第五十四走 ガバ勢と焦がれる戦場
ノールはベッドの上で目を覚ました。
昨日、いつ、どうやって寝床に潜り込んだのか記憶にない。
白髪のコルボと逃走し、会社ではなく自前のセーフルームに逃げ込んだ。
ヒットマン――恐らくバナジンの――に襲撃された腹立たしさを紛らわせるために、置いてあったアルコール類を痛飲したところまでは覚えている。
一週間はもたせられる量を、コルボと二人で飲み尽くした。
それから、それからどうした……?
ノールはふと、シャツの上の方のボタンがはずしてあることに気づいた。
咄嗟に隣を見ると、白髪のコルボが背を向けて寝ていた。
ドキッという少女じみた鼓動が胸から響いたが、コルボからの「おい、起きたんならもっと端に寄れ。狭いんだよ」というぶっきらぼうな言葉に、正常な思考が戻ってくる。
見れば白髪のコルボは、どこか遠慮するようにベッドの端にいた。
もし昨日何かあれば、こんな微妙な距離感はありえないだろう。
ノールは苦笑した。
昨晩は、何もなかった。
ただ単に、先にこちらが酔い潰れただけだ。
ベッドまで運んでくれたのはこいつ。ボタンが外してあるのは上の方だけで、他に着衣の乱れもないのなら、単に寝苦しそうだからと外してくれたのだろう。
紳士なのやら、図々しいのやら。
ノールは自嘲的に短く笑った。
「わたしなんぞに興味はない、か」
「んあ?」
コルボは眠そうな目をこちらに向け、
「まあ、スヤスヤ寝てるヤツじゃあな」
そう言って壁を向いてしまった。
ノールはむっとした顔になる。
じゃあ、起きてたら、どうなんだ。
無防備で小さな背中だ。腕を広げれば、女の自分でさえ簡単に包み込んでやれそうだった。
しかし、昨日、突き飛ばし損ねた自分を受け止めた重さ、理屈を超えた“広さ”は勘違いではない。
大きい存在。子供が見上げる父親のような、幼い頃に思い描いた大人の概念のような、その歳になってみれば幻にすぎなかったと思えるような大きさを、こいつは持っている。
寝てる相手には手を出さない紳士のくせに、人のベッドに平然と潜り込む無邪気な図々しさはある。
距離感こそ掴みあぐねるが、それはこちらが自分を守るために立てた壁がそうさせているだけだ。こいつは最初から、何も隔ててなどいない。
そんな今まで会ったことのないものが、すぐ隣で寝ている。
こんなに無防備に。女の自分から見ても、こんなにしどけなく。
頭の中の何かがどろりと溶けだすような感触があった。
相手をもっと知りたいと思う一方で、こいつが男なのか女なのか、大人なのか子供なのか、人間なのかすらどうでもよくなる理性の融点。
知らず飲み下した唾液の冷たさが、胸の奥の温度をはっきりと意識させる。
こらえきれず唇の隙間から吐き出した熱気は、はだけた胸元を這って、服の中へと潜っていった。
あの細い肩を掴み、仰向けにして、上から見下ろしたら。
こいつは、拒むだろうか。それとも――。
しかし、相手の背中一点を見つめていた眼がふとベッド脇の時計に吸い込まれた瞬間、その熱は抗いようもなく冷えていった。
午前十時十三分。
出勤時間をとうに過ぎている。
入社以来の大遅刻だ。
その言葉を原因として完全に発熱を終えた自分に、つくづく仕事人間であることを思い知らされ、ノールは苦笑した。
「せめて十五分あれば、わたしがどんな女か教えてやれたんだがな……」
負け惜しみのように言い、ベッドから起き上がる。
ここまで遅刻したらもう後はみな同じのようにも思えたが、自分だけでなくこのコルボまで不在とあっては、今のシノノメ上層部ないし実戦部隊は半狂乱に陥りかねない。
さっさと出かけるしかないだろう。
「うー、あと五分くらい誤差……」
「ダメだ。さっさと起きないと引きずっていくぞ」
ノールは我ながらひどく明るいと思える声で言った。
昨日は怪物、さっきは熱情の対象だったこのコルボが、今はデキの悪い弟か妹に見えている。
※
「クソッ! 何なんだ、あいつは!!」
バナジンの実戦部隊隊長イオギラは、ここのところ毎日悪態をついている。
高周波ブレード〈月蝕〉を担いだ旧型AB――〈シノノメのギロチン〉というあだ名までつけられたレイ親父は、登場以来、いかなる戦場でも見事に彼らの裏をかき、つい先日も工場を一つ潰していた。
「あいつが現れてからうちの会社はガバガバだ! 情報部のバカどもはいまだあれに乗ってるコルボの素性さえ掴めていないし、〈女狐〉を狙った襲撃も失敗した! マヌケしかいないのかこの会社には!」
ミーティングルームで先の戦闘の画像を確認しているさなかに突然爆発した彼の癇癪は、しばらく収まりそうにない。社内のいたるところに監視の目がある中、ここだけは利用者の秘密が守られていることを思えば、突然のヒステリーの理由もわからなくはないが。
「わからないもんなんですかね、レイ親父のこと」
イオギラの声に紛れこませ、ルーキは隣席のサグルマにひそひそとたずねた。
「あの人の場合、見た目がああだからな。……だが、この会社が諜報に長けてるって話を信じるなら確かにおかしい」
「なーんか、裏がありそうっすねえ」
サクラも混じってくる。諜報隠密活動が専門である彼女からすると、違和感は一際大きいのだろう。
「だが、それも今日までだ」
不意に冷静に戻った隊長殿の声に、ルーキたちはひそひそ話を中断して顔を向けた。
「ヤツを直接叩くプランを打診した。新時代のコルボの中でも、指折りの精鋭を遣った。これで、終わりだ」
※
「やっと来たなあ、〈シノノメのギロチン〉……」
AB“ウォールバニー”の機内から呼びかけたカイネル・マクマーンは、モニター正面で身じろぎ一つしない旧式のABに唇の端を吊り上げていた。
「おまえのためにプラントを半分残しておいた。これで逃げない理由ができただろう。オレと戦ってもらうぞ」
シノノメが保有する外殻プラントの一つ。連中にとっては核心施設の一つであるここを破壊することがバナジンから受けた依頼だったが、そこに付随するオプションについても重々ほのめかされていた。
シノノメ最強のABによる妨害の可能性大。
だが、それこそがカイネルにとって一番有益な情報だった。
旧パーツのみで構成された前時代の亡霊、〈シノノメのギロチン〉を葬り去り、新世代の到来と最強のコルボの名を両方手に入れる。
戦場が怪物的進化を遂げる中、新しいアッセンブリ思想と、新型外殻のABを持つコルボには、現在トップ・フォーと呼ばれる突出した四人が存在した。
カイネル・マクマーンはそのうちの一人だ。他三人がこの戦争でひとまず静観を決め込む中、彼だけがバナジンの依頼を受諾した。
三人が動かない理由を、カイネルは知っていた。
〈シノノメのギロチン〉が熟すのを待っているのだ。この抗争でヤツの命が一番高い価値を持った瞬間、それを刈り取ろうという算段。
だがそうはいかない。自分と出会った瞬間、すでにこいつの命は高止まりしている。
「いくぜ!」
死にゆく者に御託を並べる必要はなかった。カイネルはウォールバニーを横軸に滑らせながらレーザーガンを連射する。
旧式ABはそれを機敏に回避したが、その先にはすでにカイネルが高速で回り込んでいた。
一瞬で、なぜ。相手コルボのそんな驚愕を予感して、カイネルは侮蔑的な笑みを浮かべた。
「なんとまあ、あっけないな……!」
左腕のブレードを一閃させる。胴体部分のコックピットを直撃し、ABの心臓部とパイロットを同時に抹消。それで終わりのはずだった。
が、左腕はなぜか途中で止まった。ぎしぎしと機体が軋む音がコックピット内を微動させ、正面モニターの端にあるウォールバニーの全身モデルの左腕部分が、異常を知らせる赤色に発光する。
「何!?」
カイネルはぎょっとした。
ABの肘の内側に、折れ曲がった鉄骨が差し込まれていた。それが邪魔をして、左腕を振り切れなくなっていたのだ。
やったのは、もちろん〈シノノメのギロチン〉。
ウォールバニーのボーンが規定する基本斬撃モーションは、内から外へと切り払う一般的なモーションだ。その動作の一瞬に鉄骨を差し込み、まるで左腕と腕組みをさせるような形にして妨害してきた。見たことのない技法だ。
「アジな真似をッ……!」
カイネルは機体を急速後退させる。
前面についた補助ブースターと背面ブースターを特殊な方法で連動させ、その場を離脱。直前までいた空間を、敵の代名詞である高周波ブレード〈月蝕〉が両断する。
「遅いんだよ、今の時代……!」
一瞬で窮地を脱しつつ、前後ブースターを断続的に吹かしながら距離を空ける。
ショットバーストと呼ばれる瞬間加速法で、新型ABのみが持つ特徴的な動きだった。新しいテクニックであり、これを真に自在に操れるコルボとなると数えるほどしかいない。彼はそのうちの一人だった。
「墓場に帰れよ、ギロチン野郎!」
カイネルはレーザーガンを連射する。
ヒット、ヒット、ヒット、ヒット! 補助ログに表示されるメッセージを見るまでもなく、カイネルは敵を圧倒している自分を高揚と陶酔の中で理解した。
旧型ABのアッセンブリセオリーは重装甲中機動。しかし新型は中装甲で異次元の高機動が実現されている。
それを可能にするのが前後部の多連ブースター。瞬間的な加速を繰り返すことで、相手に実体を掴ませないまま、一方的に蹂躙することが可能だ。
「ハッハ! 予定通りだぜえ!」
カイネルはショットバーストで機動しながら、レーザーガンを撃ち続けた。
〈シノノメのギロチン〉の武装は〈月蝕〉一本。競技性のあるアリーナであれば脚光も浴びようが、すべての要素がフラットである実戦では隙だらけの欠陥アッセンブリだ。
遠距離戦に徹すれば、相手は何もできない。
さっきはつい癖で前に出てしまい、おかしな真似を許してしまったが、あれがヤツにとって唯一の勝機だった。ヤツはそれを逃した。もう終わりだ。
〈シノノメのギロチン〉はどうにか前進して来ようとするが、こちらの後退の速度にまるで追いつけていない。コルボの間で言われる「引き撃ち」の状態――いわゆるピンチ。
こうなればもう勝利は確定だった。
現れた時は界隈を驚かせた〈シノノメのギロチン〉だったが、カイネルは冷めた目で見ていた。〈月蝕〉も所詮はこけおどし。目を引く要素を満載しただけのおめでたい道化だと。
「実際、そうだったろ?」
残り三人のトップ・フォーにうそぶくつもりで、つぶやいた。
こういう手合いは、馬脚を露す前に仕留めなければいけないのだ。傷がついてからでは価値はガクッと落ちる。最高潮の手前、それが収穫時。ショートケーキのイチゴを最後に残すヤツらか? 全員が。バカめ。
〈シノノメのギロチン〉はここで潰える。
しかし、カイネルにとってはここからが始まり。新時代の真の幕開け。
新しいコルボとABが世界を牽引するのだ。
老兵はここで、夢のように消えろ。
不意に、〈シノノメのギロチン〉がモニターから消えた。
半壊した施設の陰に隠れたらしい。
破壊されたプラントの影響か、レーダーに異常が発生していた。
「おい、隠れてる場合か? おまえは守る側なんだぜ」
レーザーガンを、まだ無事な施設に撃ち込む。シノノメもここを失いたくないからヤツを寄越した。それを理解していないはずがない。
ピピっ、とアラームが短く鳴った。
残弾、残り十パーセント。
カイネルは舌打ちする。予備弾倉は持ってきている。今すぐ取り換えてもいいが、これもタダではない。どうせあの旧型ABはあと二、三発で落ちる。少しもったいないか……。
そう算段した、次の瞬間。
相手が物陰から飛び出してきた。
カイネルは鼻で笑い、トリガーを引いた。
全弾命中。機体は爆発四散する。
「焦って最後は無謀な特攻。まあ、経年劣化した連中の最後などこんなものか……」
《作業用ロボット、TAGOSAKUを破壊確認。特別報酬に300追加》
「――……!?」
マシン人格のボイスが告げた内容に、意識がフリーズした一瞬。
横合いから飛び出してきたABに、カイネルは施設へと叩きつけるように押しつけられた。
「〈シノノメのギロチン〉ッ……。さっきのは囮か!!」
モニター全面に映し出された旧式の頭部外殻が、デュアルアイに鋭い光を灯らせる。
密着状態。
「どうするつもりだ、この間合いじゃ貴様のブレードは使えまい……!」
「やれやれ……」
「…………!!?」
スピーカーに初めて声が吹き込まれた。〈シノノメのギロチン〉の声だ。
だが、これはどういうことだ。
〈シノノメのギロチン〉に乗っているのは年老いたコルボのはず。
しかし聞こえてきたのは……。
「最近のコルボは戦い方が理屈っぽくていけねえ」
娘の声。それも可憐な。
「な、なんだ、貴様!?」
合成か。何かのカモフラージュなのか。カイネルが混乱する中、〈シノノメのギロチン〉は言葉を続ける。
「いいか、ケンカってのはな、屁理屈なんだよ。自分以外の全員がブッ倒れて何も言わなくなったから、残った自分が唯一の正義っつう、そういう屁理屈なんだよ」
「何を……何を言っている……!」
「屁理屈と小利口は両立しねえ。自分が傷つかないよう立ち回るのは、相手に戦場の一部を明け渡すことと同じだぜ。後ろを見ろ小僧」
マシンオペレーションが相手の真意を告げる。
《警告。背後にある施設は、特殊混合DKTメタンの貯蔵庫です。爆発まであと三秒》
「!? き、貴様、自爆する気か!?」
「どっちが頑丈か試してみようぜ」
熱爆。
メタンの爆発に即座に反応したエアマットがコックピットを埋め尽くし、カイネルを衝撃から救った。それでも、シートベルトが肩に食い込む痛みにうめき声をもらす。安全装置が万全でなければ、シートベルトの内側で圧死していた可能性すら自認しつつ、彼は歯を食いしばって嵐が過ぎるのを待った。
衝撃が去った後、ウォールバニーは吹き飛ばされた先で擱座していた。
虫食いだらけになった前面モニターには、爆心地と思しき場所に存在する、特殊メタンの青い炎と黒煙の地獄が映っている。
機体の状態を示すミニモデルは全身真っ赤。あの規模の爆発に巻き込まれたら、もう新型も旧型も関係ない。
「状況を知らせろ!!」
カイネルはマシン人格に命じた。
《被害状況確認。全体防御力95パーセント低下。両腕部機能断裂……とんとんとん》
「…………あ?」
《ジェネレーター出力83パーセント消失。……マキマキ……。レーザーガン使用不能……とんとんとん》
「な、何を言っている!? 管制システムちゃんと報告しろよお!?」
カイネルは悲痛に叫んだが、返ってきた答えはもう正常ではなかった。
《つーるーマキマキ、つーるーマキマキ、ひーて、ひーて、とんとんとん……》
「マ……マシン人格がイカれた……!? さっきの衝撃で!? コンバットシステムがフル・フリーズだとお!?」
ずん、と重々しい振動がカイネルを揺らし、彼の視線を前面モニターへと引き戻した。
装甲のあちこちにメタンの青い残り火を宿らせたABが立っていた。
右肩に担いだ長大なブレード。深紅のデュアルアイからは殺気にも似た炎が揺らめき、無言のままこちらを見つめている。
「ば、バカなッ……! なぜ貴様は無事なんだ!? ぼ、防御力の差か!? だが、あれだけのレーザーを撃ち込まれて機体はガタガタだったはずだ。どうして……!?」
カイネルは気づく。〈シノノメのギロチン〉の左腕が消失している。
他の部分はあの爆発を耐えきっているのに、なぜあそこだけが。
「まさか……ダメージを左腕に集中させていたのか……? 最初から左腕を捨てるつもりで……?」
ケンカは屁理屈。傷つかないように立ち回れば、戦場を明け渡す。
そんな馬鹿なことがあるか。戦闘は理屈と情報。傷つかないよう立ち回り、戦場を圧倒することこそ新時代の真理。そうじゃないのか。それが正解じゃないのか。
さっきの可憐な声が告げた言葉が、絶対的な真実を伴ってカイネルの頭にのしかかる。
これが現実だと言われるように、理屈に合わない泥のような無頼の流儀が、自分を追い詰めていた。
「はは……はははははッ!!」
カイネルは笑った。
「認めよう、〈シノノメのギロチン〉。おまえの勝ちだ! ……許さん……絶対に許さんぞ! この借りは必ず返す! 覚えていろ、オレの名前は、カイネル・マクマーン! カイネル・マクマーンだッ!」
莫大なエネルギーを短期に集中させる戦闘モードを解除し、移動のみに機能を絞った通常モードに移行して、ブースターを噴かす。
リアルタイムデータがクローズされ、多くの戦闘システムが休眠に入る中、ウォールバニーは最後の力を振り絞って戦場を離脱した。
もはや言い訳のしようもない、敗北!
装備でも最新の戦術でも勝っていたこちらが、あの何から何まで旧式の相手に敗れたのだ。
しかし、その結果とは裏腹に、カイネルの胸は高鳴っていた。
間違いない。〈シノノメのギロチン〉は、若い。
どこであんな老獪な手管を覚えたのかはわからないが、確実に若い。同世代だ。
あいつとなら、時代を変えていける。あいつと組めれば、いや、そうでなくともいい。あいつと戦っていれば、その様子を目の当たりにした世界は、いずれオレたちの世代にひれ伏す。認めざるを得なくなる。
新世界の盟主。それはもう、すぐそこだ。
しかし、野望に高ぶる一方で、カイネルはそれとは別の理由で鼓動する胸の内にも気づいていた。
あの声。美しい声だった。言葉遣いは伝法だが、声はそれに見合う顔立ちを自然と想像させた。
美しい娘だ。絶対にそうだ。
もう一度会いたいと思ったコルボは初めてだった。
「次は必ず、おまえのツラを拝ませてもらうぞ。〈シノノメのギロチン〉!」
カイネルは、かつて味わったことのない満ち足りた逃走経路をどこまでもすっ飛ばした。
※
《コンバットシステム、フルフリーズ。機体性能3パーセントまで低下。通常モード、移行できません。行動不能、行動不能……》
マシンオペレーションによる警報が鳴り響くコックピット内で、レイ親父は唇を歪めて笑った。
「へっ、甘ちゃんが! ぺっ!」
最後は気迫勝ち。
※
「負けてんじゃねえよバァカ!!」
ほぼリアルタイムの記録映像で勝敗を確認したイオギラは、荒野の彼方へ逃げ去っていくABの背中に露骨な罵倒を浴びせかけていた。
一瞬ヒヤリとしたものの、最終的な決着に一門はひそかにため息をつく。
レイ親父が人間相手に負けることなど考えられないが、本業の、しかもトップクラスと呼ばれるコルボにどこまでやれるか不安はあったのだ。
「まあ落ち着け、イオギラさんよ。あちらの機体もボロボロだ。しばらくは動けなくなるんじゃねえのか?」
サグルマが余裕を取り戻した声で聞くと、イオギラはモニターを見つめたまま、存外冷静な答えを返した。
「最新の外殻パーツならそれもありうるが、ヤツが使っているABは全身旧式だ。しかもベストセラー品だった。中古屋を巡れば替えがいくらでも見つかるだろうし、何ならスクラップ工場から二束三文で買い取ることもできる。シノノメの倉庫に、あれとまったく同じ機体が十体から並んでいてもまったく驚かんよ」
怒りを握りつぶすように拳を作り、彼は半ばやけ気味に言い捨てた。
「高周波ブレードの進化は、五十年先まで頭打ちと言われてる。つまりあのゲテモノも、攻撃性能だけは最新鋭ってわけだ。それにプラスして、いくらでも安価で補充できる旧式の外殻パーツ。これで勝てるってんなら、誰だってそうするぜ……」
どうやら、マシンが壊れた程度ではレイ親父は止まらないらしい。
これもガバ対策のうちですか? 一門はこっそり顔を見合わせ、苦笑いを交換するしかなかった。
機械が故障したらいとまきのうたを歌うのは当然だよなあ? えっ、微妙に違う? 何のことだか……たすけてドラえもん!




