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第二十七走 ガバ勢と不正RTA

「うぽつ」

「うぽーつ」

「おまどうま!」


 ルーキが〈アリスが作ったブラウニー亭〉に入ると、いつも通りの挨拶が飛んでくる。

 少し迷った挙句、「おはようございます」と無難に返し、カウンターにいる受付嬢のところへ向かった。


「おはようございます。受付嬢さん」

「うぽつ、新人君。あら、今日はサクラちゃんは一緒じゃないの?」

「はい。RTA警察からの依頼で出かけるとか言ってました」


 そもそもあの忍者がこの店に出向く強い理由もないのではあるが。


「サグルマ兄貴は?」

「兄さんならあっち。レイ親父さんたちとトランプのダウトして遊んでるわよ」


 彼女が指さす先を見ると、一門の人垣の奥に白髪と赤髪がちらちら見えている。

 ルーキが挨拶に向かうと、


「てめえこの野郎ダウトだ!」

「俺にじゃねえ、カードに詫びるんだよ!」


 と、まるで休憩時間の学生のように無邪気に盛り上がる彼らの姿があった。こうしていると、とても街を代表する走者たちとは思えない。


「おはようございます」

「おつ!」

「もつかれ!」


 ルーキが挨拶すると、年季の入った声が返ってくる。ふと、テーブルについていた四人のうち一人が席を立った。


「新人。いいところに来た。ちょっと出てくるから、代われ」


 そう言ってカードを押し付けてくる。


 カード遊びよりRTAについて色々聞きたかったのだが、レイ親父とサグルマもいるので自然とそういう話もできるだろうと思い直し、席につく。


 テーブルの勝負も一旦仕切り直しという空気が流れた時だった。


 店の扉が勢いよく開いた。


「RTA警察だ! レイという走者はいるか!?」


 その第一声に、ざわ……と店内の空気が身じろぎする。


 入ってきたのは若い警官だった。ルーキとそう歳は離れていないだろう。ぱりっとした真新しい制服がかえって威厳を削いでいる感はあるが、問答無用の熱意だけはひしひしと伝わってくる。


 一門の目線がレイ親父に集まるのを見て、警官はルーキのいるテーブルに向かってきた。


「そっちか!? 走者レイ、おまえには、致命的にガバったのに再走せず仲間を窮地に陥らせたという疑いがある。署で話を聞かせてもら――」


 彼は最後まで台詞を言いきれなかった。


 なぜなら、レイ親父が突然身を縮こまらせ、大きな目を潤ませながら両拳を口元に当てて、周囲にきらきらとしたエフェクトを散らし始めたのだ。


「ぷるぷる……ぼく、悪い走者じゃないよう。お兄さん許して……」

「ヌッ!」


 一瞬にして警官の態度が変わった。

 張り詰めていた頬は硬さを失い、全方位にまき散らされていた情熱も途端に弱火になる。


「き、君がレイなのか……? 凶悪なガバ勢の親玉だと言われて意気込んできたが、まさか君みたいな若い子だったとは……。こりゃあ、配属早々、先輩に担がれたかな。いいかい君、RTAで無理をしてはダメだよ。できる範囲で頑張ればいいんだ」

「ウン、わかった。ぼく気を付けて立派な走者になるよ」


 レイ親父がにっこりと笑うと、警官は顔を赤らめさらに落ち着きをなくした。


「じゃ、じゃあ、俺はもう行くよ。困ったことがあったらいつでも交番に来なさい。何でも相談に乗るからね」


 不自然なくらい何度も振り返りながら、彼は店を出ていった。

 レイ親父は乙女チックな顔で手を振っていたが、完全に立ち去ったとわかると、


「へっ、甘ちゃんが! ぺっ!」


 途端に唾を吐くふりまでして悪態をつき始める。さっきの警官が直視したらこの世のすべてを信じられなくなりそうな変わり身の早さだ。


 サグルマがほっと息を吐き、


「新人だったみてえですね。よその街からの出向か? 親父のことをほとんど知らなかったようですし」

「ああん? だらしねぇな! 人の顔くらい覚えてから来いや!」


 レイ親父はげらげら笑っているが、この本来の性格を知らなければ騙されるのも無理はない。いたいけを装ったあの姿は、実態を知るルーキでさえ、本当に気弱で可愛らしい女の子にしか思えなかったほどだ。

 ほよが絶えないわけである。


 しかし、それからほどなくして、再び扉を硬く開ける音が店内に舞い込んだ。

 さっきの彼が戻って来たのかと思ったが、違う。


 警察帽を目深にかぶった、一目でただ者ではないとわかる佇まいの警官だった。

 顔立ちこそ若いが、帽子のひさしと前髪に隠れがちな眼差しは氷のように冷たく、落ち着き、制服は一部の隙も無く体に馴染んで、それがそのまま皮膚のようでさえあった。


 彼は無言のまま入店すると、迷いない足取りでレイ親父の席へと向かった。


「ぷるぷる、ぼく、悪い走者じゃ……」

「やめろ気色悪い」


 一言で切って捨てると、彼は鋭い眼差しを一段階さらに尖らせる。


「やってくれたな、俺の部下を。完全におまえのことを庇護すべきガバサーの姫か何かと勘違いしたぞ」

「へっ、この程度の演技に騙される方が悪いんだよ。下調べはRTAの基本だぞ? ちゃんとお勉強させたのか?」


 レイ親父はあっさりと素に戻った。口振りからすると、どうやらこの二人は顔見知りらしい。


「で、何の用だ。おまえが出張ってくるようなヤバいガバはした覚えがねえぞ」

「そのことだが、少し話いいか?」


 彼がテーブルを指さすと、近くにいたサグルマが心得た様子で立ち、椅子をすすめた。


「すまん、サグルマ」


 一言礼を述べて座る。

 これを見たルーキは慌ててサグルマに席を譲り、よそから椅子を持ってきてその場に居座った。RTA警察はレイ親父に説教しに来たわけではない。何か、ただ事でないことが起ころうとしている気がした。


「一応、街の走者全員に関係あることだ。この手配書の男を見たことがあるか?」


 彼は制服のポケットから一枚の紙を取り出した。


「ヘッタクソな絵すぎて、全然わからねえ」


 レイ親父はそれを見てサグルマに渡し、彼が周囲の走者たちにも見えるよう持ち上げる。しかし、誰もが首を横に振った。


「ホントに下手な絵ですね……」

「すまんな。手違いでこんな手配書しか届かなかった」


 ルーキのつぶやきを聞き取ったか、警官は表情を変えずに言った。


「この店では見ない顔だな。新人か?」

「は、はい。この前のルート0RTAから入りました、ルーキです」

「ルート0の……。ああ、君があのルーキか。サクラから話は聞いている」

「え」


 ルーキは少し驚いたが、考えてみれば彼女はRTA警察と繋がりがある。何らかの報告が上がっていても不思議はない。

 心なしか警官の態度が少し柔らかくなったような気もするし、悪い話が伝わっているわけではなさそうだった。


「俺はケイブだ」

「警部さんですか」

「今、階級のことを連想したと思うが、俺のは名前だ。階級は警部補だ」


 警部補のケイブ。わかりやすいがややこしい。


「んで、どこのどいつなんだよ、これは」


 脱線しかけた話題をレイ親父が引き戻した。ケイブもすぐに目元を引き締め、


「男の名はトール・ベルソ。端的に言ってゴロツキだ。口が妙に上手く、こいつと関わった町ではしばしば住民たちを巻き込んだ騒動が起こっている。だが、我々RTA警察がこいつを気にするのは、こいつが不正走者であるという疑いからだ」

「不正走者?」


 店中の走者たちが一斉に空気をざわめかせるのを、ルーキは聞いた。


「このトールという男が、ルタに入ったという情報が届いた。街の騒ぎなど日常茶飯事だが、不正RTAは許されない。どんな些細なことでもいい。それらしい情報があれば、RTA警察に伝えてくれ。有益な情報に関しては報奨金も出る」

「そいつは警察の仕事だろ?」


 レイ親父が面倒くさそうに言うと、


「警察の捜査には住民の協力が不可欠だ」


 ケイブは臆面もなく冷淡に言い返し、しかし、ここで少しだけ微笑むような空気を見せた。


「それに、悪いレアものを引き当てるのは得意だろう。案外、この店に来るまでに出会っていたりしてな」


 ※


 用件だけ述べてケイブが立ち去った後も、店の空気は質を変えたまま続いていた。あちこちから不正RTAについての話が聞こえてくる。


「サグルマ兄貴、不正っていうのは、どういうものなんです?」


 さっきの会話の流れに差し込めなかった質問をするルーキ。カード遊びはいつの間にかジジ抜きに変わっている。

 サグルマはレイ親父からカードを引きながら、


「そうだな。まずわかりやすいのが、走り終えてない開拓地を勝手に完走したと報告しちまうことかな」

「それ、かなりまずいですよね? 魔王が居座ったままなんでしょう? それに調べればすぐバレそうなんですが」

「ああ。だが、開拓地は無数にあるからな。RTA警察や再走裁判所がチェックしきれない走りってのも存在するんだ。ただ、確かにいずれはバレる。それより厄介なのが――」


 ルーキはサグルマからカードを引く。さっきから何度か目にしているスペードの6。ジジの可能性濃厚。


「禁止薬物だ」

「禁止薬物……」


 サグルマの言葉をルーキは繰り返した。


「肉体へのダメージと引き換えに、走者の能力を一時的に高める効果がある。チャートに特に変化はないのに妙にいいスコアを出してると、こっちの疑いが出てくるな」

「ちょっと待ってください。それ、ダメなんですか?」


 ルーキは食い気味にたずねていた。レイ親父と、もう一人の走者の目がこちらを向いたことに気づき、慌てて先を続ける。


「スコアうんぬんはおいておいても、絶対に助けたい開拓地とかだったら、そういう無茶をしちゃう気持ちもわかると思うん……です……けど……」


 尻切れトンボになっていった台詞に対するサグルマの声は穏やかだった。


「何も全部の強化アイテムが使用禁止にされてるわけじゃない。禁止されてるのは、人体へのダメージが大きいやつだけだ」

「それは、わかりますけど。でも、最後の手段としてくらいは……」


 ルーキがなおも不服な態度を示していると、レイ親父の声が割り込んできた。


「あのな、考えてみろ新入り。そいつが開拓民を大事にしてるってことは、開拓民だってそいつを大事にしてるってこった。ヤベえ薬なんか使っておっ死なれて、開拓民が次の日から元気に復旧作業ができると思うか?」

「あ……」


 彼のその言葉に、すべての反論を失う。正論は道理として正しいだけで、時に人の心情を顧みないものだが、レイ親父は違った。続く声が、情報として以上の重さを持ってルーキに染み入る。


「大事な相手がいるなら、自分も大事にしなきゃいけねえのさ。次のRTAも、その次のRTAもちゃんと完走できるようにな」

「だからこそ、親父はガバ勢を作ったわけですしね」


 隣のテーブルから入った茶々に「ガバりたくてガバってるわけじゃねえ!」と返したレイ親父を見ながら、ルーキは今の言葉をしっかりと胸に刻んだ。


 走者と開拓地の確固たる信頼関係。

 一度きりの英雄になろうとするのはHIPのYOU。常に親しき隣人であれと彼は言い、そしてそれを実践してきたのだろう。


 また彼とRTAに行きたい。

 見た目がどうとかじゃなく、その魂と共に走りたい。


 そう思った次の瞬間だった。


 バンッ、と今日三度目の異様な扉の開け方に、「またかよ」と店中が顔をしかめる。


 しかしそのすぐ後、一門の顔には一斉に戸惑いが浮かんだ。予想とはまったく異なる相手がそこに立っていたからだ。


 清楚なライトブルーのワンピース。華奢で上品なシルエットは、前二回の訪問者とは似ても似つかない。

 肩にかかった美しい金髪が、その人物の荒い呼吸と共に上下しては、その都度、陽の光を照り返してきらめく。


 その少女は開けた扉に手をついたまましばらく息を整え、キッと店内全体をにらみつけた。


「ルーキというガバ勢がいるはずです。お出しなさい!」


 全員が一斉にルーキを指さした。


レイ親父が男なのか女なのかこれもう作者もわかんねえな……。

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