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第二十三走 ガバ勢とDARK HEAD

 コロシアムは異様な熱気に包まれていた。


 四天王チームを一撃で打ち倒したリズの活躍が広まったのか、客席にいる開拓民から並々ならない期待の眼差しが注がれる中、ルーキたちは第一試合に選ばれた。


 他のコートは無人。決勝だけはそれ単独で行われる。


 ルールによれば、ダークヘッドは前日勝利したチームすべてを、たった一日で相手にするという。よほど部下を信頼しているか、自信家か、あるいは人間を侮っているか、ルーキには判別がつかなかった。


『トゥマンボ! トゥマンボ!』


 客席から浴びせられるシュプレヒコールは、この土地における“白い稲妻”を意味する言葉らしい。言わずもがな、昨日リズが放った超必殺シュートのこと――転じて彼女自身のことでもある。


「すごい人気だな、委員長」

「サクラたちは空気っすねー」


 試合場の真ん中から周囲を見回すルーキたちに、リズはリラックスした微笑を向ける。


「何を言ってるんですか。決勝は総力戦です。期待していますよ」

「ああ。任せてくれ」


 ルーキが即応すると、サクラがにやりといやらしく笑い、


「おやあ? 何やら昨日までと雰囲気違うっすねえ。ひょっとして夜のうちに町に抜け出して、ナニかしてきたんすかあ?」

「まあそんなところだ。この試合、絶対勝とう」

「おっとと……。そうマジな眼をされると、サクラもボケようがないっす。……いいっすね、やりましょうか。ガチで」


 サクラの声に真剣の鋭さが混じるのと同時に、控室の入り口に黒い影が差した。


 明るいフィールドから見ると建物内部はほとんど暗闇なのに、その影はより濃い黒を伴って外にせり出してきた。

 巡り巡っていた会場の声が一瞬にして止まる。


「ダークヘッド……!」


 客席からの忌々しいつぶやきが、静寂の中を漂ってルーキまで届いた。

 瞬間、怪人側の客席から野太い声が爆発する。


『D・ヘッド! D・ヘッド!』


 ダークヘッドは全身黒ずくめ。背は高いが、昨日の怪人コンドルのように度を越えて筋肉質というわけでもない。


 各所に装着されているプロテクターは、防御のためというよりは、関節部分を保護して気兼ねなしに動き回るための措置のようだった。


 性別は不明。頭部は何らかの獣を模したヘルメットに覆われており、垂れた髪が長いことだけを伝えている。


「油断ぶっこいてるわけじゃ、なさそうっすね」


 サクラがあてがはずれたようにつぶやく。


 ルーキも同意だった。ダークヘッドは油断も慢心も侮りもしていない。王というより、ここにいる誰よりも純粋な戦士の空気を纏い、コートへと入ってくる。


 センターラインを挟んで向き合う間、ダークヘッドは一言も発しなかった。

 ここの怪人たちを束ねる首魁なら、それらしい前口上の一つもよこしてきそうなものなのだが。


《ジャンプボールを行います。代表者、前へ》


 審判は決勝仕様のブラックタイプ。両チームの外野も同様だ。

 こちらの代表はリズ。相手側は、ダークヘッドただ一人なので当然本人が出る。


『トゥマンボ! トゥマンボ!』

『D・ヘッド! D・ヘッド!』


 真っ二つに分かれた歓声が津波のように立ち上がり、コートの中央に殺到する。

 その波しぶきの渦中となった小さなサークルの中で、今、ボールが空高くトスされた。


 リズが跳ぶ。


 しかし。


「な、何ッ!?」


 ルーキは目を剥いた。

 ダークヘッドは跳んでいない。静かに腕を組んだまま、センターサークルで仁王立ちしている。


 リズの手がボールに届いた。


 ダークヘッドはジャンプボールを捨てたのか。しかし、後退せずにライン際に居座っている様はあまりにも不気味。


 ルーキは、今は亡きホスピタル三号の言葉を思い出す。


 ――ダークヘッドには必殺シュートしか通じない。


 必殺シュートにはまず助走が不可欠。跳躍中のリズには撃てない。

 しかし彼女は投げた!


「!?」


 ルーキは再び驚愕する。リズのシュートはダークヘッドの脳天ではなく、その手前、こちらのコートの内側を狙ったものだった。


 会場のどよめきの中で、大きくバウンドするボールをキャッチしたのは、この瞬間までにすでに助走済みのサクラ。


「でぃやあ!」


 フェイントと奇襲が合わさった見事なコンビネーション。小さな体を一回転させて放たれたシュートは、必殺シュートのきらめきを軌道に残してダークヘッドへと突き刺さる。


 が。


 ドシッ! とこもった音を立て、ボールは鮮やかに受け止められていた。


「……?」


 あの距離で不意打ちの必殺シュートに対処したことも驚きだったが、ルーキにはその綺麗すぎるキャッチングフォームに、なぜか違和感を覚えた。


「くっ! しくじったっす!」


 サクラが慌てて後退する。

 近距離で取られたということは、一転して彼女がピンチになる。リズも着地したばかりでまだライン付近にいる。狙われるのはどっちだ?


 ダークヘッドが右手にボールを持っていることが、ルーキにある知識を引き出させた。


 右利きの人間が左右斜め前にいる二人の敵を相手にした場合、どちらに対する攻撃が有効か。

 答えは、本人から見て左の相手。


 これは、右腕を振るう際に腋が締まることが原因だ。腋を絞めることで腕を振るうエネルギーが外に逃げず、万全の形で攻撃できることになる。

 つまり、狙われるのはダークヘッドから向かって左側にいるリズ!


 しかし、そこでダークヘッドは奇妙な動きを見せる。

 ボールを鷲掴みにした右手、そして何も持っていない左手を、どちらも自分のヘルメットの後ろに回して隠したのだ。


 そこから拝むように素早く上半身を折りたたみ、その勢いのまま両腕を振り下ろす。


「!!?」


 ボールの出所は、右、いや、左!


 頭の後ろでボールを左手に持ち替えていたのだ。

 防御において、敵の攻撃がどこから発生するかを見切ることは基本であり、また神髄でもある。右手から始まると思っていた攻撃が左手から始まるというだけで、防御側は一気に窮地に追い込まれるのだ。


「ぬあ!」


 狙われたサクラが吹き飛ぶ。

 しかし助走のなさが幸いしたのか、空中で抱き留めるようにしてボールをキャッチ。後方宙返りで勢いを殺しきり、無事着地する。


「いっつー! アジな真似をっす……。ならもう一度!」


 サクラが忍者特有の素早い動きでライン際に迫る。

 だがおかしい。なかなか投球モーションに入らない。体当たりでもする勢いだ。


 観客からも悲鳴が上がる。


 その時、サクラの足元から煙幕が爆ぜ広がった。センターライン付近の視界が一気にゼロになる。


 煙を突き抜いて敵コートに飛び出したのは、後退するダークヘッド……ではなく、サクラ。


「ライン際にいたのが運の尽きっす!」


 彼女は地上に落ちてラインオーバーになる前に振り向き、空中からの必殺シュートを放った。

 煙幕の中にいるダークヘッドは後ろ向き。キャッチできるはずがない。


 しかし、白煙の中に撃ち込んだボールが跳ね返ってくることはなかった。延髄を直撃されたダークヘッドが吹っ飛んで世界を一周することもない。


 風が吹き、煙幕が薄れた時、会場はどよめきに包まれた。


「と、止めた!?」


 ルーキは目を疑った。完全に視界ゼロ、しかも背後からのボールをダークヘッドはきちんと後ろを向いて、基本通りの綺麗なフォームで受け切っていた。


「まずい、サクラ戻れ!」


 サクラは敵陣にいる。内野から出た者は、何をおいても自陣に戻らなければいけない。そしてもしここで一撃もらえば逃げ場なし。敵から一方的にボコボコにされてしまう。


 ダークヘッドが鋭くボールを投げた。誰もが最初に教わる基本的なモーションにも関わらず、その精緻さ、威力は、まったく別の投球法にさえ見えた。


 ドグシャア! と剛速球がサクラの顔面にめり込んだ。


「サクラ!」


 あまりの球威に顔が潰れ、歯や血が飛び散った――ルーキには、そう見えた。


 しかし。


 ボン、と音を立ててサクラの全身が煙と化す。


「うへええ……! あれでもダメっすか?」


 ライン付近にわずかに残っていた煙幕から彼女の声がした。

 ダークヘッドがゆらりと振り向く。そこには、煙の中で姿勢を低くしたサクラの姿。


「分身か、今のは……!」


 ルーキは即座に理解した。〈悪夢城〉でも見せた朧分身の術だ。煙幕はダークヘッドの視界を奪うためだけでなく、万が一に備えて伏せる彼女を隠すためでもあったのだ。


 さすが忍者、巧い!


 しかしその巧みな戦法も、それをたやすく上回ったダークヘッドの強烈な印象には及ばなかった。

 サクラの分身を突き抜いたシュートは外野へと飛んでいったので、ボール権こそ取り返せたものの、ルーキたちはそこから一気に攻め手を失うことになる。


 キャッチ力に優れているとは聞いていたが、これほどまでとは。

 リズが果敢に攻撃するが止められ、再びあの両手でのトリックショット。かろうじてルーキが受けて反撃するも、必殺シュートとは呼べないボールは再びダークヘッドの手元に帰るのみ。


 客席の半分から悲鳴が上がり、もう半分から異様な歓声が波打った。


「何だ? どうした?」

「超必殺シュートのカウントっす……!」


 サクラの返事にルーキは顔をしかめた。

 そうだ。次、ダークヘッドにキャッチされれば五回目。超必殺シュート解禁だ。


 対するこちらは、ダークヘッドが攻撃を分散させたこともあって、二度目のキャッチをした者すらいない。


 そもそもそれが狙いで、ダークヘッドは単独チームなのかもしれない。昨日のリズがしたように、自分一人を狙わせるために。


「…………」


 ダークヘッドがボールを落とした。てんてんと転がったボールは、リズの足元にまで届く。


「……!!」


 撃ってこいという挑発以外の何物でもない。


「委員長、ど、どうする?」

「どうもこうもありません。残りカウント一だろうが何だろうが、こちらは攻めるしかないんです」


 ボールを拾ったリズがラインへと駆けだす。

 跳躍し、ほぼ肉薄するゼロ距離からの必殺シュート。取られれば逆にこちらが最大級のピンチになる捨て身技にも関わらず、ダークヘッドはそれすら受け止めた。


≪キャッチカウント五が達成されました。当該選手の超必殺シュートが許可されます≫


 審判が言うが早いか、ダークヘッドの右腕がリズへと伸びる。

 咄嗟に防御の体勢を取った彼女だったが、ダークヘッドの右手から噴き出した黒い霧は衝撃を与えることなく、少女の小さな体を黒く塗り潰した。


「ううッ!?」


 リズが苦しげにうめいた瞬間、彼女の上半分が霧となって砕け散った。


「い、委員長ッ!?」


 ルーキは絶叫した。しかし、絶望に見開かれた目は、すぐに困惑へと変わった。

 飛散する霧の中、残されたリズの下半身だと思われたものは――決勝戦仕様の小型ゴーレムだったのだ。


「え、あ……!?」


 わけがわからなかった。どうして委員長が小型ゴーレムに変わってしまったのか。


「へ、変身、させられた……のか!?」

「違うっすよガバ兄さん。あれを」


 サクラが味方の外野を指さした。

 そこには、さっきまで内野にいたはずのリズが、苦々しい顔で立っていた。


「外野と内野を……入れ替えたのか……!? これが奴の超必殺シュート!?」


 小型ゴーレムは忠実にボールを拾ってはくれるものの、選手としての能力は低い。

 一方、外野は助走などが許されていないため、追いやられたリズは無事とはいえ、もう必殺シュートを撃てない。戦力は激減だ。


「最強の選手が除外されたな。ルーキ……」


 呆然とするルーキに追い打ちをかけるように、ダークヘッドが初めて口を利く。


「…………!!?? そ、その声……!?」


 ルーキの驚愕に応えるように、ダークヘッドはヘルメットを脱いだ。

 長い前髪の隙間からのぞく、星のない夜空の色をした目が、揺らがずにルーキを見据えた。


 一度しか会ったことはない。

 しかしその一度で、大切なことを教わった。

 忘れられるわけがない。その男の顔も、そして、あそこで会ったことも。


 ルーキは歯を食いしばり、その名を口にする。


「エイチ……!」


はいみんな正解。


※さすがに意味不明なので補足

トゥマンボ:FF6のサンダガの効果音。文字にすると笑いがこみ上げる。作者は「百鬼夜行」のRTA動画で見た。

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