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彼岸の傾城傾国  作者: 高嗣水清太
第1章 偽りの皇帝
14/31

14.

 煌威(こうい)の兄妹は、異母兄妹を抜かせば煌凛(こうりん)ただ一人だ。二十七年生きてきて常識になっているその情報に、新しい情報を提示されてもすぐに受け入れられる筈もない。しかも、それが北戎棟梁(ほくじゅとうりょう)からの情報となれば、姉だと言われても簡単に納得できる筈もなかった。

 だいたい、北戎の娘が姉だと言われても、おかしいだろう問題が一つある。


「……失礼でなければ、御息女はわたしと同年の筈だが」


 ――同い年。そう、同い年だ。北戎の娘は、煌威と同年だった筈である。

 それが自分の姉とは、(いささ)かおかしな話ではないか、と煌威が苦笑混じりに李冰(りひょう)に振って、


「……娘は春生まれだが、煌威(こうい)殿は?」

「……冬だ」


 言葉に詰まった。墓穴を掘ったと言ってもいい。


 おかしくは、ない。子供が出来て生まれるまでの期間は一年に満たない。同腹でも年子は有り得る。知識人なら誰しもが知っていることであり、母親ならなおのことだ。


「…………」


 ちらり、と煌威は皇后を(うかが)い見て、その顔から血の気が引いているのを確認する。

 それは、真実だと言っているも同然だ。


「父親は違うがな」


 李冰が苦々しく笑う。


 一体、なにを言っている?と。馬鹿なことを、と。

 李冰に対して言えない状況と、皇后の不貞を疑う自分が悪だと思えない心情に、煌威は顔をしかめるしかなかった。


 今までの会話から考えみるに、どう見ても李冰は被害者だ。それも、女を使われて(はめ)められたと言われたら言い逃れできない。

 帝国の皇帝と皇后が、人間の男であれば抗い難い誘惑と責任感を利用した罠に、李冰を嵌めたという考え方が煌威から見ても濃厚だった。

 昔からある、美人連環(びじんれんかん)(けい)だ。密かに北戎を内側から滅ぼそうとした、ということになる。


 しかし、連環の計に一国の皇后を使うだろうかという疑問も残る。本来ならこの(はかりごと)は、未婚の美人を使うものであるし、皇帝が溺愛する皇后を奸計(かんけい)に使うとは、煌威にはどうしても思えなかった。

 高貴な身分の女は戦利品と同じ扱いで、強国に貢物(みつぎもの)として献上することも(まま)ある話だが、北戎相手ではその説は有り得ない。


 さらにもう一つ。

 皇后の絶望に染まった表情を見ると、煌威は母親が望んでやったこととは思えなかった。というより、事情が違う気さえする。


 けれど、李冰にはもう事情など関係ないのだろう。

 煌威の推測が正しければ、李冰は三十年近く皇后を、妻だと信じていた女を、探し続けていたことになる。

 愛して信じ、探し続けていた女が自分を裏切っていた――。

 どんな事情があったにせよ、許せるものではないことなど想像がつく。

 信じていた年月が長ければ長いほど、裏切られたときの恨みは深く根深い。可愛さ余って憎さ百倍とはこのことだろう。



「奸計を企てられ、娘を殺されて黙ってはいられない。明日の朝議で正式に宣戦布告させて頂く」


 (きびす)を返す李冰に、皇后が(すが)るような視線を向けた。


「っ! まって……ッ」


 手を伸ばす皇后の姿が、李冰にも一瞬とはいえ見えた筈だ。

 だが、李冰は一度も振り返ることなく、来た方向とは逆に去っていった。


 これから、開戦の準備にかかるのだろう。

 煌威は最悪の形で開戦されることが分かっていながら、何も出来ない自分が情けなく、そして更に自分は何も知らなかった事実が虚しかった。


「……殿(でん)

「母上」


 紅焔が(かたわ)らにやってくるのを煌威は手で制して、立ち尽くす皇后の肩に触れる。震えていると思われたその肩は、意外にもしっかりとしており、怪訝(けげん)に思った。

 ついさっきまで、憐憫(れんびん)の情を誘う風情だった女の佇まいではない。


 煌威はふと皇后の顔を覗き込んで、絶望に染まっていた筈のその顔が、冷たく凍てついたものに変わっていて目を見張る。

 皇后と言えば、なにを考えているか分からないものの、いつも穏やかに微笑んでいる姿が印象的だった。その為、研ぎ澄まされた刃のような皇后はとても(いびつ)に映った。


「……煌威」

「……はい」


 静かに名を呼ばれ、応える。


「皇帝は、何処(いずこ)に?」

「……っ!」


 軽く首を傾げながら問いかけてくる皇后の姿は、普段と変わりないように見えて、まったく違った。

 微笑んでいると見せかけて、眼が…笑っていない。


「……この城館の、主殿最上階かと」


 中庭の中央に位置する主殿を指しながら答える。

 皇后が無言で視線を中庭に移動させて主殿を見上げる様を、煌威は生唾を飲み込んで見守った。


「……そう。ありがとう」

「っ!」


 ゆるく微笑んだ皇后に寒気を覚える。

 これは、誰だ。と煌威は自問した。

 姿形は確かに皇后だ。己の母だ。

 だが、その顔に浮かぶのは、自分の記憶の中にある皇后とも、母とも、ただの女とも違う表情だった。


 回廊から中庭に降り立ち、ゆっくりと中央の主殿に歩いていく皇后の後姿を見送る。

 後に続く侍女達の様子も、常とは違いどこか怯えているようだった。



「……殿下」


 そっ、と紅焔の両手が、いつの間にか力んでいたらしい、煌威の肩に触れる。

 いつもなら安心感を与えただろう、包み込むようなその温かさに、逆に怖気(おぞけ)を感じた。


 ――明日、文字通りすべてが終わる。

 そんな予感がした。




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