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第五十二走 ガバ勢と予測不能ガバナンス

「〈ブラックドッグ〉が誰も来ていないだと!? どういうことだそれは!」


 シノノメの実戦部隊を統括する女性指揮官ノール・エルロッソは、格納庫に集合したコルボたちを前に激昂を隠しもせず叫んでいた。


 右目にかかりがちの長い髪は光沢のあるアッシュ。年齢は二十代中ごろから三十代前半といったところか。肩幅が広く、背も高い頑健な容姿だが、それは彼女の姿勢のよさと語気の強さがそう見させているだけで、服の中の線はわりと華奢だろうと、“彼”は希望的観測を胸中に走らせた。


“彼”は、特に“誰”ということもない男だ。


 シノノメに雇われたコルボの一人。〈ブラックドッグ〉はチーム全体で行動するので、戦場が複数に分けられる場合にあちらとは別の仕事場を回されるだけの、要は穴埋め要員だった。


 今まではそれでよかった。〈ブラックドッグ〉は常に激戦区に当てられており、自分は二級線の現場を抑えればよかったのだから。


 しかし彼は今、自分が貧乏くじしか入っていない箱に手を突っ込んでいることを痛感していた。


「そ、それが、昨日、リーダーたちが通ってた店で何かあったみたいで……。オレは、気分が悪かったからたまたま行かなかったんだけど……」


 しどろもどろに答えるのは、まだ十代と思しき少年。確か〈ブラックドッグ〉の追っかけ見習いで、正式なメンバーではないらしい。ABの腕前も素人だ。


「メンバーの大半が最低でも手か足をそれぞれ一本以上折られてて、残りは全員急性アルコール中毒で病院行き。まともなチームとして復活するには、最低でも二ヶ月はかかるって……」

「バカか!? ここ数週間で勝負が決まるかもしれないというのに、二ヶ月も待てるわけがないだろう! あのクソッタレのゲロのシミどもめ、ちょっと勝ち星を挙げたぐらいで調子に乗りやがって。相手はあのバナジンだ。こういうこともありえるから、作戦が近い時は宿舎で大人しくしてろと言っていたのに……!」


 ノールが手に持ったボードをへし折らんばかりに指をわななかせると、少年も目を丸くし、


「ま、まさかリーダーたちはバナジン社のヤツらに……!?」

「そこまで徹底的にやられたのなら、十分に考えられる。というか、ただのケンカでそんなになるわけがない」


 ノールは苦虫を噛み潰した顔で答える。


 企業間の戦いに仁義はない。ABに乗れば無敵のコルボでも、降りてしまえばただの人間。いかようにも処理できる。


 死人が出ていないのは、相手側に〈ブラックドッグ〉を再利用する腹積もりがあるからだろうか。まさか襲撃する際に名乗ってなどいないだろうから、次の雇い主が恨みある相手であろうと傭兵側にはわかりっこない。


 引き金と報酬の重さが釣り合っていればいい。それがコルボの宿命だ。


 真実を知って、少年は地団太を踏む。


「ち、ちくしょう。よくもリーダーたちを! バナジン絶対に許せねえ!」

「黙ってろ小僧! プロとして許されんのはニックたちの方だ。ヤツらがいなければ、Bプラントへの攻撃など不可能なんだぞ……」


 ノールが、集合しているコルボたちに目をやる。

 つられて、彼も雑然と集まった味方を眺めた。


〈ブラックドッグ〉亡き後のシノノメの実戦部隊は二軍もいいところだった。

 個人としては使えそうなコルボも一人二人いるが、今までの相手ならまだしも、質も量も兼ね備えたバナジンと一戦やらかすには甚だ心もとない。


 しかし、すでに挑戦状を叩きつけてしまった以上、動かないことイコール死だ。そしてこちらの残された手札を見る限り、そうなる公算は高かった。


「………………」


 彼はふと、その中に、さっきから黙りっぱなしの白い髪の若いコルボがいることに気づいた。

 いや、黙っているのは他の誰も似たようなものだったが、一人だけ青ざめた顔でノールの視線から両目を背けている。


 ……気持ちはわかる。誰もがここから逃げ出したい気分だが、それを言い出せないでいる。


 無法という完全無欠な平等の下で、コルボが唯一束縛されるのが雇用主との契約だ。

 土壇場で破棄することは可能だが、一度ブラックリストに落ちればもうその企業との関係構築は不可能。担保にできる腕前がなければ、他の企業も拾ってはくれないだろう。ゆくゆくは自暴自棄の労働者たちが結成したテロまがいの組織に雇われ、勝ち目のない戦いに引きずり込まれる未来が最短距離で待っている。


「で、どうするんです?」


 ここでの発言が火中の栗を拾うことだと理解しつつも、彼は問いかけた。

 作戦が実行不能に陥ったのは誰の目にも明らかだ。いくらシノノメの女性指揮官が美人でも、こんな場所で突っ立ったまま彼女が社運を諦めるまで待ってやる義理はない。


「…………」


 白い眉間に深々と溝を刻みながら、ノールはぶつぶつと何かを言い始めた。状況を打破しようと苦悶しているのだろうが、今からかき集められる人材などたかが知れている。


 コルボは山のようにいるが、優れたコルボはいつだってたりない。


 やっとここまで来たのに、大事な初撃を潰され、後は一方的に踏み潰されるだけの運命には同情するが、この無情さこそが世界のルール。誰かが何年もかけて積み上げ、一瞬でチリと化したものの上で、自分たちは今日を生きている。


 せめてバカげた特攻だけはさせてくれるなと思いつつ、彼がノールの最後の足掻きを傍観者の眼差しで見ていた、その時だった。


「おい……。ここにいるのはAプラントを攻撃する予定のヤツらなんだろ?」


 娘のように高く澄んだ声――実際にそうなのかもしれないが――が場に広がり、うつむいていたノールの視線を地の底から引っ張り上げた。


 あのそっぽを向いていた白い髪のコルボだった。一体何を言うつもりだ、と訝しむ空気の中、ノールの、まだ完全には諦めきれていない声が慎重に返る。


「そうだ。だが、ここからさらに部隊を二つに分けることなどできんぞ」

「わかってる。だったらいっそのこと、こういうのはどうだ――」


 そのコルボは、言った。


 ※


 ルーキとサクラはBプラント前に広がる荒野にいた。


 プラントというのは、これまた鉄と機械でできた村規模の工場で、ルーキがこれまで見てきたどんな施設とも異なる姿をしていた。ここでABのパーツをはじめとした、バナジンの基幹製品が造られているらしいが、ロコの実家の作業場くらいしか見たことがない身としては、その風景がどんなふうなのか想像もつかなかった。


 ただ、その製品の実物は目の前にある。


 ルーキはモニター越しに、周囲に展開したハイランサー部隊の右手に目をやる。

 長大な騎馬槍のような武器。相手に突きかかるものかと思いきや、意外にもこれは飛び道具らしい。


 隊長のイオギラ曰く「お菓子の“とんがりモロコシ”をいくつ重ねられるかを試していた社員が思いついた傑作」だそうで、槍の下に一回り小さな槍が隠されており、まるで玉ねぎの皮をむくように外側を射出していくという。

 正式名称バリスタルスピアー。総弾数は八発。威力はお墨付き。


《やばい。紫電の槍ライトニングスピアだ!》


 マシン人格のゴンテツさんは、それを装備させてもらって喜んでいるようだった。名前も勝手につけて一人ご満悦。機械のくせに変なヤツだ。


 もしグラップルクローが口を聞いたら、こんなふうになるのだろうかと少し不安になる。

 いや、きっとロコのように穏やかで心優しい性格のはずだ……。


「それにしても、誰も来ないっすねえ……」


 後部座席からサクラの退屈そうな声がする。

 一門が布陣を完了し、待機命令が出てからしばらくたつ。敵はまだ現れない。


 ふと、通信が入った。指揮官のイオギラからだ。

 彼は実戦部隊共々、プラント敷地内にて身を隠している。奇襲を狙っているシノノメに対し、ここの守備戦力を少なく見せるためだった。


「全員に通達。プラントAへの攻撃が始まった。もう一度言うがあちらは陽動だ。こっちが慌てて援軍を差し向け、手薄になったところを叩きにくる。じき始まるぞ。備えろ」


 操縦棹を握るルーキの手に力がこもる。いよいよ始まる。未知の戦い。

 しかし……。


「やっぱ来ないっすねえ……」

「どこかに隠れてるのか?」


 すでにさっきの報告から三十分が経過しているが、前方に広がる荒野に動きはなかった。


《俺はこのままタイムアップでもいいんだが?》


 ピッと機械音がして、正面モニターに、周囲の地形を表したミニマップが表示される。


「この青い点が味方で、敵がいたら赤い点だっけ? 誰もいないぞ」

「これあてになるんすか? カールの方が性能よかったりして」

《おいィ? 光と闇が両方備わり最強に見えるナイトが、黒いだけのカヤキス・レビタにおくれを取るはずがない。早く謝っテ!》

「案外。待ち伏せを勘付かれたのかもな」


 不機嫌そうなゴンテツさんの声の後で、サグルマの声がスピーカーに割り込んできた。密閉された鉄の巨人の中に納まっていながら、すぐ近くにいるように話ができるのが、この開拓地の魔法めいた技術力だ。


 サグルマに対し、イオギラの返事も聞こえてくる。


「いや、そんなはずはない。情報部からは…………何ッ!?」


 途中だった彼の台詞が、突然、激しく上擦った。


「プラントAが壊滅しただと!? どういうことだそれは!」

《なかなかやるな》

《おまえの犠牲を無駄にはしない》

《いや今のハメでしょ? 俺のシマじゃ今のノーカンだから》


 報告を聞いた周囲のハイランサーとゴンテツさんが次々に悲嘆の音声を上げ始め、ルーキの戸惑いを加速させる。プラントAが壊滅した? なぜ?


「おいおい、イオギラさんよ。確か、プラントAへの攻撃はフリだって言ってたよな?」


 サグルマの声が問いかける。返る語気は、イオギラの困惑を表すように荒く、


「そうだ。深入りせず、小競り合いを演じて引き下がる……はずだった! だから、ヤツらに付き合ってやるだけの最低限の戦力を残して、他をこちらに回していたんだ。クソッ! 情報部は何をしている!」


 がん、と何かを叩くような音が混じった後で、少し冷静さを取り戻した彼の声が続けた。


「今、情報部からデータが送られてきた。プラントAの戦闘の様子が記録されている。各自確認しろ」


 突然言われ、ルーキは慌てた。どこを操作すればいいのかわからない。

 うろたえるルーキをよそに、「ゴンテツさん、それ見たいんすけど」というサクラの素っ気ない声が頭を越えて響く。すると、


《これが証拠ログ》


 モニター画面が切り替わり、恐らくはAプラントから見た、敵が接近する様子が映し出された。複雑な操作は必要なく、ただ人間相手のように話しかければいい。その柔軟さがマシン人格の利点であり、モテる秘訣はここにあるのかも。


 ルーキが見る限り、鉄の巨人は三体ほど。その後ろには、ダニのような形の小型機が数十体はいる。


「こんな大軍勢が……」


 畏怖するようにつぶやくと、イオギラの戸惑う声がそれを否定してきた。


「いや、これはこちらのほぼ見立て通りの戦力だ。おかしい……。〈ブラックドッグ〉の姿もない。この程度なら、プラントに配備されている無人機で十分持ちこたえられたはず。よしんば撃破されたとしても、こんな短時間で勝負がつくはずがない」

「裏の裏をかかれたってわけじゃなさそうだな」


 サグルマが怪訝そうに言い添えた直後、「ん?」というイオギラの声が跳ねた。


「何だこの機体は……。カール、画像解析しろ」

《フン! 少しは歯ごたえのある敵なのか?》


 画面の一部が拡大され、一体の鉄巨人を白線で強調表示。続けて、各部パーツに追加情報が添付処理されていく様子が、ルーキのモニターからもリアルタイムでうかがえた。


「古臭いアッセンブリ思想に、旧式の外殻……。何だこのロートルは。倉庫から引っ張り出してきたのか? それに何だこのでっかいモノ……」


 イオギラの声に説明されるまでもなく、素人であるルーキにもそれが見えていた。

 異様に大きなブレード。装備しているABの身の丈を越えている。


「高周波ブレード〈月蝕〉だと……? 大きいから当たりやすいとかいう世界一頭の悪いコンセプトで造られたゲテモノだぞ? 見ろ、機体にマウントする機構もないから、手に持って肩に担いでいるじゃないか……バカげている!」


 憤りと嘲りを半分交ぜたようなイオギラの声は、画像が切り替わった途端、息を呑むような沈黙に押し潰された。


 その機体が単騎突撃し、プラントAの無人機を蹂躙していく様子が数点に渡って映し出されている。

 武器はブレード一本。防衛隊の攻撃を掻い潜り、ブースターでジャンプ、振り下ろした一刀で次々とマシンを撃破していた。


「バカな……。こいつ一体で無人機の四割をやったのか……? 結局、随伴のAB三機は無傷、引き連れていた無人機の損害も一割未満……」

《ポォーウ、強敵登場だな?》

《あまり調子に乗っていると裏世界でひっそり幕を閉じる》


 マシン人格が好き勝手発言する中、イオギラは次の要請をマイクに吹き込む。


「情報部、戦闘データはまだか。ガワが旧式なだけで、内部はシノノメの新型かもしれん!」


 わずかな沈黙の後、再びスピーカーから聞こえてきた彼の声は引きつっていた。


「チューンの痕跡はあれど……総合性能差四パーセント未満!? 完全にただの旧式ではないかッ! ふざけるミ!」


 最後のは彼がマイク付近を叩いた際に出た雑音で、とうとう発狂したわけではない。

 イオギラが一人で荒れる中、一門はしわぶきの音一つ立てず、沈黙していた。


『…………』


 全員の心は一つだった。


 ――やっべえ……。これ絶対親父だゾ……。


 ルーキももちろんその一人。静止画でもわかる、気迫のこもったジャンプからの斬撃。普段から兜割りを多用しているレイ親父の一撃必殺スタイルそのものだった。

 ABに乗り慣れている現地人が舌を巻くほどの操縦技術を持っているとは、一体あの人は本当に何者なのか。


 しかも、生身だとわりとぴゅーんぴゅーんはずしてるくせに、この戦いでは百発百中。敵側でこそしっかり活躍してるって、何考えてるんだ。


「プラントAは重要な施設なのか?」


 サグルマが後ろめたそうな声で聞いた。


「いや、生産されているのは主に食料品だ。外殻を生産しているプラントBに比べれば、重要度ははるかに低い。だからこそ、攻撃の主目標になる可能性は小さかった。しかし、だからと言っていたずらに破壊されていいものでもない……」


 効果的な打撃とは言えないが、嫌がらせとしては十分ということらしい。


「しかしわからん……。なぜ急にこんな大胆な作戦変更を……。この旧式と〈ブラックドッグ〉を組ませれば、プラントBをより強力に攻撃できたはず。ノール・エルロッソ……あの女狐め。我々に対し、小手調べができるだけの余裕があるとでも言いたいのか……?」


 イオギラの愚痴が延々と垂れ流される中、ルーキたちはこの状況に、ある種直感的な既視感を覚えていた。


 恐らく、レイ親父は向こう側で盛大にガバった。


 従来の作戦が続行不能になるような何かをやらかしたか、事態を引き寄せた。そしてそのリカバーのために、この作戦を提案した。


 イオギラが言ったことを信じるなら、本来、あの画像の戦力でプラントAを完全に破壊することは不可能だったのだろう。しかしそれを強引に成し遂げてしまうコルボ――走者がいた。

 知恵と経験と馬鹿力で、ガバとクズ運をカバーする。我らの父しか思い浮かばない。


 サグルマが誰にともなくぼやくのが聞こえた。どこかの国の格言のようだった。


「未熟な指揮官が立てた作戦はすぐにバレるが、バカが立てた作戦は、どんな軍師にも決して見破ることはできない……」


 イオギラの愚痴はまだ続いていたが、一門からあがる声はしわぶき一つなかった。



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