第四十六走 ガバ勢と委員長の緊張
リズが先導する道を行きながら、ルーキはさっきの不思議な言葉を思い出す。
――RTA“だけ”できてもしょうがない。
奇妙な物言いだ。
RTAこそ走者の本領、ガチ勢の神髄なのではないのか。
完走率の低いガチチャートを押し通す力。それ以外のすべてを放棄する決断力こそ、ガチ勢がガチ勢であるゆえんなのでは?
しかし彼女の言葉はそれを否定している。
物事の取捨選択は、RTAの基本中の基本だ。チャート作りには全体的な視野が求められるが、一旦不要と見なされたものはどんどん切り捨てられる。名人の作るチャートは、名作性溢れる文学に匹敵すると言われるほどだ。
RTAの心得一つ。RTAに余分な荷物と情報は持ち込まない。
ガバ勢の中には、本走中に「この敵、出会っちまったけど、調べてないからよく知らなーい」とか平然と言ってくる走者もいるくらいだ。そう、我らが父。
しかしマリーセトスが言ったのはそれとは逆。RTAに関係ないものを、今ここに持ち込めということ。
「…………」
ふと思い出す。これまで会ったガチ勢は、予想外のことが起こっても臨機応変に対応していた。それは、自分の走るルートだけを知っていてもできないことだ。
おかしい。彼らは、崖に渡された細いロープのようなガチチャートを、精確になぞるのではないのか?
まるで大きな橋の上を歩いているような安定感。一歩や二歩、真ん中からそれた程度では何も起こらない。
それなら、RTA以外のことも知れという、今回の発言の意図は――。
「リカバー力を試してる……?」
「…………」
マリーセトスがこちらを振り向き、猫のように目を細めて笑った。
その意図を掴むことは不可能だったが。
「ここなら、良い素材が取れそうです」
リズが立ち止まったのは、草むらの前だった。青々とした葉に混じって、小さい花が咲いている。
「おおっ、これは!」
「いいものなのか?」
歓声を上げ、地面にしゃがみ込んだサクラに聞く。
「兄さん、ちょっとこの花びらかじってみるっすよ」
「どれどれ……回復するとか? ……ヴォエ!!!」
「と、このようにクッソ激烈に苦いっす。これをすり潰して汁を丸めた薬が、戦闘中だろうと何だろうと気絶した仲間を叩き起こすいい気付けになるんすよ」
「何で食べさす必要があったんですか? あっ、委員長、見つけてくれてありがとう……ゲホッゲホッ、ヴォエー」
「いえ……」
せき込むルーキに応じるリズは、いつになく硬い表情のままだ。すぐに視線をそらされる。
「?」
何かがおかしい。いつもの彼女ではない。
ルーキは花を摘みながら、こっそりサクラに話しかけた。
「なあ、委員長が変だと思わないか」
「…………」
サクラは苦々しい顔で少し沈黙した後、ふてくされたように目線を外に向けた。
「サクラ、こないだのことでイインチョーさんに間違ったことは言ってないっす」
気にした口調だった。ルーキは小さく笑い、
「それはわかってるよ。サクラが全面的に正しい。委員長だって納得してるはずだ。だからそれが理由じゃないと思う。やっぱ緊張してんのか……?」
ガチ勢直々のテスト。それも、審査官とマンツーマンとなれば、そのプレッシャーは言わずもがなだ。彼女とて、この界隈では一人の新人なのだから……。
「あ痛っ」
いきなりサクラに耳を引っ張られた。
「兄さーん? 他人のことを気にしてる余裕とかあるっすかー? さっきも小川で鼻をなくしかけたくせに大胆っすねえ。そこの花だって、もしかしたら普通の花じゃなくて凶暴な……キョウボウな…………はぎゃああああああっ! ハナコワイハナキライ!」
「おぶぇ!? 自分からトラウマを刺激していくのか!?(緊急呆れ)」
腹に刺さってサイコクラッシングな回転し始めたサクラの頭を抜き、ルーキは花摘みを再開した。
確かに、こんなところで他人の気持ちをいくら推し量ったって、答えにはたどり着けない。だったら今は、自分のことに集中すべきだろう。
サクラがわざわざつれて来てくれた場所だ。彼女の試験ももちろんだが、しっかり経験値を稼いで、自力を上げていきたい。
LEVEL UP ) ) ))))))
「おっ、何かいま強くなれたかも」
「ここでは些細なことでも経験になるっすからね。――ああーっと、兄さんと同じ花を摘もうとして思わず手が重なってしまったっす……! これはっ……」
「おっ、そうだな。はいこれ、やるよ」
「あのさぁ……」
言い合いながら、ルーキはふと、マリーセトスがミヒャエル君(地図)を描きながら、しきりに周囲を見回してることに気づいた。
追記する対象を探しているのだろうか。地図の方を一切見ないで描き続けているのが異様だが……。
「ルーキ君、サクラさん、こっちにも生えてますよ」
横から伸びた委員長の声がルーキを振り向かせる。
「おっ、サンキュー委員長。うまあじ!」
「ああ~いいっすねえ。金、金、金! って感じで。これだから採取パーティーはやめられないっす! RTA警察は払いが渋いし、やめたくなりますよただの権力の犬――」
ルーキたちが別の茂みに近づこうとすると、すぐ奥で壁を作る背の高い草が揺れた気がした。これといって不自然さもなく、風でも吹いたかと思った直後、
「アウトー」
マリーセトスが何か言った。
しかしその内容を理解するより速く、草むらから何かが飛び出してくる。
「!!?」
奇妙な化粧をした人の顔だというルーキの認識は、刹那の速さで動物のヒヒのものだと塗り替えられた。しかも単なる動物ではない、もっと凶暴な、魔物――。
「ガオオッ!!」
人の頭くらい丸カジリできそうな大きなあごが、ルーキのすぐ隣にいたリズ目がけて突っ込んでいった。
動かせたのは目線のみ。声帯を震わせることさえ間に合わない。
ここは開拓地でも指折りの危険地帯。
生と死の移り変わりも、一瞬でことたりる。
危ないという思考すら追いつかずに硬直していたルーキは、次の瞬間、奇妙なものを見た。
ヒヒは突然弧を描いて飛びあがると、リズを越えた先で、背中から地面に倒れ込んだ。
「あれ?」
言葉を紡げないルーキの頭に、マリーセトスの不思議そうな声がすっと入ってくる。
何が起こった?
見れば、ヒヒの下あごを、〈魔王喰い〉――リズの白い大鎌が突き抜いていた。即死だった。
突進してきたところを下から振り抜き、掬い上げる形で投げ倒したのだと、すでに危機が立ち去ってからようやく気づく。
「二人とも、無事ですか?」
ルーキとサクラはこくこくと白い勇者にうなずいた。
「アウトと思ったけど、アウトじゃなかったね。すごいすごい」
そんなことを言いながら、マリーセトスが近づいてきた。さっき、彼女は明らかに、周囲の様子を探っていた。そして、あの「アウトー」のタイミング。敵の接近を予期していたことは明白だ。
「気づいてたのなら、教えてくれてもよかったんじゃ……!」
ルーキが非難の声を向けると、彼女は「ごめんねえ」とうさん臭い笑みを浮かべながら形式だけで謝ってくる。
ルーキはさらに憤慨した。
いかにガチ勢でも、仲間に危険を知らせないのはありえない行為だ。悪戯では済まされない。
しかしルーキの眼差しをあっさり受け流したマリーセトスは、興味深そうにリズを見やり、
「反応早かったね。それとも、予測してた?」
「……警戒はしていました」
「そっかー」
リズの返答に満足したような、そうでもないような笑みを返すと、マリーセトスは背を向けて歩き出した。
ルーキははっとなってリズに問いかける。
「……まさか、これもテストだったのか?」
「…………」
リズは何も言わず、手早く足元の小さな花をかき集めると、ルーキに押しつけてきた。
立ち上がり、すぐにマリーセトスの後を追う。
彼女の強張った仕草の一つ一つに、ルーキはうすら寒いものを感じた。
本来のRTAなら、マリーセトスも仲間に警告していただろう。だがもしこれが、敵襲に備えられるパーティーメンバーが委員長一人しかいないという条件下だったら?
彼女が対処しなければならない。
たとえそれに失敗し、重大な損害を被ることになるとしても。
ケガのない訓練は、ケガのない実戦くらい有り得ないものだと、学校時代に聞かされた覚えがある。実戦と同等の危険度を持つからこそ、訓練の意味があるのだ。
では、テストはどうなる。ガチ勢の課すテストなら。
実戦以上に過酷なセッティングがされていても不思議ではない。
しくじってリズが失うのは、先輩走者からの評価だけではない。
そしてルーキたちも、そのシチュエーションに巻き込まれている。いや、利用されている。予期せぬ素人同然の同行者が振り回してくれれば、あらかじめ立てておいた対策もすべて無意味になるだろうと……。
ルーキは、一人離れていくマリーセトスの背中を見ながら、リズの緊張の理由に気づき始めていた。
だから、彼女はあそこまでガチガチになっているんだ。
これは、単なるテストじゃない。
死者すら想定した、危険な区間走だ。
クソ普通サイズ一般通過レベルアップ君きらい。大きくしたかった。




