第五百五十四走 ガバ勢とサンのミロク
「こちらへ」
ここでパーティを右に。
「こっちです」
ここでパーティを左に。
「ルーキさんは真っ直ぐ歩いてください」
ここでガバウォークをケア。
「…………廿へ廿#」
ニーナナが無言の不満を表明する中、サンが斥候役を務めるようになってからのパーティのエンカ率――実に0%。
特に山城の要所を塞いでいる固定敵の真っ暗兵などは、今まではいくら念を送ってもなかなか動こうとせずやきもきさせられたのが、今ではこちらに気を遣うかのようにそそくさと道を空けていくほどだ。
「これは一体……」
「なんかちょっと気味悪いくらいね……」
ルーキのつぶやきにマギリカも同調する。見事な十倍ウォーク……では済まないスムーズさになっている。
「不正が疑われる 廿_廿#」
「あら、不正なんてしてませんよ。ミロクに聞いているだけです」
ニーナナからの野次にサンはにっこり笑ってそう答えた。
「ミロクはそんなことできない」
「いいえニーナナ。できるんですよ」
その返答にニーナナが鼻白むのがルーキからもわかった。
これまでミロクの能力はニーナナの専売特許だった。こちらはあくまで彼女を通してミロクの発信を受け取るだけ。何ができて何ができないかの線引きは難しかった。だが今は違う。
サンは無人の野を行くが如く、パーティを蝙蝠の洞窟へと先導しながら語りかける。
「ミロクはわたしたちが感じる以上の世界を捉えています。いいえ、正確にはわたしたちも捉えてはいるんです。微小な刺激すぎて脳が勝手に切り捨ててしまっているだけで。気にならない雑音ってあるでしょう? 雨の音とか。あるけれども、知らない。そういうものについて、あなたはミロクに問うことができない」
「……!」
ニーナナが驚いた様子でサンを見つめた。
「それにあなたはまだミロクと単純な一問一答をしている。それではダメです。ミロクはある程度ならアイデアも出してくれるけど、本業は記憶、断片的なデータ収集。それらを統合し、どう生かすか考えるのはわたしたちの役目」
「……そんなことしてたら時間がかかる。戦いは瞬発力が大事」
かろうじて言い返してきたニーナナにサンは微笑んだ。
「それは、ニーナナがミロクと人の言語を使ってやりとりしているからです。ミロクとわたしたちの間に厳密な意味での言葉はいらない。言葉が示す“意味”のみを瞬時にやり取りできる。それを連続で繰り返し、答えを得ること……わたしはそれを“クアリー”と呼んでいます」
「ぐ、ぐぬぬ……廿”_廿;」
答えに窮したニーナナが、巣穴に逃げ込むようにルーキのわき腹に頭突きを刺してきた。
なんてことだ。あのニーナナが、ミロクの使い方で言い負かされるとは。
「はえー。サンはミロクのことをよく知ってるんだな」
ルーキの発言に再び微笑むサン。
「ええ。わたしは娘たちの誰よりもミロクと長く一緒にいますから」
最初のソリッドニンフ。正に年季が違うということか。
目に見えない、肌でも感じ取れないほどの微小な情報をかき集め、それらを瞬時に整理することで世界の状態を把握する。これはほとんどボウケンソウシャーガチ勢、リンガの粒子を読む能力と同じだ。
恐らくだが、ニーナナとミロクの間では、それら小さな情報の“名前”みたいなものが一致していないのだ。ニーナナは何と問えばいいかわからないし、ミロクも聞かれないと答えられない。正しい問いをしなければ正しい答えは得られない。これが以前にも感じた、ニーナナとサンのミロクの差異か。
「何にせよ、この先ノーミスでいけば今回の遅れは十分に取り戻せますね」
他方、リズはこれに関しては深く追求しない構えのようだった。早ければいい。それが意味不明な理論だろうと。ガチ勢の基本的な理念だ。
他のメンバーも同じ。元々企業秘密だったミロクのことだから仕方ないが。
そうしてサンに導かれるまま、ルーキたちは蝙蝠の洞窟の前へと戻ってきた。
ここまでエンカは本当にゼロだ。
「ふぅ……」
「大丈夫か、サン」
小さな肩が上下するのを見て、ルーキは心配になって声をかけた。
「心配してくれるんですか。優しい人……あ、だから悪い人なんですね」
「どっちだよ(呆れ)。何か、体力とか使うんじゃないのか。そのクアリーってのは」
「察しがいいんですね……。確かに何もしないよりはエネルギーを使います。でも、それだけですから」
「無理は厳禁だからな。自分を大切にしないヤツは連れてかないぞ」
「ふふ……。無理矢理優しくするなんて、本当に悪い人……」
サンはどこか大人びた笑みを浮かべ、すでに蝙蝠たちが不在になった洞窟へと踏み出す。
「でも、ここからは先はエンカを避ける必要はありませんから。マギリカさん、出番ですよ。ミサイルを用意してください」
「キタ━━━(゜∀゜)━━━!!!」
「マギリカが一門から覚えた古い言葉を!」
出番を促されるや、ラカンがつけていたロバ型荷物入れからウッキウキで夜十身砕居解弩を取り出すマギリカ。
洞窟内部から膨大な殺気が噴き出してきたのはその直後だった。
「ドクロバット……!」
咄嗟にルーキが名前を出したのは、攻撃力が跳ね上がる四の巻を体現したかのような妖怪だ。
レイ親父がチャートを成立させる以前からこの地で戦っていた夜十一族が、妖怪との戦いで防具を捨てた第一の理由がこいつだとされている。どれほど防具の質を高めようと、このドクロバットの攻撃力を防ぎきることはできなかったのだ。
現チャートでもその流れを汲んでいる。すなわち、出会って五秒で即撃破!
「今ですマギリカさん!」
「ファイヤー!!」
組み合わせた六本の筒から、円柱形の飛翔体がドバーッと発射される。
後部ノズルから猛火を迸らせて突進する爆弾頭は、暗闇の中でひらりと躍った巨影の動きを精密に追った。
ドクロバットの翼はその巨体からは信じられないほど機敏に動いたが、一度標的の臭いを覚えたミッソーの執念はそれをはるかに上回っていた。ジグザグの光跡を暗闇にイヤというほど刻んだ後、回避を甘くした妖怪の図体に保身なき最後の突撃を敢行する。
爆砕。
「foo! 気持ちいい……!」
マギリカが恍惚に目を妖しく光らせながら手で頬を覆った。
親父たちが夢中になって作るわけだ。正に一撃必殺。普通に戦えば苦闘必至の強敵を一瞬で打開する快感は、ある意味でチャートを練りに練った走者の特権とも言える。
「お見事ですねマギリカさん。使い方をどこで習ったんですか?」
サンがぱちぱちと上品な拍手を送りながら言うと、
「説明書を読んだの! ねえ、まだ続きがあるんでしょう? みんなは休んでていいわよ。ここはわたしが引き受けるわ!」
「い、いや待てマギリカ。ここはサポート役も増えたところだし、念のため二人がかりでミサイルをだな……」
ルーキはマギリカの興奮に歯止めをかけようとする、が。
「わかったわ! わたしが両肩に構えて撃てばいいのね!」
「ファ!?」
「ウフフ……その通りですよマギリカさん。景気よくぶっ放しちゃってくださいね」
「ちょっとそこのお母さん!? 他の子まで焚きつけないでくれませんか!?」
しかしそんな抗議の声も掻き消えるほど、そこからの連戦におけるサンの誘導は的確だった。
彼女が示した方角、発令したタイミングで発射されたミッソーはことごとく敵にヒットし、無駄打ちはなし。チャート通り。ガバなし。こうなるとマギリカのテンションはさらに爆アゲで、タイム短縮ににっこりな委員長からも苦情は出ない。
「うう……」
「ぐぬぬ……廿_廿;」
ルーキはニーナナと一緒になってうなった。
まるでサンにパーティを乗っ取られたかのようだ。
「だから言ったでしょう。ソリッドニンフは指揮官向きの個体だって」
サンはそう言って、褒めてもらいたい犬のようにルーキに体を寄りかからせてくる。
「でもそれも、目的を示してくれるマスターがいてこそなんです。目的は一つ、手段は無数。それが集団のもっとも理想的な形。どれだけの機能を備えていても、目的が示されなければわたしたちは真価を発揮できない――」
「ナカナカヤルジャナイ!」
「やりますね」
マギリカと委員長から、そんな彼女に称賛が送られる。サンは満足げに笑みを返しながらも、その横顔にはわずかな陰りがあった。
彼女の顔はニーナナにそっくりだ。朝も夜もすぐ隣でそれを見続けてきたルーキには、彼女の表情のかすかな変化でも大きく見えた。サンはやはり何かを抱えている。しかしそれは、ニーナナが当初持っていたものとはまた別物のように思えた。
「わんわん!」
アニマル仲間が増えて嬉しいのか、ラカンがサンに体を摺り寄せにくる。
彼は普段ニーナナにするように、サンの手の下に頭を突っ込んで撫でてもらおうとした。
瞬間、サンの体がその場から弾けるように跳んだ。
「!?」
天井から垂れ下がる鍾乳石に張りついた彼女は、両目を激しく見開き、地面で驚くこちらを睨みつけていた。ひどく荒い息をしている。まるで戦闘態勢――だとしてもあまりにも荒々しい。
「……! ……すみません。何でもありません」
はっとなった彼女は音もなく地面に降りたつと、「驚かせてごめんなさいね」と言って、申し訳なさそうに耳を畳んで小さくなっていたラカンに頬を摺り寄せた。手は後ろ手に回し、硬く握っているようだった。
(あんまり無茶はさせられねえな……)
ルーキはそう思わずにはいられず、元気のない彼女を密かに見つめた。
このままではルーキ君がソシャゲの主人公(立ち絵なし)になってしまう可能性が




