第二十五走 ガバ勢と〈勇者の目利き〉
「――以上でルート48・07の完走した感想は終わりです。ご清聴ありがとうございました」
ぱちぱちぱち……。
ささやかな拍手がルーキの挨拶に応える。
ルタの街。〈アリスが作ったブラウニー亭〉の一席にて、聴衆はサグルマと受付嬢というごくごく私的な完走した感想を終えたルーキは、吐息と共に緊張していた肩から力を抜いた。
街に戻って来たのはついさっきのこと。その足で直接ここに報告に来た。
ダークヘッドを打倒した後、ルーキたちは速やかに開拓地を離れている。
“魔王”襲撃によって滞っていた物流や人の流れを元通りにするのは、口で言うほどたやすいことではない。開拓民が本当に大変になるのはこれからであり、自分らを主賓とした宴など走者が望むものではなかった。
RTAの心得一つ。走者は開拓民たちの邪魔にならぬよう、歓喜に沸く人々の声は背だけで受け、クールに立ち去るべし。
初心者だろうと新人だろうと、そのスタイルこそが美徳なのだった。
「おつかれさん、ルーキ。最後まで面白かったぜ」
「おつかれさま。リズちゃんとサクラちゃんも良いフォローだったわよ。初めての完走した感想とは思えないほど息ぴったりだったわ。三人はどういう集まりなんだっけ?」
サグルマと受付嬢の反応は上々だった。特に受付嬢の方は、人が吹っ飛んで再起不能になるたびに大笑いしていた。
はじめ、ルーキは一人でこの完走した感想をやるつもりだった。しかし帰りの列車でそのことを話すと、委員長が「興味あります」と言い出し、「んじゃサクラも」とついてきて、結局三人でやることになったのだ。
結果、彼女のたちのフォローもあって、完走した感想はつつがなく終わったわけだが。
「うーん……」
「どうしたルーキ。何か納得いってない顔だな」
語り終えたルーキが難しい顔で空のコップを見つめていると、サグルマがわけを聞いてきた。
「振り返ってみてすごく思うんですけど、このチャート、ものすごい運頼みだったんじゃないかなって」
受付嬢と話をしているリズをちらりと見て、本音を吐露する。
「俺がダークヘッドと夜中に特訓するのも、必殺シュートで外野に押し出せたのも、ほとんど偶然ですよ。それなのに、全部前もってわかってたなんて、そんなことありえますかね?」
そうなのだ。完走後に見せてもらったリズのチャートには、ルーキがこのRTAで辿った足跡がほとんどもれなく記載されていた。
まるで未来を見て書き写したかのように、正確に、精密に。
「一歩でも間違えてたら、全然違う結果になってたわけじゃないですか。いくらなんでも都合が良すぎるというか、うまく行きすぎというか……。実際そうなってるんだから言い返せないんですけど」
ルーキが頭をかくと、横からサクラも口をはさむ。
「まあ、初めてそのチャートを見せられたときは、サクラも完走率一パーセント以下のガン攻めチャートと思ったっすからね」
「だろ? いくらガチ勢でもちょっと無謀すぎるよな。こんな博打みたいなチャートを毎回組んでたら、そのうちいつか痛い目に――」
彼が危機感を示そうとしたその途中で、
「いえ。今回のチャート、運は大して絡んでいません」
突然生真面目な声が割り込んできて、ルーキたちの顔を一斉に振り向かせた。
コップを片手にしたリズが、いつの間にかこちらを見ていた。
「ルーキ君の性格と行動パターンを考えれば、予期せぬ部分は少なくて済みます。たとえば、このチャートでは、ルーキ君が必殺シュートを身につけられないことはわかっていました。ならば、あなたは夜に時間を見つけてでも習得しようとしたはず。実際あなたは、三号とも練習するほど、このRTAを真面目に走ろうとしていました」
「そりゃあな。仲間任せにして楽したいなんて思わないし」
ルーキは誇るでもなく言った。
これは真面目さというより習性の問題だ。そうした方が快い、そうしなければ据わりが悪くなると知っているからそうする。誰かのためというより、はっきりと自分自身のためだった。
リズはくすりと笑って続けた。
「夜中に宿の近くで壁当てをするのはうるさいですから、それを気にしてコロシアムに向かう可能性大。そしてそこに夜な夜なダークヘッドが現れ、一人自主練をしている情報も取得済み。二人が出会う蓋然性は非常に高かったんです」
「ちょっと待ってくれよ。だから何で俺がコロシアムに行くと……」
そこまで言いかけて、ルーキはあることに気づく。
宿を選んだのはリズだ。すぐ試合場まで行けるようにというのがその理由だったが、あの夜、自分はどうしてコロシアムまで行った?
他に練習できるような場所がなかったから。
ちょうどコロシアムが近かったから。
さっき委員長が言った通りだ。他の動機が入り込む余地すらなかった。あの瞬間は、確かに。
ルーキは少し焦りながら言い直す。
「だ、だけど、出会ったからって、俺がエイチと一緒に練習するかどうかはまた別だろ」
「前に言いませんでしたか。あなたのこと、ちゃーんと見てるって。あなたは、一人でうまくいかなければ練習相手を探しますよ。そしてもしチャンスがあれば教えを乞おうとする。訓練学校時代からそうだったじゃないですか」
リズは何でもないことのように淡々と述べてくる。
「あらあらちょっと、信頼されてるんじゃない? 新人君」
「そ、そうなんですかね……」
うきうきと茶化してくる受付嬢に、ルーキはかろうじてそれだけ返す。
リズの話を聞くうち、自分の行動が、自分で選んだものではないような気がしてきていた。まるですべて彼女の手のひらの上。そんなことが可能なのか?
疑問はまだある。
こちらの行動が読まれていたのは、前からの付き合いがあるから、まだ納得できる。けれどエイチはどうだったか。
彼と委員長が出会ったのは決勝のコートが初めてで、人となりはほとんどわからなかったはずだ。
「あの日、たまたまダークヘッドが一人で練習したい気分だったとしたら、それだけでチャートは崩壊する。そう考えてますか?」
「――!! 考えてますねえ!」
ずばり言い当てられて、ルーキはヤケクソ気味にうなずいた。リズはくすくす笑い、
「たまたまの気分程度では、結果は変わりませんでしたよ。これはもっと根深い問題で、しかも相手がルーキ君ですから」
「どういうことなの……」
リズは少し考え込むように唇に指を当て、それから自ら念押しするように小さくうなずいた。
「教えないと一生気づかないでしょうから、この際はっきり言っておきますが、ルーキ君は結構人望があるんですよ」
「え、人望?」
これまでの人生においてほとんど言われたことのない高尚な単語に、思わず真顔で聞き返す。
「ええ。特に、訓練学校を途中で去ってしまった人に。だから余計気づきにくいのだとは思いますが」
「……!」
思わず左腕のグラップルクローに手をやった。これを譲ってくれた人物も、卒業式にはいなかった。
「あなたは、必死に足掻く人です。少しずつ、できないことをできるようにしていく。それは同じような境遇にある人にとって、救いなんですよ。三号も、ダークヘッドも、心に欠けたものを持っていました。そういう人物は、あなたにあるそういう空気を感じ取り、自然と距離が近くなるんです。それは一時の気分などでは覆せない、もっと根本的な魂の引き寄せなんですよ」
「ホントかよ委員長……」
「ま、とっつきやすい人なのは確かっすねー」
サクラが脇から言い添えると、サグルマと受付嬢も笑いながらうなずいた。
褒められているのだろうが、ルーキはどんな顔をすればいいかわからない。そんな中で、リズの話は佳境に入っていった。
「後は、ダークヘッドを押し出した必殺シュートですが、あれだけはルーキ君次第でした。わたしにも、サクラさんにも、ダークヘッドを外野にまで追いやるシュートは撃てません。でも、あなたならやってくれると信じてましたよ。あなたはわたしのやり方を信じてくれた。だからわたしも、あなたがダメなら、再走でも何でも喜んでするつもりだったんです」
「委員長……」
リズの静かな、しかし真摯な眼差しに、ルーキの胸が熱くなる。
こちらが委員長を信じるのは、人柄だけでなく、走者としての実力からしても当然のことだ。しかしその逆は、深い信頼、それだけに尽きる。
それに応えられたことが誇らしい。
「あら~。なにこれちょっとお熱いんじゃない? 新人君に自分の身を委ねるなんて、もしかしなくてもリズちゃんってば――」
「これが〈勇者の目利き〉ってヤツかな……」
無邪気に煽る受付嬢に対し、冷静なサグルマの言葉が会話にくさびを打ち込んだ。
「何それ?」
水を差された受付嬢が唇を尖らせながら聞く。聞き慣れない言葉に、ルーキも答えが気になる。
サグルマは確かめるようにリズを一瞥してから、その知識を披露した。
「昔の勇者ってのはな、今以上にパーティーの人数に融通が利かなかったんだ。大人数で動けば、敵も大軍勢をよこしてくる。正面衝突は、基本的に人間側が不利だ。自然、少数精鋭で魔王を急襲するのが鉄則になる。その時に何人で行き、誰をつれていくかを見極めるのは勇者の仕事だった。単純な実力のあるなしだけじゃなく、どれぐらい成長するかとか、最後まで信頼できるのかとか、シビアな目線が求められたんだぜ」
リズは反論せず、むしろ驚いたような顔でサグルマを見つめる。
「他にも、今よりずっと敵の正体が不明だったから、目まぐるしく変化する戦闘状況に即応するために、短い号令で仲間を動かす必要があった。“ゴリゴリ押そうぜ”とか“普通に頑張れ”とかな。そう言われた時に、咄嗟に仲間がどう反応するか、それをきちんと把握しておくのも勇者の役目だった。今はもうそんな負荷のかかるやり方はしてないから廃れちまった技能ではあるんだが、この嬢ちゃんには、ご先祖様の観察眼が受け継がれてるのさ」
「よくご存知ですね。我が家でも年寄りくらいしか使わない単語なのに」
リズが感心したように言うと、サグルマはひょいと肩をすくめた。
「まあ、うちもたいがい古い家柄だからな。耳だけは歳を食うんだ」
「ぬるぽ……」
「ガッ……おいやめろ。誰がただの年寄りだ」
サグルマが手を伸ばすと、受付嬢は笑いながら素早く身を引いた。
今の話を聞いたルーキは、今回の委員長の行動に納得すると同時に、驚愕を覚えていた。
委員長はきっと、今回のRTAでルーキがどこまで伸びるかを読み切っていたのだ。
自分だけがチャートを見せられなかったのは、それを見ることによって、彼女の観察したパターンが変動してしまう恐れがあったから。
その自覚はある。もし今回体験したことを前もって知っていたら、あらゆる場面でもっとぎこちない動きをしていただろう。
敵であるダークヘッドに対してさえ、その人間性――ヤツが人間かどうかはわからないが――を否定せず、行動パターンを見切っている。
徹頭徹尾、観察による行動予測が、このチャートのキモだった。
こんなチャート作りは、余人には真似できない。勇者の血筋であるリズのみにできる芸当だろう。
「実際、イインチョーさんはガバお兄さんがダークヘッドと特訓してるところもこっそり見てたっすからね。ホント、マメっすよ」
「え? 見てたのか!?」
リズに視線を投げると、彼女はこっくりうなずいた。
「はい。さすがに決め打ちはしません。もし接触しないようなら、チャートは大幅に変更しなければなりませんから」
「チャートで見たときは眉唾ものだったっすから、決勝前にホントに状況が整ってた時は、いやー誤魔化すの苦労したっす」
チャート作るまでだけでなく、アフターケアも万全。彼女に限っては、オリチャーも悪手にはなり得ないかもしれない。
これがリズ・ティーゲルセイバーという走者の本気。
これがガチ勢を目指す者の才覚か。
ルーキが脱帽気味にうなっていると、受付嬢が含み笑いをもらした。
「これは新人君、すごい友達を持っちゃったわねえ。ねね、他にどんなこと見てるの? 隠し事してるのとかもお見通しなのかしら?」
聞かれたリズは、テーブルにある料理に手を伸ばしつつ、何でもないことのように答えた。
「そうですね……。今日、ルーキ君がわたしを見た回数が72回とか、うち一秒未満が43回とか、ですかね……」
『えっ』
場の空気が、微妙に変わった。
「あと、わたしを見たのに話しかけなかった回数が38回とか。かわりにサクラさんと話した回数が13回とか。わたし以外の女の人を見た回数が88回で、うち14回は二秒以上見たとか、顔以外のところを22回見たとか、その人の話し声を聞いたのが4回とか……」
『…………』
彼女が言葉を重ねるたび、テーブル周辺の気温が低下していく。
「あら^~。新人君のこと、しっかり見てるのね」
誰もが表情を硬直させる中、受付嬢だけが変わらず上機嫌で体をくねらせていた。
「ええ。ちゃー……んと、見てるんです。ルーキ君はわたしにとって大事な人ですから……しっかり見ておかないと……ダメなんですよ……本当に……」
リズの目がぼうと妖しく光り、流し目気味にルーキを捉えた。
目線を通じて微弱な電流を流されたように、勝手に肩が跳ね上がる。
何かが、何かがまずい。これは本当に〈勇者の目利き〉というやつなのか。もっとヤバい何かなのではないか。
「あっ、ええっと、俺、そろそろ……」
ここでの話をこれ以上続けてはいけない気がした。帰ろう。帰ればまた明日も無事ここに来られると思った。
しかし、ルーキの動きを制するように、隣ですっと立ち上がる大きな影――。
「さ、さて、夜も更けて来たし、俺はそろそろ家に帰るかな。じゃあなルーキ、楽しかったぜ。おまえはまあゆっくりしていけ」
「サグルマ兄貴!?」
逆の隣で小さな影が持ち上がる。
「サ、サクラもそろそろ帰って寝るっす! いやー、鉄道旅はやっぱり疲れがたまるっすねー。布団が一番! あ、ガバお兄さんはまだ残るすかそうっすか! じゃ、おつかれ!」
「シャクラしゃん!?」
動かないのは、残りの二人。
「さあ、盛り上がってまいりました! 大丈夫、今夜はいつまでも店にいていいからね! わたしもとことん付き合うわ!」
「あなたはどちらかというと今すぐ帰ってほしい!」
「ルーキ君……」
「は、はいィ!」
リズの呼びかけに、ルーキは防御体勢の亀のように縮こまった。
もう遅い。席を立つタイミングを完全にガバってしまった。
「完走した感想って楽しいですね……。もう一度最初からやりませんか。今度はわたしが話します。このRTAでわたしがどんなことを感じて、どんなことを考えていたか、あなたにはぜー……んぶ、知ってほしいんです……。本当に……良かったんですよ、ルーキ君は。わたしの望んだこと、全部してくれて……ふふ……ふふふふふふ……」
すでに周囲を放電音が取り巻き始め、ルーキの逃げ場を塞いでいる。
気づけば近くのテーブルの走者たちも、触らぬ神に祟りなしと、帰り支度を始めていた。
「……トゥマンボ……。おおトゥマンボ……。また今度じゃダメですかね……?」
ルーキが許しを請うと、委員長は人を食う魔物みたいに、とびきり妖艶に笑った。
「ダーメ……です。もう一回だけですから……。ね?」
どうやらこのエンディングは、まだしばらく続くようだった。
後日、ダークヘッドからルーキに届いたクッソ迷惑な手紙。
「おまえ次も絶対来いよ! おまえが来るまでおれ絶対負けねえから!!!!!!!!」




