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第五十五走 ガバ勢と核心プラント襲撃

 かつてないガバガバの泥沼にはまった。


 業界トップのバナジン社について、のし上がってきたシノノメ社を物量で叩き、RTAを手早く終わらせる。その本来のチャートは初日からすでに崩れ、レイ親父が掻き回す初手オリチャーの戦場は完全に未知のゾーンと化していた。


 スコアを気にするどころか、ゴールさえ見えない。

 果たして本当に完走できるかどうかすら怪しい。ルーキは、そう思っていた。


 しかし――。


「リカバーできてる」


 一門が開いた秘密の会議で、サグルマは全員を前にそう告げた。


「あぁん!? 何で!?」

「落ち着けルーキ。今から説明する」


 サグルマはこれまで、酒の席でイオギラから愚痴という名の社外秘を山のように聞いていた。それプラス、サクラのガチ諜報による情報を統合すると……。


「タイム的には多少の遅れはもちろんあるんだが、戦況としちゃもう中盤をとっくにすぎてやがる」

「それも、こっちの優勢で、っす」


 続けてサクラが告げたのは、驚くべき内容だった。

 レイ親父の駆る旧式ABは連戦戦勝。バナジン社は次々にプラントや輸送路を破壊されていたのだが、シノノメ社はそれ以上の損害を受けていたのだ。


「親父さんのせいっすね」

「レイ親父の?」


 ルーキは理解できなかった。またガバでもしたのだろうか。


「言ってしまえば、こっち――バナジン社の上層部が、あの人にビビって本気モードになったっす。何しろ、守りの手薄なところを的確に突いてくるし、それなりの戦力を用意しても簡単に破られてしまう。しかも旧式のマシンで。そりゃ怖くもなるっすね」


 サグルマが話を引き継ぐ。


「だから、それまではうまく損害を減らして上手に戦おうとしてたのを、損得勘定抜きの短期決戦に切り替えたんだ。長期戦だと親父が何をしてくるかわかったもんじゃねえからな」


 二人の話によると、バナジンはAB同士の戦闘だけでなく、経済面での攻撃も仕掛け始めたという。

 シノノメの傘下の企業への切り崩し。一方で自分のグループ下にある企業とは連携を密にし、破壊されたプラントの生産ラインを即座に別の工場で復活させる。要するに、トップ企業の強みである手の広さを全開にしてきたのだ。


「当然、バナジンにも負荷はあるっす。金をがんがん回してるみたいですし、別企業に仕事を渡せば技術は流出するし、人も疲弊するっす。けどおかげで、総合的に見てバナジンは抗争の主導権を握れたわけっすね」

「まさか、レイ親父はこの流れを読んでいた……?」

『ねえよ』


 ルーキの推測は一門全員一致で否定された。


「親父は多分、その場しのぎをしてるだけだ。ただあの人の場合、経験値がハンパねえからな……。変な言い方になるが、ゴールに向かって正しいその場しのぎをしてるんだと思うぜ」

「サグルマ兄貴の言いたいことわかります……」


 レイ親父のリカバーは即興だ。だが、頭のどこかには、一応チャートが、習性レベルで存在している。だからその場しのぎをしつつも、何となく最短距離でゴールに向かう方法を選んでいるのだ。


「今この戦いで、本当の意味で冷静なヤツはほとんどいねえ。特に旧型に負け続きのイオギラと、このままじゃジリ貧のシノノメ首脳陣はケツに火がついてる状態だ。バナジン首脳陣も先に言った通り。勝ち続けてるレイ親父の部署が気分的には一番楽だろうが、ケンカに勝っても勝負に負けたんじゃ意味ねえからな」

「全部、あの人のせいっすね」

「敵も味方もガバらせるのか、あの人は……」


 いがみ合う双方を巻き込むという意味では、今までで最大規模のガバかもしれない。

 そして、タイム的にはそれほどロスしていないこともまた恐ろしい。


 大勢をのたうち回らせた挙句、あの人はそこそこのスコアでこのRTAをクリアしようとしているのだ。


「このRTA、思ったより早く終わるかもしれねえ。最終的に全員がメッタメタになって、誰が勝利者かわからねえ有様かもしれねえが……」


 サグルマが危惧するようにそう話した次の日、ルーキたちは、シノノメの生産力の核心部分を占めるプラントへの攻撃を決行することになる。


 ※


《お・お・おおおお!(おいィ?)おおおお!》

「なんかゴンテツさん、起動時の自己主張激しくなってきてないか」

「重要な任務だから張り切ってるんじゃないすかね」


 ゴンテツさんの機内でルーキとサクラがぼやく一方、


《パイロットを守ることに躊躇はない。金の方がいい首脳陣との確執も今は忘れよう。しかしジェネ―レーターがどう動くか、コレガワカラナイ》


 周囲のカールからは、連戦の疲れを知らせる弱音も聞こえてきていた。それを元に整備員たちが機体の最終チェックを行っていく。


「なあ、ゴンテツさん。この機体は大丈夫なんだろうな?」


 ルーキは不安になって聞いた。


《おまえ頭悪ィな。俺は別に、疲れをアッピルなどしない。みんなが疲れてる中一人だけしつこくネガネガするのはカヤキス・レビタみたいな黒いヤツだけだろうな》

「いや、してくんないと困るんすけど……」

「それにカールへのあたりも強いな。対抗意識強すぐるんじゃないか? そういうのはよくないと思うます」

《おまえらに俺の悲しみの何がわかるっていうんだよ……》


 マシン人格が吐く弱音は、整備員の負担を減らすための自己診断機能だというが、この我の強い練習機にその常識は通じないようだった。

 果たしてこんな機体で企業は何を練習しろと言うのだろうか。


「まあ、ともあれ、ここまで来たらやるしかねえ」


 ハイランサーを駆るサグルマの声がスピーカーから聞こえた。

 攻撃対象はプラントT。本当の名前は別にあるのだろうが、ルーキたちに知らされたのはそれだけだ。

 そこを攻撃する。

 相対するはシノノメの実戦部隊フルメンバーだ。


「あの……レ……〈シノノメのギロチン〉がいたらどうするんですか?」


 ルーキが恐る恐る聞くと、


「どうもうこうもねえ、全力でやれ」

「えぇ……」

「こっちが躊躇ってもあっちは躊躇っちゃくれねえぞ。どうせABが一機や二機爆発したところで死ぬような相手じゃねえ」

「バケモノっすねえ……」


 サクラがぼやいたところで、イオギラの力んだ声が割り込んできた。


「おい、〈シノノメのギロチン〉は狙うんじゃないぞ」

「え? いいんですか」


 ルーキは驚いて聞き返す。


「ああ。ヤツを仕留めるのは俺たちだ。もう査定まで日がなくてやばいんだよ!」

「あっ、ご苦労様です。頑張ってください」

「おう、ありがとよ! そっちも頑張れよ! ブリーフィングの通り、プラントTの本工場は地下だ。地上の防衛部隊は俺らが引き受けるから、おまえらは最深部へ向かえ!」


 攻撃部隊は一斉に基地から出撃した。

 攻撃目標のプラントTから近い拠点で待機していたため、到着はすぐだ。


 ルーキは待機地点へとたどり着くと、マシンにセットされていた作戦開始のタイマーがゼロになるのを待つ。それぞれの機体がつつがなく待機地点に到達する報告が随時スピーカーから聞こえてきていたが、それもすぐになくなった。


 大きな戦いを前に、指先が冷えるのがわかる。

 しかし、ここを落とせばゴールはすぐそこだ。


 三、二、一、ゼロ。

 攻撃開始!


 ルーキはゴンテツさんを前方へと突撃させる。


《イクゾー!》《イク《イクゾー!》《イクゾー!》《イクゾー!》ゾー!》《ハハハハハ!》《ニライドライブがカショクする!》


 一門が駆るハイランサーも一斉突撃。カールからの掛け声がいくつも重なった。

 土ぼこりに隠れる正面モニターを電子処理のモザイクが横切り、映像を鮮明化する。くっきりと見えたシノノメの工場から、ABと無人機が迎撃のために飛び出してくるのがわかった。


「どけええええっ! 明日は娘の誕生日なんだよおおおおッ!!」


 後のないイオギラが敵に斬り込み、そこから波紋のように戦闘が拡大される。


「ちッ! やっこさん自分から死にに行ったぞ! ダメだありゃあ! おいルーキ、俺と一門の何人かで地上に残る! おまえは地下行けるか!」

「了解!」


 サグルマの怒鳴り声に応え、ルーキはゴンテツさんを戦場から迂回させて工場を目指す。


《ああいう勇気は匹夫の勇。本当の勇気とは別のものだ》

《隊長の存在などフヨウラ!》

《ハハハ……》


 存外辛辣なことを言いながら、一門のハイランサーもそれに続く。マシンからはあまり人望がないらしい。確かにイオギラは冷静な指揮官とは言い難い部分もあるが、普段レイ親父と一緒にいるルーキたちからすると、あれくらいの喜怒哀楽幅なら慣れたものだった。


「ゴンテツさん、地下への進入地点は!?」


 サクラが後部座席から叫ぶと、モニターの隅にミニマップが表示され、現在地と目的地を光のラインで繋いだ。これなら、素人のルーキでもどう進んだらいいか一目でわかる。


「サンキュー、ゴンテツさん!」

《やはり黒騎士より白騎士の方が頼りにされていた!「ナイトのおかげだ」「助かった、終わったと思ったよ」とパイロットがおれのまわりに集まってきた。忘れられてるカヤキス・レビタがかわいそうだった。普通なら裏コードテルのことで無視する人がぜいいんだろうがおれは……》

「ゴンテツさんうるさい! 他の通信聞こえない!」

「調子の乗ってるとスクラップ工場でひっそり幕を閉じるってこと知らないんすか!? やっぱりナイトはダメでござるっす!」

《ちくしょうおまえらばかだ……》


 地下への入り口はすぐに見つかった。

 対AB用の防衛設備を一門のハイランサーが破壊し、内部へ突入する。


「おっと!」


 ルーキは慌てて機体を停止させる。

 目の前にあるのは、巨大な穴だった。


《巨大エレベんターだが、リフトが下に降ろされているな。コンソールが反応しないとかマジふざけんなよ》


 どうやら敵の接近に備えて、安全に降りる方法を奪っていたらしい。飛び降りればいかにABとてバラバラだろうが、ブースターで速度を調整しながら壁面の機構を足場にしていけば問題なさそうだった。

 次々にダイブしていくハイランサーに続き、ルーキも機体を降下させる。


「ずいぶん深いな」

「それだけ、大事な工場なのかもしんないっすね」


 サクラと交わした言葉から、ここがシノノメ社にとって重要な拠点であることを改めて認識する。ここを破壊すれば、あちらは補給と経済活動の両方に大打撃を受ける。


 バナジン陣営の勝利が見える。それはつまり、レイ親父に勝てるということだ。

 自分が、あの偉大なレイ親父に。


 そんな大それたことを考えた罰だろうか。

 ビーッ! という耳障りな音がコックピット内に響き渡った。


「何だ!?」


 ルーキが叫んだ直後、機体が激しく横に流れ、竪穴の壁にぶつかりそうになる。


「ちょっと! 何やってんすか兄さん!」

「俺は何もしてない! ゴンテツさん!? 何があった!?」

《メインブースター ニ イジョウガ ハッセイ シマスタ》

「今さら機械ぶってんじゃないっす! 原因は何すか!?」


 サクラの怒声に、トーンダウンしたゴンテツさんの声が返る。


《背面ブースターにマシントラブルが発生することが稀によくある》

「やっぱり整備不足じゃないか!」

「そういうことは出発前にちゃんと言うっすよタコ!」

《すいまえんでした》


 推力のバランスが狂ったことで、機体があっちこっちへとふらふら飛び回り出す。

 ルーキは必死に機動を制御しようとしたが、風に煽られる凧のように動きが定まらない。


「おい新人、何遊んでんだ!」

「すいません、機体のトラブルで……! うおおおおっ!?」


 モニターに表示されるエネルギー残量がみるみるうちに減っていく。


《このままでは残りのブースターの寿命が過負荷(ストレス)でマッハなんだが……》

「他人事みたいに言うな! どうにか足場にたどり着かないと、下まで真っ逆さまだぞ。何とかしてくれ!」

《俺を頼りにするやつは本能的に長寿パイロット。とっておきを見せてやる》


 メインモニターに見慣れないメッセージが表示された、直後。


《ホーリー!!》


 ふらついていた機体が、一直線に前方へと吹っ飛んだ。


「うお!?」


 Gでシートに押し付けられたルーキは、遠く見えていた足場がぐんぐん迫ってくるのをモニターで確認する。


《生半可な機体には真似できないホーリーバーナー。普通ならまだつかない時間できょうきょ到着すると「もうついたのか!」「はやい!」「きた! メインAB来た!」「これで勝つる!」と……》

「それはいいからゴンテツさんブレーキは!? 壁にぶつかる!!」

《ブレーキ? 誰それ? 賢者? デモンズ?》

「やっぱり相棒はニンジャに限るっすううううう!!」


 サクラの悲鳴の直後、モニター画面がすべて壁で埋め尽くされ、衝撃が来た。

 異常加速の圧力で機体はバラバラ、乗っていたルーキとサクラもぺしゃんこになるかと思いきや、まるで薄紙を突き破るような微弱な震動がコックピットを揺らしただけだった。


「!!!????」


 思わず防御態勢を取っていたルーキは、機体が真っ暗闇を突き進んでいることに気づき愕然とした。


「な、な、何だ!? ここ、どこだ!?」

「よ、横穴っすか!? 隠し通路!?」


 サクラも動転している。ルーキはどうにか指示を出した。


「ゴンテツさん、まわり見えないか?」

《騎士の両目はナイトアイという名歌詞を知らないのかよ》


 モニターが緑がかった映像を映し出した。

 だが。


「何もない……」


 やはりそこには何も映っていない。いや、これでも映っているのだ。広大な闇が。


「何すかここ……。ゴンテツさん、いいから引き返すっすよ」


 機体が軋み、慣性の向きがぐるりと旋回したことだけが、方向の転換を告げる。


「!? ちょっと待て、あれは!?」


 ルーキは目を剥いた。

 前方にアリの巣のように細く枝分かれした建造物の外壁が見える。


「あれ、ひょっとして今潜ってた地下工場じゃないっすか?」

「ゴンテツさん、どうなんだ?」

《スキャン中……。マッチんぐ100パーセント中の100パーセント。プラントTなのは確定的に明らか》

「どうなってんだ……」


 どうやら地下工場の外側にある地下空間に飛び出してしまったらしい。

 理解できないのは、そこが恐ろしく広大だということだ。プラントTはこの何もない空間に、地上から垂れ下がっていることになる。


「さすがにそれはないな。ゴンテツさんの故障かな」


 モニターに映る画面は、人間の目で見るような生の風景とは違う。ABのカメラを通して処理された映像だ。その過程にトラブルがあれば、ありもしないものが映ってしまうこともあると、ルーキは前もって説明を受けていた。


「かもしんないすけど、これ、やっぱり秘密のルートじゃないっすかね。ゴンテツさん、この外側から工場の奥に行けないっすか?」


《超高感度対物センサーと熱源探知機と振動探知機が合わさり、壁もスケスケに見える》


 ピピッと電子音が鳴り、プラントTの外壁の中身が映像処理によって丸見えになった。

 内部で蠢く防衛用の無人機も、シルエット表示で一体ずつ映し出される。


 尖った部分が多く致命傷を与えられそうな黒っぽいカーソルが、モニター内を勝手に行き来し、やがて一点を四角いラインで囲むとクローズアップした。


《ここにバックドアらしきものがあるぞ》


 最下層まで一直線の位置だ。


「よし、そこから侵入だ!」

《見事な仕事だと感心するがどこもおかしくはない》


 ルーキは機体を、プラントTの地下通路の“屋根に乗せた”。

 真下にはシノノメの無人機が映っているが、こちらには反応していない。


「おい新人、どこ行った!? 無事か!?」


 雑音交じりの通信が入った。背後から激しい戦闘音も聞こえてくる。


「こっちは無事です! 隠し通路みたいなところを見つけて……そっちはどうなってるんです!?」

「やべえ数の防衛マシンと戦闘中だ! まったく前に進めねえ! そっちはどうだ!?」

「こっちは裏口から侵入できそうです! 敵も気づいていません!」

「何ィ!? フリーパスってわけ? ナカナカヤルジャナイ! よーし、こっちで敵を引きつけておくから、おまえはそのまま仕事を終わらせてこい!」

「ホイ!」


《《《《《《《デッデッデデデデ!》》》》》》》《おいィ?》


 全カールからのエールを受け取り、ルーキは工場の深部へと潜っていった。



なお実際は裏ルートを行くより正面突破の方が速い模様。

正攻法が最速とかRTAの鑑がこの野郎……。


※お知らせ

ここでの作品に関するものではないので恐縮ですが、ツイッターの方でちょっとした告知を行っています。

もしよかったらチラチラのぞいてやってください。

ツイッターは、マイページもしくは作者名の検索からドウゾ。

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