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第三十一走 ガバ勢と新米ツールメーカー

 その日、ルーキとサクラが揃って〈アリスの作ったブラウニー亭〉を訪れると、いつもの景色が広がっていた。


 おはようドリンク代わりに酒を飲む人々。カード、ボードゲーム、バトルドームに熱中する人々。三十分ごとに伝声管から聞こえてくる本日のボイスは「かくごー^^」。まろやかな声に耳がモロモロになりそう。


 とどのつまり、今日は、RTAや試走がない。


 突発的な壊滅事案があればまた別だろうが、走者はオンオフをしっかり切り替えられないと神経痛で死ぬ。

 だからルーキも、何かしなければと焦ったり、やきもきしたりせず、受付嬢とサクラから最近のRTA界隈について話を聞いて見識を深めていた。


 と。


「あら、サグルマ兄さん。おまどうま」


 入り口側に背を向けていたルーキは、受付嬢が目線を動かしてそう言うのを聞いてから、サグルマがやって来たことを知った。


「おう、おはよう」

「おはようございます、サグルマ兄――」


 振り返り、挨拶しようとした時、ルーキは驚きに目を見開いていた。


「あっ!? ロコ!?」

「ル、ルーキ!? よ、よかったよ~!」


 直前まで青ざめていた人懐っこい丸顔が、涙目を笑顔に変えながら駆け寄ってくる。ルーキはその人物――ロコとしっかり手を取り合った。


 その人物の前にいたサグルマが眉を持ち上げ、


「なんだ、ルーキの知り合いか。店の入り口のところで中をチラチラ見てたから、また新人かと思ってつれてきたんだが」

「あら可愛い。ねえ新人君、その子は誰? ずいぶん仲良さそうだけど、もしかして恋人?」

「へえー……。今までそんな気配微塵も見せなかったのに、ガバお兄さんもすみにおけないっすねえ」


『なにいー?』


 受付嬢とサクラのよく通る声を聞きつけたか、近くのテーブルにいた走者たちが一斉に険しい目を向けてくる。


「新人の癖に走者の恋人だと? 半人前のガバしかできないくせによお!」

「可愛いですね。これは可愛い」

「劇薬みてえな女ばっかに囲まれて可哀想だと同情してやってたのに! もう許せるぞオイ!」


 飛び交う土間声にビクついたロコが、おどおどとルーキの背後に隠れてくる。前に出てそれをかばいつつ、ルーキは先輩走者たちに釈明した。


「違いますよ。ロコは走者じゃないし、そもそもこいつは男です」

『えっ!?』

「ヌッ!」


 弱冠一名、受付嬢あたりから変な声が聞こえた気がしたが、サグルマも驚いた様子で、


「な、何だ男だったのか。珍しくまともそうな女友達だなと思ったが、そういうのじゃなかったんだな」

「ロコは間違われやすいんですよ。声も高いし」


 ルーキは言って、久しぶりの友人の姿を再確認する。


 丸顔に、優しげな丸い目。少し長い髪はライトブラウンでやや癖があり、それが彼を子犬のようにあどけなく、より中性的に――というか女性的に見せている。


 体格は、サクラほど低いというほどでもないが、ルーキよりは拳半分ほど小さい。

 身に着けているオーバーオールはサイズが少し大きいのか、片方の肩紐がずり落ちて黒いシャツが露わになっていた。そういう、変に隙があるところも以前と変わらない。


「で、ガバ兄さんとはどういう関係なんすか、このロ↑コ↓さんっていうのは?」


 サクラがまた何か悪だくみでもしているのか、ねっとりと聞いてくる。


「ロコは訓練学校で一緒だったんだ。クラスも一緒で、寮でも相部屋。な?」

「う、うん……」

「何も起きないはずがなく……」

「えっ、受付嬢さん、何か言いましたか」

「何でもないわ。続けてちょうだい」

「はあ……。それで、何よりこいつを俺に譲ってくれたんですよ」


 ルーキは左腕のグラップルクローをみなに示した。

 傍らのロコは照れ臭そうに目を伏せ、


「ほ、本当は人にあげられるようなものじゃなかったんですけど、ものすごく熱心に頼んでくるから……。この人になら、いいかな、って思って……えへへ」

「ヌッ!」

「へえ。珍しい装備を使ってると思ったら、市販品じゃなかったんすね」

「実戦で信用できる装備を作るなんて、素人じゃできねえぞ。見た感じ、町工場か何かの作業員みたいだが……?」


 横からサグルマが察した通り、


「ロコの親父さんはRTAツールの町工場持ってるんです。だから多分――」

「違うんだ、ルーキ」


 言いかけた彼を、ロコが後ろから細い声で止める。


「僕、今、竹林の軍医さんのところで厄介になってるんだ」

「え? 親父さんとこじゃないのか? まさか、ツールメーカーやめたのか?」


 驚いてたずねると彼は首を横に振り、


「ううん、やめてないよ。軍医さんの研究所で、住み込みで働ける技師を探してたから、そこに行くことにしたんだ。お父さんの工場だと、どうしても甘えちゃうところがあるから、これも修行だと思ってね」

「ロコ……! そうか。よかった……! やっぱりロコも頑張ってたんだな」


 ルーキがロコの肩にぽんを手を乗せると、彼は少し恥ずかしそうにそこに手を重ね、


「そ、それにね、僕がツールメーカーをやめたら、君のそれをちゃんと手入れできる人がいなくなっちゃうから。それはルーキも困るだろうし、僕も他の人に触らせたくなかったから……」

「ヌッ!」

「さっきから時折変な声聞こえねえか」

「空耳っすかね? あるいは伝声管からのジングル壊れたっすか」


 サグルマとサクラは少し周囲を気にする素振りを見せたが、すぐに興味を失くしたらしく、話に戻ってきた。


「それで……学校を出たのに走者の道には進まなかったのか」

「いや、それが……」


 ルーキは説明していいかどうか迷い、ロコを見た。すると彼は、まだ少し緊張した顔ではあるものの、はっきりと自分の口から事実を告げた。


「僕は、途中で学校を辞めたんです。最初は、自作のツールを持ち込んで、それで一人前の走者になってやろうって意気込んでたんですけど、やっぱり現実は厳しくて……」

「まあ、向き不向きはあろうな。早くに決断できただけ、おまえさんは偉いよ」


 腕組みするサグルマの相槌に、ロコは意外なほどはっきりと「違うんです」と否定の言葉を向けた。


「走者を諦めてツールメーカー一本に絞る覚悟ができたのは、ルーキのおかげなんです」

「へ? 俺?」


 ルーキがきょとんとすると、


「う、うん。君が、僕の作ったツールを褒めてくれて、わかったんだ。僕にはやっぱりこれしかないって。本当は、それを認めたくなくて走者を目指したはずだったんだけど、結局元に戻っちゃった。でも、後悔はしてない。むしろ、誰かにツールを使ってもらう嬉しさとか誇らしさにようやく気づけて、今の自分に満足してる。いや、誰か、じゃなくて、君に、かな……あはは……」


 はにかむように笑いながら、ロコは頭をかいた。

 それを見ていたサクラがぼやく。


「なーんか、隙あらばガバ兄さんとサシの会話にもってこうとしてないっすかねえ……?」

「だな。まあ、積もり積もった話でもあるんだろ。奥の部屋貸してやれ」

「ヌッ! いいわ、建物の北側の人が滅多に来ない部屋があるからそこで!」

「物置じゃねえか。つうか、さっきからヌッヌッうるせえのおまえかよ!」

「そうだけど待って、サグルマ兄さん。まだ重要な話を聞いてない」


 受付嬢は努めて真面目な声で言った。するとロコもはっとなり、


「そうでした。僕がレイ一門の事務所に来たのは、ただ話がしたかったわけじゃなくて……」

「新人君とこの男の娘、どっちが野獣でどっちが子猫ちゃんだったかを聞いてないわ!」

「おい、この腐った巨神兵みたいなヤツを誰か摘まみ出せ!」

「え、ええと……よくわからないですけど、僕が野獣ってことはないと思うので、ルーキが野獣かなあ……?」

「おめえもわかんねえなら答えなくていい!」

「新人君ナカナカヤルジャナイ!」

「何ですか受付嬢さんその顔は!? よだれ垂れてますよ!」


「――おい、ちょっといいか」


 混沌としてきた会話のバトルドームにただ一声で割り込んだのは、ガバ一門の首魁、レイ親父だった。

 決して大音量ではないが、どんな喧騒にも押し負けない声にぴたりと黙った面々に対し、彼は一枚のチラシを差し出した。


「これ、さっき郵便屋が届けにきたぞ。いつものだ。一目見たら捨てとけ」

「あっ、それ……」


 ロコが声を上げ、レイ親父からそれを受け取る。


「これです。僕はルーキにこれを協力してほしくて、頼みに来たんです!」


 その場にいた全員が、一斉にチラシをのぞき込む。

 そこにはこう書かれていた。


「手の空いている走者は、ステータス検診にご参加ください。また、ガバセンサーのモニターについてもご協力をお願いします。――RTA研究所 所長」



騒然となるほよたち。

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