、何か落ちたぜ、委員長」
ルーキはそれを拾って――固まった。
それは、凶暴な野獣でも捕まえようかっていうくらい、強固な、
手錠、だった。
「ああ、すいません」
委員長は、一瞬、何とも言えない奇妙な笑みを浮かべ、すぐに何事もなかったかのようにそれをルーキの手から受け取る。
「いいんちょ……そ、それ、何だ?」
恐る恐るたずねると、彼女はなぜか少し頬を赤らめて視線をそらし、
「別に何でもいいじゃないですか」
と言って、それをさらにローズへと差し出した。
「はい、母さん。これ庭の入り口に前に落ちてましたよ」
「あら~、探してたのよこれ。ありがとうリズちゃん~」
「え!? それ、ローズさんのなの!?」
「そうなのよ~」
ローズは手錠を両手で優しく持つと、柔らかそうな頬に押し当てた。
「これがないと困るところだったわ~。リズちゃんありがとう、ちゅっちゅ」
「やめなさい」
唇を尖らせてキスをするふりをするローズを、リズはつっけんどんに押しやった。
非常に風変わりなカッチャマではあるが、少なくとも二人の仲は良好そうだ。以前、リズは家柄のことで悩んでいたが、重圧を感じる相手はひとまずこの母親ではないらしい。和気あいあいとした二人を見ているだけで、不穏な空気をまき散らしたさっきの手錠のことなんかどうでもよくなってきた。
考えてみれば、彼女たちは生粋の勇者の家系だ。何か悪者でも捕らえる時に使うのかもしれない。
そう思うと、あの陽気で朗らかな様子も、強者の隠れ蓑のように見えてきた。
強い者ほど、普段は穏やかなものなのだ。
スタールッカー姉貴だって、静かだろ?(震え声)
(あれ……。それで、何でローズさんがユリノワールの制服を着てるんだっけ?)
彼女たちにつれられて屋敷の扉をくぐる中、ルーキはふとそんなことを思い出した。結局ちゃんと答えてもらってなかった気がしたが、まあ、それも今はどうでもいいことだった。
ほよにあるまじき疑似ハーレムライフ爆☆殺




