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第三十九走 ガバ勢と燃え盛る街

《走者は速やかに列車の防衛にあたってください。走者でない方は決して窓に近づかず、床に伏せていてください。列車の外に出ないでください。繰り返します……》


 伝声管を伝って列車の屋根の上にまで響く車掌の警句は、いつまでも終わることなく続いていた。


「おい三号車だ! 襲われてる!」

「バカ、違う! 七号車が先だ! あっちには工事用の爆薬が積まれてるんだぞ!」

「ダイナマイッ!」


 周囲を飛び交う走者たちの怒号も、もはや聞く耳がマヒしてきた感覚がある。

 途絶えることのない緊張と緊迫。ルーキは、車上の戦いの真っただ中にいた。


《ウゥハァ……私がここまで追い込まれるとは……。このままでは全滅だな》


 大きな翼を持ったモンスターの群れに大列車が襲われたのは、三十分ほど前のことだ。

 開拓地へと届ける物資が狙われた。窓だけでなく、壁や天井に穴を空けられ、物資の入った木箱が次々に奪い去られる。


 鳥によく似たモンスターで、自分たちが収奪しているものがが何であるか、はっきりと理解している様子だった。


 列車がモンスターに襲われることは滅多にない事故だ。不幸中の幸いだったのは、列車に多くのRTA走者が乗り込んでいたこと。彼らがすぐに防衛にあたったことで、被害は最小限にとどめられた。今のところは。


「どうりゃああああっ!」


 グラップルクローの先端を食いつかせ、空中でバランスを崩したモンスターを凧のように操って別の一匹に叩きつける。絡み合うように落ちていった二匹のその後を見届ける暇もなく、ルーキは別の空へと視線を走らせる。


 モンスターたちはまだいる。うようよしている。

 列車は高速で移動しているにもかかわらず、上空で弧を描く巨影は一向に遠ざかりもしなければ、減りもしなかった。


「とんでもなく大規模な群れだ。乗客の中に誰か、猛烈についてないヤツがいるんじゃねえのか」


 飛来した一匹を兜割りで両断したレイ親父がヤケクソ気味に叫ぶと、一門は揃って彼を見つめた。


「何で俺を見るんだよ!」


 誰も彼が元凶だとは思っていない。ただ一番運が悪いのは間違いなくレイ親父だという認識があるだけだった。何しろ運の良さ、衝撃の2。


 しかし彼を中心としたガバ勢の活躍により、モンスターの襲撃が鈍ってきたのも事実。


 群れが恐れをなしたように遠ざかり、別の車両へと移っていく。


《フン、ザコカ! 所詮モンスターはモンスター!》

《デッデッデデデデ!(カーン!)デデデデ!》


 一転強気になった車掌たちの、景気づけの放送を聞きながら、ようやく武器を収める暇ができた。


「ルーキ君、無事ですか!?」


 車窓から、逆上がりをするような体勢で、リズが列車の上へと出てきた。


「ああ、無事だ委員長! 中の敵はどうなった!?」

「ひとまず全滅させました。乗客と鉄道員たちは無事です」

「ガチ勢も乗っててくれて、ホントよかったぜ……」


 ルーキはほっと息を吐く。

 さすがに手練れの集団だけあって、襲撃時にもっとも迅速に動いたのはリズたちガチ勢だった。当初、ガバ勢が全員でウノに夢中になっていてモンスターの接近に気づかなかったのとはえらい違いだ。


「この先にトンネルがあります。そこに入れば、モンスターたちも諦めるでしょう」

「ああ。それまで頑張ろう――」


 委員長の言葉に、ルーキがうなずきかけた、その瞬間。


「爆発するぞ!!」


 という警告は、最初から爆音に呑まれて誰の耳にも届かなかった。

 炎と衝撃が膨れ上がったのは、ルーキとリズがいる車両の二つ後ろ。爆薬を積んでいるとかいう情報が脳裏に蘇ったのは、列車の屋根から炎の大樹がそそり立つのとほぼ同時だった。


「伏せて!」


 リズが叫ぶ。


 爆発に巻き込まれたモンスターの死骸が、列車との相対速度をはるかに上回る速さで、こちらにぶっ飛んできていた。


 この場にいれば激突して車上から弾き飛ばされるのはもちろん、衝突の際のダメージも計り知れない。

 レールのすぐ脇は崖。逃げ場はない。


「クッソ……があッ!」


 ルーキはリズを抱えて、列車の外へと身を投げた。

 そのすぐ横を、燃え盛る怪物の死骸が吹き飛んでいく。


 空中で左腕のグラップルクローを構える。動く列車のどこにワギャンが噛みついてくれるか。技術より神に頼るしかない気持ちで、ルーキはスイッチに指を載せる。


 すると、


「新入りィ!」


 レイ親父が、咄嗟に鞘に納めたままの邪刀〈宵〉を、ルーキの方に差し出してくれていた。


 あれなら狙える!

 ルーキの射出したグラップルクローは、過たず刀の鞘に食いついた。

 しかし。


「ああ!?」


 次の瞬間、グラップルクローの咬合部は、〈宵〉からすっぽ抜けた鞘と一緒に、ルーキの方へと戻ってきていた。

 それはそうなる。そんなに抜けない鞘があるはずがない。


 咄嗟に動いたレイ親父の反応にもミスはあったが、ここで一番のガバはルーキ自身にあった。

 ガバ勢が祈る神が、天にいるはずがない。

 汝一切の幸運を捨てよ。それがガバ勢の掟。


「ぬわああああああああー!!!」


 ルーキとリズは、揃ってレール脇の崖下へと消えた。


 ※


「委員長、生きてるかあ?」

「ええ……何とかですね……」


 豊かな森のおかげだろう。何本かの枝が段階的にクッションになってくれたおかげで、ルーキは特に大きなけがもなく、崖下に軟着陸できていた。


「く……」


 しかし、引っかかっていた高い枝から降りてきたリズが、わき腹をおさえて膝をついた。


「委員長、ケガしたのか!?」


 ルーキが慌てて駆け寄ると、彼女は軽く手を上げ、


「ちょっと肋骨にいいのをもらってたみたいですね……。大丈夫です。少し休めば歩けるくらいには回復するでしょう」

「ごめん。俺がドジったばっかりに」


 リズは痛みをこらえるように、ゆるゆると首を横に振った。


「いいえ。あの時点あの判断はベストでした。怪物と衝突していたら、もっと危険な状態で投げ出されていたでしょうから」


 彼女に肩を貸して地面に座らせ、ルーキはあたりを見回した。

 開拓の手も入っていない原始の森だ。敷き詰められるように密集した木々が、太陽の位置さえ隠そうとするように枝葉を伸ばし合っている。


「レールに戻れればまだ救いはあったんですが……」


 彼女に合わせて、ルーキも背後を振り返る。

 垂直に切り立った崖の色が、木々の隙間を埋めている。

 列車のレールはこの断崖のはるか上。這い上がることはまず不可能だ。しかもここは他の駅からもだいぶ遠く、次の列車が通りかかるまで最低でも数日はかかるだろう。


「どう見ても遭難ですね。荷物はなし……装備があるのが唯一の救いですか」


 リズのつぶやきを聞いて、ルーキの背中に焦りの熱が浮いた。


 レイ親父たちは戻っては来ないだろう。

 今回列車に乗っていたのは、れっきとしたRTAのためだ。襲われた開拓地があった。

 現地でならまだしも、移動途中で脱落した仲間を救助するために、開拓地を見捨てるわけにはいかない。ガバ勢であったとしても、その優先順位は揺らがない。


 それに、レイ親父やサグルマならこう言うだろう。走者なら生き延びてみせろ、と。


 サバイバルの訓練はもちろんした。実力者のリズがいるのも心強い。しかし、未知の土地で生き残れるかどうかを楽観視してはいけない。

 せめて、ここがどのあたりなのかの知識があれば――。


 どちらを向いても未知の土地から目を背け、ルーキはグラップルクローが噛んだままの黒塗りの高級鞘を何気なく見た。


「ん……?」


 ふと、鞘の先端の“こじり”が取れかけていることに気づいた。落下の衝撃で壊れてしまったのかもしれない。これはレイ親父に返さなければいけないものだ。まずいことになった、とそれに触ろうとした瞬間、金属部の隙間に何かが見えた。


「…………!?」


 はっとなって、金属部分を取り外す。

 すると、鞘本体との間に、折りたたまれた紙切れが挟まっていた。


「これは……!」


 広げてみて、ルーキは目を見張った。

 それは手書きの地図だった。このあたり周辺の情報も載っている。

 モンスターの分布、水場、食べられる植物の位置……。いずれもサバイバルに必要なものばかり。


 横からそれを見たリズも驚いた顔で、


「このあたりは開拓の手が入っていませんから、ろくな地図も作られていないはずです。独力でここまで調べたのですか……」


 助け損なったかと思えば、こんな貴重な地図は与えてくれる。まったくレイ親父は詰めが甘いのか、最後までたっぷり詰まっているのか。本当に、一言では言い表せない人だ。


 地図を眺めたルーキはふと、あることに気づいた。


「ん……? 待て、委員長。ここに書かれてるのって、開拓地じゃないか?」


 リズも驚いた顔で、


「本当です。町のようですが……。妙ですね。この近くに開拓町がありましたか?」

「聞かないってことは、RTAとは無関係な平和な場所なのかもしれない。行ってみよう。森の中にいるよりずっといい」


 かくして、ルーキとリズは見知らぬ開拓町を目指すことになった。

 レイ親父のメモによって道中の危険を回避し、傷を負ったリズをかばいつつ一晩を森で過ごしつつ、さらに歩くこと半日。

 ルーキたちは無事、地図に記された開拓町へとたどり着くことができた。


 そこには信じられない光景が広がっていた。


 都市だ。


 それもかなり発展した大都市。


 路は石畳とは違った材質で平らに均されており、建物はレンガと漆喰だけでなく、全面ガラス張りという異質なものさえある。


 路上には二つの車輪を持った乗り物らしきものが雑然と停められており、金属でできた屋根付き荷馬車のような、不思議な四輪車もあった。


 ルタが田舎に見えてくるような不可思議な街だが、ルーキはこの光景を先進的と感じ取りつつも、退廃的な臭いを嗅ぎ取っていた。


 建造物や立て看板に過剰に取り付けられた街灯は毒々しい光を放っており、十分明るい昼間にもかかわらず、見ているだけで眼がチカチカする。

 建物と建物の間の隘路には瓶や細長い缶が散乱しており、そういった物資がそこらに放置されていること自体が豊かさの証明であるはずなのに、荒れ果てた印象しかない。


 栄養過多で根腐れを起こした植物に似ている、とルーキは思った。


「何だ……ここ……」


 まともな開拓地ではない。

 リズも知らない町。レイ親父の地図にだけ載っていた意味。人影一つない閑散とした様子。それらすべてに何か薄ら寒いものを感じたルーキは、直後、警報のように鳴り響いた声を聞く。


「イッチバーン!!」


 ぎょっとして振り向くと、金髪を振り乱して駆けてくる大男の姿が目に入った。


「ひ、人だ! 開拓民か!?」

「いえ、何か様子がおかしいです! 一旦離れ――」


 リズの警告は最後まで続かなかった。

 遠くに見えていたはずの大男は、信じられない速さでルーキたちに肉薄してきた。


 肘を曲げた腕が、異様な筋肉を見せつけている。

 あれに刈られたら、牛の首でも折れてしまうだろう。問答無用の圧力と迫力に押し出されるように、ルーキとリズはぎりぎりのところで左右に散開し、男の突進をかわした。


「何だありゃ……!? アンドレか!?」

「それは本家の方です!」


 止まらず、道を真っ直ぐ駆け抜けていく金髪の大男を目で追いながら、リズが叫ぶ。


「あれがいるということは……なんてこと……!」

「委員長、この街について何か知ってるのか?」


 彼女は眼鏡の奥の静かな瞳に、かつてない焦りを浮かべて答えた。


「ここは多くの走者を焼き尽くした街……! ルート17・57・92、通称〈バーニングシティ〉、あの“クサリ”を生んだ街です!!」


世界が嫉妬する横スクロール業界一痺れる開拓地へようこそ!

なのですが……。


※お知らせ

都合により次回投稿は8/20前後になります。ちょっと日程が見えませんが、投稿の際は活動報告かツイッターでお知らせしますので、よかったらそちらを確認してください。

それではまたお会いしましょう!

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