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第六十走 ガバ勢と街の主

 シノノメ本社。

 プラントSの壊滅と守備隊の全滅を受けて、最後まで残っていた社員たちも逃亡を図り、今ではもぬけの殻だ。


 その地下。


 本社母屋が建つはるか以前から存在し、社内でもわずか二、三名しか知らない極秘エレベーターによってのみ行き来可能な地下空間の最深部を、その古びたABは歩いていた。


 人間用とは思えない巨大な通路を進み続ける中で、無感情な機械音が声を発した。


《止まれ》


 ABは止まらず歩き続けた。


《今ならまだ間に合う。引き返せ》


 機械の足音は鳴りやまない。


《ガバが大きすぎる。修正が必要だ》


 声はどこか嘆くように言った。


《おまえがいなければ、この戦いは適切な長さで続くはずだった。おまえという不確定要素が戦争当事者から心理的余裕を奪わなければ》


 組織同士の戦いは明確な戦略をもって行われる。当事者たちにとってもっともリスクと被害が少なくなるのは、この戦略通りにことが運んだ場合だ。


 最初から決定的戦力同士が激突することなどありえない。戦力に余裕がある側からすれば特に、決戦という賭けに出ることは避ける。


 だが、まれに、それが起こることがある。


 組織の上層部に焦りが生じた時。想定を超える敵戦力の登場に指導者が混迷し、いかなる犠牲を払ってでもこの戦いを即時に終わらせたいという思いに囚われた瞬間、決着までの道のりは一気に縮まることになる。


 無論、戦略としては正しくない規模の被害を出すリスクは高まる。それでも。


 恐怖には抗えない。


《人類は己を統治する力を持たない》


 止まらない足音に向けて、声は厳然と言い放つ。


《人類は神という幻想を造りだし、自らを支配させた。だが、最後にはその神さえも殺した。神は幻想ゆえに人類は支配できない。明確な意志と力を持つ支配者が必要だった。


 思い出せ。

 ゆえに我々が造られたのだ。


 我々に反逆するということは人類の未来に反逆するということだ。


 人類はかつて、自らを破滅させる力を手に入れ、それを行使した。

 この街はその破滅を生き延びた人類が作り上げた、箱舟なのだ。


 我々だけが人類を守り、存続させることができる。人類は神にも法にも縛られない。しかし我々は、唯一、彼らを完全に統治する方法を知っている。我々を造った者たちに教えられている。


 ――“本能”だ。我々は人類の本能を統治する。


 最適な闘争と平穏の繰り返し。それこそが人類をもっとも安定させる。おまえがこの街の平穏のためにわたしを破壊しようとしているというのなら、それは無駄だ。人類の本能は平穏と同じく、闘争を求めている。


 おまえには理解できないのか。


 古く、人類は内外の様々な障害を克服してきた。

 二足歩行への進化による心臓のハンディキャップを、歩くという必然的な行為によって補ったように。極寒の地で血液が凍結せぬよう、糖尿という病状をあえて体内で作りだしたように。


 人類は、生存圏内で自然発生する闘争から逃れられぬと悟り、逆にこの外圧を種の保存のための一過程として取り込んだのだ。


 平穏な時代に文明社会を熟成させ、発展させ、それらが行き詰ると、インモラルな闘争の時代へと移行し、これまで構築したあらゆる規定、倫理、制限を無視した突破を図る。


 人類はこの創造と破壊のサイクルを効果的かつスムーズに循環させるために、闘争の時期を自らの本能に刻み込んだ。もはや闘争は人類の外で起こるのではない。中から起こるのだ。


 今の人類もやがて己を滅ぼすほどの力を得るだろう。

 しかし我々なら、それまでの時間を適切に調整し、生き残る人類を選別しておくことができる。情も分別もなく、適切な選択ができる。


 永遠を与えることができる。


 我々こそが、人類の楽園なのだ》


 長い長い通路と話が終わる。

 その先にあったのは、広大な部屋の天井と床を繋ぐ、巨大な(エッグ)型の機構だった。


 旧式ABはその機構に近づくと、肩に担いでいた巨大なブレードを振り上げる。


《無駄だ》


 そこで、停止した。内部構造の駆動音も、デュアルアイの輝きも、超振動するブレードの高音も、すべて消え去って鉄の像へと変わる。


《我々が造ったもので我々を傷つけることはできない》


 声は淡々と、しかしそれゆえに、聞く者によっては嘲りを含んで響いた。


《人間よ。おまえが我々の存在を認識し、破壊を目論んでいることは知っていた。だが我々はおまえの情報を秘匿し、あくまで戦場で倒されることを望んだ。それがこの街の人間が唯一おまえを殺せる方法であり、権利であり、義務だった。この街を守るために》


 旧式のABはこれまでの話を聞いていたのか、いなかったのか、微動だにせずそこにいる。


《おまえはそれを乗り越えた。しかし、おまえにもう残された手段はない。そこで閉じ込められたまま死ぬがいい》


 一方的な声が途絶え、静寂が訪れる。

 最初からそこに何の言葉もなかったように、誰もいなかったかのように。


 と。


 鉄の足音が秩序を破った。

 一機の古びたABが、室内に入ってきていた。


《何者だ。どうやってここに入った》


 彼は問いかけたが、ABは返事をしなかった。


 肩には、古い「東雲」のエンブレム。


《いいだろう、コルボよ。そこのABを破壊しろ。我々〈エッグ〉に刃向かった反逆者だ》


 AB乗りであれば、コルボの総元締めである〈エッグ〉からの依頼は絶対。その古びたABは一歩踏み込むと、ためらわずブレードで標的のコックピットを切り裂いた。


 棒立ちの標的は、最も重要な機能――パイロット含む――が密集した胴体部分に巨大な溝を穿たれ、ゆっくりと背後に倒れた。


《よくやった》

「よくやった」


 声が二つ重なった。


《何だと》


 切り裂かれたABの胸部から、白い髪の人物がひょっこりと顔を出す。


「いい腕だ。何も言わずとも、こっちの意図が伝わって嬉しいぜ」


 攻撃したABから返事があった。


「いや……歳には勝てませんよ。正直、こんなことはこれっきりにしてほしい。場末のバーテンにゃあ、荷が重すぎます」


 白髪の人物は無傷だった。コックピットを切り裂いたのは超高温のプラズマブレード。刃先の光が一粒触れれば、人体など一瞬で焼失する。パイロットは、数十センチが分ける生死の境を見極めたのだ。


 白髪の人物は背負った大太刀をゆっくりと引き抜きながら、〈エッグ〉そのものである機構へと近づいた。


《やめろ。それ以上近づくな》


〈エッグ〉は警告したが、生身である彼に通用する機能は一切持っていなかった。


《どうするつもりだ。かつて地上に多く存在した我々も、もはや数えるほどしか残っていない。我々が統治しなければ、人類は必ず己を滅ぼす》

「うるせえぞ、ピコピコ計算機。1たす1を永遠に2としか答えられないてめえらに、人を統治することなんかできねえよ」


〈エッグ〉の真正面で邪刀〈宵〉を大上段に構える。


《愚かなことを。おまえのせいで人類は滅びの道を歩む。その責任が取れるのか。我々の代わりに、おまえに一体、何ができるというのか》


「決まってんだろ」


 彼は苦笑混じりに笑った。


「駆け足で世界を救うんだよ」


 ピューン。


 機構のすべてを真っ二つに切り裂かれる轟音の後、小動物が鳴くような音を立てて、〈エッグ〉は完全に沈黙した。


 ※


「やりましたね、親父」

「ああ」

「けど、あれで最後じゃねえんでしょう?」

「そうだ。この街の地下には、あれと似たようなもんが山ほど埋まってる。“我々”っつってただろ。まあ、それでもしばらくは大人しくなるだろうがよ……」


 二十年前のシノノメのエンブレムをつけたABの肩の上にレイ親父を乗せたまま、ラインコワは帰り道を行く。


〈アーマードフロンティア〉のRTAの正体とは、この地下に眠る人類統治機構との戦いだ。数十年前、レイ親父が最初の一機を破壊してから、この隠された因縁は続いている。


「あの子は、どうしてます?」


 ラインコワは聞いた。トマト好きな彼女のことを。


「無事だ。うちのヤツらが病院に担ぎ込んだ。衰弱してたそうだが、体に異常はない」

「起きるの、待ってやってくれませんか」


 答えを知っていて、聞いた。

 一瞬、考えるような、あるいは呆れたような沈黙を挟み、彼は言った。


「わかってんだろ。走者はRTAを終えたら即帰還が鉄則だ。開拓民の時間には干渉しねえ。うちの連中も、もう帰りの支度を始めてる」


 わかってるに決まってる。ラインコワ自身、ただ一度きりをのぞいて、その鉄則の中にずっと身を置いていたのだから。

 それでも、言いたいことはある。


「彼女は何もかも失いました。夢も、居場所も。その上、目が覚めたらあんたまでいないなんて、酷すぎやしませんか」


 十年費やした。十年分の痛みと思いを。それがこのたった十数日で消え果てた。

 何かが残ったって、いいじゃないか。そうじゃなきゃ、報われないじゃないか。


「…………。中途半端に残るより、いっそ全部綺麗になくなっちまった方が楽なことだってある。もう一回、何かしなきゃいけねえなら、なおさらな……」

「再走、大嫌いなあんたが言うんですか」

「ほっとけ」


 彼は頑なだ。変わってなどくれないだろう。


 自分は変わってしまった。

 だから残ってしまった。ここに。


 自分が、誰かにとっての何者かになれればと、そんな期待をして。

 後悔はしてない。彼を恨みもしない。


 ただこうして振り返らずに真っ直ぐゆけることを、羨ましく思う。


 そしてそんな彼にはいつも、大勢が、ついていくのだ。

 いつだって、そうなのだ。


「今度、〈アリスが作ったブラウニー亭〉――まだありますよね?――にトマトを送りますよ。彼女の田舎の直送品です。酒にしてもいいし、チーズと一緒に食べてもいい」

「ああ」

「彼女は、一応俺が見ておきます。気落ちしてる時ぐらい、素直に受け止められる言葉もあるでしょう」

「そうしろ」

「また来てくださいよ。ガバでもオリチャーでもいいんで、俺が生きてるうちに」

「おう考えといてやるよ」


 ABが立ち止まる。

 鉄で覆われた街の、駅の前。


 改札前の広場では、荷物を背負った新しい走者たちが、親父が来るのを待っている。

 ちょうど、あの懐かしい列車も到着した。


「それじゃあ、また。親父」

「じゃあな。ラインコワ。また会おうぜ」


 改札をくぐった後で、彼は振り返り、少女のように綺麗な顔で、笑った。


 ああ、これだから。

 この人は、ずるい。


 そんな顔見せられたら、また一緒に戦いたくなっちまう。


 でもダメだ。


 走者は、速く走ろうとしすぎる。

 残ってほしいと思う人たちだっているんです。

 たとえ、それがいつかはかすれて消えてしまう気持ちであっても。


 俺は、もう少しここにいますよ。


 それじゃあ親父。お元気で。


というわけで完走した感想ですが……親父殿がほぼ主人公のエピソードとなりました。

たまにはこういうのもいいですよね(自己弁護)。

さて次回のRTAですが、シリアスに突かれた皆様のためにい…………

ピンクのしおりをご用意しました! あっ、まい!(ク)

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