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第四十五走 ガバ勢と困ったダンジョンガチ勢

 はるか昔に空洞になったという根の内部は、直径にしておよそ二十メートルはある巨大トンネルで、発光性の苔により陽の下と大差ない明るさを保っていた。


 朽木を苗床として新たな草木が生い茂り、多くの虫や動物が暮らしている。

 内部のみで長年更新され続けた特殊な生態系は、樹皮一枚外とはまったく異なる様相を呈しており、ここが素材(マテリアル)ハンターたちにとって宝の山であることを素人であるルーキの目にもはっきりと認識させた。


 飛び交う羽虫が妖精に見えてくるほど幻想的な開拓地で、しかし、彼の顔は浮かなかった。どころか、はっきりしかめっ面だった。理由は、


「歩きたくない……」


 とつぶやく、背中のプリムにある。


 彼女はこのダンジョンに入ってすぐ、枝分かれしたルートを左に進んだ直後からぶっ倒れ、一歩も前に進まなくなってしまった。

 その奇行の原因はすぐに判明した。


〈ピサルム〉。彼女はRTAを低歩数で走破することを是とするレギュレーショナーだったのだ。


 彼女は倒れたまま右の道を指さし、言った。


「ねえ、何で迂回するの? そっちじゃないよ、こっちだよ……。こんなの無駄だよ……」


 するとマリーセトスは、ぶっ倒れたことに対して何の疑問も抱いていない顔で、


「だから、さっきも言ったでしょ。新入りちゃんのテストのために、人があんまりいない旧チャートルート使うって。そんなに歩数を気にするなら、最初からついてこなければよかったのに」

「それはそれで……やだ」

「じゃあ好きにして」

「うん。する……」


 そうして、彼女は本当にそのまま動かなくなってしまったのだ。


 ルーキも、ガチ勢がちょっと違う(あたまおかしい)ことは覚悟していた。

 ダンジョン内は逃げ場のない閉所ゆえ、過酷な弱肉強食のシステムが育っている。そこに棲息する危険は外よりも大きいことが常で、慎重な前進が求められた。


 そんな危険地帯を脇目も振らずに猛ダッシュ! ……くらいは覚悟していたルーキにとって、初手卒倒という彼女の行動は、完全に虚をつくものだった。


 スタスタと歩き出すマリーセトス、それに続く委員長は完全にプリムを置き去りにする様子で、ルーキは大慌てでリュックを腹側に回すと、彼女を背負い上げた。


 するとそれを待っていたかのように、彼女はルーキの首にしっかりと腕を回し、小動物のように彼の背中で丸まる。嬉しそうな声が聞こえた。


「へへ……楽ちんちん……」

「……あの、何か多くないですかね……?」

「何が?」

「いや、何でも……」

「楽ちんちんちんちーんぽこぽこ?」

「多すぎィ!(-114514点)」


 そして、今に至る。


「ぐぬぬ……」


 小柄なプリム自身の体重はさほどなかろうが、装甲板フルセットは笑えない重量がある。それプラス、自分の荷物。前後でバランスは取れてるという何の慰めにもならない点だけが救いだった。

 マリーセトスがふと振り向く。


「ルーキ、重いならおいてっちゃっていいよ。いくらガバ勢でも、余計な体力使うのは賢くないってわかるでしょ」

「それでさっき降ろしたら、ぴくりとも動かなかったでしょう……。ダンジョンの真ん中で、さすがにまずいですよ」

「ふうん……。じゃあ、そっちも好きにして」


 義理は果たしたとでも言うように素っ気なく告げ、マリーセトスは完全に背後への興味を失ったようだった。


 突き放した性格というより、無頓着な印象が勝る。

 その態度がどことなくスタールッカーを思い出させて、ルーキは肩を身震いさせた。


 マリーセトスがどんな人物なのか現段階でははっきりとはわからないが、ガチ勢である点は彼女と同じ。さらに言うと、声も顔も髪形もよく似ていて、違いは髪の色くらいでしかないようにすら見えてきた。実は双子なのではという疑念さえ浮かぶ。


(やばい)


 妄想がすぎた、とルーキはかぶりを振って思考を散らした。

 集中力がぼやけすぎている。

 ここは、サクラが山ほどトラウマをこしらえた、危険なダンジョンなのだ。


「小川があるね」


 マリーセトスが歩きながら言った。動植物が暮らしている空洞だ。水が流れていても不思議はなかった。

 綺麗な水だった。フル装備の少女一人を背負っている身としては、ここで水浴びの一つもしたい気分ではある。


「ここで水を飲む? 飲まない?」


 そう問われたのはリズだった。彼女は硬い顔で即座に、


「ここではまだ飲みません。今後、戦闘で疲弊した場合のみ、水分補給します」

「ふーん」


 マリーセトスはそう言ったきり、それ以上何も言わなかった。リズがもの問いたげに視線を投げかけるも、反応はなしだ。


「少しくらい飲んでも……バレないか……」


 ルーキはそんな彼女たちの目を盗んで、こっそり小川の水を手ですくおうとした。

 ほんの少しだけ。口を濡らす程度でいい。タイムロスはない。


「ん?」


 小川に顔が映っていた。

 ひどいマヌケ面の――。


(俺じゃない!?)


「兄さん!」


 ぐいと腕が引っ張られた。直後、川から跳ねあがった魚影が、歯をガチンと鳴らして、水に帰っていく。


「……!」


 危なかった。振り向いて、腕をしっかり握ってくれているサクラと目を合わせる。

 彼女が引っ張ってくれなかったら、鼻くらい噛み千切られていたかもしれない。

 それだけで大ロス確定。


「……ここでは何かする前に、サクラに一言言ってほしいっすね……」

「悪い……。助かった」


 ルーキは感謝しつつ、少し顔を強張らせている彼女に謝った。


 正直、油断していた。こんな穏やかな小川に危険なんてないと。

 そんなことなかった。あのまばたきしない魚の目が、とてつもないバケモノとなって、脳裏に焼きついていた。

 これは、トラウマもできる。


 ルーキは早足で、すでに歩き出していたガチ勢に追いついた。


 委員長がもし水を飲んでいたら、危険は彼女に降りかかっていたのか。


 テスト、とマリーセトスは言っていた。この探検は、リズに対するテストなのだと。

 さっきの質問もそのうちの一つなのだろう。そして正解か不正解かは、その場では教えてくれないらしい。プレッシャーのかかるやり方だ。しかし、


(さっきのは正解だったぜ、委員長)


 危機にさらされたのは、ガバでマヌケな一人。


(俺も気をつけないとな……)


 彼女に対して何ができるというわけでもなかった。自分がそばにいることで、彼女の緊張が少しでもほぐれればと、うぬぼれたわけでもない。


 それでも、ルーキはマリーセトスの提案に乗った。

 大事な友人のテストを見届けたいというのが一つ。テストの内容そのものに興味があったのが一つ。ガチ勢の力を見ておきたかったというのが一つ。探せば他にも見つかるだろうが、まとめれば「知っておきたい」というのが最大の理由。


 RTA心得一つ。走者は「知り」「学ぶ」こと。それまでの常識や規範に頼って未知のものへ立ち向かってはならないし、よく知りもせず走りに口出ししてはならない。


 事前に知っていれば、〈バーニングシティ〉のような危機もあらかじめ回避できた。もう一度あの街に挑むためにも、強くならなければならないのだ。


「……へへへ……最小歩数、やったあ……。歴代記録に勝ったぞぉ……」


 プリムが陰気な寝言まで言い始めたのを聞きながら、ルーキはふと、さっきからマリーセトスがしきりに腕を動かしていることに気づいた。


 歩きながら何かを書いているらしい。

 リズの評価だろうか。悪いと思いつつ、気になってこっそり後ろから盗み見てみると……。


「ファッ!?」


 ズバッシャアアアアアアと書かれているのは、このあたりの地図だった。

 指の隙間に四本の絵筆を挟み込んで、地面、小川、壁、加えて注意書きのようなものを猛烈な速度で紙に書きつけていく。「ん?」といった感じで振り向いた顔にも、口に絵筆が一本くわえられており、どうやら口数が少ないのはそれが原因のようだった。


「どうかした?」


 と、視線をこちらに向けて聞いてくる間もノールックで地図は書き続けられ、別の脳から指示を受けているような手は、そこらに繁茂している植物の細かい解説までもみるみるうちに仕上げていった。


「ち、地図……書いてるんですか」


 それ以外のなにものにも見えないことを、ルーキは聞いていた。


「そーだよ。地面が樹の皮だから、腐ったりかじられたりで地形が変わるし、生えてる植物も殺し合いをしてるからね。一月あれば、前の地図はもう役に立たなくなる」


 ズベビャーッ! と道を描きながら、彼女は口にくわえた絵筆の位置を器用にずらし、答えてくる。


 以前、〈悪夢城〉でサクラが見事な地図書きを見せてくれたが、それをはるかに凌ぐ迫真のクオリティ。市販品と比べても遜色ない。一月で用済みになる消耗品とはとても思えなかった。


「この地図はミヒャエル君。ミヒャエル君はとっても清純で誠実な子なんだぁ……」

「えっ」


 マリーセトスの顔に恍惚ともとれる妖しげな微笑が生じる。


「地図は見たままの現実を忠実に表してくれる。見えないものに翻弄されるボクの心と、いつだって裏表なく向き合ってくれるんだ。ウヒッ、ウヒヒヒッ……。どう、ミヒャエル君。どこか足りない? ああ、そっか。こっちだね。こっちを忘れちゃいけないよね。満足してくれた? クヒッ、クヒヒヒッ」

「ヒ!?」


 ルーキは逃げるようにサクラの隣に戻ると、努めて押し殺した声で聞く。


「な、なあ、この人、大丈夫なのか?」

「ダメっすね」


 答えはにべもなく、しかしその通りだった。


 その後もマリーセトスは、歩きながら地図を描き続けた。


 ながらマッピングは危険に思えたが、考えてみれば駅前の市場にその標語は見当たらなかった。

 現にマリーセトスは、地図を描きながら、突き出した枝葉や足元の小石を、一瞥もせずにかわしていく。それを見たルーキは不安に駆られ、サクラにたずねた。


「ひょっとしてダンジョンRTAって、歩きながら地図書きできないとダメだったりする?」

「まあ、できた方がいいっす。地図を提出しないと、ダンジョン管理組合が先に進ませてくれない場所もあるんで」

「じゃあ、それができてない委員長は減点……?」

「さあ、そこは知らないっすけど、無理して周囲の警戒がおろそかになる方がダメなのは間違いないっすよ」


 ルーキはこっそりリズを見た。

 出発してから気を張りっぱなしの彼女は、少なくとも、警戒だけは怠っていない。無駄話はもちろん、こっちと目を合わせることすらしない。あんな変態みたいなことができなくとも、間違ったことはしていないだろう……。


 ふと、シャツの裾が引っ張られる。

 向くと、サクラがぶーたれた様子でこちらを見上げていた。


「ガバ兄さん、イインチョーさんのテストもいいっすけど、サクラたちの目的も忘れないでくださいっすよ」

「そういや俺もテストだったな。わかってる、素材集めだろ。ただ、どれがその貴重な素材なのか、俺にはさっぱり――」


 言って、ルーキが周囲を見回すと、わずかに顔を振り向かせていたマリーセトスと目が合った。彼女は口から筆を取り上げて言う。


「新人ちゃん。このあたりでレア素材が取れそうなところ探して」

「はい」


 リズが足の向きを変える。ルーキは慌てて、


「いや、俺たちの目的に付き合わせるわけには……」

「いーのいーの。誘ったのはこっちだし、RTA“だけ”できてもしょうがないから」


 マリーセトスはあっけらかんと言い、リズの後ろについた。

 もちろん、地図を描く手は止めずに。


こんなところで知る雑学コーナー。

〈ピサルム〉って?

(Physarum polycephalum)モジホコリ。粘菌。迷路の最短距離を見つけたりする。

最小歩数縛りと何か似ていたので強引に結びつける作者のくず。

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