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第三十走 ガバ勢と再走裁判所の夕闇

 ルーキたちが駆けつけた時には、すでに鉄火場のにおいが漂っていた。

 粗末な下着姿の女と、コートを着込んだ複数の男たちが、ただ事でない空気を挟んで向かい合っている。


 異様な光景だった。

 両者の距離感は、会話のそれではない。言うなれば、猛獣と人間が対峙する際の間合い。


 複数人で一人を半包囲する男側の気配も剣呑だったが、女の方はより異常だった。


 年齢は不明。二十代以上ではあるだろうが、カッと見開かれた双眸に、食いしばった歯という壮絶な表情が、平素の顔の想像を困難にしている。

 加えて両拳を硬く握り、今にも拳闘を始めそうな野性的なスタイル。彼女が果たして正気なのかどうかさえ疑わしく思えてくる。


「貴様、いい加減にしろ!」

「我らに逆らうことがどういうことかわかっているのか!?」


 男たちは口々に警告の声を上げたが、女の方が何か応じる様子はない。それどころか、視線すら合っていないように見える。

 女は突然男たちに躍りかかった。


「やめろ、何をする!」

「三人に勝てるわけないだろ!」

「こいつを取り押さえろ……ぶべ!?」


 男たちは慌てて動き出そうとしたが、遅きに失した。女のファイティングスタイルは生粋の拳闘士というほど綺麗な型ではなかったが、拳の突き出しも、戻す速度も半端ではなかった。


 容赦なく男たちの顔面を拳でぶち抜き、昏倒させる。

 続けて、倒れた相手の衣服をためらいなくまさぐりだした。その様子は、仕留めた相手の肉を貪るハイエナの動きそのもの。


「どう見てもまともじゃない……。絶対ヤバいクスリやってるぞ!?」


 まさか彼女がトール・ベルソなのか。トールが男というのは誤情報だったのか。

 男たちの服を剥ぎ取り始めた女を慄然と見るルーキに、ユメミクサの落ち着いた声が届いた。


「いいえルーキ。残念ながら、彼女もトール・ベルソではありません。彼女はホミー。レイ一門の走者です」

「え!? あの人も一門なのか!?」


 店では一度も見たことがない。いや、もしかしたら、ちゃんと服を着て、普通の顔をしていたからわからなかっただけかもしれないが。


「で、でも、明らかに様子がおかしいぞ?」

「スクーパの影響です。一時的に身体能力を向上させる強化アイテムですね」

「まさか禁止薬物か!?」

「いえ。副作用が小さく、依存性も低いため、合法とされています」

「そ、そうなのか? とてもそうは見えないが……」


 言ってるそばから、ホミーはあさっていた男の服から何かの小瓶を見つけ、中身をぐびぐびと飲み干す。その狂相がより深くなり、今度は見えない相手に拳を振り回し始めた。


「やっぱガンギマリでは!?」

「目にゴミが……。すみません、よく見えませんね……」


 ユメミクサが目をこすっているうちに、ホミーは家の壁に張りつくと、そのままわずかなでっぱりを蹴って、屋根の上に消えた。


「ルーキ、ユメミクサ。こっちに来てください」


 呆然と屋根を見つめるルーキを、エルカの声が呼んだ。

 彼女は、投げ捨てられた男たちの衣服の横にしゃがみ込んで、何かを思案していた。


「どうした?」

「このシャツの刺繍を見てください」

「これは……時計と天秤のエンブレム? まさか、再走裁判所の関係者なのか?」

「放ってはおけませんわね。話を聞きましょう。で、ではまず、ルーキ……その、この服を彼らのところに持っていってあげてくださいまし」

「? いいけど、何でそっぽ向いてんだ?」


 するとエルカはかあっと顔を赤くし、


「なんて人! わたくしに見ず知らずの男性の裸を見させるおつもりですの!? ほら見ろよ見ろよと!?」

「ああ、なるほど……。そりゃ悪かった」


 ルーキは未だに気絶している男たちの上に適当に服をかぶせた。

 するとエルカは少し気まずげに上目遣いになり、


「ず、ずいぶん素直ですのね。もっと意地悪をしてくるかと思いましたわ。さっきのお店のこともありましたし……」

「店って何だよ? そもそも何で、俺がお嬢さんに意地悪する必要があるんだ」


 ルーキがこの場にいる最大の理由は、エルカに対する埋め合わせとご機嫌取りだ。わざわざ穴を掘り広げるバカがどこにいるのかと彼は思ったが、エルカの方はそれを意外と感じたらしく、その後も言葉をもごもごと口の中で転がしていた。


 しばらく待っていると、一人が息を吹き返す。


「うう……あのバケモノめ……」

「あなた、大丈夫ですの?」


 エルカが声をかけると、男の表情が一変する。


「エ、エルカお嬢様!?」


 エルカは男たちの顔を知らなかったようだが、その逆は然りではなかったようだ。さすがは上級判事の娘といったところか。

 そして、彼女の威厳と七光りの光量がわかると同時に、男たちが裁判所の関係者であることも、これで確定した。


 彼女は仰ぎ見られる立場に相応しく、落ち着いていて、かつ厳粛な声で告げた。


「一部始終は見せていただきました。あのホミーという女性と何があったのですか? それから、走者が使うスクーパを、なぜあなた方が持っていたのです?」

「そ、それは……」


 男は顔を歪ませて言葉に詰まった。

 様子がおかしい。単なる揉め事の話ではなさそうだ。


「し、知られてしまった以上は言い訳できませんな……。そうです。我々はスクーパ商人と“経済的に協力”しています……」

「えっ」


 エルカが声をあげそうになったが、ユメミクサが後ろからそっと手で塞いだ。


「あまり知られていないことですが、スクーパは、他の薬品と比べても効果の個人差が大きいのです。人によって圧倒的に強化されることもありますが、対する副作用や依存性も大きくなります。あのホミーはそれのハイエンドと言っていいでしょう。しかし、あくまで極端な例。余計な情報を提示して走者たちを不安にさせるより、有益なアイテムを流通に乗せることの方が得策。我々は、そのマネジメントのための費用を受け取っているにすぎません。つまりこれは、我々、街、走者、全方位に利のある話なのです」


 男の発言はエルカを硬直させた。


「そ、それは癒着というのではありませんか……?」


 彼女が青ざめた顔で言うと、男は依然として重い口調で、


「さて、そこまでは……。しかし、口さがない者たちは、裁判所が特定の商人たちを優遇したと言いふらすかもしれませんな。忌々しいことです」


 ルーキはそのあたりの世相に疎かったが、公明正大を謳う裁判所のスキャンダルになりかねないことは理解できた。

 もちろん、さっきの段階ではここまで重大な話は聞いていない。恐らく、こちらが到着する前に、それらしい会話を交わしていたのだろう。男はそれも聞かれていたと勘違いして、ぺらぺらしゃべってしまっているのだ。


 しかし、気になるのは男の態度。

 悔い改めた様子はない。次の一手を用意しているからこその素直な自白に見える。


 果たして男はカードを切った。


「お嬢様も今日見聞きしたことは忘れていただくのが吉でしょう。これはお父様も関わることでありますから……」

「お父様が!?」


 エルカはさらに顔色をなくし、よろめいた。ユメミクサが咄嗟に支える。

 上級判事が関わっているとすれば、これはもう完全に組織ぐるみのものと見ていい。トール・ベルソどころの話ではない。ルタの街を巻き込んだ一大事件勃発。一人のゴロツキを探していて、とんでもない爆弾を引き当てた。


 心なしか、男の口元がニヤリと笑ったふうに見えた。


 と。


「ダウト」


 金縛り的な膠着状態に、その一声は静かに波紋を広げた。


「ご安心ください、お嬢様。この者たちが言っていることはデタラメです。グスタフ様はこの件をご存知ですらありません」


 困惑するルーキの腹に、少女の落ち着いた声がすとんと落ちる。


「な……何だと小娘。余計な口をはさむな!」


 男は焦った声を投げつけるも、ユメミクサの態度は変わらない。


「この男の言うことを信じてはいけません。お嬢様の口を封じるためにウソをついているのです。ここであなたが言いなりになれば、今度はグスタフ様がそれを元に脅されることになります」

「け、けれどユメミクサ……。もし本当なら、わたくしは……」

「気をしっかり持ってくださいエルカ・アトランディア様。この男と、わたしとお父様、どちらをお信じになりますか?」

「それはもちろん……あなたとお父様ですわ」

「大変結構です」


 ユメミクサは微笑んだ。


「クソッ! だが、一歩遅かったな!」


 男が醜悪な顔で叫ぶ。

 ルーキがふと見ると、男の背後から街では見かけないゴロツキたちが近づいてきている。


「こうなったらおまえを誘拐して身代金をいただいた後、街からおさらばだ! せっかくふんぞり返って走者を裁ける立場になれたというのにクソッタレ! ただで済むと思うなよ小娘ども。金が払われるまで、たっぷり楽しませてもらうからなあ! ヌッ!」

「本性を表しましたねケダモノ」


 ユメミクサはそう言うと、素早くエルカを押しのけた。


「お嬢様、ここはわたしたちに任せてお逃げください。すぐそこにレイ一門の酒場があります。間の悪い彼らなら、当然の権利のように門の外でぼーっとしているでしょう。彼らに応援を要請してください」

「ユメミクサ! でも、あなたは大丈夫なのですか!?」

「この方がいますから問題ありません。さあ、早く」


 エルカはルーキを見ると、躊躇いがちに頭を下げ、すぐにその場から走り去った。


「あの娘を逃がすな! ちょっとぐらい手荒な真似をしてもかまわん! だが殺すなよ!」


 男の指示を受けて、ゴロツキたちが慌てて駆け込んでくる。


 ルーキはそれを冷静に見つめた。

 あの様子を見るに、別動隊はいないだろう。ここで足止めできれば、エルカはひとまず安全だ。ゴロツキ相手に、仮にも現代の勇者である走者が後れを取るはずがない。


 ただ、問題はユメミクサ。主を逃がすために啖呵を切ったのだろうが、最前列に立った華奢な背中はとても荒事に向くとは思えない。

 グラップルクローで一旦屋根の上にでも逃がしておいた方がいいか――。


 そう考えたルーキは、ふと、奇妙なことに気づいた。


 何かが変わったわけでもない。それなのに、すぐ目の前にある背中が、急に、ひどく見知ったものであるように感じられたのだ。


 戸惑うルーキとタイミングを合わせたように、メイド少女は少しのけぞるような姿勢で振り返る。その目にどこか悪戯っぽい光を宿らせながら、肩越しに言った。


「もちろん手抜きせず手伝ってくれるっすよね? ガバの、おにーさん?」


 ※


「まったく、とんだ一日でしたわ」


〈アリスが作ったブラウニー亭〉にほど近いカフェで、エルカはアップルジュースの香りを移したため息を吐いた。

 テーブルにはルーキとユメミクサが相席しており、それぞれエルカの支払いで頼んだジュースが置いてある。


「トール・ベルソは見つからなかったけど、他の悪者は見つかったからいいじゃないか」

「みんなハッピー……」


 ルーキとメイド少女は顔を見合わせ、揃ってコップを傾ける。

 あの後、間の悪い一門の数名が駆けつけた頃には、すでに床をペロっていないゴロツキは存在しなかった。


 裁判所の男は、後から目覚めた者も含めて全員震え上がっており、その恐怖の視線は主にメイド少女の方に向けられていたが、エルカはそれに気づかなかったようだ。


 やがて駆けつけたRTA警察により、男たちは連行されていった。街警察ではなく、どうして彼らだったのかについて、ルーキは特に何も言わなかった。


 エルカが戻ってくるまでに、メイド少女にこう言われていたのだ。


「これは再走裁判所とRTA警察が内々に処理する案件になるっす。他言しても面倒が増えるだけっすけど、ガバ兄さんの胸の中にしまっておけば一つ貸しにできるっすよ」


 打算よりも正直何をしてたのかわからんという本音に従い、ルーキはサクラの提案を飲むことにした。

 それに、もっと大きな疑問が目の前にある。


「なんすか、さっきからチラチラ見て。ひょっとして無類のメイドさん好きっすか? 大人しくてはかなげで、言うこと何でも聞いてくれそうな属性付きならなおよし?」

「好きも嫌いも、実物のメイドなんて今日初めて見たんだよ。エルカお嬢さんのところで何やってんだ、サクラ」

「さて……? そんな愛らしい名前の女の子は知らないと申し上げたはずですが……」


 彼女はすっかりユメミクサに戻って、そううそぶいたものだった。

 そんな記憶をぼんやりと思い出しながら、しばらくは口にする予定のないジュースの味を舌に覚えさせていると、ふと、エルカとユメミクサがこちらをチラチラ見ながら何やら言い合いを始めていることに気づく。


「……さあお嬢様……わたしも一緒に……あげますから……」

「わ、わかってます……子ども扱い……でくださいまし」


 小声でよく聞き取れないが、どうせさっきの小難しい話の延長だろうと放っておいたルーキは、そのすぐ後に「ルーキ!」というエルカの強い呼びかけを受けて、危うく残りのジュースを全部気管に流し込むところだった。


 せき込みながら見れば、エルカとユメミクサが揃って立ち上がっている。

 エルカの顔は赤く、何かをためらう様子だったが、傍らのユメミクサが促すように彼女の背中にそっとふれたことで、ようやく口を開いた。


「ルーキ、今日は、その、助けてくれて、あ、あ、ありがとうございました! それとごめんなさい!」

「ありがとうございました」


 二人が揃って頭を下げてきたので、ルーキはぽかんとした。


「何だ何だ? 何がどうしたんだ?」


 少し拗ねたような顔のエルカは、何かしていないと落ち着かないのか、ウエーブのかかった横髪を指先でいじくりながら話す。


「正直、あなたは途中で放り出して逃げると思っていましたわ。もっといい加減で意地悪な人だと思っていましたの。ガバ勢だし、反省文を出さないし……。でも、ちゃんと最後までわたくしと……ユメミクサのことも守ってくださいました」


 エルカの言葉に合わせて、ユメミクサが実直な顔にかすかな微笑を浮かべる。

 彼女の獅子奮迅の活躍を知っているルーキからすれば素直に受け取れない謝辞だったが、今はうなずいておくべきだということくらいはわかる。


「あなたのことを誤解していたようですわ。忙しくて反省文のことを忘れていたというのは信じてよさそうですわね。訴訟は取り下げます」


 ルーキはほっとしつつ、エルカに対して素朴に感心した。


「そういうこと、ちゃんと言えるんだな」

「なっ……あ、当たり前ですわ。ちょ、ちょっと、言うのが遅れましたけど……。ほ、本当なら、お店の時に……」

「いや、遅かろうが早かろうが難しいことだよ」


 笑って、やんわりと彼女の言葉を遮る。


 自分の間違いを認めるというのはなかなかできない。事の発端が相手方にある場合は特に。「最初におまえがあんなことをしなければ」と意固地になることは、クソガキしか存在しないルーキの故郷ではありふれた光景だった。


 だが、この良家のお嬢様は、そういうところをしっかり切り分けられる人間らしい。

 根が素直とも言えるし、いい教育を受けているとも言える。


 素直な感謝を伝えてくれたお礼に、ルーキも正直な気持ちを打ち明けた。


「実は俺も、途中でお嬢さんが飽きて投げ出すと思ってたよ。偉い人の単なる道楽かと……」

「まあ、なんて人」


 口元に手をやって言いつつも、エルカは笑っている。


「でも結局一日歩き通した。多少はもんく言ってたけど、そんなのは実際に行動してることに比べれば屁でもない。この街のRTAをよいものにしたいって気持ちは本物だって、よくわかったよ」


 エルカは少し赤くなり、


「と、当然ですわ。走者は毎日命を張ってRTAをしているのですもの。わたくしたちも単なる仕事としてではなく、使命としてこの役目をまっとうしなければ」


 別に裁判所の職員でもないだろうに、この使命感は古参走者に匹敵するかもしれない。彼女はいずれ本当の判事になるだろうとルーキは思った。


「ガバ底の走者にも信用に足る方がいることがわかって、一つ勉強になりましたわ」


 エルカが手を差し出す。


「俺も、再走裁判所が走者を敵視してるわけじゃないってわかったよ。まあ、内部事情については複雑すぎてわかりそうもないけどな」


 ルーキは苦笑と共にそれを柔らかく握り返した。

 日暮れ。臨時の捜査チームもこのあたりが潮時だ。

 夕日を背にしたエルカは、背中にかかる髪を金色に燃え上がらせ、名残惜しそうに微笑んだ。


「それではルーキ。今日は楽しかったですわ。ごきげんよう。またお会いしましょう」

「ご苦労様でした……」

「ああ。じゃあな」


 こうして、ルーキは一人になり、自由を得た。

 普段なら決して入らないであろう洒落たオープンカフェの一席に残された彼は、コップの底で薄い円を描くジュースの残りを、最後の一滴まで飲み切る。


 ほろ苦く甘い。


 エルカはああ言ったが、再走裁判所の現職員でもない彼女が、一介の走者と出会うことはそうそうあるまい。ましてや、今日のように長い時間を共にすることは、もう一生ないかもしれない。

 それくらい立場が違う。


 明日からはもうどちらも街の違う通りを歩き、違う時間を過ごし始める。

 それが普通で、当たり前。そして多分、それでいい。


 しかしやっぱりほんの少し寂しい気がするのは、これも一つの別れだからか。

 ルーキはしばらく、二人が消えていった雑踏を見つめていた。


 ※


 その後、スクーパの危険性は再走裁判所から直々に提起されることになったが、最終的に禁止薬物に指定されることはなかった。というのも、走者たちの反応が「やっぱりな(レ)」というひどく淡泊なもので、それ以上の言論――これを放置してきた裁判所への批判は一切出てこなかったからだ。


 責任を負わせるということは、自分の判断の一部を相手に委ねるということである。

 RTA走者が再走裁判所に明け渡す自己など、最初から微塵もない。


 1UPキノコと毒キノコの見分けぐらいつく。俺たちから自己判断を奪うなというのが、彼らの本音だった。


 つまり、これは、その程度のことだった。


 ホミーは今日も元気にスクーパをキメて街のどこかを走っており、〈イノセンス〉の走者は酒場でまだ酒と仲間に慰められている。

 世はすべてこともなし。ただ当然の権利のように騒がしくあるだけだった。


「ルーキ。ルーキ、朝ですよ」

「は……?」


 耳元に優しくかかる声に慣れない起こし方をされたルーキは、結果として叩き起こされるよりも明快に眠気を飛ばされることになった。


 驚いて目を向けたベッド脇には、清楚なメイド服を身に包んだ少女が甲斐甲斐しく膝をつく姿勢で寄り添っている。


「うわサクラ!? おま、ホントにその格好で……!?」


 瞬間的に、サクラが悪ふざけてをしているのだと思った。が。


「何がサクラですの、ルーキ。その子はユメミクサですわよ」

「え、えっ!? エルカ・アトランディア嬢!?」


 メイド少女の後ろには、エプロンと三角巾で武装したエルカが立っていた。ルーキが混乱のあまり目を白黒させるのを尻目に、彼女は優雅に室内を見回し、


「ユメミクサが、どうせルーキは部屋をきっっっったなくしていると言ったのが当たりましたわね。野ネズミの巣だってもう少し整理整頓されているものですわ」

「何の話ィ!?」


 問いかけると、エルカは少し照れ臭そうに、


「こ、この前、危ないところを助けてもらったのは、手配犯探しとは別件。だから今日は、そのお礼にお部屋の掃除をしにきてあげたのですわ! う、嬉しいでしょう? ルーキはベッドの上でじっとしててくださいまし。わたくしとユメミクサで綺麗にして差し上げますから!」

「ルーキ、よかったですね。お嬢様は、お掃除にかけては家中一お上手なんですよ」


 静かに告げたユメミクサの頬がぴくぴく震えている。内心、ルーキの狼狽と置かれた状況に対し、腹を抱えて笑っているに違いなかった。

 早速水の入ったバケツを運び込みながら、エルカが何だか棒読み気味に言う。


「はあ、正にガバ底の部屋ですわね。今日一日で綺麗になるとは到底思えませんわ。どうせ衛生観念ガバなルーキはまた散らかすでしょうし……。や、やむをえませんわね。今日だけでなく別の日も来て差し上げますわ。まったく、仕方のない人ですこと! いいですわね、ルーキ!」

「は、はい。あ……ありがと……?」

「♪」


 ルーキは後になって気づくことになる。


 エルカが近くにいるということは、再走裁判所が直接自分をにらんでいるのと、そう大差ないということ。小さなガバでも、反省文を乱発させられる恐れすらあること。

 走者としては常に首にナイフを当てられているのと同じだ。


 ルーキが部屋の整理整頓を意識するようになったのは、これがきっかけだったという。

変装の達人は外見だけでなく所作そのものが違うのだ(ニンジャ・コバナシ)

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