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第四十四走 ガバ勢とボウケンソウシャー

「どうしてこうなった……」


 ルーキはとうとう胸の内にとどめておけなくなった心境を、足元で繁茂する雑草に吐きこぼした。


「歩きたくない……」


 そうダウナーな声でつぶやいた姫騎士は、ミドル級のドレスアーマーに両手持ちのグレートソードというヘヴィな総重量を、容赦なくルーキの背中に覆いかぶせている。


 救いを求めるように目線を前に向けると、それまで我関せずと歩き続けていた灰青色の髪のガチ勢がふとこちらを見た気がしたが、反応はただそれだけ。


 その隣にいる、普段ならルーキを気遣ってくれるはずのガチ勢見習いは、緊張に顔をこわばらせたまま、ただ前を向いていた。


 ルーキは最後に、自分の傍らを歩く忍者の少女に顔を向ける。

 彼女はただ黙って、どうにもならないと肩をすくめ、首を横に振る。


 ここは超樹ユグドラシル。

 世界はここから始まったとも言われる、現時点での判明している世界最大の(元)生物にして、樹木。


 その大樹の洞に広がるダンジョンでRTAをする者を、特別に「ボウケンソウシャー」と呼ぶこともあるが……。


 そんな場所で、ルーキはなぜ自分がこんな苦境に立たされているのか、背中に加わった人間一・五人分の重量から意識をそらすように記憶を遡った。


 ことの始まりは数日前。

 サクラの一言から。


 ※


「兄さん……あの、その……サクラ……付き合ってほしいっす……」

「おっ、そうだな」


 いつものように朝起こされ、すぐのこと。だしぬけに言ったサクラの言葉を、ルーキは二つ返事で承諾していていた。

 彼女はじっとりとルーキを見つめ、


「もう少し、“えっ”とか“なななな何を急に言ってるんだ”とか“ヌッ”とか、優しみのある反応はないんすかね?」

「ダンジョンRTA行くんだろ? 昨日、酒場からの帰り道の途中で、ダンジョン脱出用の糸を買い足してたじゃないか」

「……! よ、よく見てるじゃないすか。いやっすねえ、さりげなく買ったつもりだったのに……。ほ、ほんといやっすねえ、そんなにサクラのこと目で追ってるんすねえ!」


 ガバ勢だと思ってよほど油断していたのか、サクラの声は不格好に上擦っていた。


「ちょっとシャクっすけど、その通りっす。これまでの兄さんを見て、まあまあ背中を預けられる人柄と腕前だとわかったんで、そろそろ次のテストに進むっすよ。今度はかなり実践的っす。ずばり、ダンジョンの素材集め! これができなきゃ走者じゃない!」


 開拓地で採れる素材は、開拓民たちの経済を支える重要な特産品だ。そのため、街に住む走者や商売人が直接採取しに行くということは基本的にない。


 しかし、その有用性はホンモノで、特に現地民でさえ滅多に手にできないレア素材は、末端価格で目玉が破裂するレベルまで高騰する。採取目的で試走を行う走者は決して珍しくないのだった。


〈アリスが作ったブラウニー亭〉でレイ親父に承諾を得た後、ルーキはサクラと大列車に乗り込んだ。


 街ではよく一緒に行動しているが、二人だけで開拓地へ向かうのは初めてのことだ。


 移動中、サクラはこれから向かうダンジョンについて事細かに説明してくれた。

 面倒が嫌いでやっつけ仕事の多い彼女にしては珍しい。


 だが、無理もない。ダンジョンの走破はRTAの中でも難関とされる。事前準備が万端整っていても、ああっと! と思った瞬間にパーティーが全滅することは珍しくないという。


 バーニングシティからの生還後、ルーキはサクラにめちゃくちゃ怒られていた。

 未知の開拓地に手負いのまま入り込んだのは迂闊な行動だったと、珍しくリズに対しても嫌味を言ったほどだ。さすがの彼女も黙って聞く他なかった。


「兄さんは放っておくとホントに死にかねないっすからね。しょうがない人っす」


 説明中にたびたび繰り返されたその言葉が、彼女の本音なのだろう。ただ、そう言う時の彼女がなぜか嬉しそうにしている点は解せなかったが。


 そしてチャートを確認しつつ、列車に揺られること、数日。

 ルーキは世界でも類を見ないと言われるその不可思議な開拓地へと降り立ったのだった。


 駅を降りた直後から広がる森の下にあるのが土ではなく、超巨大樹ユグドラシルが広げた根の束であると知った時、ルーキは心から驚愕した。

 ユグドラシル本体は地平のはるか遠くにあり、昼間の月のようにうっすらと見えているのも隔世の感がある。


 この土地でダンジョンに潜ると言うことは、一つの山脈にも匹敵するユグドラシルの、空洞になった根の中に入るということだ。


 その広大な内部は実に十以上の開拓地を抱えており、ルートも、走る走者も別々という豪華さを誇っていた。開拓地の布教に熱心なバーニングファイターが聞いたら、羨ましさからまたクサリのパワーが増すことだろう。

 RTA本番でもないというのに、駅で走者たちをちらほら見かけるのも、その人気ぶりを物語っていた。


「素材と調査目当てで結構人が入るんすよ。何しろ、他の開拓地よりはるかに事前調査が大事なんで」


 と、サクラは説明してくれた。


「市が出てるっすから、ちょっと見にいくっす」

「おう!」


 ルーキは嬉々として応じた。

 RTAの見識を広められるのは大歓迎だ。


 駅を出て目の前にある、ごちゃごちゃとした露店が並ぶ特設市場は、走者だけでなく商人らしき人物も客として加わり、賑わいを見せていた。


 素材を採取した走者や開拓民が、居住地に持ち帰れない分を現地販売しているらしい。

 初見のルーキには何が何だかさっぱりわからなかったが、真剣に品定めする商人たちの目から察するに、この市場が貴重な物資の合流地点であることは確かなのだろう。


 そうした光景を横目に市を歩くと、いろんな文言が書かれた看板が目についた。


「糸、持った?」「ゴーグル売ってない?」「ちゃんと鍛冶した?」「夜中腹減んないすか?」


 これからダンジョンに挑む者のための注意喚起のようだ。他の開拓地ではまず見ない。やはりここでのRTAは相当危険らしい。


 ルーキの緊張がにわかに高まる一方、


「兄さん、あれ! あれ見るっす! アムリタが安売りしてるっすよ!」


 サクラはまるで祭見物にでも来たみたいに、こちらの手を引いて歩き回っていた。

 ホームグラウンドに来たからか、いつもより生き生きとしている。同時に、普段はどこか本心を隠しているような読めない表情に、年相応の貌が浮かんでいるようにも見えた。


 故郷は人を子供に戻す場所なのかもしれない。ルーキも楽しくなって、珍しい市を見て回った。


 ふと、とあるアクセサリー屋に立ち寄る。

 そこでは、「全裸ピアス」とかいう異様な装備のスタイルが図解入りで紹介されていた。


 そんなところにそんなものを……とルーキが赤面しつつカルチャーショックを受けていると、不意に、すぐ隣に立った他の客と目が合った。


「…………」

「…………」


 金髪碧眼。裾の長いスカートの上から白銀の装甲を張りつけた、いわゆるドレスアーマーと呼ばれるスタイルだ。頭部のヘッドギアには細かな装飾があり、一目で高級品と知れる。


 加えて、光の粒を宿すような金髪と白い肌。

 背中に回したグレートソードは大仰だが、まさにどこかの国の姫騎士と呼ぶに相応しい外見だった。


 しかし。


 宝石の光を全身にまぶしたような中で一点、猛烈な陰の気を放つブルーの双眸がすべてを台無しにしている。瞳に映るもの、この世界のあらゆるものをどんより濁らせる淀みの中央に、引きつった顔のルーキ自身がいた。


 少女は無遠慮にルーキを見つめた後、


「サクラと一緒にいた人」


 ぼそりと、ひどく生気のない声でつぶやいた。


「兄さん、どうしたっすかー?」


 ルーキが呆然としていると、ちょうど、サクラが二つ隣の店で会計を終えてやってくる。

 その楽しげな足が、こちらを見るなりぎょっと止まった。


「あ、サクラだ」

「あら、ホント」


 ルーキが慌てて振り向くと、いつの間にか、姫騎士の隣にもう一人増えていた。


 仄暗いライトブルーの髪を持つ、魔導師風ローブ姿の少女。病的に肌が白い、というより青白くさえ見えるものの、かぶったフードの奥の顔には、どこか人を食ったような薄笑いが生き生きと浮かび上がっている。


 ローブに巻かれた鎖のところどころに動物の頭蓋骨が引っかけてあるのを見るに、通常の魔導士というより、死や呪いにまつわる秘術を得意とするクラスかもしれない。


 どこか陰気な二人組だ。


「プリムに、マリーセトスじゃないすか……! どうしてこんなところに?」


 サクラが焦った様子で駆け寄ってくる。

「知り合いか?」とルーキがたずねると、彼女は肩を強張らせた様子で、


「ダンジョン走者のガチ勢っす。……何度か一緒に走ったことあるっすけど、そりゃもう鬼のようなRTAで何度死にかけたことか……」


 後半はルーキにさえほとんど聞き取れないような小声だったが。


「鬼……じゃないよ」

「聞こえてるんだよなあ」


 姫騎士はぼそりと、魔導士の方からは棒読みで指摘され、サクラは「ぴっ」と鳴いて縮こまった。余計なことまで言ってしまうのは、誰に対しても同じらしい。逃げた彼女に押し出されつつ、ルーキは二人の走者に向き直った。


「俺はレイ一門のルーキです。どうぞよろしく」

「わたし、プリム……」

「ボクはマリーセトス。ウェイブ一門だよ。ヒヒ……。サクラが男の子つれてるの珍しいね」


 マリーセトスがフードの薄闇の奥で笑うと、サクラは露骨にそわそわしだした。


「べ、別に珍しくなんかないっすよ。RTAだって男女混合なんて普通じゃないすか」

「それはそうだけど、サクラが、二人パーティーで、ソレ、っていうのは初めて見ただけ」

「恋人?」


 ぼそりと直球を投げてくるプリム。


「ち、違うっす! こ、この兄さんは、サクラの単なる盾役! 次のRTAで使う予定で、その品定めのためにここに来ただけっすよ!」


 それを聞いて、マリーセトスはさらに口元を歪ませた。


「“兄さん”……ねえ。ああ、そっか。その人がサクラの“今の”“兄さん”なんだ?」

「言い方ァ! ガバ兄さん以外に兄さんいたことないっすけど!?」

「ウヒヒ……ごめんごめん。でも、その人の前で悪女気取るなら、今のは否定しない方がよかったんじゃないの?」

「えっ!? あっ! ぬああああーっ!」


 サクラが頭を抱えて地面をのたうち回り始めた。

 何だかよくわからないが、あの常に人を食ったような態度のニンジャーが、こうもたやすく手玉に取られるとは。さすがガチ勢。出会って三秒で精神攻撃は基本。


 ルーキが慄然としていると、そこにさらに驚くべき声が飛び込んできた。


「ル、ルーキ君!? どうしてここに!?」


 ルーキも相手同様、驚きに目を丸くする。


「え!? 委員長じゃないか!」


 市場でもらったらしい紙袋を抱えて立っているのは、つい先日、共に死地をさまよったリズ・ティーゲルセイバーその人だった。


 傷はとっくに癒えたはずだが、ガチ勢の生活は厳しい。

 もう開拓地に出て大丈夫なのか、調子は戻っているか、など、話したいことが出口を求めてのどの奥でぐるぐるする中、ふと、横合いからマリーセトスの声が割り込んでくる。


「へえ……。この男の子、新入りちゃんの友達なんだ?」


 転がったままのサクラ、唖然として立ち尽くすリズ、二人のガチ勢。繋がりのありそうな二つのパーティーが出会ってしまった中、ルーキに対し彼女はこんなことを言い出した。


「これから、この新入りちゃんのテストをするところなんだ。よかったら、一緒に来る?」


マリーセレスト号みたいな名前してるけど元ネタは別。

せ と す う し や ま り

わかる必要はまったくありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] すみませーん、世◯樹の迷宮6の開発、まーだ時間かかりそうですかねー?
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