第三十三走 ガバ勢とお使いRTAテスト
「それじゃあ、やり方を説明するわね」
研究所の一画にある広々とした多目的ホールにて、軍医がそう切り出す。
「みんなにはこれから、疑似お使いRTA『ナグルケル』をしてもらうわ。部屋の四方に置かれた長テーブルの上に、町の名前が書かれた小さな看板が立ってるでしょう。その下にあるカードにアイテム名と届け先が書いてあるから、それを、それぞれ指定されたところに持っていってね」
一台の長テーブルに立てられた看板は三つずつ。その下のアイテムカードはさらに数種類ある。これをわらしべ長者的にどんどん交換しながらゴールを目指す……いわば「お使いマラソン」を遊戯化したような内容だ。
「わたし、こういうのはかなり得意ですよ」
リズが少し鼻息荒く言った。軍医は頼もしそうに微笑み、
「さすがは勇者の家系。でもこれはガバセンサーのテストだから、完璧にやられちゃうと困るわ。まあ、さすがにそれは難しいでしょうけど」
挑発と無邪気のちょうど中間に位置する絶妙な言い回しに、リズの目が真剣みを増したように見えた。これは本気でやりにくるな、とルーキは思った。
まさか本当にパーフェクトで終わらせはしないだろうが、ふざけてやるよりはよっぽど有意義なデータが取れるはず。そう考えて、直接の関係者であるロコの横顔を盗み見たルーキは、そのあどけない丸顔に浮かんだ硬い表情に、ついさっきまでのやり取りを思い出していた。
――待合室にいたガチ勢は、委員長だった。
彼女は驚くルーキたちを見て、手にしていた研究書を閉じると「どうも。奇遇ですね」と素っ気なく言って、生真面目な視線をロコへと移した。
「ロコ君も、お久しぶりです。わたしのこと、覚えていますか?」
「えっ……。う、うん、もちろん。リズ・ティーゲルセイバー、さん、だよね」
気後れした語調でしどろもどろに答えた彼に、
「リズでいいですよ。そこの人からはいまだに委員長呼ばわりですけど」
と笑いもしない顔で言う。
「どうしたロコ? 委員長は別に怖くないぞ。学校でもみんなに優しかっただろ」
じわじわとこちらの背中側に引き下がろうとしているロコに、ルーキは笑いかけた。
ロコは訓練学校時代、成績上位の連中から馬鹿にされていた過去がある。それは成績が振るわなかった生徒全員に共通していることではあるが、気弱な彼は特に狙い撃ちにされていた時期があった。ルーキはたびたびそこに割り込んで、ひと悶着起こしたものだ。
「わ、わかってるけど……」
その頃の恐怖心が消えないのか、ロコは返事を口ごもらせて、弱々しい顔つきになる。
「ロコ君は、ルーキ君と仲が良かったんですよね」
リズは少し笑い、再び口を開く。
「い、今も、いいよ……」
少し強く言い返したロコに対し、リズは涼しい顔で「そうですね」とうなずいた。
「こんなことを言うと少し変ですけど、わたしはあなたに感謝してるんです」
「え?」
「あなたのツールがなかったら、ルーキ君は走者としての未来に活路を見出せなかったかもしれません。今の彼があるのは、あなたのおかげです」
「確かにな。このグラップルクローのおかげで、一門に入ってからも、人にはできないことを色々やれてるよ。ホントありがとな」
「う、うん。どういたしまして……」
そう応じるロコの目は、なぜか委員長を警戒するように見つめたままだ。過去に何かがあった二人とは思えないから、やはり訓練生時代のクソガキたちの思い出が原因なのだろうが。
空気を和らげるために、ルーキは話題を変えた。
「委員長はどうしてここに? ロコに頼まれたわけじゃないみたいだけど」
「ええ。わたしは…………単にチラシを見ただけです。ガバセンサーという新しいツールに興味がわいたので」
「おお、俺もそうなんだ。ロコに頼まれたのはもちろんだけど、面白そうだよな」
リズは満足げに目を閉じ、「ええ」とうなずいた。
「あの、所長……」
ふと、背後でロコの小さな声がする。
「リズは、いつからここに?」
「? あなたが友達を呼びに行ってる最中に、訪ねてきてくれたのよ」
「そうですか……」
「ガチ勢が協力してくれるなんて滅多にないから、今日は嬉しいことずくめね」
「……はい……」
――その時の何とも言えない表情が、テスト前の今になってもまだ引きずられている。
さすがにロコの誤解、委員長もとんだとばっちりだと、ルーキは苦笑した。
委員長は、ザニーやルドウのように自分の技量をかさに着てそれ以下の者たちを嘲るような性悪ではない。
もっと公平で公正で、誰にでも優しく、精神的なバランス感覚にも長けた立派な……。バランス……感覚? 精神の……?
完走した感想……内側から妖しく光る眼……じっと見つめて……朝まで……うっ、頭が。
「ガバ兄さん、なんか顔のパーツが福笑いみたいになってるっすよ」
「な、なんでもぬあい……」
ルーキは忌まわしき記憶を遠ざけるようにかぶりを振り、これからのテストに意識を集中させた。今は真面目に臨むことが最優先。それがわざわざ頼みに来てくれたロコへの礼儀だと。
テーブルに置かれた、街の名前の立て札を見やる。
テーブルは四台。一台につき三つ街の名前があるので、合計で十二にもなる。さらにシーハイとかウンチョウとか聞き慣れない上に似たような街が多くて、とにかく紛らわしい。
一応、位置を覚える時間を少しもらえたが、記憶できるほどではなかった。
ボードとペンを手にした軍医が言う。
「一つ条件があって、RTAだから移動中に足を止めないのはもちろんとして、カードを届ける際は、一度部屋の真ん中あたりまで出てきてちょうだい。そこから直角に目的に向かうこと」
「難しくなったっすねえ。正しいコース取りをしないと即ガバってことすか」
サクラがぼやき、腰の後ろをさするように手を当てた。服の下に、今回の実験のキモとなるマシンが張りつけられている。
ガバセンサーだ。
何でも、走者がガバると振動してそれを知らせてくれる機能があるらしいが、果たして本当かどうか。
「ちなみに振動って、どんなふうになるんすかね。ちょっと試していいっすか」
「どうぞ」
軍医に許可を得たサクラが、長テーブルから一枚カードを取って、部屋の中ほどでぴたっと立ち止まった。すると、
「おおおおおおおおおおおお。あははは、なんすかこれ! 揺れてる揺れてる、おおおおおおおお」
サクラが腰の後ろを押さえながら笑いだした。
それを見た軍医はルーキたちに向き直り、
「ああいう感じで振動するから、反応したら手を挙げて教えてちょうだい。こっちで細かく状況をチェックさせてもらうわ」
「うわー。こりゃかなりしんどくなりそうだな……」
ルーキは顔をしかめた。立ち止まっただけでセンサーが反応するなら、正しい直角ルートを一歩通り過ぎるだけでもアウトだろうか。一番多く揺られそうな予感がする。
「緊張するとよりガバりやすくなりますよ。リラックスしていきましょう」
リズが優しく微笑んでアドバイスをくれた。すると、ルーキの隣にいるロコも、
「そうそう。失敗してもケガをするわけじゃないし、むしろガバった時のデータがほしいんだからね。僕の方こそ盛大にやらかしそうだけど」
ルーキがうなずくようにロコに笑いかけると、リズはわずかに眉を持ち上げ、
「おや、ロコ君も参加するんですか?」
「う、うん……。走者でない人のデータも一緒に取りたいからって、軍医さんが……」
「そうですか。よろしくお願いしますね」
「よ、よろしくね……」
ロコは気弱に、しかし、その丸い目にどこか挑むような尖った感情を滲ませつつ、うなずいた。
「さて、そろそろ始めていいかしら。みんな、最初は別々のテーブルからスタートよ!」
実験が始まった。
ルーキは出発点のカードを持って、部屋の中央へと歩く。
「カラス」を持って「シーホーカン」の町へ。
「シーホーカン……まだ長いだけ探しやすいか」
が、やはり難しく、歩幅が情けなく乱れる。町の名前が書かれた看板は大きく、遠くからも見やすいのだが、本番の緊張もあって簡単に目が滑ってしまう。
幸いなことに、速さに関しての規定は緩いようで、多少ゆっくりでもセンサーの反応はなかった。ルーキは足を止めないよう注意しながら、慎重にカードを交換していった。
「うおうっ?」
それでもダメな時はダメだが。
「どうも」
すぐ横を委員長が涼しい顔で通り過ぎていく。
ひび割れた石橋を歩くようなルーキに対し、リズはやや早足で作業をこなしていた。すでに町の位置を覚えきっており、カードを手にした瞬間から最適なチャートを構築しているようでもあった。
さすが、得意というだけのことはある。
そして意外にも善戦しているのがロコだった。
「ロコ、すごいな」
「僕が作ったテストだから……」
すれ違いざまにルーキが言うと、彼はそんな返事をよこしてきた。
「おおおおおおおおお。あはははは、ガバったっすー」
サクラは真面目にやる気がないのか、一番ガバっていた。あるいは、あのわりと強力なバイブレーションをマッサージ扱いにしているのか。
そうして五分ほど経過する。
その時点で、ルーキは体の変調を感じていた。
全身がだるく、視界が時折ぼやける。
何度も目的地を行き来し、多少慣れてきたはずなのに、一度のお使いにかかる負担が大きくなってきている。
集中力の低下が原因だった。
RTAの心得一つ。チャート作りは頭だけ使い、走る時は足だけ使え。
あえて極論的な言い回しをしているため、揚げ足を取りたがる人間からよく小馬鹿にされている一文だが、実は、集中力とチャート作りに関する非常に実戦的な心得である。
たとえ最終的な予想タイム的に優れていても、複雑に作られたチャートは実践に多大な集中力を要するため、疲れの出る中盤以降にガバを連発しやすい。それより、あれこれ考えずに済む単純なチャートの方が、結果的に早く完走できる、ということだ。
どんな走者もこの消耗戦には耐えられない。
さらに時間がたち、ここまでミスなく順調だったリズとロコの顔にも焦りが浮かんでくる。
そんな二人が同じルートに並んだ。
どこで対抗意識が生まれたのやら。視線を絡ませたのは一瞬、すぐさま目的地に顔を向けたものの、競い合うような足の速さが、互いを意識していることをはっきりと物語っている。
そんな二人が同時にルーキに向かってきた。
「やるなあ、二人とも」
ルーキはそう言いつつ、襟元を指で広げ、体ごと頭を冷やす風を服の内側に入れながら、二人とすれ違った。
『っ!』
リズとロコの顔がにわかに赤くなったように見えた、その直後。
「ひあンっ」
「ふァあっ」
背後から妙に可愛らしい悲鳴が聞こえ、驚いたルーキは思わず立ち止まって振り返っていた。
見れば、リズとロコが揃って、腰が抜けたようにぺたんと座り込んでいる。
「そこの二人ガバね。はい、それじゃあここまでー」
時を同じくして、軍医の声が聞こえた。
「あれ?」
ルーキはそこで重大な違和感を覚える。
今はっきりと立ち止まったのに、自分のガバセンサーは反応しなかったのだ。
いいバイブレーションだ!(DOAのHYT兄貴)
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テレビにつないで急場をしのいでますが……でかいんだよお!!




