表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/633

第三十二走 ガバ勢といわくつきの軍医

 ルタの街のはずれ、槍の見本市のように突き立つ竹林の中に、診療所兼研究所の四角い建物はあった。


 街で知らぬ者はいない、医者であり、元軍人でもある彼女は、並外れた医療技術によって走者のみならず一般人の命も数多く救っており、生傷の絶えないこのRTA最前線拠点に舞い降りた女神と呼ばれることすらあった。


 普段はRTAの後詰め――本格的な復興支援の医療部門を統括しており、走りの途中で負傷した走者たちに追いついて有償で治療などを行うこともあるが、彼女がどういう経緯でルタに行き着いたかに関しては誰も正しい情報を持っていない。


 ただ、敵軍絶対殺すウーマンだったのに事故で記憶を失くしたとか、軍の備品を横流ししたのが発覚して逃亡したとか、軍がらみの金塊を奪ってここに隠遁しているとか、胡乱で剣呑な説だけは山ほどあった。


 軍医さん。女医さん。呼び名はどちらでもよかったが、それ以外の名前に反応することは決してない。もちろん、適当に並べた名前の中に誰も知らない本名が混じっていたとしても、彼女は振り向かない。


 ルーキが会いに行ったのは、そんな人だった。


「よく来てくれたわね。所を代表してお礼を言うわ。さあ、こっちに来てちょうだい」


 スキニーなタートルネックにタイトスカート、その上から白衣という格好の女性が、ルーキたちを床も天井も真っ白な廊下へと案内する。


 腰近くまである銀髪を大きな一つの三つ編みにし、目の色は深いブルー。目つきはやや鋭角的ではあるが、鼻筋はすっきりとして口元も柔らかく、ルーキからは硬軟併せ持った隙のない大人の女性に見えた。


 しかし何より目を引いてしまうのは、遠くからでもはっきりとわかるグラマラスな体のライン――。


「…………」

「ガバ兄さん何見てるすか?」


 軍医のシルエットを目に焼きつけた後でサクラを見たルーキは、二つの像の間に生じた広い空間に、なぜか深い悲しみを感じた。


「軍医さんがボンキュッボンなのに対して、サクラのはポンポコポンだと言いたいっすか」

「本当に申し訳ない……」


 素直に頭を下げたルーキに対し、サクラの斬影拳が入った。

 廊下を歩きながら、軍医が後ろを振り返る。


「ロコもありがとう。彼はお友達だったわね。今、ガールフレンドに粗相して息止まってるけど。あの子も友達?」

「サクラは、ロコさんとはガバ兄さんを通じての単なる知り合いっす。今日は付き添いで来ただけなんで」

「そうなの。でも、せっかく来たんだから、研究中のアイテムでも見ていって。あと、ステータス検診も受けてもらえると嬉しいわ」


 軍医が先導する長い廊下には、台座の上に色々な研究品のサンプルが置かれている。

 ロコの話によると、どれもこの研究所で作られたツールだそうだ。


「あっ、これ、グラップルクローじゃないか!」


 ルーキはそのうちの一つに飛びついた。

 ロコが照れ臭そうに頭に手をやり、


「うん。ここでの仕事を手伝うかわりに、研究させてもらってるんだ。実家じゃ手に入らないような新素材なんかも、ここにはあるからね」

「そっか。きっと商品化できると思うよ。まあ、これ使うのが俺だけじゃなくなるってのは、ちょっとアイデンティティの危機かもしれないけどな」


 冗談めかして言ったつもりのルーキだったが「そんなことないよ!」と言って、両手で腕を掴んできたロコに目を白黒させることになる。


「もしこれが商品化されたら、いろんな方面からフィードバックがある。そしたら、今よりもっとルーキの装備をグレードアップできるはずなんだ。ルーキには……いつも僕の一番いいものを使わせてあげたいから……」

「お、おう……? なんか、ありがと……」


 ルーキが礼を言うと、ロコはにっこりと笑った。


「あらあら、仲良しね」

「まただよ(笑)」


 どこか楽しげに頬に手を当てる女医に、サクラのせせら笑う声が続いた。

 続いてルーキが目に留めたのは、赤い風車だった。


「あれ……。これ、普通に道具屋で売ってるの見たことあるな」

「ああ、それは、使い捨ての武器のレプリカよ」


 答えてくれたのは軍医だった。腰のあたりで腕を交差すると、自然と上半身のボリュームが増して見える。


「うちの発明品はその風車じゃなくて、そこに貼ってあるシールなの」


 よく見ると、持ち手のところに赤いシールが貼られていた。


「それは、売却防止用の目印よ」

「へえ……」

「前にレイが、ボスに使うはずの風車を間違えて売っちゃったことがあって、チャートが壊滅しかけたのよね。まあ当然再走しなかったけど。それを教訓に作られたアイテム。もう一般化してて、人気商品の一つよ。アイテム管理は職人技的なところがあるから、それでだいぶ負担が減るみたい」


 確かに、大袈裟なアイテムより、こうしたいつでも何にでも使えるような小物の方が、走者たちも扱いやすいだろう。

 軍医はほうっと悩ましげにため息をつき、 


「ガバ勢はホント、走者に何が必要かを身をもって教えてくれるから大助かりだわ。完走した感想はアイデアの宝庫よ。いっそここでやってほしいくらいなんだけど、どうしてかみんな近寄りたがらないのよね……」

「あはは……」


 ルーキは空笑いで応えた。

 レイ親父は、ルーキがここを訪ねるのを「時間の無駄だ」と言って暗に反対していたが、案外これらの発明品でかつての大ガバを思い出すのがイヤなだけかもしれない。他のガバ勢も同様だ。


「あっ!」


 次に声を上げて研究品に飛びついたのは、サクラだった。


「なんすかこの糸! 糸っすよね!? もしかしてあれすか! リとスを合わせた名前の凶悪最悪生物に焼かれない最新型のダンジョン脱出糸すか!?」

「お、落ち着けサクラ! どうしたんだ」


 ルーキは諫めようとしたが、サクラは毛糸玉のようなものを両手で抱えて、


「落ち着いていられるかっす! これさえあれば、もう何も怖くないっす! 仮にヤツらに襲われてもバーリヤー! ヘイキダモーン! ヤッター! ウマクイッタヨ!」


 興奮しながら意味不明なことをわめきらした拍子に、手から毛糸玉が転げ落ちた。


 途端、


「ぬあー!」


 サクラが糸でぐるぐる巻きになって床に転がる。


「あ、それ、シマシマクモイトって攻撃アイテムなのよ。敵の足元に投げつけて、動きを鈍くさせるの。間近で食らうとす巻きにされるから気をつけてねって、もう遅いかしら」

「ご覧のあり様っす! ガバ兄さん助けて!」

「おまえ、スイッチ入ると途端にポンコツ化するよな……」


 ルーキは軍医の許可を得て、ナイフで糸を切ってやった。


「蜘蛛の糸は、グラップルクローのワイヤーの素材としても注目してるんだ。うまくいけば、今よりリーチが長くて頑丈なワイヤーを作れる」


 ロコが情報を補足してくれる。ここは本当に、夢が詰まった場所のようだ。

 他にも色々な研究品があり、ルーキはそれを見学するだけで、十分ここに来てよかったと思った。


 そうして歩いた後、一つの部屋に通される。


 部屋の三方を本棚が埋めている以外は、テーブルのみの簡素な室内だった。

 テーブルの上には顕微鏡のような器具が置かれており、隣には白紙の山がきっちり整えられている。


「この器具がステータス測定器よ。精度はかなり上がってるはずだけど、まだまだ多くのテストが必要だったの。でも、みんなあんまり協力的じゃないのよね。忙しいのはわかってるんだけど……」


 軍医は少し困ったような顔を見せたが、ルーキはふと、それが彼女の一番魅力的な表情のように思えた。


「ちなみに、こういう感じで出力されるから」


 そう言って彼女が差し出してきた見本紙には、レイという名前が焼き付けられていた。


「え、これ、レイ親父のステータス!? いいんですか、そういうの人に見せて」


 ルーキがぎょっとしながら聞くと、


「いいのよ。本人が、こんなもんあてにならないから煮るなり焼くなり好きにしろって言ってたから」


 数値化されたレイ親父の能力。興味がないはずがない。

 ルーキがそれを見つめると、左右からサクラとロコが身を寄せてのぞき込んできた。


 レイ


 ちから :227

 すばやさ :175

 たいりょく :178

 まりょく :81

 せいしんりょく :249

 うんのよさ :2


〈smp〉(地位が人に及ぼす影響的なもの)

 ガバ勢の長(せいしんりょく+40 うんのよさ-120)

 古参(たいりょく+10 せいしんりょく+10)

 魔王に奇襲される体質(ちから+50 たいりょく+50 うんのよさ-80)

 かわいい(まりょく+3)



「これがレイ親父のステータス!」

「人間の上限はだいたい255だから、レイ親父さんは相当強いことになるよ」


 ロコが横から補足してくれる。

 特にパワーに関して、レイ親父は人間の限界近いものを持っているらしい。以前、ルート0でサソーリアンのアルテリオル式防御質を貫いたのは伊達じゃないということか。


「それにしても見事に運が腐ってるっすねー」


 サクラが指摘すると、軍医も眉間にしわを寄せ、


「2というのは人類ではちょっとあり得ないから、これは計測ミスを疑ってもいいレベルね。本人もキレてたし」

「いや、2であってるんじゃないすか」

「多分、あってるよなあ」


 ルーキとサクラはうなずきあった。人類にはあり得ない運だからこそ、悪いレアものを引き寄せる可能性が巨星レベルで存在している。


「ただ、こうまではっきり出ちゃうとちょっと怖いですね」


 ルーキは自分と器具を見比べた。

 数字は有無を言わさぬ説得力を持つ。残酷な現実を突きつけられかねない。

 そう思っていると、軍医はやはり少し困った顔で笑い、


「若い走者たちはよくそう言うの。逆に古株の走者ほど、この数字を信じないわ。研究に協力してもらってる身でこんなことを言うのは何だけど、若手は数字を信用し過ぎ、古参はあてにしなさすぎね」

「でも、RTAにとってデータは重要なんじゃないんですか?」


 チャートの根幹をなす第一の要素はデータだ。それが数値で厳密に表されれば、精度が高くなるのは自明の理。

 しかし答える軍医の声は明瞭で、


「生き物――特に人は、変化の激しい生き物だからね。ステータスの数字はその人のベストを表したものだけど、そんな状況、現実では一瞬たりとも存在しないのよ」

「ええ……?」

「その日の気分、体調、装備品の重さ、温度、湿度、足元の状態……。この世には数限りない膨大な係数が飛び交っているわ。それによって人の能力はいくらでも変動するし、ここに書き表せない経験や知識量なんかもある。古参が数字をあてにしない最大の理由はそこね。まあ、アルテリオル式防御質の時だけは別だけど」

「じゃ、何のための数値なんすかこれ?」


 サクラが物怖じせずに聞く。ルーキからは少々意地悪な質問にも思えたが、軍医はやはり鮮明な意志をもってあっさり答えた。


「走者的には、自分の傾向を知るためのものよ。長所と短所を理解することで、補ったり、伸ばしたりする対策が立てられる。わたし的には、人をどれだけ数字で分析できるかの学術的興味といったところね」


 彼女はため息をつき、ルーキを見た。


「釘を刺すようで悪いけれど、あんまりこの数字で一喜一憂しないでね。たまにいるのよ、悩んじゃう人が。あと、この計測結果でどっちが上かとかマウント取り合っちゃう人。数字はわかりやすいから、そうなっちゃう気持ちはよくわかる。でも、大事なことは得てしてわかりにくいものなの。シンプルな意見やわかりやすい答えって、よくわからない人には熱烈に支持されるけど、やっぱり一側面を捉えたものでしかないのよ」


 軍医の注意をよく噛みしめてから、ルーキはステータスの計測を受けることにした。

 手のひらの形に切り取られた板の上に手を乗せると、器具が下に配置された紙に一瞬にして数字を焼きつける。初めて見る者にとっては、なかなかの見物だ。



 ルーキ


 ちから :68

 すばやさ :99

 たいりょく :63

 まりょく :30

 せいしんりょく :157

 うんのよさ : 14


〈smp〉(地位が人に及ぼす影響的なもの)

 ガバ勢(せいしんりょく+10 うんのよさ-50)

 若手(すばやさ+5 せいしんりょく-5)

 おちこぼれ(ちから-3 すばやさ-3 たいりょく-3 まりょく-3 せいしんりょく-3 うんのよさ-5)

 なぜかしょうがない人扱いされる(うんのよさ+10)



 サクラ


 ちから :46

 すばやさ :137

 たいりょく :66

 まりょく :97

 せいしんりょく :53

 うんのよさ :94


〈smp〉(地位が人に及ぼす影響的なもの)

 忍者(すばやさ+10 まりょく+10)

 若手(すばやさ+5 せいしんりょく-5)

 トラウマ持ち(まりょく+2 せいしんりょく-15)

 気になる相手にイジワ(ここから先は鋭利な刃物で切り取られている)



「なるほど。俺はこんな感じになってるのか……」


 ルーキは自分のステータスを眺めながらつぶやいた。

 追加説明によると、30くらいが普通に暮らして不便がない数値らしい。走者でなくとも、肉体労働をしていたり、魔導関係の仕事をしていれば、そこから数値は上乗せされていくようだ。


「へえ、兄さん結構素早さあるっすね。グラップルクローなしでこれなら、なかなかなんじゃないすか」


 サクラが寄りかかってきたので、ルーキは見やすいように紙を傾けてやる。


「やっぱ精神力高いんすねえ。ていうか、ガバ勢の特権? 備考みたいなとこで+10もされてるっすけど」

「何か関係あんのかな……」


 ルーキがつぶやくと、ロコも遠慮がちにステータス表をのぞき込んできて、


「そりゃあ、RTAがうまくいかなくても平気で完走した感想開くし、どんどん精神的に強くなっていくと思うよ」

「そう言われればそうか。サクラは大変そうだな。器具にまでトラウマ見抜かれてるぞ」

「ま、まあ、サクラは色んなとこが発展途上っすから。これからっす。プッ、ところでお兄さんなんすかその、しょうがない人扱いって。すごくわかるっすけど」

「俺に聞くなよ。何でだ……? さっき芋虫になって転がってた忍者の方がはるかにしょうがないだろ……。あとサクラのそれ、最後なんで切れてるの? イジワ?」

「さあ? 器具の不調じゃないすかね? ま、大したことは書いてないっすよきっと。えーっと、体力はサクラとほぼ一緒なんすね。でも、力は普通にガバ兄さんの方が上すか。あ、今、よからぬことを考えたっす? いくらサクラが可愛くて非力だとわかっても、力づくはダメっすよー兄さん?」

「おっ、そうだな」

「まただよ――」


 サクラがぼやこうとした時だった。


「なに軽く流してるのさルーキ!」

「えっっ!? ロコ!? なんでキレ気味なの!?」


 ルーキは愕然としたが、ロコはこちらの意図を汲んでくれず、一方的に詰め寄ってくる。


「冗談でもそういう変なこと言われたらもっとはっきり否定しなきゃ! それとも、ぼかしておきたい何かがあるの!?」

「いや、ないけどさ……」


 細い肩をなぜか怒らせる友人に完全に気圧されていると、ぱんぱんと手を叩く音が横から差し込まれた。苦笑する軍医だった。


「はいはい、ケンカはいいから。それより、ガバセンサーのモニターもやってもらえるのよね? 実はガチ勢からも一人協力してもらえてて、奥の部屋で待ってもらってるのよ。早く行きましょう」

「ゴメン、ルーキ。僕、なんか一人で熱くなっちゃって……」


 失態を恥じてか、顔を赤くしながらロコが謝る。


「ああ、いいよ、そんなこと。ロコに頑固なとこがあるのは、こいつを譲ってもらった時に十分思い知ったから。それより、人を待たせてるなら早く行こう」


 実を言えば、このガバセンサーのモニター協力こそが、ロコが店にまで直接頼みに来た内容だった。

 彼はセンサーの研究に大きく関わっており、忌憚のない意見をくれる相手を探していたのだ。ルーキなら頼みやすく、率直な意見ももらえる。


 軍医に案内され、奥の部屋に通された。

 そこには、分厚い研究書を黙々と読み込む意外な人物がいた。


「委員長じゃないか!」


 ルーキが思わず叫ぶと、白ずくめの女勇者は眼鏡の位置をついと直し、理知的な目でこちらを静かに見つめてきた。


運が低下するアイテムを装備すれば、オーバーフローでレイ親父の運がマックスになる可能性が幽子レベルで存在している?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ