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彼岸の傾城傾国  作者: 高嗣水清太
第1章 偽りの皇帝
15/31

15.

 外城と内城に守られる城郭都市、城陽(じょうよう)の中心部にあたる城塞は、戦で正しく最前線基地だった昔はどうであれ今は領主邸の城館だ。

 だからこそ、国境と言えるこの城陽が条約会談の場に選ばれたのだろう。


 城館はその名の通り、城を模した館だ。

 簡単に説明すると、城というのは王の住居であるだけでないのと同じで、城館は政策職務を担当する西館と、軍事職務を担当する東館に別れている。

 この造りは、東館で北戎(ほくじゅ)との条約締結を成し、そのまま西館で条約の結果によっては生じるだろう不和を治める為の政策会議を開くことに適していた。会談場所がこの城陽に決定したときは、帝国側にとって利があるばかりと喜んでいたものだが、今はそれが何とも重たい空気を(かも)し出していた。


 北戎と帝国、両勢力の境界線とも言えるこの城陽は今、条約締結という目的の為に武装を解いている状態である。

 城陽は帝国側にとって防衛線であり前線基地だが、言い換えれば武装を解き、北戎の棟梁(とうりょう)以下幾人もの将軍がこの城陽に集まっている状況は、北戎側からも侵略しやすい状況だということだ。

 国や領土といったものを持たない遊牧民族の北戎は、何処ででも住居というものを作れる特性から、既に城陽付近に天幕(テント)を張り野営していた。


 本来であれば、北戎側からの侵略を心配する必要は帝国にはなかった。

 条約を結ぶ為の帝国に有利な城館で、帝国側はまさか宣戦布告を受けるとは思わなかっただろう。



「友交の証として娘を差し出したのに、手酷い裏切りを受けた。これほど侮辱されて黙ってはいられない。帝国からの、無条件降伏を要求する」


 北戎棟梁である李冰(りひょう)が、声高々に宣言する。

 最後通牒(さいごつうちょう)だ。

 最終的な要求を提示することで交渉の終わりを示唆(しさ)し、それを相手国が受け入れなければ交渉を打ち切る意思を表明することである。これをもって宣戦布告とする。

 が、北戎のこれは、交渉決裂を初めから想定した無理難題を一方的に相手に要求しているので、最後通牒というより本物の、最後の宣戦布告だ。


 条約会談の円卓についているのは、帝国側と北戎側で半円ずつに別れた、互いの頂点(トップ)とその重鎮(じゅうちん)達である。

 円卓は皇帝と李冰を相対させる位置に、両側を互いの重鎮で固めていた。


 李冰の両隣を固めている人間の位は、戦の経験がある煌威(こうい)にも詳細は分からないが、何度か戦場で見たことがある。

 右側の男は、苛烈な闘い方をする男だった。

 左側の男も、額と頬に傷がある雄々しい外見から、一廉(ひとかど)の武将なのだろうと煌威は見当をつける。

 その左右の武将の隣には、文官らしき初老が二名ずつ、計四人が並んでいた。


 対して、皇帝を中心に座る帝国側は、左に皇后、その隣には煌凛(こうりん)、右に皇太子である煌威、その隣に紅焔(こうえん)という武官揃いだ。


 煌威は、その空気の悪さに眉を寄せていた。

 確かに、すべてを決めるのは皇帝だ。いくら煌威が意見を言える皇太子とはいえ、こういった場での決定権は最終的には無いに等しい。進行役を与えられたと言っても、それは皇帝の決めたことをそのまま代弁するのと変わらない。

 しかし、機変(きへん)が分からない愚鈍な人間ではなかった。

 帝国側で交渉に不可欠な文官が一人も同席していないことと、対する人数が北戎側より少ないことが相手を侮っている証明になっていて、李冰の決意に油を注ぐ事態になっていることに、皇帝はまったく気づいていない。皇帝は李冰からの宣戦布告にもまったくと言っていいほど、意に介していないようだった。

 思わず煌威が皇帝である父に対して、耄碌(もうろく)したか、と思ってしまうほどだ。


「……交渉決裂、条約破棄、開戦、ということでよろしいか?」


 李冰が席を立った。

 続いて北戎側の人間も次々に席を立つ。

 もう、引き返せない。煌威がそう拳を握ったときだ。


「お待ちになってください」


 凛とした声音が響いた。

 誰もが驚愕に目を見開く。

 集まる視線は円卓につく、皇帝の隣に注がれていた。

 声の主が皇帝でも皇太子である煌威でもなく、今まで傍観(ぼうかん)していた皇后だった為に場は騒然となる。


 円卓を挟んで、李冰が胡乱(うろん)げに皇后を見た。

 あらゆる視線に(さら)されながら、皇后はゆっくりと立ち上がる。


「その前に一つ、私事(わたくしごと)で申し訳ないのですが確認したいことがございます」


 今更なんだ、と周囲から刺さるような視線を受けた皇后だが、微かに微笑みさえ浮かべて口を開いた。


「皇帝陛下」


 皇后の確認が北戎への確認だと思っていた面々は煌威を含め、皇后の矛先が皇帝と知って面食らう。

 声をかけられた自身も軽く目を見開いている状況から、皇帝すら予想しなかったことなのだろう。


 ――そういえば、あの後。李冰と意味ありげな会話をして、皇帝の居場所を尋ねた皇后は、あの後どうしたのだろう。と、ふと煌威の頭を嫌な予感が掠めた。

 様子がおかしかった皇后の姿が、(まぶた)の裏に浮かぶ。浮かんで、今目の前にいる皇后の姿と(かぶ)った。

 笑っているようで笑っていない、皇后が目を細めて問いかける。


「陛下、北戎棟梁がこの李冰殿だということを、貴方は知っていたのですか?」

「…………、む」


 問いかけは、煌威からすると至極(しごく)簡単なものだと思った。

 棟梁は皇帝と同じく代替わりするものだ。李冰が棟梁になって何年かは分からなくても、当代棟梁であることは今この場にいることから、はっきりしていることである。

 しかし、皇帝から返ってきたのは、歯切れの悪い返答どころか口を(つぐ)むもので、煌威は眉を寄せた。

 様子がおかしい。


「知っていたのですか?」


 繰り返す皇后の問いにも、皇帝は黙ったままだ。

 無言の皇帝に、皇后は口を開くことを止めず言葉を続ける。


「貴方は、(わたくし)に言いましたよね?李冰殿は死んだ、と」

「――なに!?」


 皇后の言葉に、その場にいた誰もが一斉(いっせい)に目を()いた。

 どういうことだ、と北戎側の人間が固唾(かたず)を飲んでいる。


「貴方が李冰殿は死んだと、証拠だと言って血に濡れた胡服(こふく)を見せるから、だから(わたくし)は諦めたのです」

「……な」


 茫然(ぼうぜん)とした李冰の声が落ちた。

 それはどういう意味だと、李冰が身を乗り出してくる。

 李冰のその声と態度を見た皇帝の顔が歪んだ。


「……まだ、覚えていたのか」


 しくじった。そんな顔で皇后から眼を逸らす皇帝に、非難の目が集まる。

 過去に何があったのか、皆がそれとなく察したからだ。


「忘れる、わけないでしょうっ……(わたくし)の、愛しい……旦那様をっ」


 泣きそうな皇后の声に、北戎側どころか帝国側の人間全員が顔を(しか)めて皇帝を見た。

 どう聞いてもこれは、皇帝が横恋慕の末に女を奪い去ったとしか取れない。


「なにが……っなにが旦那様だ!」


 自分に向けられる、非難の眼に耐えきれなくなったのか。それとも単純で身勝手な怒りからか。

 皇帝が激昂(げっこう)したように叫んだ。


「この男はそなたを側妻(そばめ)にした! 正妻ではなく側妻だ! (ちん)はそなたを皇后にした! 何が不満だ!!」

「誰が皇后にしてください、と頼みました?」


 怒鳴る皇帝に対して、目尻に涙を溜めつつも皇后の酷く冷たい眼は変わらない。

 皇后はゆっくりと()み締めるように語った。


(わたくし)は、何度も申しあげた筈です。愛しい方がいると。その方以外と、()

()げるつもりは無いと!」

「なぜだ! 側妻だろう!? そんな男よりも……っ」

「そう言って! あなたは(わたくし)を犯した!!」

「っぐ、ぅ……」

「家に突然押し入って手篭(てご)めにしただけでは飽き足らず、(さら)って閉じ込めて、嘘で心変わりまで(うなが)した! 子が出来れば子を人質にとり、自害も許されず……っ、ずっと……あなたはっ、わたくしをッ――」


 赤裸々過ぎて、思わず目を逸らしたくなる内容だ。


「李冰殿が生きていらっしゃるなら、(わたくし)は……」


 愛おしげな皇后の視線と、動揺に揺れる李冰の視線が絡む。


「……ッ、紅焔! こいつらを殺せ!!」


 皇帝が李冰を指差し叫んだ。


御意()……ッ」

「紅焔!」


 一瞬、条件反射で紅焔の右手が動いたのを、煌威が眼と声で止める。

 煌威は一瞬交じった紅焔の視線を皇帝へと流し、警戒をするべき対象を促した。

 意を汲んだ紅焔が、李冰から皇帝を間合いの対象に変える。


 最初からこのつもりだったのか、と煌威は人知れず唇を噛んだ。

 ――最初から、皇帝は北戎と条約を結ぶつもりなどなかった。



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